職場見学は、本拠地で 6
リッテ商会のみならず、ルドラッシュ村にも問題は山積みだった。
そもそも、この村はおかしいのである。
世界中を探せば、魔族と交流している村や町はあるかも知れないが、7人もの魔王と交流している人間の村は、多分、ここだけだろう。深魔の森で生活している、少数民族との交流も、この村がダントツ一位なのではないかと思われる。
この2つの事柄については、一応、アト様もご存知なのだそうだ。とはいえ、国に報告を上げるかどうかについては、慎重姿勢を取っている。
理由は、お姉さまの件による、王家への不信。ただ、今の国王陛下に奏上する気にはなれなくても、ランスロット殿下になら、という気持ちはあるらしい。
「ランとアトさんがどれだけ仲良くなれるかによるだろうね」
「国を含めた交流となると、我々だけで一方的に決めるわけにもいかないからな。ちょうどいい機会だし、商談会の時に魔王たちにこのことについて、意見を求めるとしよう」
「だったら、アトさんも商談会には来てもらった方がいいな。それに、村おこしについても、色々相談せにゃならん」
村長が首の後ろを撫でながら言うので、彼と一緒に来たオジサマの1人が、
「どういうことだ?」と、首を傾げる。
「冒険者に深魔の森を歩かせて、魔物や何かを採取させて、それを買い取る。村に来る冒険者が増えれば、増えるほど村はデカくなっていく、そういう話だろう?」
もう1人がそう言うものの、村長は「バカヤロウ。そんな単純な話じゃねえんだよ」と鼻を鳴らす。
「村長のおっしゃる通りですよ。まず、広場に生えているトキジクノカクがこれから先も今のままあり続けるのは、難しいでしょう。あれの効能を知れば、必ず商売にしようと考える人間が現れるはずです」
オオカムズミも心配ではあるが、商会の隣に生えているので、こちらは敷地を明確にすれば、何とかなるだろうとインドラさんは言う。
「これからは、移住を希望する人間がどんどん増えてくるという前提の元、開示する情報の取捨選択が必要になってくるでしょう」
「それもそうだねえ。そうなると、今みたいにあの辺が開いてるから、あそこに宿でも作るか、っていうノリはナシだね。きちんと、村の全体像を設計して建てていかないと──」
今ある建物を改築することも視野に入れておいた方がいいだろうな、とは村長の発言。
「それから、アトさんには領主代理を派遣してもらう必要があるだろう。現状、何をするにしても、アトさんに報告、相談をしなくてはならないからな」
優秀かつ、とても図太い人じゃなきゃダメでしょうね。多分。
「あ、それともう1つ。ヴァラコのリッチェモント湖の港なんだけど──」
「何か問題でもあんのか?」
チトセさんの口から、遠く離れた外国の地名が出て来たことに、村長がパチパチと瞬きをする。狐に鼻を摘ままれたような顔で「港は、俺たちにゃ無関係だろ」と続けた。
「直接的にはそうなんだけど、将来的には間接的に関わって来そうな予感がしてるんだよ」
チトセさんは言いながら、キャビネットに向かう。引き出しを開けて、中から折りたたまれた紙を持ってきた。広げると新聞紙くらいの大きさになったそれを、テーブルの上に置く。
「博士の手が加わった、最新版の深魔の森の全体図がこれ」
全体図と言っても、描かれているのはスネィバクボ山脈とルドラッシュ村。村の近くは、いくつかの丸と地名らしきものがあるものの、その大半は真っ白だった。
「西側の探索は、ちっとも進んでないから真っ白なんだけど、注意してもらいたいのがこれ。北西から、リッチェモントに流れこんでいる川のいくつかなんだけど──」
「深魔の森の中を流れているんですか?」
あたしが確認すると、その通りだと答えが返って来た。川の河口付近にある村の住人に話を聞くと、年に1回か2回程度、川の上流から品物を売りに下って来る人間がいるらしい。
「──と言うことは、将来的にこの川を遡っていく冒険者が現れると思う」
「トラブルの予感ですね。ならば、ヴァラコに探険隊を組織させて、向かわせる方が良いのかも知れません。ここからサポーターを派遣することも視野に入れるべきでしょうね」
そうなると、やっぱりアト様に報告、相談しなくてはならない訳で……。
「アトさんには足を向けられないな」
ローザ様がふっと笑みを浮かべたその時、外からドォンッッ! と大きな音がした。ガス爆発を思わせるようなそれに、家具が揺れ、カップの中のお茶も波立つ。
