ハメ外しは、ハルデュスの祝祭で 2
うふふふふ。あたしの心が弾んで踊る! 気力があふれて、漲っちゃってるわよ!
会場入りする前から、楽しくってしょうがないわ! こんな気持ち、某アーティストのライブに出かける時だって、なかったくらいよ! ヘンなクスリ、キメてんじゃないかと、自分で自分を疑ってしまう程度には、テンションが高い。
「楽しそうですね、レディ」
「ええ、今から楽しみで仕方がないのよ。クラリス、あなた、顔を上げなさいな。今のままだと、チョイ悪の殿方にからかわれて、泣かされるハメになりかねないわよ?」
「なっ……お、お姉さまはそうおっしゃいますけど、こんな……衣装……」
ギャップ萌えって、言葉を知ってるかい? お嬢ちゃん。今のクラリスは、まさにそれ。
ちょっと前まで、あんなに強気だったのにねえ。泣かせてみたくなるじゃないの。好きな子ほど、いじめたいっていう、アレね、アレ。
「わたしは、よく似合って、かわいらしいと思うのだけど?」
「ええ。レディのおっしゃる通りです。そのままでは、あなたの可愛らしいお顔が隠れてしまって、大変もったいないですよ、妹君」
「ぅ……ぁ……はい……」
顔を上げるように言われたクラリスだけど、結局、最後まで顔を上げることができませんでした。
インドラさんにあんな風に言われちゃ、ゆでダコになるってもんよね。悪い大人だこと!
さて、あたしたちが学園に到着すると、祝祭はもう始まっていた。ハルデュスの祝祭では、魔物の仮装をする人が多いんだけど──
「今年は、アローラが多いわね?」
アローラとニーニャに、ジェネラル・フロストを加えた3人組が多い。
人数が増えると、ブローサとあれは、ニーニョかしら? チトセさんが、ちびちゃんのニーニャの衣装を急ぎでリメイクしてでっち上げた、苦し紛れの花の妖精だったのに。いつの間にかニーニョという名前が与えられ、ニーニャと双子の妖精、ということになってしまった。
ええ、まさか演劇の題材になるとは思わなかったわ。
「ニーニャとニーニョの前評判が大きいのではないですか? 以前、マガジンに特集が出ていましたもの」
「そうなの? それは知らなかったわ。でも、そうなるとアローラやニーニャの仮装で、コンテストに入賞するのは難しいかも知れないわね」
そういう意味では、獅子乙女姉妹は目立っている。着物の柄自体、この国ではあまり見かけないものだし。インドラさんっていう、目の保養もいますしね!
「これは、チャンスね」
よし、と気合を入れて、早速コンテストにエントリーするべく、あたしはコンテストの受付は足を運んだ。しきりに遠慮する妹を、
「あなたねえ……今日の1番の目的は、あなたの宣伝なのよ、クラリス。次のお茶会やパーティーでは、必ず祝祭の話題が出るんだから、わたしはこんなことをしましたって、話の輪に加われるようにしなくては、ダメじゃないの」
あたし個人の楽しみも入っていますが、それは言わぬが花ってモンだ。
「そっ、それは、そう……ですけど……」
「往生際が悪い! 腹をくくるのよ」
妹の手を引き、強引にコンテストへエントリーさせるべく、受付へ引っ張っていく。
さっきも思ったのだけど、この子ったら、いつもの勝気さをどこへ落として来たのかしら。勝気すぎるのも問題ありだけど、こんな風に内気なのも困りものね。原因は、痣を気にして、同年代の令嬢、令息と交流を持っていなかったことだと思うのだけど……。
ハルデュスの祝祭がきっかけになって、引っ込み思案が治ってくれることを祈りましょう。それと、ヘンな具合にこじらせて、ツンデレとかにならないようにも、祈るわ。
ツンデレって、照れ隠しとか素直になれないだけ、だって分かってもらえないと、ただ感じが悪いだけになりかねないから……。お姉ちゃんは、ちょっと心配。ああでも、ハロルドがポヤポヤ顔で、全部暴露する可能性が高いから、ツンデレになっても大丈夫か。
