休み時間は渡り廊下で
見切り発車のためか、執筆が一進一退……
階段を上って、ミシェルのクラスに向かう。その途中で、5限の授業が終わった事を知らせる鐘の音が鳴った。……鳴るのは鐘なのに、予鈴、本鈴とはこれいかに。まあ、向こうでも本当に鈴が鳴るワケじゃないしね。
足取り軽やかに、ミシェル嬢のクラスに近づけば、
「っ! マリエール! 貴様、ここで何をしているっ!?」
ゲームのイベント通り、キアラン登場。曲りなりにも王家の人間が、唾が飛んできそうな勢いで、怒鳴るっていうのはどうなのよ? 人を指さすのもいかがなものか。
「何を、と申されましても……歩いているだけにございますが?」
何をおっしゃっておられますの? 頭は大丈夫ですか? という感情が副音声に紛れて聞こえればいいな、と思いつつ、あたしは首を傾げた。
「……っ!」
呆れた。何も、言い返せないのか。
キアランはぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえてきそうな雰囲気で、あたしを睨んでいる。せっかくの美貌が台無しですわよ、殿下。
キアランは、自信たっぷりな王子様顔だ。赤い髪に、赤みがかった茶色の瞳。いつも不敵な笑みを浮かべ、尊大な態度で人に接する事が多い人だ。
でも、不思議とそれが嫌味にうつらない、不思議な魅力を持っている人でもある。これが、カリスマってやつなのね。
さて、そんなキアランだが、ゲームの彼は自己評価と周囲の評価の落差に悩んでいる。周りの人間は自分を持ち上げてくれるけど、本当の自分は違う。誰も、本当の俺を分かってくれないんだ、と自分の殻に閉じこもっている。
尊大な態度は、悩みを隠すための演技だ。
身分の高い人間には、ありがちな悩みである。分からないでもない。
しかし、そのストレスをマリエールへ向けるのはいかがなものか。
そう。マリエールへの暴言は、自分なりに存在意義を早々に見つけ出して、社会的地位を確立していく彼女への嫉妬から来る八つ当たりなのだ。
お前は、マリエールに悩みはない、とでも思っているのかっ! 何も言い返さないからって、何を言ってもいいと思っているのか! 貴様っっ!!
ゲームでは、和解するエピソードもあるけれど……あたしは許さん。
甘ったれんな、ぼんくら王子! ってなものだ。
そんな訳で、あたしのキアランに対する評価は、ゼロに近い。他のキャラも対外だったけども。そんなあたしの一押しは、チャーリーです。
ただ、チトセさんをそういう目で見られるかどうか、と言うと……ちょっと難しいけど。本人には言えないけども、今の彼は保父さんをしている、近所のお兄さんにしか、見えないから……。
おっと、話がそれた。
休み時間の渡り廊下という、注目を集める時間と場所だ。
教室から出て来た生徒たちは、興味津々という感じであたしたちを見つめている。野次馬が野次馬を集めるという現象も起きて、廊下は大渋滞。
これは、さっさと解散させねば、通行の邪魔になってしまう。
いつまでも、珍獣よろしく見られているのも気分が悪い。
あたしは、眉尻を下に下げて、気遣わし気な表情を作り、
「ところで、レディ・ミシェルはご無事でして? 先ほど、外出より戻って参りましたら、階段から落ちかけたとお伺いしましたわ。さぞや怖い思いを──」
「ふざけるな! 貴様がっ、貴様がそれを言うのか! マリエールッッ!!」
「殿下?」
怖い思いをなさったのでしょうね、と最後まで言わせてもらえなかった。
キアランは、目に見えてお怒りだ。
マリエールだったら、嫌われてしまう、と委縮してすぐに謝罪しているところだろうけども、あたしはそんな事いたしません。
「おっしゃる意味が分かりかねますが……」
あたしの話を聞いていたかね。外出していた、と言ったのだよ、ぼんくら王子。
それにしても、ミシェルが教室から出て来ないな。他の生徒は、物見高く、窓やドアから顔を出しているのに、ミシェルは動く様子がない。
開いた窓の隙間から教室の中をうかがうも、残念。ミシェルの姿は見つからない。しかし、これだけ騒いでいるのに出て来ない、ということは、お見舞い訪問をスルー?
