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ハメ外しは、ハルデュスの祝祭で 7

 パチン。

 音楽は途切れることなく奏でられ、この場に集った紳士淑女たちの会話も途切れることはない。さらに人が集まる場所には付き物の、小さな雑音。それらが合わさって、サロンはそれなりに騒がしいものである。

 だから、扇子を閉じる音なんて、普通は聞こえない。

 聞こえないはずなのに、その音は、ヤケにはっきりと聞こえた。



 と同時に、全身にGがかかる。あたしへ向けられたものではないと分かっていても、息が詰まりそうだ。ぐっ、と出かかった声をこらえただけでも、拍手喝さいものだと信じたい。

 ちびちゃんは「ひょえぇぇぇ……っ」と、半泣きであたしのドレスの影に隠れる。

 扇子を閉じたのは、言わずもがな、フランチェスカ様だ。微笑みはそのままではあるけれど、漫画だったらこめかみあたりに四つ角マークが浮かんでいるに違いない。



 そんなオッソロシイGにも負けないツワモノがいる。我らがヒロイン、ミシェルさんだ。KYですよ、KYがここにいますよ。憧れなんてあり得ないけど、違う意味で痺れるわ。

「それにアンタ……っ! 何で、何でアンタがそのドレスを着てるのよ!?」

 ミシェルは握りしめた拳をプルプルと震わせながら、あたしを睨む。何で、って言われても……あたしが、何を着ようがあたしの勝手でしょうが。どう対応したものか……。

 なんて、悠長に考えている暇なんてありませんでしたワ。



「お久しぶりですわね? キアラン殿下」

 あたしたちのグループで1番格が高いフランチェスカ様が、あちらで1番格上になるキアランへ話しかけたのである。一度閉じた扇子を再び開き、顔の半分を隠してしまわれた。

 けれど、小さな扇子1つでは、春の温かさを吹き飛ばした、真冬の冷気は隠せない。



「お、久しぶりです。ダウィジャー・レディ・ルーベンス……」

 声が上ずってますな。まあ、無理もない。フランチェスカ様の声のトーンが、ダウンしているもの。全身で、不機嫌ですと訴えていらっしゃるもの。あたしだって、隠れたい!

「ごめんなさいね。わたくし、ずっと田舎に引っ込んでおりましたから、今の王都での礼儀作法を存じませんの。さぞかし、不愉快な思いをさせてしまったことでしょう。機会があれば、わたくしの方からお詫び申し上げますけれど、あなた様の方から国王陛下ご夫妻や兄君にもお詫び申し上げておいて下さるかしら?」



 ぎゃー!? すごい嫌味キター! キアランの顔が引きつってるし、愚兄を始めとする他のメンバーもさっと顔色を悪くしている。その反対の反応をしているのが、ミシェルさん。

「なっ、何なんですか、その言い方! あたしが元平民の貴族だからって、馬鹿にしないでください!」

 出た。「元平民の貴族だから」まるで、免罪符か何かのように、ミシェルは、事あるごとにそう言うけど、それって言い訳にはならないのよね。

 平民……いえ、庶民のマナーですら守れていないんだもの。



「……あなたのおっしゃる意味が分からないわ。何故、ばかにされたと思うのかしら?」

 フランチェスカ様は、扇子の向こうで冷ややかなお顔のまま、首を傾げられる。

「な、なぜって……」

「だってそうでしょう? この場にいらっしゃるということは、この場にいるに値する人間だと認められたということよ。あなたは、その評価に相応しい身であるという自覚と誇りをもって行動なさっているはずよ? 違っていて?」



 うっわ~……強烈……。

 否定すれば、この場にいる資格なしと白状するようなものだし、肯定すれば、フランチェスカ様の「何故?」がもう一度、返って来る。となれば、やっぱりこの場にいる資格なし、と判断に行きついてしまうわけだ。



