ハメ外しは、ハルデュスの祝祭で 4
地獄の使者は、基本、骸骨だった。ただ、眼球が備わっていて、明るい茶色の虹彩を持つそれが、ぎろっとちびちゃんを睨んでいる。
「あぅあぅ……ち、ちーちゃ……め、めーなしゃ……」
ライオンガールは、すでに半泣き。というよりも、マジ泣き5秒前、という雰囲気だ。
「俺と約束したよね? ちびこさん?」
「た、たいへんもーちわけなく……」
ぷるぷると震えるちびちゃんは、そのまま土下座に突入。
「ひりゃに、ひりゃにごよーちゃのほぢょを……!」
このまま、五体投地へ移るんじゃないか、という勢いである。
というか、ご容赦のほどを、なんて言葉、この子はどこで覚えてきたのか。見た目と中身が一致していないっぽいことは、もう気が付いているのだけれど……。
「何で怒られてるのか、分かってるんだね?」
「……あい、わかってゆ。ひちょりでどこかにいったりちないって、ちーちゃとやくしょくしちゃのに、まもやなかったかや……」
「約束を破ったら、何て言ってある?」
「しょれもおぼえてゆも……あ、あちたのおやちゅ、なちになゆ……でも、やくしょくまもやなかった、わたちがわゆいから……がまんすゆ……」
土下座のままなので、ちびちゃんの表情は分からないものの、声が半泣きである。チトセさんは、大きくため息をついた後、
「分かってるんなら、これ以上は言わないよ。さ、この話は、これでおしまい」
ちびちゃんの脇腹を両手で支えて、さっと持ち上げた。
「めーなしゃい……」
チトセさんに抱っこされたちびちゃんは、やっぱり半泣きでした。瞬きした瞬間に、涙がぽろっと落ちたりなんかして……悶えるっ。
「──にしても、レディ・マリエール? 本当に?」
首を傾げたチトセさん。さりげなく距離を詰めてくると、あたしの首筋に顔を寄せて、
「あぁ、うん。間違いなくレディ・マリエールだね」
にっ……匂いを嗅がんでくださいっ!
思わず、ずざざざっと下がって距離を取れば、
「あははは。ごめん、ごめん。そちらのお嬢さんも、もうしないから、毛を逆立てて威嚇しないでほしいなあ」
「なんっ、何て失礼な男なんですの!? お姉さま、こんな無礼な男、相手にしてはいけませんわ。我が家の品位というものが、問われましてよ!」
「そうは言っても、ここまで別人になられちゃ、なかなか本人だとは信じられなくて──」
チトセさんが言うように、今のクラリスは子猫が全身の毛を逆立てて、威嚇しているようにしか見えなかった。また小憎たらしいことに、チトセさんは余裕しゃくしゃく。
と、言いますか、あたしがマリエールだと分からなかったからって、匂いで判別しようとします? 動物じゃないんだから、そんなこと、しないでしょ。普通。
「ちーちゃいおねーちゃ、わたちがめんね、しゅゆから、ちーちゃ、ゆゆちてあげちぇ?」
涙を手の甲で拭ったちびちゃんが、保護者に抱っこされたまま、頭を下げた。
「っな……っ?! あ、ぁあなたが、謝ることではないでしょう!?」
ちびちゃんのごめんね攻撃。効果は抜群だ。クラリスの精神に、100のダメージ!
「ぢぇも……」
「ぐっ……!」
ちびちゃんの上目遣い、猫耳ならぬ獅子耳ぺしょんのダブルコンボ炸裂。
クラリス、まともに喰らって、さらに200のダメージ。あたしにも、流れ弾が……っ。カチューチャが動くことにびっくりしつつも、倒れないよう、下半身に力を入れる。
「楽しそうですね、レディ」
「え、ええ。楽しいけど、今の流れ弾は……ふら~っといきそうになってしまったわ……」
「お嬢様、なかなかイイ性格してるんだねえ」
インドラさんとシャクラさんの魔族兄弟に挟まれたあたしは、心臓を抑えつつも、顔がニヤけるのを止められない。流れ弾のダメージも残っているから、結構ツライものがあるけども……。
ちびちゃんに、押されっぱなしよ、クラリス! でも、いいわ、ちびちゃん。もっとやれ!
