職場見学は、本拠地で 5
申し訳ない。曜日を忘れていたのと、仕事の都合で外泊してたのダブルコンボで、更新が遅れてしまいました。
「むむむむ。むじゅかちーはなちをしゅゆきだな、あにぇご……」
あたしの隣に座ろうと、ソファーの座面に手をかけ、よじ登ろうとしていたちびちゃんは、その動作を止めて、ぎこちない動きでローザ様を振り替える。表情は見えないものの、不満オーラはよく分かるわね。
「まあ、そうなるな。退屈なら、砦に遊びに行ってくるか? 博士が兵を相手に、ドラゴン解体講座をしているはずだ。行くなら、ワガママバッグを持って行くんだぞ」
「おー、はかしぇのおてちゅだいしゅゆのもいーな。よち、そーちよう」
こくこくと頷いたちびちゃんは、チトセさんに「あしょびいってくゆ!」と言って、部屋から出て行ってしまった。
1人で大丈夫なのかと思ったけれど……
「とちゅーで、いのちちにあえゆといーなー。やっちゅけて、みんなでたべゆんだ~」
うへへへ、と笑いながらのセリフに、余計な心配だったと悟るあたしでした。
「ちびこのことは、放っておいても問題ない」
「……ええ。今のセリフを聞いて、あたしもそう思いました」
「仕留めてこられると、また仕事が増えるからヤだなあ……」
「ボア系の魔物を解体するぐらい、誰でもできるでしょうに」
「チトセの手際が一番良いからな。ちびこは、いつもチトセを指名する」
インドラさんの呆れたような声に、ローザ様が笑って答えた。
「さて、来るか来ないかの仕事よりも、商会の明日のための会議といこう。インドラ、ここで護衛は必要ないだろう。君も座って、会議に参加してほしい」
ローザ様に促され、インドラさんはあたしの隣に腰を落ち着ける。
「どうぞ」
チトセさんが淹れてくれたお茶は、柑橘系の爽やかな香りが漂うものだった。フレーバーティーなのはすぐに分かったけれど、何のフレーバーが入っているのかは、謎だ。
「あ、美味しい」
いただきますと声をかけてから、お茶を一口頂く。と、こくんと飲み干したその瞬間、身体がふわっと軽くなる。インドラさんてば、額の目をくわっと全開にして、
「……トキジクノカクの実を使っていますね……」
「あたり」
なるほど。インドラさんの額の目がくわっとなって、あたしの身体も軽くなるわけだ。デトックス効果大、ってわけですね。
「それを売り物にするのは、マズイと思うか?」
「危険ですね。個人差もあるでしょうが、この濃さだと、最悪、依存症にかかる人間も出て来るでしょう」
「そうか。なら、まだまだ研究しなくてはいけないな」
やれやれとため息をつく、ローザ様。
「まず、我が商会の一番の問題は、アタッカーズギルドとイコールで結ばれてしまっていることだな。将来的には切り離したいと考えてはいるが、具体的な策が全く浮かばない」
「えぇと……それは、どういうことでしょう?」
「ぶっちゃけると、お金の話だね。アタッカーズギルドには、お金がないんだ。アタッカーが魔物を狩って来ても、それを買い取る資金がない。買い取った魔物を売りさばく先が、全くと言っていいほどないからなんだよね」
長年、閉ざされてしまっていた影響ですかね。
「かといって、買い取った魔物をラダンスあたりの冒険者ギルドへ持ち込む訳にもいかないからな。仲買は、ギルドのプライドにも関わってくるから、あちらはしていないんだ」
冒険者ギルドにもランクというものが存在していて、それは、そのギルドを拠点に活躍している冒険者のランクによって、変動するそうだ。ランクの高い冒険者がいて、なおかつ、彼らが定期的に高ランクの魔物などを持ち込んでくれることにより、そのギルドのランクが決まる。
そういう訳なので、よそから魔物の素材などを買い取り、それを売りに出すというのは、虎の威を借る狐とでも言おうか、売名行為だと非難の対象になるらしい。
「ええと……」
頭の中を整理する。まず、アタッカーズギルドと冒険者ギルドはほぼ同じ物だと考えていいのは、間違いない。違いがあるとすれば、活動の場を限定するかしないかだろう。
アタッカーの活動の場は、深魔の森に限られる。そのため、彼らが請け負う依頼は、採取依頼が中心になる訳だ。ということは、アタッカーズギルドの収入は、アタッカーが採取した品を買い取り、それを売却することで得られる。
「──ということは、アタッカーズギルドの問題は、商品を売りさばく力がないことですね」
「その通り。ギルドが持っている売却先は、ぶっちゃけウチとアトさんのところしかないんだよ。んで、ウチもそれほど販路があるわけじゃない。ラダンスに本店を置いて、王都に支店を出すわけだけど──販売品がねえ……」
