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ハメ外しは、ハルデュスの祝祭で 6

「あ、あの……失礼ながら、本気でいらっしゃいますか?」

「もちろんよ。その方、ずいぶんと評判なのですってね? ドキドキするわ」

 そんな、楽しそうに言わないで下さいよ……。アト様、お母様の暴走を止めていただけませんか? と視線で訴えてみたのだけれども、無理だとお顔で返事をいただきました。



「ちびこさん、明日のおやつを取り戻す……もとい、名誉挽回のチャンスです」

「おお! にゃに!? にゃにすえばいいの!?」

 グレープ色のおひげは、いつの間にか消えていた。ちびちゃんは、チトセさんの目を真剣に見返し、

「お姉ちゃんたちの護衛。できるよね?」



「できゆ! おねえちゃたちをいじめゆやちゅは、わたちがぼっこぼこにちてやんよ!」

 任せろ、とばかりにジュースのグラスを持たない手で、どんと胸を叩く。

「これ、貸してあげるね、お嬢さん。青がステューで、赤があの怖い子だから」

 シャクラさんにそっと渡されたのは、レーダー型リング。怖い子って……まあ、シャクラさんにしてみれば、そうなのかも知れない……わね。



「レディ……はなはだ不本意ではありますが、しばらくお側を離れることをお許し下さい」

 インドラさんまで! 三つ子は黙って十字を切ってるし、アト様は「趣味が悪い……」と、ため息をつく。けれど、同行すると言わないあたり、よっぽど彼女とは関わり合いたくないらしい。──ズルイ! あたしだって、関わり合いたくないのに!



「では、案内して下さる? マリエールさん」

 フランチェスカ様の無邪気な微笑みが、憎たらしくも恐ろしい……涙が出ちゃう。

「……かしこまりました……」

「あ、お、お姉さま、わたしもご一緒しますわ。もしかしたら、お兄さまもいらっしゃるかも知れないし……」

「クラリス……!」

 何ていい子! ハロルドとノートン少年もついて来てくれるらしい。



 みんな、いい子ばっかりで、嬉しいわ。──と思いきや、

「問題を起こされては困るので、その場でフォローできればと……」

 そうね。それが一番切実ね。身内が関わっている可能性が高いだけに、何ともいたたまれない気持ちになってしまうわ。ごめんなさいね、少年。



 足取りが軽いのは、フランチェスカ様とちびちゃんだけ。2人は仲良く手を繋いで、とってもご機嫌。どれくらいご機嫌かと言うと、

「あち~たにょ~、おや~ちゅは~、な~んだりょな~?」

「クッキー、マフィンに、チョコレート。キャンディー、マカロン、パウンドケーキ」

「チュークリームとカシュテヤ、ジェリーにプリン。キャヤメル、クリェープ、ワッフユも!」

 おやつの歌を即興で歌うくらいには、ご機嫌です。周りの人たちは、あらあら、仲の良いおばあちゃんとお孫さんなのね、と言いたげなお顔で、微笑まし気に見守っていらっしゃる。



「あ、あの~……フランチェスカ様? どうして、彼女に会いたいと思われたのでしょう?」

 正直、あれは関わり合わず、遠くから見ているのが一番のような気がする。答えてくれるかどうか分からなくて、恐る恐る聞いてみたわけだけども、フランチェスカ様は、

「ん~? 単なる好奇心よ。我が家がこちらと再び交流を持ち始めたのは、もうご存知よね? あなたがそのきっかけになったのだから」

「ええ」



「おてんばさんはもちろん、チトセやアート、三つ子の坊やたちまで、あなたのことは気に入っているわ。だから、わたくしがあなたに興味を持つのも当然よね?」

「おねえちゃ、だいしゅきよ~」

「まあ、ありがとう。わたしもちびちゃんが大好きよ」

 にっこり笑われたので、にっこり笑い返す。本当、この子は、カワイイわ。



「両想いなのね、素敵だわ。うふふふ。それでね、あなたのことを色々と聞いて回ったのよ。そうしたら、あなた、彼女が原因で社交界から離れているって言うじゃないの」

「彼女だけが原因ではないのですが、彼女がきっかけではありましたね」

「それでね、興味がわいたのよ」



「あの、興味……と、おっしゃいますと?」

 珍しくクラリスから話しかけたので、あたしは少しだけ目を丸くした。フランチェスカ様も一瞬、目を丸くしたけれど、特に何も言わず、

「アートだって、貴族の一員ですもの。気に入らない相手と親しくしているように見せることくらいできる子よ。アートだけじゃないわ。チトセも三つ子の坊やもね。なのに、あの子たちみんなが口を揃えて、彼女とは関わり合いたくないなんて、言うじゃない。その一方で、そんな彼女が良いと近づいている子もいるのですってね? 興味を持つな、という方が無理だと思わないかしら?」



