退場の相談は、ブレイクタイムで 1
「ところで、お嬢さん。私とは友人になってはくれないのかな?」
「えっ?」
魔王という肩書を持つ方が、たかが人間の一小娘に興味を持つなんて思ってもみなかったあたしは、さぞかし間抜けな顔をしていたに違いない。
「我が君?」
本気ですかと言外に問いかける、インドラさん。大天使様は、むぅっと唇を尖らせて、
「友人は、たくさんいた方がいいだろう」
「しょーだ、しょーだ! おちょもだちは、いっぱいいたほーが、いーのだ! たぶん」
「多分は、余計だ。多分」
大天使様は、苦笑い。
友人がたくさんいるからといって、必ずしもいい事ばかりではないことを知っているからこそ、わざと「多分」を付けて曖昧にしていらっしゃるのだろう。
インドラさんが、どうしますか? と視線でたずねてきたので、あたしは小さく頷いた。学園を卒業すれば、リッテ商会に就職するのだから、お得意様のお一人になるだろう大天使様と仲良くしておくに越した事はない。
「我が君、こちらは、マリエール・シオン侯爵令嬢です」
「遅ればせながらご挨拶申し上げます。どうぞ、マリエとお呼び下さい」
席を立って膝をかがめて挨拶をする。大天使様は、うむうむと満足そうに頷いている。
「レディ、こちらは、ウィリアム・ファイネスト・バートン・ニニブ陛下にあらせられます」
「マリエは私の臣下ではないからな。ちびこたちと同じようにバドさんと呼んでくれ」
「は? あ、いえ……さすがにそれは……」
「バドさんと呼んでくれ」
「は、い……」
笑顔のプレッシャーに負けました。いくら、臣下じゃないとはいえ、「バドさん」呼びはないと思うんだけど……インドラさんに「いいんですか?」と目線でたずねれば、「諦めなさい」と表情で返事があった。ちょっぴり、泣きたくなる。
「ところで、リュンポスの加護を受けた、異界からの稀人よ、お前の目から見たこの世界はどう映っているのだ? 余すところなく、聞かせてもらいたい!」
「えっ?」
「バドさん!?」
今、何て……? あたしとチトセさんが驚いていると、バドさんは心外だと言いたげに、背もたれに上半身を預け、
「私が、気付かないとでも思ったのか?」
「そうじゃなくて、気付けるものだと思ってなかった」
チトセさんの言う通り。あたしもこくこくと首を上下に振る。
「ああ、そういうことか。これでも魔王だぞ? それくらいのことは分かる」
「分かるんですか……」
間抜けな答えだとは思うけど、他に答えようがない。バドさんは、面白そうにくすくす笑いながら「分かるんだ」と頷いている。
「我が君、レディが稀人だというのは、本当ですか? いえ、我が君の目利きを疑うわけではないのですが……」
「良い。私も稀人を見るのは初めてだ」
何でも、魔族の世界には、異世界トリップした人間を稀人と呼んで、保護する決まりがあるのだそうだ。
「理由は、お前にリュンポスの加護があるように、誰かしらの加護を受ける場合が多いからだ。加護とその使い方によっては、理不尽だと言われようが、厳しい対応をしなくてはならなくなるからな」
厳しい対応と言われて、あたしは思わず生唾を飲み込んだ。リュンポス神の加護と言われても、あたしにはその実感がない。この世界が『ファン・ブル』というゲームそっくりだったことも、加護によるもの、と言えなくはないのかも知れないけれど。
とにかく、ここで適当にごまかしても良いことは何にもなさそうである。なので、あたしはチトセさんにだけ話していた、ゲームの記憶を含め、新城真理江が本名だと言うことの他、自分が知っていることを全て、バドさんに話した。
話を聞き終えたインドラさんは、
「それで、シャクラのことをご存知だったのですね……」
冒険者登録もしていない、カーンたち以外に親しくしている冒険者もいないあたしが、どうしてダンジョンにいるシャクラさんのことを知っていたのか、気になっていたそうだ。
「……しかし、チトセと恋愛とはまた無駄なことをさせる」
「いやあ、そのエンディングの真相は、向こうの恋愛ごっこに付き合って、店員確保しただけだと思うけど?」
「それなら、十分あり得るな。店員として使えそうなのか?」