「それとも、あなた、元庶民だから、マナーを身に付けていなくても許すように、とおっしゃりたいの? だとしたら、あなた、わたくしよりも身分のある方ですのね? わたくしの無知で、ご機嫌を損ねられてしまわれたようで、大変申し訳なく思いますわ。何分、久しぶりにこちらへ出て来たものですから、礼儀作法がなっておらず、不愉快な思いをさせてしまいましたこと、心からお詫び申し上げますわ?」

 まった……強烈……。



 先代の辺境伯夫人よりも偉い人間なんて、数が知れている。それこそ、王族や公爵家の方たちぐらい。侯爵家? どんぐりの背比べよ。それに、身分の上下があっても、基本的に年長者は敬われるものである。

 だから、公爵令嬢のベルをフランチェスカ様に紹介したのだ。



「あ、いや……あの……彼女は、男爵令嬢で──」

 正直者ダリウス、導火線に点火。気持ちは分からないでもないが、ここはキアランが、ヒロインの身分を明かさないまま、フランチェスカ様にゴメンナサイして、撤退するのが正解だ。

「まあ、そうなの? だったらあなた、ご自分の怠惰を露呈するような発言は控えた方がよろしくてよ? 元が何であれ、あなたは今貴族なのでしょう? 過去も大事ですが、何よりも今を大切にしなくては。それで? あなた、わたくしに何をおっしゃりたかったの?」



「ぐっ……!」

 何も言えないわよねえ。口を開いたなら、貴族ですが、礼儀作法はまだ身に着けられていないので、無礼は許してね☆ と言っているも同然。許されるわけがない。

 冷や汗をダラダラ流している、花畑オーナーズとは対照的に、クラリスは「素敵」とうっとりしていた。ちびちゃんもあたしの後ろに隠れたままながら「おばーちゃ、かっくいー!」とキラキラしている。



「ダウィジャー・レディ・ルーベンス……あの…………」

「ああ、よろしくてよ、ミスター・ノートン。今日はハルデュスですもの。タヌキにイタズラされたのだと思うことにするわ」

 学園の評価を下げるようなことはしない、とフランチェスカ様。

 そう。クラリスのようにあたしたちが、「素敵」とうっとりできない理由はそこにある。学園生のレベルが、コレだと思われては困るのだ。



 幸い、フランチェスカ様は全てのみ込んで下さるようだ。

 ノートン少年とハロルドは、無言で背中を90度に折り曲げる。表情は見えないけれど、恥ずかしさと口惜しさで一杯でしょうね。あたしだって、気持ちは一緒よ。

 あたしも膝を折り、フランチェスカ様へ無言の礼を。ベルとキャロル少年も、無言で礼を取っている。



「──あなたたちには、色んな意味で失望したわ」

 ふぅと息を吐いたフランチェスカ様は、ちらっとキアランたちを見ている。オーナーズは、今も地蔵化から抜け出せていない。

 本当に、どこまでも残念だ。そもそも、何だってここにいるんだ。ここじゃなければ、キアランがいるんだから、話しかけてくる人間は、限られるだろうに。お馬鹿さん共め。



「ハロルドさん、学園側はこのままでも良いのかも知れないけれど、良くないところもあると思うのよ」

「ええ、それはもちろん。今頃、父の名で送った抗議文が届いている頃かと思いますが──どこまで取り合っていただけるかは……」

 ハロルドが、キアランと愚兄を見つめ、ため息をこぼす。2人共、肩を跳ね上げる。そういう反応をするっていうことは、自分たちの行動がマズイって、理解しているのね?



 婚約者を放って、他の女のご機嫌取りをしているなんて、醜聞にしかならない。

 そんな訳で『婚約者を放って、他の女にくっついているなんて! お宅は息子さんに、どんな教育をしているんザアマス!?』と我が家から王家へ抗議するのは、当たり前のことである。



 しかし、だ。そんなキアランの問題行動を容認するように、同じ女の機嫌を取ろうとしている、愚兄ヴィクトリアス。そうすると、『あぁら、お宅の御子息は容認して下さっているようザアマスけども?』という返事もあり得るわけである。

 となると、我が家はそれ以上の抗議を重ねづらくなってしまう訳だ。愚兄のせいで!