兄さま、ひどい! とか言って、涙目になるクラリス。萌えるわ。ひどい姉だと言うなかれ。
心の中で、ぐふぐふ妄想している内に、受付に到着した。
仮装コンテストにエントリーしたい旨を申し出て、名前を名乗る。エントリーナンバーを教えてもらったら、お隣のテントで全身図を描いてもらうように言われた。
インドラさんは、残念ながら不参加を表明。護衛はオマケですから、なんて言うのよ、もったいない。
隣のテントに移動すると、参加者が多いので、全身図はスケッチですよ、と言われた。毎年、300人近い参加者がいるので、ゆっくり描いていられないのだとか。
これが、またすごかったわね。あっという間に描き終わって、あっという間に着色されたのよ。所要時間は、5分程度。早業よね。
あたしたちのエントリーナンバーは、168だった。スケッチは、受付近くの臨時掲示板に張り出され、自由に投票できるようになっている。上位50名が、決勝の舞台へ進めるのだそうだ。
3時ごろには、予選というか書類選考もどきの結果がでているらしい。
「お姉さま、この後はどうなさるのですか?」
「もちろん、歩き回るわよ。まずは、本部へ行ってハロルドを探しましょう。生徒会長にもご挨拶してから、ベルを探したいわね」
答えながら、エントリーナンバーが書かれたバッチを胸元につける。クラリスも、同じ位置につけようとしていたのだけれど、
「ダリアの君……!」
クラリス……花が咲いたみたいな、イイ顔になったわね。手が止まってるわよ。仕方がないから、つけてあげるわ。
そんなわけで、本部を目指して歩き始めたわけだけど、その途中であっても、知り合いを見かけたら、積極的に話しかけるのを忘れない。クラリスを宣伝しなきゃいけないものね。
「ごきげんよう、レディ・アレキサンドラ」
「ごきげんよ……えっ? えぇっ?! あ、あの、もしかして、レディ・マリエール?」
「ええ、そうですわ」
最初に見かけたのは、クラブ・クリスティーンのメンバーだった。
彼らは、伯爵探偵シリーズの仮装をしている。あたしは、その中の1人、伯爵のお姉さんに仮装しているレディ・アレキサンドラに声をかけた。──ら、ずいぶん驚かれてしまった。
「まあ、お声を聞いても、まだ半信半疑ですわ。本当に、レディ・マリエールでいらっしゃいますの?」
「もちろんですわ。今年の祝祭には、とても気合を入れてみましたのよ」
「素敵ですわ! あら、そちらの方はどなたかお伺いしても?」
「ええ、もちろん。この子は、わたしの妹のクラリスですわ。クラリス、こちらはシュタイナー伯爵令嬢、レディ・アレキサンドラよ」
「お初にお目にかかります。クラリスと申します」
侯爵家の名前を背負っているだけあって、クラリスのお辞儀はほぼ完ぺき。ほぼ、という言葉がついたのは、緊張しているせいなのか、少しぎこちない。でも、それが初々しいともいえる。
レディ・アレキサンドラは
「まあ! レディ・マリエールに妹君がいらしたとは存じませんでしたわ」
好意的に受け止めてくれたようだ。その後、子爵令嬢であるレディ・ジュリエットとも挨拶をして、ノートン少年に挨拶にいくことを理由に、お別れをした。
その後も、知り合いを見かけては声をかけ、そのたびに驚かれたのは、ちょっぴり気分がいい。そうして、本部が目の前に近づいてきたところで、ノートン伯爵令息とミスター・リードを見かけた。
ノートンと聞いて、あれ? と思われた人がいると思うが、ノートン少年とノートン伯爵令息は、無関係である。先日、ノートン少年と話した時に聞いたのだが、父方のルーツが伯爵家の領地にあるそうで、大方、勝手に名前を拝借したのだろうと、少年は笑っていた。
この2人も驚いてくれるかしら? イタズラをしかけるような気持で、彼らに近づき、挨拶をする。そうしたら、案の定──
「え? ちょ……えぇっ?! レディ・マリエール?! 本当に!? どうなさったんですか、その頭! あ、いえ、似合っていないわけではないのですが、その……!」