「見た目だけなら、客寄せにはなるだろうね。ただ、今の中身じゃ苦情発生装置にしかならないだろうから、タダで働くって言われてもお断りだね」
「事務処理能力も疑わしいですね。あの成績では……」
インドラさんが、ハッって、鼻で笑いましたよ。ハッって。まあねえ……この間の中間考査は、辛うじてグレッグが総合10位に名前を連ねていたけど、あとのメンバーはねえ……。
ゲーム画面なら、ミシェルのステータスは武力特化の歪な形になっていると思う。キアランを落とすなら、他のステータス──知力、法力、魅力、教養も70くらいまで必要なはずなんだけど、これもゲームとの違いと言えば、違いかも知れない。
後、気になることがもう1つ。アト様とインドラさんも、ターゲットにロックオンされているっぽいことだ。大逆ハーとか言ってたし。いつぞやのダンスの授業でインドラさんに「守ってほしいナ」なんて、アホなことをいってたし。
「……お前も狙われているのか……」
「おぞましい話です」
おぞましい、とまで言いますか。逆の立場だったら、あたしも全力で拒否するところですけども。考えただけで、鳥肌が立ちますわ。
「そこまで言うのであれば、お前は大丈夫だろう。それで、マリエはその話の通り、卒業パーティーでの婚約破棄宣言と侯爵家からの勘当を受け入れて、その足で私たちの商会へ来るつもりなんだな?」
「ええ。そちら方は、何の心配もしていません。第一王子のランスロット殿下が直々に動いていらっしゃいますので。問題は、商会までどうやって移動するか、なんですよね」
あたしが気にしているのは、パーティー終了後の話だ。ランスロット殿下が動いているとは言え、この国のツートップ国王夫妻は蚊帳の外。プッツン、おキレ遊ばして、あたしを探してこーい、なんてことになったりしたら……面倒である。
何の形跡も残さず、どろんと消えるのは結構難しい。これが現代日本であれば、ちょっと事情が変わって来るだろうけど、ここではねえ……。
「卒業パーティーが行われるのは、学園のダンスホールです」
スタートはここになるわけだけど、まず、ゴールをどこに設定するかが問題である。
「パーティーが行われるのは夕刻からなので、学園周辺は通行人も少ないとは思うのですが、どのルートを通るにしろ、ドレス姿では目立つかと──」
現代日本と違って、この国ではご近所皆さん顔見知り。下町に行けば、奥さん、ちょっとお醤油貸してもらえない? という会話が珍しくないのである。
それは貴族の御屋敷が立ち並ぶあたりでも同じこと。見かけない顔はすぐに分かる。
「ふむ……お前の言うことも間違いではないが、正解でもないな」
「えっ? ……と、それはどういうことでしょう?」
「レディ、人の記憶力というのはあてになるようで、あてにならないものなのですよ」
どういうことですかね? あたしが首を傾げると、
「見慣れない金髪のピンクのドレスを着た女性が歩いていたことを覚えている人間は、何人も現れるかも知れないが、髪型や顔の造作、ドレスのデザインなどまで事細かに覚えている人間は、ほとんどいない、ということだ」
ローザ様が教えて下さった。
要は、通りすがりの人間なんて、いくつかの印象的な部分しか記憶に残らないということのようである。残ることの方が稀だと、ローザ様は断言した。
「と、言うことは、記号の組み合わせを変えていけば、行方はあやふやになるということだ」
んん? どういうことか分からず、首を傾げると、
「例えばの話だが、角を曲がるたびに、髪の色やドレスの色が変わっていけば、金髪のピンクのドレスを着た女性は、いつの間にかいなくなるだろう?」
「それは、確かに」
追いかけて来る人間がいても、最初の角を曲がるまでに距離を開けていれば、ドロンと煙のように消えてしまった、という風になりそうである。
と、いうことは、足跡を残さずに逃げるのも、そんなに難しくはないということかしら?
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ものもらいで、目が開かないという切ない事態発生。少量ながら、毎日何かしら書いていただけに、このピンチは辛かった……。原因は、ストレスだろうか……