「……それは……そう……ですね。お姉さまを遠ざけてでも、側にいたいと思えるような女性なのでしょうか?」

「そこよ! わたくしの興味もそこにあるの。ね?」

「はあ……」

「しかし、その……学園内での評判は正直──」

 ノートン少年が言葉を濁すと、フランチェスカ様「それも知っていてよ」悪戯っぽく、ウインクしてくれた。



 ある程度知っていて、なおかつ挑戦したいと。チャレンジ精神があふれまくって、間欠泉のようになってるのね……。巻き込んで欲しくなかったけど! でも、これはもう、あたしたちがとやかく言う事じゃないわ。



 シャクラさんから預かったレーダーリングの表示は、ミシェルが近くにいることを教えてくれている。彼女の姿が見えないかと周囲を伺えば、

「何で、アンタがその恰好をしてるのよ!?」

 キャンキャン吠えながら、どこかの令嬢に噛みついていた。──って、よく見たら、噛みついてる相手はベルだし。彼女の後ろを見ると、野郎どもが顔色を青くして、オロオロしているのが見えた。無理もない。



 公爵令嬢に噛みつくなんて、ほんっとうに、怖いもの知らず……。野郎どもの中でも、ベルに張り合える身分はキアランだけ。愚兄が辛うじて、イーブンと言っていいくらいよね。

 あら、ベルのお隣には、婚約者のフォード子爵令息もいらっしゃるわ。となると、殿方の社交界にも醜聞が広がる可能性大──か。フォード子爵令息こと、キャロル少年には、ぽやぽや魔人ハロルドがついているわけだし……ご愁傷様。



 しかし、何だってミシェルはベルの仮装、あれは蜘蛛っぽいから、アラクネかしら? キャロル少年もお揃いなのね。黒とピジョンブラッドの毒々しくも妖艶な雰囲気のドレスは、バッスルを蜘蛛のお腹に見立てているようで、そこから蜘蛛の足が6本生えている。キャロル少年も燕尾服の下に蜘蛛のお腹を仕込んでいるようで、燕尾服の裾から、6本の足が生えていた。



 これはどうしたものかと思っていると、キャロル少年がハロルドに気付いたっぽい。ぱぁっと表情を輝かせると、隣に立つベルに耳打ちをしてくれる。こちらを振り向いたベルは、

「まあ! シオン侯爵子息。ミスター・ノートンもご一緒なのね」

 これ幸いとばかりにこちらへやって来てくれた。もちろん、こちらからも近づきますよ。



「ごきげんよう、レディ・イザベル。素敵なお召し物ですね」

「ダリアの君、ごきげんよう」

「ありがとう、シオン侯爵子息。ミスター・ノートン、本日は良い祝祭になりそうね」

 にこりと笑うベル。ハロルドは、キャロル少年と挨拶を交わし、ノートン少年を紹介している。



 それが済んだところを見計らってか、ベルはハロルドへ

「ところで、シオン侯爵子息。あなたのお姉さまはどちらにいらっしゃるの?」

「……姉なら、ここにおりますよ?」

「は?」

 よっしゃ。ベルも驚いてるわ! 掴みは上々!



「ごきげんよう? ベル。わたしも冒険してみたけれど、あなたも素敵ね」

 クスクスと笑う、ハロルドとあたし。ベルは、狐に鼻を摘ままれたような顔をした後、

「ええっ?! あなた、マリィなの!?」

「ええ。わたしよ。過ごしやすい良い天気になりましたわね? フォード子爵令息」

「はっ、はい! そうですね。──あの、本当にレディ・マリエールでいらっしゃる?」

「はい。わたしですわ」

 にこにこと悪戯が成功したような気持で、ベルとキャロル少年を見るあたし。



 クラリスは礼儀を弁えて、一歩下がったところで待機している。

 本当なら、あたしのグループで一番身分の高いフランチェスカ様の許可がなければ、ベルはあたしたちに話しかけることができないのだけど、当のご本人が遅れてゆっくりとこちらへ来たせいで、ベルはフランチェスカ様の存在に気付かなかったみたいね。きっと、フランチェスカ様が気を遣って下さったのでしょう。



 ただ、そんな気遣いもちびちゃんには、あまり関係ないみたい。

「ほわ~、しゅごい!」

 好奇心で目をキラキラと輝かせたライオンガールは、フランチェスカ様の手を引いて、ベルのバッスルから生えている蜘蛛の足をしげしげと眺めていた。これは、マナーとしてはアウトである。ただ、小さい子なので、そこは許してあげてほしい。実際、ベルは気にした様子もなく、

