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職場見学は、本拠地で 3

 トキジクノカクにささっている乙女の像は、木の樹液──正しくは、木が地面から吸い上げた水──を抽出しているらしい。インドラさんの言う樹液は、木の幹を傷つけた時にでる汁──メープルシロップを思い出すわね──のことのようである。

 それでも、トキジクノカクという木から採れた水なら、さぞかし素晴らしい薬効があるに違いない。チトセさんは、みんなが病気知らずなのはこれのおかげかな? なんて。



「今更ながらに、あの時のスチュアートの気持ちが分かりますっ。この、このっ、行き場のない感情をどこへぶつけたらっ……!」

 インドラさんは、商会からラダンス、ヘシュキアへと、あたしがここへ来たみたいに、とんとんとんと、移動したので、ルドラッシュ村の内情は全く知らなかったそうだ。

 苦悩するインドラさんを横目に、ちびちゃんは

「あ! ケンだ! ケーン!」

 水を汲みに来たらしい女性に向かって、大きな声を出し、手を振った。うん、全く興味ないのね。



 声に反応したのは、彼女ではなく、その足元にいる大型犬。うぉんっ! と吠えると、たたた~っと駆けて来て、ちびちゃんの前で──ごろん。お腹を見せるこれは、服従のポーズ!

「よ~ち、よちよち。ケンはいーこだな~」

 ちびちゃんはしゃがんで、わしゃわしゃと犬を撫でる。



「チトセ、ボス。帰ってたんですか」

「たった今ね。元気そうでよかったよ、サニー。コニーは変わりない?」

 壺を抱えて、大型犬の飼い主である女性がこちらへ近づいて来た。

「ええ、おかげさまで」

「マリエさん、紹介するね。カーンたちのお母さんのサニー。背中にいるのは、末っ子のコニーだよ。ケンは、4番目」

 なんと! 三つ子のお母さん?!



「こっちは、マリエさんって言って、この春から商会で働いてもらう予定なんだ。カーンたちとはもう顔なじみだね。今日は、会長と初顔合わせってことで連れて来たんだよ」

「まあ! そうなんですか! 息子たちがご迷惑をおかけしたりしませんでしたか?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。とても、頼りになる息子さんたちですわ」

「和やかなところ、申し訳ないのですが……チトセ。どうしてここに、フォレストウルフハウンドの亜種がいるんですか」

 インドラさんが、ジト目でチトセさんを見る。



 その質問に答えたのは、彼ではなくて、飼い主のサニーさん。

「この子は、6年くらい前に、カーンたちが森で拾って来たんですよ。始めは、真っ黒い犬だったのに、3年くらい前ですかね? 急に毛の色が変わってしまって──」

「進化したんだよねー。さすが魔物」

 だよねーじゃないでしょ、チトセさん。



 魔物を飼うなんて、大丈夫なのかと心配したけれど、ハウンド系やウルフ系、要は犬系の魔物は、犬の習性もあり、上下関係さえきっちり抑えておけば、飼いやすいのだとか。

「カーンが躾をして、キーンが餌の管理をして。ブラッシングを熱心にしていたのは、クーンだったわ。多分だけど、お兄ちゃんたちが家を空けるようになったから、代わりに自分が家族を守らなくちゃって、思ってくれたんでしょうね」

 良い話だけど、進化したっていうトコロに、若干のひっかかりを覚える。



 っていうか、このワンちゃん、歓迎の看板に描かれていたワンちゃんじゃないの。つまり、ちびちゃんと並んで、ルドラッシュ村のアイドルポジションにいるってことなのね。

 カーンたちのことはもちろん、この村のことなど、話題はつきないけれど、今日は目的がある。サニーさんとは、次はお茶会をしましょうと約束して別れた。



 今しがた通って来た道とはちょうど反対側の位置に、村の奥、深魔の森の方向へと伸びる道を歩いていく。緩やかな上り坂になっているこの道は、馬車が2台、余裕で通れるほどの道幅があった。村のメインストリートは、別名をアタッカー通りと言うそうだ。

 森に挑戦するために必要な装備や物資が全て揃うほか、病院や教会なども建っていた。

トンテンカン、と金属を叩く音が聞こえるのは、近くに鍛冶屋があるからだろう。

 王都と違って、店と店の間は並びあっておらず、こちらも点在、と表現した方が良い。開発計画はかなりずさんだったのだろうなと、苦笑いが浮かぶ。



 道の先に見えて来たのは、田舎の村らしくない、立派な建物。

 2階建てのそれが、リッテ商会の本部なのだとか。

 白木の壁に赤茶色の屋根の建物は、子爵邸、男爵邸だと言われても頷いてしまいそう。柱も屋根と同じ赤茶色で、2階のベランダ部分は、開放的な造りになっているみたいだ。



 チトセさんの説明によると、東西南北の館で成り立っており、南館の1階は村民の憩いの場。2階が商会の事務所。北館は会長やチトセさんたちの部屋があると共に、来賓のゲストハウスとしても使用しているそうだ。東館の1階はアタッカーズギルドと村役場。2階部分は、それぞれの事務所およびバックルーム。西館は商会の研究室兼倉庫として使用しているのだとか。東西の館には地下室もあるらしい。



