退場の相談は、ブレイクタイムで 2
「ひとまず、ここまでに出たカードを整理しようか」
ローザ様がテーブルに付いている全員の顔を見回した。あたしたちは頷いたのだけれど、ちびちゃんだけは我関せず。あむあむと、プリンアラモードを幸せそうに食べている。
いいけどね。
「正直、物語の世界だのなんだの言われてもピンと来ないが、今後の展開を予想するのには、有益な情報だと考えてよさそうだ」
細かいところは省いて、決定している、あるいはしているであろう事柄は次の2つ。
1、マリエールのリッテ商会就職(決定)
2、卒業パーティーでの婚約破棄宣言及び侯爵家からの追放(ほぼ決定)
うん。意外に少ない。少ないけど、回りへの影響がハンパないね。特に後者。
「問題は、パーティーからの脱出とその後だけど、それについては相談相手が足りないね」
「そうだな。とりあえず、この双六のスタートは、学園のダンスホールだと決定しているわけだが、ゴールはどこに設定する? アトさんの屋敷でも構わないだろうが……」
「ココに設定した方が良くないか?」
アト様の御屋敷に設定した場合、そこから就職先であるここまでの道のりについても考えなくてはならなくなる。それは二度手間になるだろうと、バドさん。
「では、ゴールはリッテ商会の本部としましょう。ですが、スチュアートの屋敷にある転移陣を使えば、追手を気にする必要が全くなくなりますからね……」
ワープが設定されているマスみたいね。
チトセさんは立ち上がると、ローザ様のデスクへ向かい、紙とペンを持ってきた。それをテーブルに置き、左端の方に『ゴール 商会本部』と書き、右端の方には『スタート 学園ダンスホール』と書いて、それぞれを丸で囲む。
ゴールのマスの近くに『ヘシュキア アト様邸』と書き加え、ゴールに向かう矢印も付け足すことを、チトセさんに提案。
「あ、後もう1つ。ゴールに連れて行かなくちゃいけない駒は、全部で4つあるんです」
1つは、あたし。ゴールは、紙にある通り、商会本部で良いんだけど、残る3つの駒は、あたしの侍女をしてくれている、ジャスミンとハンナとカーラだ。
「ほう……その3人のゴールはどうするつもりなんだ?」
「現時点だと、ラダンスの商会かな。3人とも販売員として働いてもらうつもりなんだ。侯爵家で働いていた人たちだし、接客は心配ないと思う」
言いながら、チトセさんは、ゴールのマスをもう1つ書き足した。こちらは、『ラダンス 商会支店』となっている。
「しかし、メイドと販売員では全く同じではないでしょう? いきなりは、難しいのでは?」
「確かに。ラダンスの商会は開店休業状態で、大赤字だからな……」
マジですか、ローザ様。商会設立から10年、よく倒産しなかったものである。
「あい! しぇーとかいちょーのおうちで、おべんきょーしゃせちぇもやえばいーちょおもう! あちょね、マユアユもちゅくゆの!」
ドヤ顔で挙手をして、堂々と意見を述べるちびちゃん。
でも、眉鮎ってナニ? 鮎を作るってどういう…………? ………あ! マニュアル! 眉鮎じゃなくて、マニュアルね。うん、マニュアルは、確かに必要かも。
「しぇーとかいちょー? 誰だそれは?」
「バドさんは、知らないよ。マリエさんが通ってる学園の生徒会長で、ホレイショ・ノートンって言うコなんだけど、彼の実家って王都でも結構大きな商売をやってるんだよ。……ちびこさん、ナイスアイディア。交渉してみる価値は十分あると思う」
「彼自身も将来有望な少年ですよ」
お、インドラさんから好意的な発言が。ノートン少年は、デキる男よね。ハロルドをどういう目で見ているのか、少し気になる部分はあるけれど、有能なのは間違いないわ。
少年とその実家はともかく、ノートン商会で研修を、ということになるのであれば、把握しておかなくてはならないことがある。
「ええと、すみません……話が飛び飛びになってしまって、アレなんですけど、スケジュールの確認もしておいた方が良いように思うので──」
そう。スケジュールである。
卒業パーティーは卒業式の後、夕刻から始まる。その後、3日以内に卒業生は、退寮しなければならない決まりだ。卒業パーティーが退寮式と兼ねていることを付け加えておく。
