ハメ外しは、ハルデュスの祝祭で 1
ノートン生徒会長の大鉈は、一部の学園生徒たちを震え上がらせました。主に貴族籍の生徒たちですけども。庶民籍の生徒たちからは「良く言った」と拍手喝さいだったそうです。
貴族籍の生徒からは不満の声もあったようですが、世論に勝てるはずもなく、備品等の見直しをして、不要な物は売却したり、寄付したりすることにしたそうである。良いことじゃないか。
不良在庫は、絶対的な悪であるからな。うむうむ。
続いて生徒会コレクションのオークション。こちらも、まずまず盛況だったらしい。ハロルドから、「スチュアート様が、沢山お買い上げくださった」と聞いている。スチュアート様とは、アト様のことだ。お帰りになられる時は、にっこにこだったそうである。
とはいえ、回収できたのは、使い込まれた金額の3分の2程度。ただ、それもノートン少年の見込み通りだと言うから、本当に目端の利く生徒会長サマである。
しかし、小さな問題が発生したそうだ。なんと、キアランが、愚兄を間に立てて、ハロルドへ、返済額からオークション収入分を減らせと言って来たのだとか。恥知らずめ。
しかし、そこはジジババもコロコロ転がしちゃうハロルドである。もはや、世間知らずの箱入り王子が正面からぶつかって勝てるような相手ではなかったのだ。
ハロルドは、にっこり笑って、
「分かりました。ですが、生徒会の資産がほぼ0になったのは、生徒会費を着服しておきながら、謝罪の言葉もなく、反省する素振りもみせず、返済さえも拒んだキアラン殿下のせいだと、記録に残すことが条件です。いかがいたしましょう?」
正しく訳すと、王族が生徒会費をネコババしたと学園史に残すぞ、である。これに頷くバカはいまい。そんな訳で、キアランはすごすごと引き下がったそうだ。
その後、愚兄から「仮にも王族に向かって」と抗議を受けたらしいが、こちらも笑顔と共に、
「仮にも王族に生徒会費を横領させた人が何を言うんです。主の間違いを正すのも臣下の役目かと愚考いたしますが、兄上はどのようにお考えなのか、ご教授いただけますか」
強烈なボディーブローを繰り出して、返り討ちにしたらしい。とっても頼もしいわ、ハロルド。
ハロルドから、2人の失態を聞いてあきれた日もあったけど、今日は、ハルデュスの祝祭よ~!
本日は、見事な秋晴れなり。楽しいお祭りになりそうね!
ハルデュスの祝祭は、ハロウィーンとお盆を足して2で割ったようなお祭りだ。
人々は思い思いの仮装に身を包み、親しい人へ悪戯をしかける。お菓子は、悪戯しちゃってゴメンネ、というお詫びの印。悪戯を省いて、お菓子だけ渡すのもありである。
また、王都の各地区では仮装コンテストが行われていて、1位から3位の人は、お城の中庭で行われる、コンテストの決勝戦に望むことができる。コンテストは学園でも行われ、学園代表として、決勝戦に行けるのだ。
広場では、楽隊を中心にした、踊りの輪ができる。踊るのは、ワルツかフォークダンスで、それは楽隊の奏でる曲によって変わるのだ。突然、ワルツからフォークダンスに曲が変わったり、その逆になったりと、ハルデュスの悪戯はここでも有効だったりする。
さてさて、ハルデュスの祝祭で一番盛り上がるのは、やっぱり仮装コンテストだろう。
去年は、魔女コスで無難にまとめて、コンテストへエントリーもしなかったけど、今年は違うわ。どこかの誰かさんの評価なんて気にしなくていいもんね。はっちゃけてやったわよ!
