ハメ外しは、ハルデュスの祝祭で 5
臨時のサロンは、ダンスホールに面した庭とダンスホールが会場になっている。基本的には、貴族籍のある人間しか入れないのだけれど、もちろん、いくつかの例外は存在する。
その例外を適用して、チトセさんたちもサロンへの入場許可をもらう。
ハルデュスの祝祭は、向こうでいうハロウィンのようなものなので、シンボルやイメージはそのままである。会場には、ジャックオーランタンが飾り付けられ、壁には墓場をイメージしたシルエットが貼られ、その他の部分は紫色だ。
用意されたテーブルにかかるクロスは黒く、その上には蜘蛛の巣をイメージした白のレース。3段トレイは退廃的に蔓バラで飾られているし、お菓子や料理も全体的に黒い。
奏でられるメロディもどことなく物悲しいにも関わらず、会場にいるお客様は、楽しそうに談笑しているのが、何とも不思議な雰囲気だ。
表もそうだったけど、ここでも仮装はアローラとジェネラル・フロストが多い。そんなに、人気か! 後は例年通り、職業や物語、モンスターをイメージしたドレスや衣装の人もちらほら。ハープやリュートをモチーフにした飾りをつけているのは、吟遊詩人だろうし、惑星や星の飾りは占い師かしら? 男の人は剣闘士っぽい恰好だったり、海賊だったり。
モンスターは、ウルフ系が人気っぽい。あと、ヴァンパイア。包帯巻きのミイラっぽい人もいるわね。
見ているだけでも、楽しいわ。
ただ、一番多いのはやっぱり、仮面で目元を隠しただけの人だったりするんだけど。
給仕係も仮面で目元を隠しているだけである。彼らから飲み物を受け取り、知り合いを探す。ちびちゃんは、ブドウジュースをもらって、ご満悦。濃い紫色のおヒゲは、早めに何とかしましょうね。
ノートン少年とハロルドは、生徒会役員という腕章をしているので、
「こんにちは。本日は祝祭へのお招き、ありがとうございます」
こんな風にお客様から声をかけられることも多い。
どんな風体の人に声をかけられようとも、2人はにこやかに笑って、
「ようこそお越しくださいました。何分、至らぬ部分もあるかとは存じますが、お楽しみいただければ、幸いです」
「良い天気になりましたな」
「ええ。お蔭様で、急な変更に追われることもなく、助かっております」
──と、こんな調子でそつなく相手をしている。
デキるオトコは、やっぱり違うわ。キアランは、お客様が相手であっても「誰だ、こいつ」っていう顔をして応対してたからなあ……。誰だか分からなくても、招いた覚えはなくても、ここにいる以上は、アンタが招いたお客様なんだっつーの。
おバカな王子の思い出は成層圏へと吹き飛ばすことにして、ノートン少年の側にいれば、こちらのレディーは? とたずねてくる方も現れる。
「こちらは、スミレのレディーですよ」
「えっ?! こちら、スミレのレディー?! こっ、これは失礼いたしました。その、生徒会の役員とは親しくなさっていらっしゃるので?」
「弟は副会長をつとめることになりましたし、こちらのミスター・ノートンは生徒会長ですもの。それなりのお付き合いはさせていただいておりますわ」
スミレのレディーの名前は、ここでも健在のようだ。
生徒会長とはいえ、ノートン少年は平民。貴族社会では侮られることも多い訳だが、シオン侯爵家の3人が揃っているこの状況で、少年を馬鹿にするような発言をするのは致命的だと理解しているのだろう。ころっと態度が変わる。
また、あたしから声をかけた場合も、誰なのあなた? とロコツに眉を顰める方が何人か。
「誰だかお分かりになりません? マリエール・シオンですわ」
イタズラ、成功ですかしら? と笑って自己紹介すれば、こちらもころっと態度が変わる。
「ま、まあ! レディ・マリエールでしたの?! ちっとも気付きませんでしたわ」
オホホホ、と笑う声はとても乾いていた。うん、分かりやすい。こういう人たちとのお付き合いは、一線を引いておいた方が良いだろう。
「うふふふ。みなさん、とても驚いて下さるので、思い切って冒険してみて正解でしたわね」
この手のひらの返し方は、あまりいい気分ではないが、これもクラリスを宣伝するため。今日のあたしはマネージャー。クラリスを売り込むのがお仕事よ。働け、あたし!