あ、そうだ。せっかくだから、さっきインドラさんに話していた、映像記録用の法具が作れないかどうか、聞いてみよう。
「あの、シャクラさん、1つお伺いしたいことがあるのですが──」
「なにかなあ?」
「ああ、今のこの状況を記録できる法具の話ですね」
「あるよ? ちゃんと記録してるし」
こてっと首を傾げるシャクラさん。骸骨なのに、可愛く見えるのは何故だ。
「ステューのお母さんがね、挨拶回りを優先させなくちゃいけないから、ちびこのかわいいところを見られなくて、残念だってしょんぼりしてたから……」
作ったんですね。ステューっていうのは、多分アト様のことでしょうねえ。スチュアート様だし。そのお母さまってことは、ダウィジャー・レディ・ルーベンスのことよね。
仲良くなれたら、駆け落ち婚にまで至った、大恋愛物語を聞いてみたいわ。
それはそれとして、クラリスはちびちゃんに押し負け、顔が真っ赤。今まで、こんな小さい子と触れ合う機会もなかっただろうし、いいんじゃないだろうか。
クラリスもちびちゃんもかわゆいのぅ、とうふうふ気分で愛でていたら、
「こちらにいらっしゃいましたか、姉上」
「ハロルド。ミスター・ノートンも一緒なのね」
お手軽ライオン紳士のハロルドに対し、ノートン少年はウサギだった。
何なのこの子。似合いすぎていて怖いんですけど! 本当に男なのかと疑いたくなるレベルである。うん、負けた。先鋒は負けたので、次鋒と言ったら、失礼ね。ウチのカワイイ子を呼ぶことにする。
「クラリス、ちょっといらっしゃい」
「ぁ、はい。あ、あら……兄さま……」
「驚いた。姉上の変身ぶりもそうだけど、あなたもずいぶん変わったね、クラリス」
「兄さま……っぁ! 兄さま、これがお姉さまだって、すぐにお分かりになりましたの!?」
仮にも姉をこれって、言うなし。
クラリスは目を大きく見開いて驚いているが、ハロルドはいつもの、ポヤポヤ~っとした顔で、
「もちろん。別人みたいで、びっくりしたけどね」
「ちっともびっくりしたようには、見えないよ。ハリー」
少年や、いつの間にハロルドをハリーなんて、呼ぶようになったんだい? いや、仲が良いのは、良いことなので、文句はない。ただ、ケシカラン臭が少し漂ってくるような……うむ、よろしくてよ、もっとやれ。ちびちゃんといい、少年といい、ここはケシカラン子が多すぎるな! 自重はしなくてよし。
ノートン少年には、このままハロルドと仲良くして、我が家の没落フラグを回避する手助けをしてもらいたいものである。そのためにも、
「クラリス、この方がノートン生徒会長よ」
妹を紹介せねばならんのだ。あたしの後を引き継ぐ感じで、ハロルドがクラリスを妹だと少年に紹介した。
続いて、すっかり忘れていたけども、チトセさんたちも2人に紹介する。クラリスは、チトセさんが化粧品の販売元の副会長だと知って、テンパりだした。──が、そこはオトナなチトセさん。ちっとも気にしていないふりで「これからもよろしくね」と笑うだけ。かっこいいな。
ノートン少年も、リッテ商会の方とお近づきになれるなんて、光栄ですと目をキラキラさせた。
「──問題は、次に別の場所で顔を合わせた時に、分かっていただけるかどうか、ですね」
「ちーちゃも、しーちゃも、がいこちゅだもんね。ハリョにーちゃもわかゆかな~」
子供が、びっくりして泣き出すクオリティですしね。トラウマにならなきゃいいけども。
実は、今この場で、チトセさんとシャクラさんを指さして、ビャービャー泣いているお子様が何人か。親御さんも驚いているけど、すぐに笑い顔に変わるから、大丈夫か。
ちなみに、平然と会話を続けているところから分かるように、当の本人たちは全く気にしていない。
そこで、ふとある疑問がわいてきた。今日、学園には多くの貴族が出入りしている。当然、警備には力が入るわけだけど……チトセさんとシャクラさんのその姿、入って良しとは言いづらいものがあるハズ。
「あの……今更ですけれど、警備に咎められたりしませんでしたか?」
「したよ? でも、ランがこれを貸してくれたから、大丈夫だった」
チトセさんが懐から取り出したのは、小さなエンブレム。双頭の鷲と白薔薇があしらわれたそれは──ランスロット殿下のっ……!
