タレントの検証はダンジョンで 7
2度ある事は3度ある。ええ、本当に。全く、その通りだわ。
まさか、1日で3度もスメルアタックを受けるとは思わなかったわ。てっきり、おバカになっていると思っていた嗅覚だけど、いつの間にか通常の状態に戻っていたのね。
ラフレシアって言ったのは、もちろん例えよ。ラフレシアなんて、標本しか見た事ないもの。でも、悪臭だって話は聞いてるから。
では、彼女のお弁当箱が放つ匂いを、正確にレポートするとしたら、どうなるのか。答えは、夏場の痛んだご飯の臭いの強烈なヤツ、と言うしかないわね。分かる? 嗅いだ瞬間に、えずくアレよ、アレ。あの臭い。
もうね、涙目になってね、必死に耐えたわ。食べたものが逆流しそうになってるのにも、何とか耐える。あたしだけじゃなく、全員がね。なのに、
「……っかしいな~? 何で来ないのよ……」
何で、アンタは平気な顔してんのよっ!?
鼻がバカになってるっていうレベルの話じゃないわよね?! 嗅覚を担当してる細胞、完全死滅しちゃってんの?! それとも、花畑菌に脳までヤラレちゃったわけ!? 中身見えないけど、相当エグイことになってるはずよ!?
頼むから、それ持って消えてくれと、懇願したその時、部屋の真ん中にあった魔法陣が起動した。ヴン……ッという音と共に、30前後くらいの男性たちが6人、部屋の中に現れた。
現れたと同時に彼らは、うげっ!? という悲鳴を上げ、戦士風の男がミシェルに接近。
「テメェ、ふざけんなよ!」
怒鳴り声と同時に、彼女のお弁当箱を叩き落とし、法術使い風の男が──
「ファイヤ!」
初級法術でもって、お弁当箱を炭に変えた。
あの臭いをかがなければ、酷い、と思っただろうけど、今は親指を立てて、褒めたたえたいわ。グッジョブ。素敵よ、お兄さん。続いて、ウインドの法術で、臭いを散らしてくれたあたり、最高だわ。
臭いの元が根絶された事で、何とか人心地つく。はぁ、助かった。
「ちょっと! 酷いじゃない! いきなり、なんてコトすんのよ!?」
「はぁ?! 酷いのは、そっちの方だろうが! この事はギルドにっ……て、来やがった!」
噛みついて来たミシェルを戦士風の男が、睨み返したその時、彼は大きな舌打ちと共に、出口の方へ顔を向け、さっと腰の剣を抜く。
ブブン、という羽音と共に現れたのは、ゼブブというハエ型の魔物! えっと、1、2……全部で10匹! この魔物、人間の赤ん坊くらいのサイズがあるのに、素早いっ!
戦士風の男の剣戟をすいすい交わす。司祭様のメイスも、軽々避けるし、盗賊っぽい男の投げナイフ、もう1人の戦士っぽい男の矢もさらっと回避。
ミシェルも魔物が出たからにはと、「こンのォォ!」と言いつつ、ショートソードで切りかかるが、空振り。さらには、邪魔すんじゃねえって、男性パーティーから怒鳴られてた。
隠れたまま、見ているだけで良いのか、迷っていると
「フレア!」
決めてくれたのは、法術使いの彼だった。
フャイヤは初級だけど、フレアは中級の法術。男たちは、攻撃しながらゼブブを一か所にまとまる様に動いていたらしい。
フレア一発で決まったのは、法具で法術を強化しているからだろうって、キーンが感心してたわ。その後、万年筆もいいけど、強化系の法具もいいなって、悩みだしたのには苦笑したけど。
それにしても、パーティーの連携がきっちりできているあたり、さすがはベテランと言うべきよね。言わなくても通じるんだもの。すごいわ。
「全く、始めっからケチがつくとは、とんだ災難だぜ。おい、テメエ、この事はギルドに報告させてもらうからな」
行こうぜ、と仲間に声をかけて彼らは部屋から出て行った。入れ変わる様にやって来たのは、花畑オーナーズだった。
「ミシェル?! どうしたんだ、一体何があった?!」
心配顔で、彼女に駆け寄るダリウス。他の2人も、ミシェルの機嫌を取ろうと必死だった。
──ここから先は、茶番と言ってしまえばそれまでなので、スルー。そうね、3流の台本の、素人劇でも見ているような気分だったわ。
結局、ミシェルたちはここから、地上に戻る事にしたみたい。彼女たちが魔法陣の上に立ち、姿が見えなくなったところで、ようやく一息がつけた。
「はあ~……もう、無駄に疲れちゃった……」
思わずぐでえ~っと、横に倒れ込むあたし。シートを敷いててよかったわ~。これがあるから、倒れ込めるんだもの。ちなみに、食欲は失せました。まだ、お弁当は残ってるけど、あの臭いを嗅いだ後じゃ、食べる気にはなれないわ。
