職場見学は、本拠地で 7
どうしたら良いんだ、この状況。ドヤ顔の幼児と大天使様。頭を抱える大人たち。
何を言えばいいのか、さっぱり分からない。この何とも言えない雰囲気をいたたまれなく思っていると、ローザ様がため息をつき、
「掘り当ててしまったものは、仕方がない。バドさん、これは放っておいても、問題はないんだな?」
「ないな」
「なら、しばらく放置だ。アトさんに相談した後は、ここに公衆浴場でも作るとしよう。警備隊も使えるようなヤツをな」
「──それは、正直ありがたいが、いいのか?」
「構わない。それなりに設備を整えれば、村に人を呼び込むウリの1つにもなるだろう」
お互いの関係を良好に保つための投資も兼ねていると、ラファエロ隊長へ笑いかけるローザ様。
それを聞いた隊長は
「分かった。ここも定期巡回コースに入れることにする。道をもう少しましな物にしておかないと、工事資材の搬入も難しいだろ」
治安維持及び、道路整備に協力してくれるようだ。
「頼んだ。私の方からもアトさんへは報告しておくが、そちらからも頼む」
「もちろんだ」
それから、もう1つ。ローザ様はそう言って、在庫一掃セールの話を隊長に持ち掛けた。まだセールをすると決めただけで、具体的なことは何も決まっていないけれど、警備面などで手伝ってもらう事があるかもしれないから、こちらもよろしく頼む、と頭を下げる。
「いよいよ、本格的に村興しをするのか」
「そうだな。そちらからも、何かアイディアがあったり、意見があったりしたら、教えてくれると嬉しい。お互いの協力あってこその今であり、将来だと考えているからな」
「同意見だが、1つだけ注文を付けさせてくれ。今日の2人のおやつには、説教もセットにしてくれるか?」
「勿論、そのつもりだ」
ローザ様が即答で請け負うと、ちびちゃんと大天使様から「ぅえぇぇぇっ!?」と不満そうな声があがる。
その声を一蹴したのが、何とびっくりインドラさん。にっこり笑顔のまま、
「我が君の職能については、私も重々存じております。しかしながら、それ故に安易に恩恵を与えるものではないと常日頃からおっしゃっておられたようにも記憶してございます。我が君? 私のような矮小なる者が、そのお心を察することはかないません。恐縮ではございますが、どのような深謀遠慮あってのことか、お聞かせ願えますでしょうか?」
怖いってバ。
そして、大天使様の目がアップアップしている。あの目は、確実に溺れているわね。多分『パフェが食べたかった』だけ、なんじゃないかしら。
ちびちゃんと大天使様は、商会へ連行。ええ、まさに連行でしたよ。ちびちゃんは、チトセさんが。大天使様はインドラさんが、それぞれ小荷物のように小脇に抱えて移動。
道すがら、あのね、と延々説教されていました。
その間、あたしの方は魔王というものについて、レクチャーを受けていました。
魔王は何人もいるそうで、その内ルドラッシュ村と交流のある魔王は、全部で7人。当然ながら、魔王の中にも実力の差というものはあるらしいのだけれど──
「私たちが知っている7人の魔王は、トップクラスの実力者ばかりだ。どれくらいかと言えば、チトセはもちろん、ちびこともガチで殴り合いができる」
うん。それは確かに物理的な意味でも精神的な意味でもすごいかも知れない。ちびちゃんと殴り合いができるって……
「うぅ……だって、おんしぇん……あにぇごがよりょこぶっちぇ……」
「どうせなら、驚かせてやろうと思ってだな……」
──中身のレベルはそんなに変わらないのかしら? 小脇に抱えられた二人からは、トホホ感があふれてまくっている。
「だってだな、ちびこに、パヘなるものを食したと自慢されたのだぞ?! そんなに美味しいものならば、私だって、食べてみたい!」
あ、開き直った。
「あのね……食べたいなら、食べたいって言えばいいでしょうが!」
「ぢぇも、ちーちゃは、まえに、パヘはとくべちゅってゆったも!」
小脇に抱えられたまま、じたばたと暴れるちびちゃん。チトセさんは、「ああ、もう!」と珍しく半ギレ。くいっと村長を見やれば、村長は頷き、
「特別が適用されるかどうか、聞いてみりゃいいだろうが」
ちびちゃんのお尻をペシッと叩く。
みぎゃっ?! と悲鳴を上げるちびちゃん。これは、自業自得ね。大天使様もお尻を叩かれはしなかったけれど、延々と説教をされている。
ぎゃいぎゃい言いながらも、商会に帰りつくと、ちびちゃんたちは、そのまま風呂場へ直行し、着替えるように言いつけられていた。──のだけれど、その前に
「そういや、ボス。猪はどうしたんだ? 捕まえたのか?」
村長が、ちびちゃんの独り言を思い出した。
「まかしぇろ! ちゃんと、ゲットしてゆじょ!」
ボディバッグを背中から下ろし、得意げな顔で村長に見せる。そして、バッグを床に下ろして、チャックを開け、「しぇーの」という掛け声と共にずりゅッっと出て来たのが──
「スピアーボアか……」
象牙よりもまだ鋭く大きな牙を生やした、これまた大きな猪が一頭。
某有名アニメの主題歌、カウンターテナーの歌声が脳内に聞こえてくるような気がした。