そうしてお客様方の間をくるくる回る事、30分。見つけました、アト様──っ!?
赤いマントのナポレオンがいるーっ! いや、もちろん、あの凛々しいというか、雄々しい肖像画よりも、何倍も優雅ですけどもね? お隣にいるのは、奥方のジョゼフィーヌですかね。
オリーブオイルの色をもう少し薄くしたような色合いのデイドレスをお召しになったその女性。御髪は、大分白くなっていらっしゃるようだけど、それすらも魅力的だ。──たぶん、あの方がダウィジャー・レディ・ルーベンス。アト様のお母様だろう。
──なんて、予測をつけていたら……
「おばーちゃ、みィ~ちゅけた!」
ジョゼフィーヌを指さして、ちびちゃんが言う。
その声を聞いた、ジョゼフィーヌの回りにいた人たちは、ぎょっと目を丸くし、飛び上がらんばかりに驚いていたけれど、ご本人は、
「あらあら、まあまあ」
持っていた扇子で口元を隠し、ころころと嬉しそうに笑う。
アト様は、お母様似なのかしらね? よく似ていらっしゃるわ。この方に泣きぼくろを付けて、男性よりのお顔立ちにしたら、アト様になりそう。
ちびちゃんが高らかに宣言してくれたので、あたしたちは堂々と彼女に近づいた。お隣には、アト様もいらっしゃる。ダウィジャー・レディ・ルーベンスは、にこにこ顔のまま
「わたくしに会いに来てくれたの? おてんばさん」
「おばーちゃにね、おねえちゃをじまんちたかっちゃの!」
チトセさんに抱っこされたまま、得意げに笑ったちびちゃんは、あたしを指さし
「おねえちゃなの」
ちょ……どんな紹介……。ちびちゃんや、中の人は居眠り中ですか? そんなちびちゃんの手抜きもいいところの紹介を、マダムはころころと笑う。
自分で名乗るのは図々しいと受け取られかねないし、どうしたものかと思っていたら、
「母上、シオン侯爵令嬢とその弟君ですよ」
アト様が助け舟を出してくれた。助かった。きちんと淑女の礼をして、
「初めてお目にかかります。マリエールと申します。こちらは、弟のハロルドですわ」
「初めまして、スミレのレディー。あなたのお噂はかねがね耳にしていましてよ。あなたに弟がいらしたことは、つい最近まで存じ上げなかったのだけれど……素敵な弟君ね」
「恐縮です」
続いてアト様から、ダウィジャー・レディ・ルーベンスを紹介して頂いたら
「フランチェスカと呼んでちょうだいな。今は気楽な身の上ですもの。若い方とも積極的に仲良くなりたいわ。息子のことも、スチュアートと呼んであげてちょうだいな」
なんて、言われてしまった。お断りできるはずもなく、「光栄ですわ」と笑い返せば、
「マリエールさん、そちらのお2人も紹介していただけて?」
クラリスとノートン少年を紹介できるチャンスを貰えた。
お断りしていたなら、スルーされていたっぽいわ。
フランチェスカ様、可愛らしい雰囲気とは裏腹に結構、策士だったりします? まぁ……アト様のお母様ですもの。普通のカワイイ雰囲気のご夫人とは違うか。
そんな彼女の後ろには、骸骨3人衆がいました。いえ、正しくはアト様の護衛で来てるっぽい、三つ子です。三つ子は顔の下半分、ちょうどマスク部分が骸骨になっている感じだ。
衣装は、スチームパンク風だわ。歯車や鍵、コンパスなどをモチーフのアクセサリーをさり気なくあしらいつつも、3人の個性に合わせた装いになっている。似合うわ~。
カーンは剣士らしく、ブラウンのジャケットに、ブラウンのパンツ。腰に下げた剣も、スチームパンク風の鞘におさまっている。キーンは、法術使いっぽく、ブラウンのローブ。ゴーグルを首から下げているのがポイントかしら。クーンは、動きやすさを重視したみたいで、袖なしのジャケットを着ている。手袋にはベルトの装飾がいっぱい。
3人ともあたしに気付いて、会釈をしてくれた。今日は護衛に徹するつもりなのね。あたしも、軽く会釈を返すのみにとどめておく。
アト様とフランチェスカ様もだけど、この3人の姿も記録に残しておいてください、シャクラさん。
ちびちゃんという共通の話題があったから、かしら? フランチェスカ様とはスムーズに会話を始めることができた。
フランチェスカ様は、先日のオークションについての話と今日の祝祭の感想、それからアト様がオークションで手に入れたティーカップのセットが、今のお気に入りで、手に入れてからは毎日それで、お茶を飲んでいるのだと嬉しそうにしていらっしゃった。
