職場見学は、本拠地で 2
魔境(笑)は、執筆スピードも速まるようで……
あたしの顔を見たちびちゃんは、ぱあっと顔を輝かせると、駆け寄って来て
「おねーちゃ! あにぇごのちょこいこう! しゅぐいこう! さあいこう! いまいこう!」
「ちょ、ちょっと、ちびちゃん?!」
あたしの手を取り、ぐいぐいと引っ張りながら来た道を引き返そうとする。
いやいや、急ぎすぎじゃありませんかね? つまずきそうになれば、
「おてんばさん。少し落ち着きなさいな。ルドラッシュも商会も逃げやしなくてよ」
フランチェスカ様から、待ったがかかった。
「う……ぢぇも、あにぇごにおねえちゃ、あわせたげたい……」
「逃げないってば。それよりも、おはようの挨拶が先でしょ」
「はう! しょうね! しょうよね、めんね、おねえちゃ」
チトセさんに言われて、ちびちゃんはしょんぼりと肩を落とした。本当に、かわいいわあ、このこ。緩みそうになる表情筋を叱咤して、ちびちゃんの挨拶を待つ。
「おねえちゃ、おはよーごじゃーましゅ」
言えてないぃぃ! 身もだえしそうになるのを懸命にこらえて、
「おはよう、ちびちゃん」返事をしたわ。
あたしの側で、フランチェスカ様が「おてんばさんは、今日もかわいいわねえ」って、表情筋緩めてる。ええ、全く、その通りですね! ジャスミンも表情筋が仕事を放棄しているわっ! チトセさんは、笑いをこらえているようだけども。
「いっちゃも、おはよーごじゃーましゅ」
「はい、おはようございます」
ぺこっと頭を下げたちびちゃん。インドラさんは、いつものアルカイックスマイルのまま、幼児の頭を撫でた。嬉しそうに目を細めるちびちゃんは、ライオンの子供にそっくり。
「ちーちゃも、おねえちゃといっちゃに、おはよーちて!」
「はーい。2人ともおはよう」
「おはようございます、チトセさん」
「おはよう」
あたしとインドラさんが返事をするも「むぅ」ちびちゃんは、何だか不満顔。それでも、チトセさんは気にした様子もなく、
「それじゃ、午後のティータイムには戻ってくるようにするから」
フランチェスカ様へひらり、手を振って、目線であたしに移動を促してくる。
「ちーちゃ! おねーちゃは、レヂーなんだかや、エシュコーチョしなきゃめーでしょ!」
「はあい、ごめんなさい」
ちびちゃんにぺチッと足を叩かれ、チトセさんはあたしに手を差し出した。別にエスコートがなくても気にしないんですけどね。それでも、出された手を取らない、という選択肢はないので、彼の手を取り、エスコートしてもらう。
連れていかれた先は、地下室だった。防犯上の問題から、転移陣は地下に作っているのだとか。白御影石のようなタイルの上に彫られた、繊細な法陣。その上に4人で立つと、
「んじゃ、行くよー」
チトセさんが親指くらいの小さな石を床に落とす。カンッと音がした直後、陣が光を放ち、あっと思った時には、周囲の景色が変わっていた。
と言っても、先ほどと同じ地下室である。ただ、この部屋には、法陣が2つ用意されていた。隣に移るよ、と言われ、そのまま隣の法陣の上に移動。
チトセさんが再び石を床に落とすと──
「外っ!?」
左右は、紅葉も終盤を迎え、枝が目立つようになった木々。そして正面は──
「立派な門ですねえ……」
インドラさんよりもまだ高い木の壁が、左右に10メートルほど。そこから先は、森だ。一見、壁の意味がなさそうに見えるけど……森には入るなと頭の中で警告音が鳴っている。
それにしてもなぜ外なのか。疑問は顔に出ていたのか、
「せっかくだから、村も見てもらおうと思って」
法陣をちょっとだけいじってもらって、転移ポイントをずらしたのだとか。帰りは商会の中にある転移陣からの移動になるそうだ。
村への出入り口は、3か所。ここと、森へ向かう道と、西側の道。こちらは、警備隊が常駐している、砦へ繋がっているそうで、警備隊までは徒歩30分ほどの距離なのだとか。
門扉は夜明けと共に開き、日暮れと共に閉められる。今は昼間なので、もちろん開いている。
門番はおらず、代わりに天秤と剣を持った女神と弓を構えた女神が、門の左右に立っていた。まるで仁王像のようなポジションだが、どちらも女性なので威圧感はない。
「ギャラリーに飾られていそうな彫像なのに、野ざらしでいいんですか?」
「ああ、これ、リビング・スタチューっていう人造生命体だよ。門番なんだ」
「レトしゃがね、おみやげーちぇ、くえちゃのよ」
どんな土産だ。
こんな物を土産にするような人、ヒト? と言ったら、マで始まる種族しか思い浮かばない。
インドラさんに何か心当たりはないかと、視線で尋ねようとしたら、いなかった。あれ? と思ったら……崩れ落ちてる!?