「と、言うことは、そちらはレディ・クラリスかしら?」



「は、はい! ご無沙汰いたしております、レディ・イザベル」

 ベルに声をかけられ、クラリスは頬を緊張で少し赤くしながら、きちんと淑女の礼を取る。

「キャロル、この方はレディ・マリエールの妹君、レディ・クラリスよ。紹介するわね。あたくしの婚約者、キャロル・フォードよ」

 ベルに紹介され、クラリスとキャロル少年はお互いにご挨拶。



 その流れに便乗するようにして、フランチェスカ様が声をかけてくる。

「マリエールさん? そろそろわたくしにもお二人を紹介していただけるかしら?」

「もちろんですわ。こちらは、ハーグリーヴス公爵令嬢、レディ・イザベルとその婚約者のキャロル・フォード子爵令息ですわ。ダウィジャー・レディ・ルーベンス」



「あなたが、ダリアの君なのね。お噂は耳にしておりますわ」

「初めてお目にかかります、ダウィジャー・レディ・ルーベンス。あたくしも、あなた様のお若い頃のお話はお伺いしております」

 ねえ、と隣のキャロル少年に同意を求めるベル。少年は「はい」と頷き、

「お初に御目文字いたします。あなた様と御夫君のお話は、僕もちょっぴり憧れております」

 照れくさそうに笑った。天使がここにいま~す!



 フランチェスカ様は、あらあらと楽しそうに目を細め「噂に尾ひれ、背びれはつきものでしてよ」と扇子で口元を隠された。和やかな世間話に突入しかけたその時、ベルのバッスルに生えた足を指さし、

「おばーちゃ! みちぇ、あのあち、うごいてゆ!」

 げ。ホントだ。とーれとーれ、ぴ~ちぴ~ち……いや、違うか。でも、動きがちょっと似てるわね。



「あら、まあ。本当。でもねぇ、お転婆さん。そんな風にしげしげと眺めるものではなくってよ。ごめんなさいね、レディ・イザベル。うちのお転婆さんときたら、好奇心旺盛で──」

「いえ、お気になさらないで下さい。今日はハルデュスですもの」

 ご機嫌なベルは、クラリスに目を移し、

「あなたも、ようやく冒険する気になったようね。お母さまの影から出ていらした気分はいかが? 見えていなかったものが、沢山見られたのではなくって?」

「は、はい。おっしゃる通りです。世の中はこんなにも広いものだとは思いませんでした」



「ほほほ。それは、社交界にデビューして、誰もが思うことよ。社交界にいらっしゃる方たちは、未来のあなた。あなたは、過去の自分なの。ですからね、皆さん、あなたの気持ちは分かって下さるわ。緊張はほどほどで、良いのよ」

 初々しい後輩は、どこへ行っても可愛いものである。それはキャロル少年も同じで、

「フォード子爵令息、あなたも似たようなものね。婚約相手がこんなにも素敵な方なのですもの。色々と思うところはあるでしょうけれど、焦ってはだめ。男と女の間には、楽しくも憎らしい、川があるのよ。その川に、どんな橋をかけるのかは、あなたたち次第だわ」



「はい。そのっ……! 先日、ご子息と彼のご友人方と話をさせていただいて──ご子息やその方、ハロルド様という立派なお手本が近くにいらっしゃるのだから、しっかり学ばせていただいて、彼女に相応しい男になりたいと思っているところです」

「まあ! 息子をお手本に? 嬉しいこと! でもね、1つだけ言わせてちょうだい。その友人というのは、ミスター・ルドラッシュのことだと思うけど、あれを見習うのはほどほどにしておきなさいね。知れば知る程、小憎たらしくなって叩いてやりたくなるから」

 フランチェスカ様…………って、ちびちゃん「しょのちょーりなのだ」って、しみじみ頷かないの!

 チトセさんのことをよく知らない人たちが、困ってるわよ。



「っ! ちょっとっ! いい加減にしなさいよ! いつまで、あたしたちを無視する気?!」

 ──何で、絡んでくるの? あのまま、立ち去ってくれればよかったのに。

 ちらっと声の主へ視線を向ければ…………ヒロイン様や、あなたもアローラの仮装ですか? そして、ジェネラル・フロストが何人いるんだ……。



 って、そうか。ゲームでも今流行だからって、仮装の衣装として勧められるんだったっけ。そして、今思い出したけど、ベルの衣装はゲームの中でマリエ-ル(あたし)が着ていた衣装だわ。なるほど、それで、何でベルがその衣装を着てるんだって、突っかかってたのね。

 ……ああ、もうっ! 波乱万丈の予感しかしないナリよ!?

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 小猿VSママンは、次話に持ち越しになってしまいました……

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