幸い、大規模な地震などではなかったようで、家具が倒れて来たり、物が部屋中に散乱したり、というような被害はなかった。
物的にも人的にも被害がないことを確認してから、全員で部屋を出てベランダに立つ。
「何だ? 西の方……って、あれは水か? 何かが噴き出ているな」
「急に間欠泉がわいた、って訳でもないだろうし……何なんだろうね?」
これはもう、話し合いどころではない。まずは、間欠泉へ向かい、状況の把握につとめるべきだ、ということになった。
ローザ様とチトセさん、あたしとインドラさん、それに村長の5人で、間欠泉と思わしきものが出現した現場へ向かう。他のオジサマたちは村に居残りである。
先頭を歩くチトセさんと村長について、西の砦に繋がっているという道を進んでいく。西の砦は、深魔の森からの脅威に対抗すべく、アト様の私兵が警備隊として詰めているそうだ。
彼らの仕事は、深魔の森を警戒すること。魔物が襲ってこないか、森から少数民族など、脅威が迫ってこないか、櫓から森の様子を観察し、適度に森へ入って中の様子も調査する。
ルドラッシュ村との関係は良好で、兵士の中には、契約終了後、村への移住を希望している人もいるのだとか。
15分ほど歩いたところで、道からそれて、深魔の森の方へ向かわなくてはならないようだ。噴水は村を出る頃には見えなくなっていたけれど、気になるものは気になる。
「誰かが、ここを通ったみたいだね」
「つい最近だな、こりゃ」
チトセさんと村長はそういうけれど、あたしにはただの獣道にしか見えなかった。下は、雑草が生えているし、油断すれば枝に袖や頬を引っかける。歩きにくくてたまらない。
「レディ、この枝を見て下さい。切り口がキレイでしょう?」
「あ……言われてみれば、そうですね」
インドラさんが持った枝を見ると、折れたのではなく、切った物だと素人のあたしでも分かった。なるほど、2人が言う通りのようである。だからといって、歩きやすくなるわけではないのだけれども。
そうして、都会育ち、貴族育ちには少々キツイ道を歩くこと5分。問題の場所にたどり着くことができた。
「おっと、ラファエロも来てたんだ」
「ああ、チトセか。村長も……って、ローザまで来たのか」
チトセさんがラファエロと呼んだのは、革の鎧に身を包んだ、兵士だった。
「警備隊の隊長だ」
こそっとローザ様が教えて下さった。年は30前後といったところ。ワイルドな雰囲気の、マッチョなお兄さんだ。彼の後ろには、部下と思わしく人たちが4人ほど並んでいる。
そして、彼の前にはずぶ濡れのちびちゃん──ライオンボディバッグ付き──と、大天使様。ノートン少年も天使みたいだけど、こちらの少年は彼よりも、さらに麗しい。
ちびちゃんたちの側には、湯気を立てる水たまり。もしかして、温泉を掘り当てたの?
「──で? これは、どういうことカナー? ちびこさん? バドさん?」
チトセさんがたずねると、
「チェヘ。やっちゃた☆」
自分のやったことをごまかすかのように、可愛らしく小首をかしげるちびちゃんと、
「うむ。やってやったぞ」
ドヤ顔で、えへんと胸をはる大天使様。
答えになってないんだけど。もう一度同じ質問をする必要がありそうだと思ったら、
「察しの悪い私にも分かるよう、ご説明下さいますよう、お願いいたします、我が君?」
インドラさん、顔は笑ってても目が笑っていません。怖い、怖い。
「む? 以前、温泉がほしいとローザが言っていたのでな。偶然、ちびこと会ったものだから、温泉を掘り当てることにしたのだ。見ろ、インドラ。立派な温泉になりそうな予感が、ひしひしと伝わってくるだろう? これで、今日のおやつはパヘなるものに決定だな」
待て。パヘって、パフェのこと? パフェが食べたくて、温泉を掘り当てたわけ? 褒めろと言わんばかりの大天使様は「恩は売るもの、押し付けるもの。まさにその通りだ」と1人頷いている。誰だ、そんなことを教えたヤツは。──って、チトセさんとローザ様か。あからさまに、視線をそらさない! バレバレですよ、バレバレ!
村長とラファエロ隊長は、がっくりきたようで、その場にしゃがみ込んで頭を抱えていた。お気持ち、お察しいたします。あたしも、ちょっぴりですが、頭が痛いです。インドラさんも、額に手を当てていました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ちびこは 温泉を 掘り当てた!
チトセの 仕事が また 増えた! ちーちゃん、お疲れ。