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ハメ外しは、ハルデュスの祝祭で 3

 ちびちゃんのかわいらしさ、愛らしさを網膜に焼き付けるためにも、大急ぎでノートン少年に挨拶せねば! と意気込んで本部へ向かったのだけれど……少年も、ハロルドも見回りのため、不在でした。

 しょぼ~んと、肩を落とせば書記のコが「お見えになったことは伝えておきますから」とフォローしてくれた。アポイントメントがあったわけでなし、単にタイミングが悪かっただけなのだから仕方ない。お願いするわね、と笑顔で返し、本部を後にした。



「生徒会長へは、また後で挨拶に来ましょう」

「お姉さま、その生徒会長には、どうしても挨拶をしなくてはなりませんか? 兄さまがいらっしゃるのだし……」

 しなくてもいいんじゃないか、って? ダメに決まっているでしょう。挨拶できる時には、挨拶しておいた方がいいんだから。



「あなたは新入生のトップレディになるのよ? あなたの回りにノートン生徒会長とご縁のある方がいないのであれば、挨拶に伺うのは図々しく思われるかも知れないけど、わたしもハロルドもいるのだから、ご機嫌伺いはしておくべきでしょう。あちらとしても、女性貴族のツテがあると、色々助かるはずよ」

 貴族と庶民が一緒に通っているのだ。生徒会としては、影響力の強いパイプがあった方が良いに決まっている。シオン侯爵家の令息、令嬢が今期の生徒会を支える重大な柱になることは間違いない。



「そ、そんなこと言われても……!」

「大丈夫よ。さっきレディ・ジュリエットを紹介したでしょう。わたしからもお願いしておくけれど、お優しい方だから、頼らせていただきなさいな」

 レディ・アレキサンドラは、卒業されるけど、レディ・ジュリエットはまだ1年、学園に通われるハズですからね。何事も根回しが大事なのよ、根回しが。



 なんてことを話している間も、インドラさんがさり気なくエスコートしてくれていたおかげで、ちびちゃんがいる、子供用のダンス広場へはスムーズに到着することができた。

 できるオトコって、本当にステキ。横顔がイイのよ、横顔が。

 元が良いから、余計にね!



 それはさておき。ダンス広場である。すでに、ダンスは始まっていて、30人くらいのお子様が、仲良くお手々繋いで輪になって、踊っていた。

 子供はみんな小さく、大きくても年長さんくらい。そんなだから、踊っているのは、社交ダンスではなくて、フォークダンス。ジェンガとマイムマイムを足して2で割ったようなステップである。



 輪の中心では、学園講師が見本で踊っているとは、知らなかったけど。

 6人で見本を踊っているわけだけど……その中に、マダム・ヴァスチィンとミスター・ジョンソンが。意外な人がいるのね、びっくりだわ。



 チェレマーノという、このダンス。右、右、左、左。これを2回繰り返した後は、マイムマイムの横移動ステップ──あ、ちびちゃん、発見!

 はぅぅっ。かわいい。かわいいわ! 隣の狼幼児が顔を赤くして、ちらちらと隣のちびちゃんを見ているトコロも合わせて、可愛すぎるゥっ!



「お姉さま、あそこにいる青いドレスの女の子ですか? わたしたちのドレスと雰囲気が似ています。それに、あの耳と尻尾」

「ええ、そうよ。あの子がちびちゃん。社交界で会うことはないでしょうけど、パトリシア妃殿下もお気に入りの子なの」

 ちびちゃんが着ているのは、子供用の着物ドレスだ。青い花柄の着物に、黒の帯。帯には、ライオンの爪をイメージしたらしい、飾りがついている。黒のフリルが付いたスカートが、動くたびにふわふわ揺れて──

「ちびちゃん、可愛すぎるっ!」



 ハルデュスでは、チェレマーノにちょっとしたアレンジが加えられる。

 音楽が突然止まって、ジェスチャーの指示が入るのだ。

 ウサギなら、両手を頭の上に。イヌなら両手を後ろに回してシッポを真似る。ニワトリなら身体の横で、両手をパタパタさせ、カエルならしゃがんでジャンプ、という具合だ。



 ちびちゃんは、指示が入る度、ぴょんと跳んでジェスチャー指示に従っている。その時、

「は!」とか「ほ!」なんて言っていて、顔は超真剣。

 可愛すぎて、声にならないッ。つい、隣のインドラさんの肩をバシバシ、叩いてしまう。

「ふふッ。あの、真剣な顔……」

 クラリスまでも虜にするのね、ちびちゃん!