「ところで、お嬢さんはずいぶん浮かない顔をなさっているのね? とっても素敵な衣装をお召しになっておいでなのに、どうしてかしら? 何か、嫌なことでもあったの?」
「い、いえ……そういう訳ではなくて、この衣装が少し派手すぎやしないかと──わたしは、まだ正式にデビューしておりませんので──」
と、目を伏せるクラリスへ、フランチェスカ様は大きく目を見張った。
「まあ! あなた、デビュー前後は目だった者勝ちよ? もちろん、悪い意味で目立つのはよろしくないけれどね。今日は、ハルデュスですもの。今のあなたくらいなら、みなさん、眉を顰めたりしないわ」
「フランチェスカ様のおっしゃる通りよ。ねえ、クラリス。デビュタントの時とデビュー後、2年くらいのレディーに求められるものって、何だか分かるかしら?」
アト様とハロルドは意味深に笑い、ノートン少年は何だろうと首を傾げている。
ちびちゃんとチトセさん、インドラさんとシャクラさんは興味ないらしく、会場にいるお客様方の仮装チェックをしていた。
「えぇと……礼儀正しさ、でしょうか?」
「それも間違いではないけれど、正しくは清楚可憐でありながら、殿方の目を惹きつけること。衣装のお話よ」
色で言うなら、パステルカラー。季節で言えば春。デビュー1年生は、初々しさを求められるのだ。けれど、そのことは貴族ならば誰もが知っていること。モードの関係もあるし、よっぽど抜きんでていない限り、五十歩百歩となるわけだ。
ベルみたいに、デビューして早々「ダリアの君」と呼ばれて人気者になる人なんて、滅多にいない。普通は、社交界での交流を重ねていくうちに、少しずつ人気を集めていくようになるのだ。社交界は結婚してからが本番なのも、そういった事情が関係している。
では、普通のデビュー1年生は目立てないのかというと、そういう訳でもない。例えば、交友関係をアピールしたり、イベントで、ちょっと目立つことをして見せたり。
特に後者は、人々の印象に残りやすいので、あの時のあのご令嬢か、となるわけ。そういう意味で、ハルデュスの祝祭は、うってつけのイベントと言えるだろう。
あたしに強引に着せられたと言えば「それは断れませんね」と悪い印象にはならないはず。
「女はしたたかでなくては。弱いだけでは、殿方の助けにはなれませんもの。ですからね、あなた。あなたは、お姉様をうんと利用なさいな。お兄様もよ。何も律儀にデビューするまで待たなくてもいいの。デビュー前から、未婚の殿方にあなたへの興味を持たせるの」
うふふふふ、と楽しそうに笑うフランチェスカ様。何でも、お若い頃は、執務に励まれているお父上に差し入れと称して、総督府へ足を運ばれたこともあるらしい。策士!
そして、今気づいたけれども……っ! フランチェスカ様の手が骨だ。扇子を持つ手が、骨、ホネである。思わず凝視して、アト様、あれは? と彼を見やれば、視線に気づいたアト様は手を持ち上げ、ひらひら~。はい、アト様の手も骨、ホネでした!
「ルーベンス卿、その手は……?」
ノートン少年が目をまん丸くして、アト様の手を見る。続いてフランチェスカ様の手にも気づいたようで、
「ハルデュスのいたずらよ。びっくりするでしょう?」
未亡人は、ころころと楽しそうに笑う。
「あら、いけない。わたくしとしたことが、マリエールさんにお会いできたら、1つお願いしたいことがあったのに、すっかり忘れてしまっていたわ」
「わたしに……? ですか?」
お願いされるようなことがあっただろうか? 何も思い当たらず、視線で先を促せば、
「アートが苦手にしているお嬢さんがいるのですってね? 知り合いにはなりたくないけれど、会ってみたいとは思うのよ。引き合わせて下さらないかしら?」
ちょっと待ってーっ!? えぇ、それ、何?! 怖いもの見たさっていうやつですか!?
フランチェスカ様、回りをご覧ください。お地蔵様が、量産されておりますわ……。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
マザー・ケート並の強キャラ登場……と言っていいような気がします(笑)