人気度、下げてどうするんだろう? 周りの声を聞いてごらんなさいな。
あたしが「外出してた」と言ったものだから、どういう事? と皆、首を傾げているじゃないか。
「帰れ! マリエール! 貴様とミシェルを会わせはしない!」
がるるるると唸るキアラン。動物か、アンタは。
その後ろでは、体格の良い生徒が「すんません、ここは引き下がってもらえませんか」と言った感じで、あたしを拝んでいる。多分、キアランの護衛と、彼に命じられて、ミシェルの護衛を務めるようになった、生徒だろう。
あなた方も大変ね。まあ、良いでしょう。別に粘ったところで、良い事はなさそうだし、
「承知いたしました」
あたしはスカートをつまんで持ち上げ、キアランに礼を取る。
5限の授業の内容について、クラスメイトに教えてもらわなくちゃいけないし、引き時としては悪くない。
キアランは、ふんっっ! と大きく鼻を鳴らして、ミシェル嬢のいる教室へ入って行った。自分のクラスじゃないのに、堂々と入っていけるその神経が羨ましいわ。
何にしろ、これでミッションコンプリート。さ、教室に帰りますかね。──と思ったら、
「あ、あの……レディ・マリエール……っ」
「何かしら?」
知らない女子生徒に話しかけられた。3学年にいる事を表す、臙脂のネクタイは無地だから、貴族籍にはない子だと分かる。
思わず声をかけてしまったけれど、本来は自分から声をかけてはいけない相手だし、どうしよう、という感情がはっきりと顔に書いてあった。
あたしは、笑顔を浮かべ、
「心配してくださったの? ありがとう。でも、大丈夫よ。キアラン殿下は、いつもあんな感じですもの」
「そんなっ……! 殿下は、どうしてあんな酷い……」
「あらあら。優しいのね、あなたは。もうすっかり慣れてしまって、泣けなくなってしまったわたしの代わりに泣いてくれるのね」
ぽろぽろと涙をこぼし始めた女子生徒。何で、アンタが泣くんだ。
ああでも、感受性が強いのかも知れないし、多感なお年頃って事もあって、涙腺が弱くなっているのかも知れない、と1人で納得する。
ポケットからハンカチを出して、彼女の涙を拭っていると、
「レディ・マリエール。ぶしつけで申し訳ございませんが、外出されていたというのは、本当ですか?」
「ええ。4限が始まる前に、学園を出たのです。生徒としては失格ですけれど、次のチャリティーの企画について打ち合わせがあったので──」
「お戻りになられたのは、いつ頃ですか?」
「5限が始まる直前ですわ。その後、教官室に呼ばれてしまいましたので、残念ながら5限を受ける事は出来なかったのですけれど」
1人の生徒が話しかけて来た事で、廊下に居合わせた生徒から次々と質問が飛んでくる。まるで囲み取材を受けている芸能人のような気分だわ。
おいたわしい。お可哀そう。キアラン殿下は冷たすぎる。
男も女も関係なく、あたしを中心に、ぴーちくぱーちく囀ってくれる。どう返事をしたものか困っていると、
「サンドラ姉様、落ち着いて下さい。からめ手で攻めるのは得策ではありません」
「でも、だって! 悔しいじゃない……!」
からめ手で攻めるとは、穏やかじゃない話だ。
振り返れば、見知った顔が2つ。アレキサンドラ・シュタイナー伯爵令嬢とジュリエット・ボードレール子爵令嬢だ。
「レディ・アレキサンドラ。何か、トラブルでもございましたの?」
「レディ・マリエール! いっいえ……そういう訳ではないのですが……」
ピンと背筋を伸ばして、レディ・アレキサンドラがあたしの質問に答えてくれた。でも、どうして、しどろもどろなの? 何か、やましい事でもあるのかしら?