「エルダー・トレントを壁に……?!」
えっと……? ヘルプコールをチトセさんへ送れば、
「村壁とでも言うのかなあ? この木製の壁なんだけど、エルダー・トレントっていう植物系の魔物を切り倒して作ったんだよね」
このエルダー・トレント。1,000年以上生きたトレント──木に顔がくっついたような魔物──のことだそうで……まるで屋久杉のようである。
「エルダー・トレントは、深魔の森で生息が確認されているのは知っていますが、見つけるのはひっじょぉぉぉに困難で……植物系の魔物素材としては、超がつく一級品のはずですが……?」
息も絶え絶えという感じで、インドラさんが言うのだけれども、
「ジョニー親子が、1年に2,3本くらいのペースで伐採してくるけど?」
ジョニィィー!? インドラさんが「あり得ない!」と地面をパンチ。一方、チトセさんは
「欲しい物、必要な物は大体作っちゃったし、最近は持て余しつつあるんだよねえ」
うん。ルドラッシュ村がおかしいことは、よぉぉく分かった。分かってたけど、実感した。
「ええと、インドラさん? 聞いていいものか、分かりかねますが、レトさんというのは?」
「レディが想像なさっている通り、魔王のお1人ですよ。私の主とは別の方ですが……」
やっぱりィィッ! ここは、魔王が手土産──手土産?──持参で、来るようなとこな訳?!
それだけでも、絶叫モノなのに、インドラさんの見立てでは、魔族の城で防衛設備として配備されているレベルらしい。もはや、叫ぶ気力もないワ……。
そりゃあ、人造生命体って、ロボットみたいなモンなんでしょ? だったら、24時間年中無休で働けるでしょうよ。しかも、労働環境にケチつけないし。門番としては、これほど便利な人材? はいないわ。
それだけに、開いた扉の向こうの壁に『ようこそ、ルドラッシュ村へ』と、どこぞの観光地のような文言が書かれているところに、何とも言葉にしがたい思いを抱いてしまう。
しかも、その文言はフキダシになっていて、ちびちゃんと灰色がかった緑色の毛並みのワンちゃんが描かれていた。
見る人が見れば、おちょくられているのではないかと勘繰ってしまいそうな光景である。
しかしまあ、言ったところでどうしようもない。門扉をくぐると、緩やかな左へ曲がるカーブになっている。さらに進むと、今度は右。道の周囲は、木々が生い茂っており、森の中の村、だというのがよく分かる。
カーブを抜けると、村の広場に出た。
広場の中心には、10メートルはあろうかという大きな木が生えている。某CMの歌を歌いたくなったけど……それは自重した。その回りは石畳で舗装されており、ベンチやテーブルが置かれていた。
このベンチやテーブルは、時々開かれる肉祭りの時などに大活躍するらしい。時々、というフレーズに首を傾げつつ、ここはあえて突っ込まないことにしよう。
ベンチには、こっくりこっくりと居眠りをしているおじいさんがいた。
パンが焼ける香ばしい匂いが漂ってくるのは、近くにパン屋さんがあるからだそう。パン屋さんの2階は、サウナになっているのだとか。家々は行儀よく立ち並んではおらず、点在していて、空き地や畑、菜園のようなものもちらほらと見受けられた。
「人口は100人ちょいくらいだから、村の規模としては平均を下回るくらいかな? けど、アトさんの村興し計画もあって、人口は年に10人くらいのペースで増えてるんだよね」
「なるほど。ところで、あの木の真ん中あたりにある、乙女の像は何か意味が?」
そうなのである。大人が5人くらい集まって、ようやく抱えられるような太い木の幹には、壺を小脇に抱える乙女の像がささっているのだ。
比喩でも何でもなく、本当にささっているとしか思えない。だって、像を支える支柱らしき物が見当たらないのだもの。もしかしたら、法術で支えているのかも知れないけど。
乙女が持つ壺からは、一筋の水が流れ落ち、その下の受け皿へ。お皿の注ぎ口から水は流れ、さらにその下のお皿へと下りてゆく。
7枚のお皿を経由した水は、最終的に石造りの水舟に溜められるようだ。水舟の奥は、ちょうどウロのようになっているようで、そこに豊穣の女神メティルナの像が立っている。
「チトセ……どうして、トキジクノカクがここに生えているんです!?」
「ときじくにょかくー?」
何ソレ、と首を傾げるちびちゃんへ「あれです」とシンボルツリーを指さすインドラさん。くわっと額の目が開いているところをみると、さっきよりもショックだったんでしょうね。
「あにょきは、はかしぇのおみやげよー」
着物を持って帰って来た人かっ!
「トキジクノカクは、ユグドラシルと並ぶ神聖植物です。木の実を食べれば、寿命が1年延びると言われ、その樹液は万病に効くと言われているんですよっ!?」
「えっ……?! や、ふっつーに飲み水として使ってるけど? あれ」
言ってる側から、大型犬を連れ、赤ちゃんを背負った女性が、持ってきた壺を水舟の中へどぼん。生活に密着しているのがよく分かる光景でした……。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
ルドラッシュ村が、どんどんおかしくなっていく(笑)