いや、ホントに大きいのよ。人間の1人や2人、簡単に飲み込めるでしょ、っていうくらい。それを引っ張り出したちびちゃんは、後ろにこてんとひっくり返ってしまったけれども。
「ちょっと臭みがあるんだが、そいつが癖になるんだよな……」
「なあ、ボス。いつもチトセを指名しているが、ウチの若手に教材として使わせてくれねえかな? これだけの大物、なかなか見られるもんじゃねえしな」
受付オヤジの1人、買取り担当の人が猪を指さしながらちびちゃんにたずねる。ちびちゃんは「おべんきょーにちゅかうなや、いーじょ」後頭部をさすりながら、2つ返事で了承。
そのまま「はいはい。風邪は引かないと思うけど、風呂へ行こうね」チトセさんに掴まって、お風呂場へ連行されていった。大天使様は、とっくに連行済でアリマス。
ちびちゃんと大天使様がお風呂に行っている間、チトセさんとインドラさんもお着替え。2人を連行したから、服が濡れちゃったせいね。着替え終わったチトセさんは「パフェには、してやらねえ」ととげとげしい声で呟き、おやつを作りに行ってしまった。
あたしは、ローザ様と一緒に雑談に興じる。話題の中心は、やっぱりちびちゃんやチトセさん、カーンたち三つ子のことだ。
ちびちゃんたちが戻って来たタイミングで、チトセさんがおやつをテーブルの上に並べてくれる。あたしもお相伴にあずかることができたんだけど──
「ちーちゃ……こえは、パヘなにょ? わたちがみたにょとは、だいぶちがう……」
「何っ!? 違うのか?!」
ちびちゃんと大天使様が、テーブルの上に乗せられた、ガラス製のアイスクリームカップをじっと見つめる。目が真ん中に寄っているのが何とも……つい、笑ってしまう。
「ちがう。わたちがみたパヘにライヨンはいなかったじょ……」
そこ? そこでパフェじゃないと判断するの? ちびちゃん。
「なっ……!? これは、パヘではないのか……っ。しかし、これはこれで……」
ぐぬぬぬと、唸る大天使様。
テーブルの上には、ホイップクリームがトッピングされた、ライオン型プリン──カラメルは鬣部分だけ。アイスクリームはないけれど、シロップ漬けのサクランボ、黄桃、リンゴ。キウイフルーツに、ブルーベリー、フランボワーズが乗っている。
「パフェを作るなんて、ひとっことも言ってませーん」
悪びれた様子もなく、へらっと答えたチトセさん。
彼が作って来たおやつは、どう見ても、プリンアラモードである。
でも、ここまで凝った、プリンなんて、中々ないと思う。とってもゴージャスだわ。同じものを頂いちゃって、いいのかしら? あたし。
「ぐぬぬぬ。仕方ないっ! チトセ! 今日はこれで許すが、次は必ずパヘを用意しろ!」
「はいはい。相談に乗ってくれたらね」
仮にも魔王を相手にした態度ではないと思う。
「相談? 私にか?」
ちびちゃんと声を揃えて「いただきます」をした大天使様が首を傾げる。
ローザ様が「食べながらで良いから聞いてくれ」と言ったものだから、大天使様は、ぱくぱくとプリンアラモードを口に運ぶ。
ローザ様の話を一通り聞いた大天使様は「なるほど。悪くない提案だな」と頷いた。口の回りにホイップクリームがついてますけども。インドラさんのため息が聞こえてきます。
「だが、いくつか注文をつけさせてもらうぞ。まず、日程が何日になるかは分からないが、今日は皮の日、明日は骨という風にジャンルを分けて日程を組め。商会にもギルドにも、いくつものジャンル違いの商談を同時並行で進められるほどの人員なんて、いないだろう」
「……それは、ごもっとも」
「それから、派遣人数は最大10人まで。宿泊可能人数は5名までとすれば、それほど大きな混乱もないだろう。日帰り組は、弁当持参を言いつけても良いし、国から料理人を何人か連れて来て、広場に出店させるのも面白そうだ。いや、それがいいな。そうしよう」
そうしようって……まだ、計画段階だから何とでもできるでしょうけど。大天使様は、自分からも打診してみると、ずいぶんやる気である。
「後、これは出来たらで構わないが、森の民にも声をかけて、最終日あたりに彼らが作る品の即売会をしてくれると嬉しい。改めて日程を調整する、というのもありだろうな」
「しょれは、たのちしょーだな、バドしゃ」
大天使様からの提案は、まだまだ続いた。次の提案は、冒険者ギルドから買取りの査定価格一覧表を手に入れること。目的は魔族側の買取り価格との値段比較。通貨価値については、価格が急激に変化することは稀な、金の価格を参考にすることになった。
また、冒険者ギルドでは買取りしている薬草などについても、この村で役に立たない物は、買取りを拒否するべきだとアドバイスをいただく。ここは、ゲームとは違うところね。
ゲーム序盤で出て来る薬草やポーションなんて、ゲーム終盤じゃ出番がないのと同じ。普通、売れない物は買い取ったりしないからだ。
とてもじゃないが、口の回りのホイップクリームをナプキンで拭ってもらっている人の発言とは思えない。こんなんでも、一応、魔王様なのだなと失礼なことを思ってしまった、あたしである。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。