職場見学は、本拠地で 4
チトセさんに受付オヤジ呼ばわりされた男性は、5人でいいのかしら? 1人はラウンジの奥、カウンターの前に陣取っていて、グラスを磨いている。どこからどう見ても、バーテンダーである。長身で、口ひげをたくわえた、なかなかに渋いおじ様だ。
彼の後ろには酒瓶らしき物がずらり並んだ壁いっぱいの棚。奥には調理スペースもありそうな雰囲気で、あそこだけ切り取るとパブやバーのような雰囲気だ。
ラウンジの壁には、艶やかな光を放つマントルピース。最近は、形だけの物も少なくないけれど、ここにある物はきちんと暖炉の装飾として、置かれているみたいね。
その上には、動物の頭部の剥製がいくつも壁にかけられている。虎っぽい模様の毛皮もあるし、野趣あふれる壁飾りの数々だわ。
柱付近には、全身甲冑が飾られているし、ちびちゃんが隠れられそうな大きな壺もある。
ガラスキャビネットには、お皿やカップなども飾られていた。
とても田舎のラウンジとは思えない雰囲気だ。……アト様が監修した可能性大ね。
「ようこそ、お嬢さん。俺は村長のハーゲンだ」
にこにこと笑いながら話しかけて来たのは、日に焼けた肌を持つ、逞しい身体の男性だった。髪には白い物が混じっているので、それなりのお年なんだろうけど、とても若々しい、素敵なオジサマである。
「初めまして。マリエール・シオンと申します」
「ああ、アンタが新人さんかい? 姉御から話は聞いてるよ」
差し出された手を握り返すと、村長がこんなところで管を巻いていていいのか、って思うだろう? といたずらっぽいお顔で聞かれてしまった。
一瞬、返答に困ったんだけど、あたしが口を開くより早く、
「しょんちょー、ちごとしりょ、ぉ? おぉぉ?」
村長の膝に手を伸ばしたちびちゃんだったけれども、平手がヒットする前に、脇に手を入れられ、そのまま上へすーっ。持ち上げた犯人は、もちろんチトセさんである。
「今から仕事するんだから、邪魔しないの」
「おりょせー! おりょせ、ちーちゃ!」
じたばた、じたばた。ちびちゃんが、暴れるけれど、チトセさんは涼しい顔だ。
反応に困っていると、村長が耳に手を当て、何やらボソボソと小声で呟いている。
電波を受信したのか?! と思わず後ずさりすれば、
「耳に小型の通信用法具を付けていますよ。誰かと会話をしているんです」
なんと! インカムみたいなのが、この世界にあったのか。横から耳打ちして教えてくれたインドラさんを見れば、
「我々の国でも、10年ほど前に開発された比較的新しい法具ですよ。便利な物が一度世の中に出ると開発が加速して、どんどん小さく軽く、便利になっていきますから」
なるほど。
ちょっと前まで王都が世界の最先端を行く都市の1つ──向こうでいう、ロンドンやパリ、ニューヨークみたいな感じだと思っていたのだけど、それは大きな間違いのようである。
世界の最先端は、魔族の国だわ。人間社会で一番進んでいるのは、恐らくここ。その次がアト様のおひざ元であるラダンスでしょうね。
「さて、さっきの話の続きってほどでもないが、村長がここにいる理由ってのは、実に簡単で、何をするにも姉御に相談して、許可をもらわなきゃならねえからさ。村の経済は、全部商会が握ってるんだ」
「ああ、なるほど……。その商会に新人が入ると聞いて、どんな人間か見てみようと思われたのですね」
「そういう事だ。聞けば、アトさんとも面識があるって言うしな。こりゃあ、正式にこっちへ来る前に、顔合わせだけでもしとかねえと、ってな」
逆の立場だったら、あたしだってそうするだろう。気を悪くしねえでくれな、と言われたが、気にするようなことではない。村長として当たり前のことを彼はしただけだ。
それを伝えると、村長は「良かった」と胸を撫でおろし、
「姉御には伝えたから、商会へどうぞ。チトセ、会長室でお待ちだ」
前半はあたしに、後半はチトセさんに向けて案内の言葉を口にした。
「了解」
チトセさんに案内されて──と言いたいけれど、彼はちびちゃんを小脇に抱えている。小荷物じゃないんだから、と呆れそうになるが、肝心のちびちゃんは
「あはははは。りょーりゅけーきだ! あはははは」
何が楽しいのか、チトセさんの腕の中で、器用に身を捩ってゆっくりと回転している。器用なコ……。もう、完全に遊んでいるわね。