「おにいちゃが、いもーちょにいじわゆしゅゆなんちぇ、しゃいちぇー!」

 あたしの影から、ちびちゃんが拳を突き出してブーイング。

「おねえちゃが、かわいしょー!」

 いえ、ちっとも気にしてないんですが。今の今までほぼ存在を忘れてたくらいだし。言わないけど。



「教会の方にも、遅かれ早かれ、連絡が行くことになるかと思います」

 今度はオズワルドを見る、ハロルド。オズワルドは、何で自分を見るんだと、鼻の頭に皺を寄せているので、

「こちらを軽んじられるようでは……」

 ハロルドが、あたしの首元に手を伸ばし、ペンダントのチェーンを揺らす。その先についているのは、教会のシンボルでもあり、教会の庇護下にあることを示す、花十字。



 こちらも『お宅の息子にはどういう教育をしているんザアマス!?』という抗議の意味合いが含まれている。ただ、王家への抗議と違い、こちらへの抗議はオズワルド自身の首を大きく締めることになる。

 教会の庇護下にある人間を、教会側の人間がないがしろにするなんて、あってはならないことだ。気付かなかったで済むような問題ではない。

 何せ、あたしってば、侯爵令嬢ですもんで。この肩書を持つ人間は、そんなにいない。



 もちろん、グレッグとダリウスだって同罪だ。あたしとキアランの婚約は、教会も絡んだ、きわめて政治的な意味合いの強いものなのである。宰相の息子がその意味を理解していないとは、どういうことザアマス!? であるし、約束を重んじる騎士の家の者が婚約という約束事をないがしろにする主人を諫めなくてどうするザマス!? となるわけだ。

 当然、それにヒビを入れた原因であるミシェルも、批判される。ホント、ご愁傷様。



「あ!しょうだ! おねえちゃ、わたちがよちよちちてあげゆ!」

 短いやり取りで、自分たちの行いを反省せよ、と視線で責めていると、そんなことは、知らない、関係ないちびちゃんから、お声がかかる。

 しゃがんで、しゃがんでとせがまれるので、膝を折れば

「よちよち」

 ……頭を撫でられた。



「ちびちゃん!」

 萌えっ! かわいすぎるじゃないか、コンチクショー! 思わずぎゅっと抱きしめれば、「きゃあ」と嬉しそうな悲鳴があがった。

「お姉さま……」

 続いて、クラリスの声。見上げれば、出遅れたとでも言いたげな、それでいて、愚兄の行いのあれやこれやに複雑そうな心境も見せていて──



「クラリスッ!」

 ちびちゃんを抱っこして立ち上がり、クラリスもぎゅー! あたしの回りって、本当はイイコばっかりだったのね! マリエール・ヴィオラ、あたしたちに足りなかったのは、コミュニケーションだったのよッッ!

「お、お姉さまっ?!」



 照れるな、照れるな。たっぷり30秒は抱きしめた後、ハロルドにも

「ありがとう、ハロルド。わたしは幸せ者ね」

 ハグしちゃるけんね! といっても、軽いものだけど。

「あ、姉上……っ!」

 こっちも、照れるな、照れるな。姉と弟でしょうが。家族なんだぞ!



「あら、素敵。微笑ましいわね」

「仲が良いのは、喜ばしいことですわ。ねえ、キャロル」

「はい、そうですね。僕は兄上たちと年が少し離れているので、可愛がってもらえましたが、同じ年頃というのも素敵ですね。生徒会長は、ご兄弟がいらっしゃるのですか?」

「ええ。僕も兄とは少し年が離れているので──最近は、会う機会が減っていますね。何だか、急に会いたくなりました。今度、一緒にお茶を頂けないか、誘ってみようと思います」

 このまま、自然な流れでミシェルさんたちご一行とは、サヨナラすることになりました。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 サブタイトルを、フランチェスカ無双に変えても、違和感ないような気がします。

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