「この村の重要な施設が全て1つにまとまっているんですね」

「全部、切っても切り離せないところにあるからねえ。それだったら、まとめて一か所にしちゃえってね。ただ、将来的にアタッカーズギルドは、切り離す予定なんだよ」

 今は、アタッカーと村人がほぼイコールで結ばれるため、大きな問題にはならないが、これからはそういう訳にもいかない。今後、アタッカーが増えて来るようであれば、商会の秘密保持や村人の身の安全のためにも場所を移すべきだと考えているのだそうだ。



「その辺は、王都の冒険者ギルドとも相談するべきだろうし、村の開発計画もきちんと立てなくちゃいけないから、まあ……慌てずじっくりと検討する予定だよ」

 あたしが冒険者ギルドへ見学に出かけてから、それなりの時間が経ち、アト様からギルドへ、アタッカーズギルドの件で申し入れをするなどして、調整を続け、そろそろ冒険者ギルドから視察団とギルド推薦の冒険者が到着するのだそうだ。



「あれ? と言う事は、チトセさん、超が付くほど多忙ですか?」

「……超じゃ足りない程忙しいかな……今日は、ある意味息抜きの日だね。広場の水を飲んでなきゃ、今頃は陸揚げされた魚みたいにピクリとも動けなくなってると思う」

 神聖植物の樹液を、栄養ドリンク扱いかっ! 

「過剰摂取は身体に毒では? 中毒性があるという話を聞いたことがあります」

「いやあ、中毒になるほど飲んでないよ? 1日、コップ1杯にしてるし、水舟に溜まるあたりで、大体濃度は10%から20%くらいになるよう、調整してあるんだよね」



 壺から水舟までの7つの受け皿には、ニミュエの涙という、水を生み出す魔法石──オーバーテクノロジーでできた法石のこと──を入れてあるのだそうだ。

 インドラさんが、またがくっと膝を折る。心臓が持たないと、声が震えている。

 魔法石は、精霊の結晶とも言われているのだとか。ニミュエの涙は魔法石としては、比較的見つけやすい部類に入るそうだが、それでも、取引されるときは、ミリオンクラスの金額が動く品である。……うん、心臓に悪いわね。



「気休めになるかどうか分からないけど、バドさんたち、みんな知ってるから」

「……そういう問題ではないような気もしますが……皆さま方がご存知だと言うのであれば、私ごときが口出しするような事ではありませんね。──ところで、商会の隣に生えている木、あれはオオカムズミでは……?」

「えっ? 桃じゃないの?」

「ありぇもはかしぇのおみやげよー」

 その時点で、桃じゃない可能性の方が高いと思うわ。



「オオカムズミも神聖植物ですよ! 破邪の力に優れていると言われているんですっ!」

 あぁ、桃の木って確か、そうよね。そういう力があるって、向こうでも言われていたわね。

「えっ? …………夏の定番デザート……ですけど?」

 コンポートにしてタルトを作り、ムースやゼリー。そのまま、食べることもあるそうだ。

「ひりょばのきにょみも、ちーちゃがジャムにちたり、タユトにちてくれたりしゅゆよ?」

 とんでもないな。本当に。



「……もしかして、さきほどのフォレストウルフハウンドも……?」

「食べてるし、飲んでるねえ」

「進化した理由が分かったような気がします」

 あたしも。とはいえ、苦悩するインドラさんには申し訳ないけれど、彼の悩みは今一つ理解しかねるので、詳細をたずねることはしない。君子危うきに近寄らず、っていうもの!



 3段のステップを上り、チトセさんが玄関の扉を開けてくれる。中に入ると、そこはホテルのロビーのようになっていた。

 向かって正面右側には、2階へ上る階段があり、その手前には受付カウンターが3つほど並んでいるものの、今は空っぽ。誰もいない。

「右のあの扉の向こうが、商会の研究室。あの扉は許可証がないと通れなくなってるんだ。左は、村役場とアタッカーズギルドに繋がってるよ。こっちは、無許可で大丈夫。商会は、階段の上。受付嬢の代わりに受付オヤジがいるんだ。別名を暇人って言うんだけど」



 チトセさんの言葉が聞こえていたのか、左手側のラウンジから、野太いブーイングが。ただまあ、表情は明るいから、どちらも悪ふざけだと分かっているのだろう。

「おぢゃまり! ちごちょは、どーちた! ちごちょは!」

「ここにいることが、俺らの仕事なんだぜ? ボス」

「うぬ?」

 肩をすくめる1人の男性の発言に、ちびちゃんがパチパチを大きな瞬きを返す。

 ちびちゃんの顔は、確実に何言ってんだ、コイツ、と語っていた。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。


父、まさかの入院! もしかして、執筆のスピードがアップしていたのは、このためなのだろうか? なんて、考えてしまう。

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