「あたしの場合、卒業パーティーの途中で離席して、そのまま戻らない予定なので──」
「なら、寮の部屋はどうするんだ?」
「クラリスに引き継ごうかと……学園側もその方が、面倒が少なくて良いはずですし」
不要な物は、少しずつ処分していけばいいのである。
「──と、言うことはだ。3つの駒をスタートさせるのは、マリエがスタートしてからの方が、良くないか?」
「バドさんの意見に賛成だな。どうせ、ドレスに着替えるのに支度を手伝ってもらう必要があるんだ。なら、マリエが行方不明になり、仕える主人がいなくなったので退職させてもらいたい、と言えばすんなり通るだろう」
ローザ様、ナイス。退職後、ノートン商会にて研修を受け(予定)た後、ラダンスに向けて出発。ラダンスへのルートは、すでに確立されているから、特に困ることもないだろう、とのこと。
「もし、マリエさんの行方について聞かれても、知らぬ存ぜぬを通してもらおう」
「心当たりを聞かれた場合、スチュアートの名前を出すかどうかですが、これは本人にも確認した方が良いでしょうね。私は……教会から派遣されている護衛ということになっていますから、マザー・ケートに対応を頼んでおいた方が良さそうです」
「そうだね。スズメーズには、一足早く村に帰ってもらおうか」
と、いう訳で今後のスケジュールが大まかにではあるけれど、決定。まず、年明けまでに、ハンナとカーラの面接を終わらせて、フランチェスカ様の最終判断を仰ぐ。これについては、ほぼ形だけのものとなるので、不採用の心配はしなくていい、とのことである。
そして、年が明けたら、三つ子がルドラッシュ村へ向けて出発。冒険者としての経験を積んでもらうためにも、転移陣の使用は許可しないそうだ。
また、卒業パーティーで予想されるあれやこれに対処すべく、ノートン少年たち生徒会役員との打ち合わせも始める。もちろん、ランスロット殿下やマザー・ケート、チトセさんやアト様とも打ち合わせは必要になってくるだろう。……今から忙しさが予想できるわね。
打ち合わせと並行して、寮の部屋も片付けていく。ああ、クラリスとも、話し合いをしなくては、後々面倒なことになるかも知れないもの。
チトセさんは、ノートン商会にジャスミンたちの研修受け入れを打診。受け入れてもらえるものと、仮定する。持っているコネがコネだから、断られはしないでしょう。
卒業式の後、あたしはジャスミンたちに手伝ってもらって、パーティーに参加するための支度を整える。それが終わったら、ジャスミンたちは部屋の片づけ。3日以内に退室しなくてはいけないので、不自然な点は何もない。
卒業パーティーで、婚約破棄と侯爵家よりの追放を告げられた(予定)あたしは、その足で逃走(ゴールは未定)する。ジャスミンたちは、普通に侯爵家へ帰り、あたしが行方知れずになったことを知り、ならばと、退職を願い出て、受理される(予定)
あたしの行方不明を予想していたと勘繰られては困るので、半月ほど宿で生活後、ノートン商会から、引き抜きの声をかけてもらって研修スタート。3か月から半年ほどの研修期間の後、リッテ商会へ就職の予定。
「別にノートン商会が気に入ったなら、そのままそこで働いてもらってもいいからね」
「慣れない土地に引っ越して、新生活を始めるのは大変だろうしな」
「もっと言えば、無理に退職する必要もない訳だ」
バドさんの言う通りでもあります。ここら辺は、本人の意思を尊重するべきだろう。雇い主として、あたしも3人と面談する必要がありそうだ。
とりあえず、大まかながら今後のスケジュールが立って、ホッとする。人任せな部分も大きいけれど、あたしの人生なんだから、あたし自身がどう動かなくちゃいけないのか、それによって、どういう風に回りが動くのかきちんと理解しておかなくちゃ。
ゲームもいよいよ、終盤だもの。油断しないで、1つずつ片付けていくわよ!
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ちびこさんが空気にならずに済みました(笑