というより、アト様から頂いた物が凄かったのよね。なんと、着物を頂いたの! ファン・ブルに着物があったなんて驚きだけど、競馬場でお会いした時にちらっと話題に出た、博士さん。あの人が持って帰って来たらしい。
何でも、深魔の森を抜けた先の街で見つけて、買い付けて来ていたのだとか。
ただ、反物ではなく、着物に仕立てられた物を買って来たうえ、帯がない。結果、ガウンにする以外の着方が分からず、持て余しているのだそうだ。着物の着付けは、慣れないと難しいから、帯があってもアウトだったかも。あたし? 本を見ながら、浴衣なら何とか、というレベルだったわ。
さて、着物だけれど、訪問着っぽいのから振袖まで、全部で7着もいただいてしまった。
リメイクして、着物ドレスにすることも考えたけど、振袖って憧れるわよね。成人式は、面倒だからってスーツだったのよ。今思えば、写真だけでも撮ってもらえば、良かったわ。
なので、できるだけ着物っぽく着てみたかったのである。
異世界なんだし、仮装の衣装にするんだし、問題ナイナイ! ドレス風着付け、って雰囲気で着ちゃえ! という訳で、今年は、ドヤ顔で宣言しちゃうくらい、はっちゃけてやったワ。
あたしが選んだのは、紫色の振袖で、バラ模様の華やかなもの。
ハイネックのブラウスを着て、次に振袖を着る。振袖は、あらかじめ身巾を半分くらいに狭めてもらっておいた。それはなぜか。着物をタイトなワンピースみたいに着ようと思っているからデス。
おへそのあたりを合わせ目として、裾をちょっとずつ持ち上げてドレープを作る。ドレープをキープするために、着物の内部に紐を仕込むなど、細工もしてある。
帯がないので、代わりに黒のコルセットを締める。着物の美には帯結びも欠かせません。と、いうことで、コルセットと同じ布で作ってもらった、リボン型の作り帯をさしてみた。また、リボンには黒と白とオレンジのレースを足して、華やかさもプラス。
コルセットには、大腿骨をモチーフにした帯留めと、帯締めの代わりの金のチェーンを巻いている。骨を帯留めにしたのにも、きちんと理由があるのだ。
着物と一緒に送られてきた手紙には、ちびちゃんからのお手紙も入っていて『一緒にライオンになって?』と書いてあったのだ。ご丁寧に、耳付きカチューシャや尻尾まで入っていたら、断れないわ。
──という訳で、今年の仮装のテーマは、獅子乙女なのである。
ここまでは衣装の話。次はメイク。獅子乙女なんだもの。獅子と言えば、やっぱりたてがみ。だからね、思い切ってソバージュにしたのよ! バラのコサージュを髪に飾り、金粉も散らしたわ。メイクは、有名な猫のミュージカル風にしようかとも思ったのだけど、ジャスミンたちから「そこまでしたら、誰か分からなくなるから」って、却下されてしまった。
その分、気の強そうな感じになるように、と注文は出してある。なかなか、良い感じだ。
それから、つけ爪も! もうね、デコってやったわ。バラにハルデュスのシンボルマーク。それから、骨。金の極細チェーンもボンドでくっつけて、やりたい放題ですわ。超、楽しい!
「まあ……! 素敵! 素晴らしいですわ、お嬢様!」
「本当に! よく見ないと、お嬢様だと分かりませんわ!」
「でも、そこが仮装のだいご味ですわね!」
ジャスミンたちには、大うけです。あたしも、すっごく気分いい~。なかなか、ここまで気合入れて仮装することなんて、ないし、できないもの。アト様、感謝!
