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放課後の密談は馬車の中で

サブタイトルって、難しいですね……いっつも悩みます

1月29日 誤用の指摘を頂き、訂正いたしました。

 学園の生徒は、全員、寮住まいが基本。貴族の子女を預かっているという点から、門限などの規則は比較的緩めだけど。

 が、ここでもやっぱり格差というものは存在感を放っている。まず、貴族籍と庶民籍の生徒では、生活する寮が違う。寮自体の構造も違うそうな。



 同じ貴族でも、身分が低い者は上の階の部屋をあてがわれ、部屋も下の階に比べて、狭いものになる。また、貴族は、世話係を3人まで連れて来る事が許されているが、身分の低い者は上の者に遠慮して、世話係を減らす事も少なくない。

 これが良い事なのか、悪い事なのかは、あたしには判断しかねる。だって、国の根幹にかかわる事なんだもの。おいそれと口にできる事じゃない。



「お帰りなさいませ。お嬢様?」

「た、ただいま……ジャスミン……」

 あたしを迎えに来てくれた侍女の笑顔が、怖いです。答える顔が引きつってしまうのも、無理はないと思うのです。

 ジャスミンは、マリエールの乳母を務め、そのまま彼女付きの侍女になった人である。普通、貴族は子育てなんてしないので、マリエールにとって、ジャスミンが母なのだ。

 その記憶はあたしにもしっかり受け継がれていて──ハイ、頭が上がりません。



 正面玄関脇にある、馬車溜まりはただ今、混雑中。

 あたしたち、貴族が使う寮は学園から馬車で10分ほど離れたところにあるので、登下校は馬車を利用するのが普通。

 ただし、伯爵までは自分の家の持ち馬車の利用が許されていているけれど、男爵と子爵は学園が用意した専用の馬車を利用するのがルールだ。

 貴族と一口に言っても、階級差は露骨なほどに明らかなのよね。




「社交界デビューを済ませた一人前のレディーが1人で出歩くなんて、はしたない真似はおやめ下さい」

「ごめんなさい。これからは気を付けるわ」

「ジャスミンは、何度もそのお言葉を聞かされております。お嬢様のこれからは、あてになりません」

 ……ごめんなさい。それにしても、一体、どこから情報が漏れたのかしら。不思議だわ。

 けど、それを追求する事なんてできなくて、あたしはジャスミンに小言を言われながら、馬車に乗り込んだ。



「それより、この後、買い物に出かけたいのよ。構わないかしら?」

 拝むようにしてジャスミンにお願いすると、分かりましたとしぶしぶ頷いてくれた。

 ジャスミンが御者に、行き先変更を告げ、中に入って来る。ドアが閉められたので、すぐに出発するだろう。

「テストの最終日に、お茶会を開こうと思っているのよ。その準備とカードを買いたいの」

「かしこまりました、お嬢様。それにしても、お茶会は久しぶりですわね。どのような会にいたしましょう?」

 険しかったジャスミンの表情が一変する。何だかんだで、ジャスミンはあたしに甘いのだ。



「そうねえ……お招きするのは、推理作家フランク・クリスティーの大ファンなのよ」

 クラブ・クリスティーンという、クラブの名前も彼にちなんだものだと、レディ・アレキサンドラから聞いている。

 フランク・クリスティーと言えば、代表作は『伯爵探偵ルオト・カイネン』のシリーズ。彼女たちには、喜んでもらいたいし、伯爵探偵にちなんだ物を揃えたいところ。



「……? どうしたのかしら? 動かないわね」

 いつもなら、もう走り出している頃だ。あたしが首を傾げると、

「失礼! 同乗させていただくわ」

 馬車のドアが開き、有無を言わせず乗り込んで来たのは、レディ・イザベルだった。

 チェリーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳の持ち主は、少しきつめの顔立ちではあるけれど、もの凄い美人。加えて豊満なボディとアクティブな性格。

 王妃陛下から「貴女はまるでダリアのようね」とお言葉を賜った事から、ダリアの君と呼ばれている、社交界の人気者の1人だ。



「レ、レディ・イザベル?」

「レディーとして、はしたない行動であることは百も承知していてよ。それでも、あたくし、どうしても、今日、あなたに言いたい事があるの」

「はあ……」

 闖入者とあたしたちの戸惑いを乗せて、馬車はようやく動き出した。



「レディ・マリエール。あなた、いつまであの男の言いなりになっているおつもり? あんなに言いたい放題言われて、悔しくないの? 見返してやろうと思わないわけ?」

 あたくしだったら、到底我慢できないわ、とレディ・イザベル。手に持った扇子が、今にもばっきり折れそうです。



 言い方はきつめだけれど、マリエールの事を心配してくれているのは分かる。ありがとうございます、とお礼を言えば、

「べっ、別にあなたの事を心配したわけじゃなくってよ! あのまま、キアラン殿下が王位を継がれたら、女性蔑視の風潮が国に蔓延する事になりかねないと、あたくしは危惧しておりますの! いずれは王妃陛下となられるあなたが毅然とした態度で臨まなくては、いつまでたっても、あの方の態度は変わりませんわ! それでなくとも、あの方を始めとする何人かの殿方については苦々しく思っておりますのに──!」

 レディ・イザベル……もしかして、ツンデレですか? 大好物です。ごちになります。



「大丈夫ですわ、と申し上げても、今は信じて下さらないかも知れませんわね。ですが、わたしも思うところはございますし、色々考えさせられる事もございました。ちょうどいいわ。ジャスミンも一緒に聞いてちょうだい。わたし、貴族籍を抜けようかと考えておりますの」