「インドラさん、このっ、今のこれを記録したいですっ!」

「ああ、そういう法具があってもいいかも知れませんね。シャクラに作らせましょうか」

 なんて話していたら、ちびちゃんがあたしたちに気付いてくれたみたいで、にこにこと笑いながら手を振ってくれた。ちびちゃん、マジ天使!

 最後までしっかりとちびちゃんの愛らしい姿を網膜に焼き付けたわよ。



 ダンスが終わると、参加した子供たちにはお菓子が配られる。そのお菓子をもらったちびちゃんは、た~っと、あたしたちがいる方とは、反対の方へ駆けていってしまった。

 たぶん、そっちの方にチトセさんがいるのでしょう。寂しくなんかなくってよ。でも、チトセさんには挨拶しておきたいし、ちびちゃんが駆けて行った方へ、あたしたちも移動することにしましょう。



 あっちの方だったわよねと、話していたら、

「いっちゃ~!」

 ちびちゃんが全速力で駆けて来ました。

「いっちゃ! おねえちゃは?! いっちゃがいゆんだから、おねえちゃもいゆでしょ!?」

 インドラさんに体当たりしたちびちゃんは、そのまま彼のジャケットの裾を握りしめ、首を直角に曲げて訴えた。



「……ちびちゃん、わたしはここにいるのだけれど?」

「ひょ?!」

 目をまん丸にして、あたしを見るちびちゃん。パチパチと大きく瞬きをした後、思いっきり疑わしそうな目で、こっちを見つめ、

「ほんちょに、おねえちゃ? ほんちょに?」

 さすがにそれは、傷つくわ。



 どうしたもんかと悩んだ結果【歌姫】の力をほんのちょっとだけ使うことにした。

「わたしを疑うなんて、酷いじゃないの」

 きらきら星のワンフレーズを小声で口ずさめば、お星さまが2つ、指先に生まれる。それをピンと弾いて、ちびちゃんの鼻先にぶつけてやった。

「にゃぅ!」



 ぎゅっと目をつぶったちびちゃんが目を開けると、お星さまが、さらに小さくなって、きらきら光りながら消えていった。

 ぽかんと口を開けていたちびちゃん。はっと、我に返ると、

「めんね! めんね、おねえちゃ! じぇんじぇんわかやなかっちゃの! ちーちゃよりも、じょーずにへんちんしてゆもん! びっくりちた!」



 あたしのスカートに縋りついてきて、ゴメンナサイを繰り返す。半泣きになってきたところで、許してあげることにした。かわいいコは、ついイジメたくなっちゃうわよね。

 よしよしと頭を撫でてあげて、仲直り。ちびちゃんが、嬉しそうににぱぁっと笑うもんだから、鼻血が噴き出そうになりました。かわいすぎるわ、このコ。



 さっきから、かわいいしか言ってないような気もするけど、事実なんだからしょうがない。ほっこり、表情筋を緩めていると、子供の泣き声が、あっちこっちから聞こえてきた。

 ハルデュスの祝祭あるあるとでも言おうか、ハイクオリティーな仮装に、泣き出す子供も珍しくないのである。だから、それだろうと思ってあたしは全然きにしていなかったのだけど……。



「ち~び~こ~……」

「ひょあぅっ?!」

 1オクターブ低い、地獄からの使者っいう雰囲気の声に、ちびちゃんが悲鳴をあげる。あたしも、悲鳴を上げそうになったし、クラリスは「ひきょわぁっ?!」と叫んでいた。

 オクターブ低かろうが、チトセさんの声である。ちびちゃんてば、彼をほっぽって、1人で駆けて来たのだろう。それで、チトセさんがお怒りなんでしょうねえ。



 ちびちゃんを庇ってあげなきゃと、後ろを向けば、

「っな?! えぇ!?」

 立っていたのは、スルタンかマハラジャか。まあ、アレよ。豪華なアラビアンナイト風の衣装に身を包んだ──

「骸骨!?」



 メイクなんかじゃない、本物のスケルトンに近いゾンビが真っ黒いオーラを背負って立っていた。

 その後ろには、もう1人のマハラジャ・スケルトンもいる。

 ホンモノの地獄の使者降臨?!

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 仮装を考えるのも、結構大変(笑) 楽しいけど。

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