ちなみに、ハロルドはライオン紳士に仮装している。仮装といっても、耳を付けたシルクハットをかぶって、偽牙を装着。尻尾を付けただけ。衣装は手持ちのフロックコートだ。
「僕は、主催者側なので適当で大丈夫ですよ。その分クラリスにお金をかけて下さい」
ほんッとうに、イイコだな! ハロルド! ちなみに、長男は最近、姿を見ていません。週末は、ダンジョンに籠もりきりとか何とか。まあ、どうでもいいんですけど。
さて、ハロルドがクラリスの名前を口にしたのには、訳がある。競馬場で判明した、例の一件──社交界デビュー間近だけど、クラリスは注目されていない、というアレ。
以前、ベルとあたしが社交界から姿を消した後の進退は、クラリス次第、なんて言ってたけど……あれは、それなりに注目されていることが前提の話。
このままでは「あら、スミレのレディーに妹なんていらしたの?」なんて、事になりかねない。それでは、『スミレのレディーの妹』という社交カードが無力化されてしまう。そうなれば、『ダリアの君の知人』という社交カードが、自爆カードへ変わる可能性も出てくるわけで……それは困る。
何より、ハロルドの存在をまるっきり無視する形になっていた。あの頃は、ハロルドのことなんて、全くと言っていいほど、気にしていなかったから……悪いお姉ちゃんでごめん。
そんな訳で、計画変更なのである。
あの頃は、ギリ貴族の体面を保ったまま、細々と家を長らえさせることになるだろうと考えていた。
が、ここにきてハロルドが猛烈に、株を上げている。そう! ジジババ、オッチャン、オバチャンをコロコロ転がしてきた、あのコミュニケーション能力である!
本人も侯爵位と侯爵領は返上せざるを得ないだろうけども、伯爵位以下は保持してみせますから、と息巻いていた。多分、その望みは叶うだろう。
ハロルドの人脈は恐ろしいからな! ランスロット殿下にとっても、得難い情報源になるに違いない。それに、リッテ商会で働くあたしからハロルド経由で、深魔の森の開発状況などについての情報を仕入れることだって可能なのだ。
いずれは魔族についても、話すことになるだろうし。
何だろう、今、ハロルドとシャクラさんが、2人並んで、のんびり縁側でお茶をすすっている光景がありありと想像できてしまったわ。
ポヤポヤ魔族とポヤポヤ人間。化学反応を起こしたら、ものすごく疲れさせられるか、ものすごく癒されるかのどっちかのような気がするわね。
……マリエール・ヴィオラ、お願いです。化学反応の結果は、癒し! 癒しでお願いします。
おっと、話が反れた。何が言いたいかと言うと『スミレのレディーの妹』という、社交カードを強化したい訳です。そのためには、どうするか。
答えは実に簡単。あたしが、連れ歩けば良いのよ! その舞台として、ハルデュスの祝祭はまさにうってつけ。そんな訳で、クラリスにも獅子乙女になってもらいます。
「あの……お姉さま? どうしても、この衣装でなくてはいけませんか?」
「当然でしょう。あなた、今日の目的をちゃんと理解していて?」
獅子乙女なのだから、クラリスにも和テイストのドレスを着てもらう。あたしと同じでは面白くないので、着物ドレスにリメイクしてもらった。
オレンジに四君子──竹、梅、蘭、菊の4つを揃えた紋様の着物を、チューブトップのAラインドレスに作り替えてもらったのだ。それから、薄手の黒い布で姫袖のボレロとオーバースカートを作ってもらった。
首には赤い花のチョーカー。髪は緩く巻いて、レースとリボンを飾り、カチューシャと尻尾を装備。オレンジと黒でハルデュスのシンボルを描いた、短めのつけ爪で完成。
あたしと違って、クラリスは顔を覚えてもらわなくちゃいけないので、メイクは柔らかめ。
「そっ……それはそうですけど……こんな……派手な恰好は……」
「あのね、クラリス。世の中の殿方は、ギャップに弱いものなのよ。今は、こんなに装ったあなたが、宮廷拝謁では清楚可憐に変身してみせたら、殿方はびっくりするに違いないわ」
「そ、そんなもの、なのですか?」
「そんなものよ」
あたしはきっぱり言い切ると、クラリスの手を取って、部屋を出た。
「これは……! 素晴らしい。見事に化けられましたね、レディー。大変お美しいですよ」
「ありがとうございます。今日は、妹のクラリス共々、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
芝居がかった仕草で、恭しく頭を下げてみせた、ライオン紳士2号のインドラさんが、手を差し伸べてくれる。あたしは、その手を取り、
「それじゃあ、行きましょう」
いざ、出陣!
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
仮装の衣装は、某画集のイラストを参考にしました……。着物、好きです。着られませんけど。