村長に促され、階段を上がる。踊り場には大きな窓があり、そこから中庭を見下ろせるようになっていた。中庭は、きちんと手入れされているようではあるけれど、派手さはなく、どちらかと言えば地味。それはなぜかとたずねるまでもなく、
「中庭は、薬草園として使ってるんだよ。基本の薬草を育てるのはもちろん、深魔の森で見つけた薬草の栽培実験とか、そういうのもあそこでしてる」
「ここから盗んでいける猛者はいないでしょうね」
インドラさんが、遠い目をしています。帰って来て~。
2階は、静かなものだった。事務仕事をしている従業員は少なく、村長など村のまとめ役が兼任している役職もあるというのだから、驚きである。これも、ゆくゆくはどうにかしていかなければいけない案件なのだと、チトセさんは肩をすくめた。
「女だろうが男だろうが、仕事はたくさんあるんだよ。ただ、ここの特性上、誰でも受け入れる訳にもいかなくてね……」
それは確かに。
近くに砦があることから、そちらに詰めている騎士さんたちも、頻繁に足を運んでくれるのだそうだ。そのため、食堂や酒場などの需要も大きいのだが、いかんせん、思うように人を呼べないので、1階のラウンジを活用しているらしい。
そんな内情を聞いている内に『会長室』というプレートがかかった部屋の前に付いた。チトセさんがノックをすると、中から「どうぞ」という返事がある。
「お待ちどうさま。連れてきたよ~」
「きちゃよ~」
チトセさんがドアを開け、中へ入るよう促されたので、中へ入った。
真正面には、どっしりとした重厚なデスク。その後ろには、中庭を眺める大きめの窓があり、その左右には、大きな本棚がある。あ、本棚にちびちゃん作っぽい、鳥の人形があるわ。赤色なのね。オウムみたい。部屋の隅には観葉植物も置かれている。
デスクの前は、簡単な打ち合わせができるようにでしょう、ソファーのセットがあった。どれも、ダークブラウンで統一されていて、落ち着いた大人の男性の仕事部屋という雰囲気。
「はじめまして。私が、リッテ商会会長ローザリッテ・アルバータ・バルバロッサだ。ローザと呼んでくれないか」
椅子から立ち上がり、握手を求めて来た人は、どこをどう見ても女性である。
女性にしては高い身長。胸も豊かで、腰もきゅっと括れたナイスバディ。アト様より明るい藍色の髪は、ショート。あ、違う。後ろ髪だけ長いみたい。
シャツに黒のパンツを身に付けて、腰に赤色の派手な布を巻き付けている。
「お初にお目にかかります。マリエール・シオンと申します」
差し出された手を握り返し、あたしは笑顔を浮かべた。ソファーに座るよう勧められ、そちらに腰を下ろす。その間も如才なく、チトセさんはお茶の準備を進めてくれていた。
小荷物扱いから脱出したちびちゃんは、あたしの隣に立つと、エッヘンと胸をはり、
「あねにぇご、おねえちゃよ」
だから、その紹介はどうなの。
でも、カワイイからいいか、と思ってしまうあたり、あたしも色々とアレだわね。ローザ様も「お前が偉ぶる理由はなんだ」と少し呆れ顔だ。
お茶の準備が整うまでの間、あたしはローザ様と世間話。少し気になったのだけれども、バルバロッサという彼女の家名。もしかしてと、たずねれば案の定──
「現バルバロッサ男爵は、私の兄だ。最も、商会を立ち上げる時に縁を切って以来、音信不通だから、向こうは私が死んだものと思っているだろうがね」
貴族社会の習いで、ローザ様にもとある子爵家の御子息との婚約話が持ち上がったらしい。けれど、ローザ様は、それを拒否。あんな貧弱もやしに嫁ぐくらいならと、家出。その足で、前々から興味があったルドラッシュ村へ向かい、この村は私が立て直す、と一念発起。
深魔の森へ行き、手始めにマーダーグリズリーなど換金しやすい魔物を数頭仕留め、資金を調達。それから、ルーベンス辺境伯家へアポなしで突撃し、リッテ商会への融資と支援を取り付けたのだそうだ。
アグレッシブ! とりあえず、目の前の問題を解決するために、設立からずっと走り回っていたけれど、ローザ様としては、そろそろ次の段階に進むべきだと考えているそうだ。
そのためにも、ぜひ知恵と力を貸してほしいと言われれば、がぜんやる気が出て来る。正式に雇われる前であっても、リッテ商会のためなら、働きますとも! もちろん、やるわ!
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。
リッテ商会の真のボス(違)登場。
父の退院が決定。ほっと一安心しております。