挙動不審になったレディ・アレキサンドラを止めようとしていたレディ・ジュリエットはほっと胸を撫でおろした様子で「ちょうど良かったわ」と一言。
失礼しますとあたしに会釈をして、横を通り過ぎると、ミシェルの教室の門番をしている生徒に話しかけた。
ええと……これは、何事? 門番の生徒は頷いて、教室に入っていき、ごみ箱を2つ持って出て来た。
レディ・ジュリエットは中を覗き込み、何かを探し始める。もともとそんなにたくさんの量は入っていなかったのだろう。彼女はすぐに顔を上げて、
「サンドラ姉さま、やっぱり、私たちの推理はほぼ間違いないと思われますわ」
「本当なの!?」
「ええ。後は放課後にでも、演劇部員の協力を頂いて、実験をいたしましょう」
何やら楽しそうにしているレディ・ジュリエット。
放ったらかしにしないでほしいな~、と思っていたら、彼女はにこりと微笑んで、
「失礼しました。レディ・マリエール。実は、本日起きた事件につきまして、我がクラブ・クリスティーンで調査をしておりますの」
ミスタ・ジョンソンから話だけは聞いてはいるけれど──
「まあ! それで?」
「結論から申し上げますと、レディ・マリエールは冤罪ですわ。あなた様が外出されるところ、外出からお戻りになられたところを別々の人間が目撃しておりますもの」
ああ、そう言えば、そうね。戻って来た時の心当たりはないけれど、外へ出る時は、ジャケットの上に灰色の長いローブを着た男子生徒に声をかけられたわ。
「じゃあ、犯人も分かったの!?」
野次馬の中から、好奇心いっぱいの質問が飛んだ。レディ・ジュリエットは首を横に振り、
「残念ながら、犯人の特定には至っていません。被害者に直接、事情を伺わせてもらえませんでしたし、犯人につながる証拠の品もないようですので──」
ごみ箱を探したのは、証拠品探しだったのか。
「詳細については、近日中に壁新聞という形で、我がクラブ・クリスティーンの部室前に貼りだそうと考えております。何か、ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひお話をお聞かせ願いたく存じます」
かっこいいわ、レディ・ジュリエット。その詳細、あたしも知りたいけど……壁新聞を見に行くのはちょっと──問題がありそうな気がするわ。誰か見に行った人に、内容を教えてもらうしかないかもね。
と、ここで鐘が鳴った。おっと、いけない。6限の授業が始まる。
レディ・ジュリエットは2年生なので、教室は別の階だ。「では、皆さま、ごきげんよう」とスカートの端をつまんで礼を取り、彼女は自分の教室へ戻って行った。
あたしも自分の教室に戻らねば。レディ・アレキサンドラとは同じクラスなので、特に誘わなくても一緒に戻るような形になった。あ、そうだ。
「レディ・アレキサンドラ、あなたに1つお願いがあるのだけれど、よろしいかしら?」
「ま、まあ! レディ・マリエールが私ごときにどのような?」
ごときって……自分をそんな風に言うのはやめようよ。
「私が無実だと証明して下さった、クラブ・クリスティーンの皆さんにお礼を申し上げたくて。テスト最終日の午後にお茶会を開いて皆さんをお招きしようかと考えておりますの」
「まあ。素敵ですわね」
「そう言っていただけると嬉しいわ。ただ、申し訳ないことに私はクラブのメンバーを存じ上げなくて……あなたならご存知ではないかと思いましたの」
ほしいのは、クラブ・クリスティーンのメンバーと、今回の調査に関わった生徒のリストだ。招待状を書くのに必要だからね。
「かしこまりました。放課後、お部屋にお持ちいたしますわ」
「ありがとう。ああでも、放課後も外出する予定があるから、ディナーを一緒にどうかしら? お嫌でなかったら、レディ・ジュリエットもお誘いしてみてくださる?」
「もちろんですわ!」
レディ・アレキサンドラが請け負ってくれたので、お茶会についてはこれで一安心だ。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。