「なっ!? おっ、お嬢様?! 早まってはいけませんわ! そのような……っ!」

「そ、そうですわ! レディ・マリエール! いくら何でもそのような──!」

 2人は、顔面蒼白。声も、まるで悲鳴だ。



 あたしは、少し笑って、

「具体的な方法はまだ考えている最中ではございますが、もう、決めましたのよ。考えてみて、ジャスミン。このままで、わたしは幸せになれると思う?」

「それは……」

 表情を曇らせるジャスミン。それが、全ての答えだ。ジャスミンの目から見ても、このままでは、あたしは幸せになれない。

 レディ・イザベルへ向き直って、あたしは言葉を続けた。

「我が家の恥をさらすようで申し訳ないのですが、わたしは侯爵家の中にあっても、居場所はございませんの。素性がはっきりしない上に、法術も使えない娘が、侯爵家の名を口にするなど、許されて良い事ではないと、義母ははっきり申しております」



 嘘でしょう!? と言いたげに、レディ・イザベルが目を丸くした。その視線はそのまま、ジャスミンへ向けられ──

「本当の事でございます。旦那様以外のご家族は、皆さま、お嬢様をはっきりと疎んじておられます。それどころか、使用人たちまでもが、お嬢様を軽んじる始末……旦那様は、それを咎めだてることなく、放置なさっておいでで──」

「何てことなの! 信じられないわ。シオン侯爵夫人だって、法術は苦手でいらっしゃるのに。ロウソクのような炎を灯すのがせいぜいだと、叔母様からうかがっていてよ」

「そうなのですか?」

 それは、初耳だ。義妹の方も、才能は似たり寄ったりらしい。



「ただ、ヴィクトリアス様とその弟君は、父君の才能を受け継がれたようですわね。叔母様の代では、そんな風に話されているらしくってよ」

 ぱしぱしと扇子を手に打ち付けながら、レディ・イザベルがおっしゃる。

「あなたの御身内を悪く言うようで、申し訳ないけれど、一体何を考えているのかしら。あなたは、精霊の歌姫であるだけでなく、サジリウス3世から直々に花十字のペンダントを贈られているのよ? これが、どういう意味を持つか、分っていらっしゃるのかしら?」

 改めて言われると、確かに。マリエールの家庭内での現状を知られれば、ガイナス教徒として、信仰心そのものを疑われるきっかけになりかねない。



「わたしが言うのも何ですが……分かっていないのではないかと思いますわ」

「侯爵家の将来が危ぶまれますわね」

「ですから、貴族籍を抜けたいのです」



 防音ばっちりで、盗み聞きの心配をしなくていい、馬車の中だからこそできる発言だ。この話、ユーデクス一族に聞かれたら、王家へ報告が行って、逆にこちらが追い詰められるかも知れない。



 ユーデクス一族に、チトセさんの身辺調査を依頼した後で、公園でのやり取りを王家へ報告されたらどうしようと蒼白になったのは、忘れられない。

 その事を話したら、チトセさんは「ああ、コレで話し合いがついてるから大丈夫」だと、笑顔で握った拳を見せてくれた。

 ものすごく心配になる答えだ。でも、拳での語り合いに負けてしまい、護衛対象を見失っていました、という報告ができるだろうか、と考えた場合、たぶんできないだろうなという結論にたどり着いた。

 男が大好き、拳の語り合い。恐ろしすぎる。 



「さすがに、今すぐにという話ではございませんよ? 例えキアラン殿下に顧みられなくても、今のわたしはあの方の婚約者ですもの」

「そ、そうですわよね」

「婚約を白紙に戻してからの話になりますわ。そうなれば、あの方たちの事ですもの。自動的に、わたしを侯爵家より追い出してくれますわ」

「お嬢様!」

 遠い先の旅行を楽しみにしているような口調で話すあたしを、ジャスミンが責めるような声で呼んだ。あたしは、「大丈夫よ」と微笑む。



「頼りになりそうな相談相手が見つかったの。わたしが貴族籍を抜ける事で、あなたたちに迷惑をかけるつもりはないから、あなたたちの今後についても、その人に相談するつもりよ」

「……本気……なのね」

「ええ。周りに嫌われることを恐れて従順でいたわたしマリエールとは、もうさよならをいたしましたの。これからは、ありのままのあたしマリエで生きていきますわ」

「素晴らしいわ! あたくし、殿下の前では、何を言われても黙って従っている人形のようなあなたが大嫌いでしたの」

 素直ですね、レディ・イザベル。そんな予感はしていましたけど、面と向かって言われるとやっぱり、ショックです。

「でも、今のあなたは違いますのね。ねえ、マリィと呼ばせていただいてよろしくって? あたくしのことは、ベルと呼んでいただきたいわ」

 何ですと!? レディ。イザベルはまっすぐにあたしを見ていて──

「まあ、嬉しい! あたし、愛称で呼びあえるお友達に憧れていましたのよ!」

 嘘や社交辞令ではないと思えた。あたしは、ベルの手を取って、

「ねえ、ベル、今度、お茶会を開きますの。是非、あなたにも来ていただきたいわ」

「喜んで参加させていただくわ」

 まさか、こんな形で友達ができるとは思わなかったわ。ダリアの君が友達だなんて、最高じゃないの! ああ、学園中に自慢したいわ! あたしは、ダリアの君と愛称で呼び合う仲になったのよ! って。

 ああ、興奮して鼻血が出そう。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

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