いーい、リアクションしてくれるなあ、ミスター・リード。伯爵令息の方も、
「大胆な仮装ですね……驚きました。お声を聞いても、まだ信じられません」
目をまん丸にして、驚いてくれる。
2人は、ヴァンパイアに仮装していた。工夫は、耳がコウモリの羽根のようになっていること。
マントにもコウモリ模様があって、コウモリに変化する途中のヴァンパイアをイメージしたのだとか。伯爵令息は典型的なヴァンパイアという雰囲気、ミスター・リードの方はヴァンパイア・ナイトとでも言おうか、騎士らしい凛々しさが備わっていた。
この2人にもクラリスを紹介した訳だけど、ここでイレギュラー発生。近くに、ダンスの輪ができていることもあってか、ダンスに誘われてしまったのである。
まだ生徒会長に挨拶していないけど、本部は目と鼻の先だし、ま、いいか。
「喜んでお受けいたしますわ」
「お姉さま?!」
「では、私の相手は妹君にお願いできますか?」
ミスター・リードが、クラリスに手を差し出した。あたしは、さっさとノートン伯爵令息の手を取って、ダンスの輪へ移動している。
「クラリス、あなたもいらっしゃいな。きっと、楽しいわよ」
口うるさいお目付け役もなく、結婚相手として値踏みする必要もなく、純粋にダンスを楽しめる機会なんて、そうあるわけじゃないんだから。
あたしに後押しされるような形で、クラリスも、ミスター・リードの手を取り、ダンスの輪へと向かって歩き出した。
……あの子、踊れるわよね? 今更だけど。
伯爵令息と踊った後は、ミスター・リードとパートナーを交代。時々、意地悪く変えられる音楽に合わせて、ステップも変えつつ、
「ミスター・リード、妹とのダンスはいかがでした?」
「大変、お上手でしたよ。ただ、ハルデュスのダンスには不慣れなようで、チェンジのタイミングには、ずいぶん戸惑っておいでのようでした」
「あれは、大人でも苦手な方がいらっしゃるそうですから、妹には少し難しいかも知れませんわ。あの子がお茶会やダンスパーティーに参加するようになったのは、つい最近ですもの」
参加するのも、招待された義母についていっているだけ。さっきまでの様子を見れば、あちらの方々とお話してきますわ、なんてことにはなっていないだろう。
ノートン伯爵令息とミスター・リードと踊った後は、生徒会長に一言ご挨拶に伺いたいと思うので、とお断りを入れて、2人とはお別れをした。
「クラリス、ハルデュスのダンスはどうだったかしら? ノートン伯爵令息もミスター・リードも、ダンスはお上手だったでしょう?」
「ええ。とても素敵でした。ステップを踏み間違えても、不機嫌な顔をなさらなかったし、足を踏んでしまっても、気になさらないで、って言って下さって……お兄さまとは大違い」
運動したからか、クラリスの頬はほんのりとピンク色に染まっていた。
「……お兄様は、その逆だったのね」
「侯爵家の娘なら、ダンスぐらい完璧にこなしてみせろ、と仰って。兄さまは、楽しく踊れれば、それでいいよと笑って下さるのですけど……」
愚兄ィィ……! 何がダンスぐらい完璧にこなせ、だ。ダンス以外の部分で、完璧から遠ざかりまくっている残念男が、何を偉そうに。
つい、舌打ちをしそうになったその時、右耳に手を当てていたインドラさんが、
「レディ、ちびこが子供用のダンスに参加するそうですよ」
ナ、ナンデスト?! それは、それは、行かねばなりますまいィィ!!
ノートン少年に挨拶したら、即、移動するわよ! ほら、クラリス! 速足、速足! 競歩よ、競歩! ちびちゃんのカワイイ姿を目に焼き付けなくちゃいけないんだから!
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
マリエが、アゲアゲ(笑)なので、今回も少し長めになりそうな予感。