一押しはエシャン染めの服飾小物。他、革製品やコサージュ、化粧品などもあるけれど、そんな物は、買い取った素材のごくごく一部を使用したに過ぎない。また、ランスロット殿下がとても気に入っている文具もあるそうだが、それはまた別の話。
買い取った素材の多くは、倉庫に手付かずのまま放置されているのが現状なのだそうだ。
「我々へ売却する気はないのですか?」
「そんなことはない。在庫の問い合わせがあれば、即座に応じているぞ」
インドラさんの質問に、ローザ様が即答する。問い合わせがあればって……
「その待ちの姿勢が問題なのでは?」
「──と、言うと?」
「ええと……魔王様が、わりと頻繁にお見えになっていると聞いたのですが、本当ですか?」
「ああ、それは本当だ。転移陣があるから、来ようと思えばすぐに来ることができる」
「ちょ……! だったら、魔族相手に商売しましょうよ! って……えっと、売れなかったりします?」
わざわざアタッカーズギルドから買う必要がない、ということであれば、商売が成り立たないので意味がない。
隣のインドラさんを伺えば、
「勿論、物によります。エルダー・トレントの木材は飛ぶように売れるでしょう。以前、頂いた在庫品の一覧は──欲しいものばかりで予算組が大変でしたしね」
つまり、売れる品はあるという訳だ。う~ん、これはアレだね。リッテ商会側も、何が売れるかよく分かっていない、という部分にも問題がありそうだ。
「なら、まずは在庫品のカタログを作って、バドさんたちに配って、買ってもらうか」
「そんな悠長なことを言わないで下さい。過剰在庫なんて、悪の権化のような物なんですから、この際、思い切ってズバッと行きましょう。ズバッと!」
あたしは拳を握りしめ、力いっぱい断言した。
「えっと、つまり──?」
「在庫一掃セールをしましょう! 思い切って全品、3割から5割引くらいしちゃって、売れる物を全て売ってしまいましょう!」
「さんッ……5割ですって!?」
インドラさんの目の色が変わった。
思いつく手順は、こうである。まず、在庫の棚卸を実施。さらに、インドラさんのツテを使って、魔族側の素材買取り価格と売却価格を調査。これは、販売価格を決定するための目安にする。
同時に、加工品についても売れる物は、売ってしまいたい。こちらの値付けは、シャクラさんに頼めばいいと、インドラさんがアドバイスしてくれた。
「しかし、手当たり次第に声をかける訳にはいきませんね。受け入れられる人数はどれくらいですか?」
「今、受付オヤジたちを呼んだからちょっと待って」
インドラさんの質問にチトセさんが答えると、部屋のドアがノックされた。
ローザ様が入室を許可すると、村長をはじめ、3人のオジサマたちが部屋に入ってきた。
早速、あたしが提案した、魔族を相手に在庫一掃セールを行う旨を話し、何人の魔族を受け入れられるか、を考えてもらう。
「今のままなら30人くらいが限界だろうな。宿はもちろん、この商会の空き部屋を使って、の話だし、食事やその他も全てギリギリってところじゃないか?」
かなり厳しい数字だ。
「それじゃあ、話にならないな。いや……在庫のカタログを配るのはバドさんたちだろう?」
首を傾げたローザ様は、しばし逡巡なさった後、にやりと笑い、
「魔族は魔族でも、国を相手に商売すればいいな」
「国?」
ギルド兼商会の買取り部門の責任者だという男性が、どういうことだと眉間に皺を寄せた。
「在庫のカタログは、数を作らない。我々が知る7人の魔王へ5部ずつ程度を配る。それを見て、国として欲しい物をピックアップしてくるだろう。後は、ウチの在庫と希望数の照らし合わせだ。希望が在庫を上回れば、各国同士で話し合ってもらえばいい」
お客様に甘える形になってしまうけれど、そこは仕方がないと開き直る。
魔王様たちのご機嫌取りは、ちびちゃんに任せると、ローザ様は笑った。
ちびちゃん、何気に責任重大? 大丈夫なのかしら? チトセさんをちらっと見ると、サムズアップが返ってきた。大丈夫ってことなのかしら? ちびちゃんは、魔王様たちのアイドルでもあるのかしら?
今更ながら、末恐ろしくも頼もしい幼児様である。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
設定段階で決まっているとはいえ、ちびこさんの高スペックぶりがパないっすね。あ、後、何か雰囲気が変わってきましたが、すぐに戻ります。ええ、ちびこさんは野放しにしちゃイケマセン。