「偉い人とは、仲良くしておくものだよねえ」
笑ってる場合か! ちらっと隣を伺えば、みんなポカ~ンと口を開けている。クラリスだけは、すぐに口を閉じさせたけども。
真っ先に我に返ったのは、ノートン少年で、
「すごい! 改めてお願いします、ミスター・ルドラッシュ! 我が家とは、末永いお付き合いをぜひ! ところで、そちらの小さなお嬢さんのお名前もお伺いできますか?」
「う? わたち? わたちは、ちびこでしゅ!」
「みんながそう呼んでるもんでねえ……」
ためらいなく「ちびこ」と名乗るちびちゃんに、チトセさんは苦笑い。
ちびこでいられるのも、あと数年よね。大きくなったちびちゃん……きっと、凛々しいんでしょうねえ。
この場の全員が、知り合いという枠の中に入ったところで、ノートン少年はこれから、祝祭に来ている貴族の方々へ挨拶に行く予定なのだそうだ。
貴族の多くは、学園を卒業しているので、建国祭や、祝祭などには立ち寄られる方も少なくない。そんな方々用に、臨時サロンが設けてあるのである。サロンの出来は、そのまま、生徒会への評価に繋がり、卒業後にも若干ながらではあるが影響があるらしい。
「姉上もぜひ、ご一緒に」
ふむ……貴族が集まっている、と言うことは、クラリスを宣伝するのにも都合が良いわね。欲を言えば、クラリスのお友達が出来れば言うことナシなんだけど……。そこまでは、ね。
「ええ、そうさせてもらうわ」
そうして、8人の小集団で移動することになったわけだが、移動中はチトセさんが、旅先で経験した、ハルデュスの祝祭の話をしてくれた。
昔は冒険者のようなことをしていた経験もあるそうで、なかなか興味深いお話を聞けました。ただ、露店などで掘り出し物を発見した話には必ず「お金の匂いがして」という、謎な言葉が出て来るのよね。盗賊ギルドも「お金の匂い」で見つけることができるらしいです。どんな嗅覚してるんだ、この人。
「金属の匂いとは、また違うのですか?」
「違うねえ。上手く表現できないけど、夢と野望とその他モロモロが入り混じった独特の匂いがするから」
分かるような気がするわ。お金って、使いようによっては白くもなるし、黒くもなるものねえ。場合によっては、赤く染まっていることだってあるでしょうし。おっかないものよね。
「あぁ、分かるような気がします」
いち早く頷いたのは、やっぱり実家が商売をしているからでしょうね。ノートン少年だった。クラリスは、よく分からないという顔をしているけれど、貴族の娘であっても、お金の話は切っても切り離せないことだから、よっく覚えておきなさい。
マリエールは、一度失敗しちゃったから、余計にね。クラリスには、あたしの失敗を踏まえて、同じことをしないようにしてもらわなくちゃいけないわけだし。
知っていて損はないのは、あたしも同じ。貴族の娘として育ってきたものだから、庶民感覚はあっても、庶民の金銭感覚はだいぶぼやけてしまっている。チトセさんとノートン少年の話を、シオン侯爵家3人組は、へえ、ほお、そうなの、と興味深く拝聴していた。
まだまだ聞いていたい気はするけれど、臨時サロンに着いたので、話はおしまい。
この区画は、また、一段と華やかねえ。衣装にかけられるお金が違うっていうのも、華やかな理由の1つなんでしょうけど。
さっきのシャクラさんの話だと、アト様もお母さまとご一緒にお見えになっているみたいね。会えるといいな。一体、どんな仮装をしていらっしゃるのかしら。想像しただけで、ワクワクすっぞ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
マリエのテンションは、まだまだ ⤴⤴ ですな