「あ~……まさか、こんなとこで出会うとは思わなかった~……あの子マジ怖いんだけど」
カーンたちもズルズルと倒れ込む。
「あなたたちは、アト様から接近禁止命令が出てるように思っていたけど、違うの?」
「……ダンジョンで会っちまったら、どうしようもねえもん……」
それもそうか。
「彼女、僕たちを見かけると、必ず、一緒にダンジョン攻略しませんか? って平気な顔して言うんですよ。ダンジョンの中で、自分のパーティーがあるのにですよ? 信じられません」
「ダンジョンで組んだにわかパーティーなんて、ギルドで認められねえってのにな」
ギルドに認められないということは、ランクアップに必要なポイントをカウントしてもらえない、ということ。全滅の危機とかじゃない限り、普通、そんな申し出はしないそうだ。
そんな訳で、普通は断るのだが、そうするとミシェルが「何で、そんな悲しいこと言うんですかぁ。みんなで協力するべきだと思いますぅ」と泣き、花畑オーナーズは「ミシェルの誘いを断るなんて」と怒る。了承すれば花畑オーナーズが面倒臭く、ミシェルは空気も読まずに、三つ子にべったり。ギャップがイイ、なんて言えるレベルをとうに逸脱して、身の危険すら感じるレベルなんだそうだ。
そりゃ、協力すべきときは協力するだろうけど、アンタのその主張、微妙に間違ってると思うわ。
「分かるよぉ、分かる。あの子、鼻息は荒いわ、目は血走ってるわ……ここで会ったが百年目、一族郎党の恨み晴らしてくれるわ! っていう顔で突っ込んでくるんだよねぇ」
うんうん、と頷く妖精さん。三つ子は「その通りっす!」と激しく同意。
「なのに、目の前に来たとたん、キャハッ、うふっ、ってな感じで笑うんすよ!」
「あ~……それは、確かに怖いわね……」
絶対、お近づきにはなりたくないわ。
一体、どんな神経してんだか! とクーンは体を震わせていた。
「やはりマーキングしておいて正解だったようです」
「マーキング?」
何でも、ミシェルのタレントを封じる方向でランスロット殿下と話し合いが決着しているので、そのための法具を作ったのだそうだ。普通はアクセサリーにするところなんだけど、
「依頼であり、直接私が彼女へ渡す訳でもありませんが、それでも、彼女が身に着ける物は作りたくありませんでしたのでね、冒険者証と学生証の2つを作りました」
わっは~い。休日デートの時は怪しいけど、学園や冒険している時は、必ずどっちかを携帯しているはずね。目の付け所は、悪くないと思います。
「その2つには、特殊な波長を出させていて、近づくとこれが反応するようにしておいたのです。まさか、こんな所で活用される日が来るとは思いませんでしたが」
左の中指にある、凶器のような指輪を示しつつ、インドラさんが言う。
その指輪、指の付け根から第一関節まで隠れるくらいの、大きな石があしらわれているの。立派な凶器だわ。ちなみに形は円形。緑色で黒のグリッドが入ってる。ド〇ゴ〇レーダーみたいね。
それはともかく。そのレーダーリングで、ミシェルが接近してくるのが分かったので、認識阻害と気配遮断の法術を素早く使用し、身の安全を確保したのだそうだ。
「インドラさん、それと同じ物、俺らにも下さい」
土下座してまでほしいんだ、三つ子。さらに、妖精さんまでもが
「僕もほしいな」インドラさんのシャツの袖をぎゅっと掴んでおねだり。体デカイのに、何だ、このカワイイの。インドラさんとそっくりなんだけど、なんか幼いのよねえ。
「精神衛生上、その方が良いでしょうね」
「あい、しちゅも~ん。いじわゆリリャ・コーユのおべんちょーは、ほんちょーに、おべんちょーだったにょ? なにをちたや、あんなくちゃいのになって、まもにょがくゆようになゆの?」
妖精さんの膝の上に座ったまま、ちびちゃんが手をあげた。というか、ちびちゃんの中で、ミシェルはいじわるリラ・コールになっているのね。
「あ、あたしも質問。ギルドに報告って、どういうことなの?」
「それはですね、彼女のあの行動が違反行為だと受け取られたからだと思います」
キーンは言いながら、コップに水筒の中身を注いでいた。どうぞ、とコップを差し出してくれたので、あたしはありがたくそれを受け取り、喉を潤した。お水だけど、美味しいわ。
「セーブポイントは、基本戦闘禁止。もめ事厳禁なんだよ。ダンジョンの中でも、気を休めるところは必要だしな。それに、さっきのあれって、あっちのパーティーにしてみれば、奇襲だろ? それって、場合によっちゃ命に関わりかねないから」
「たぶん、あの兄さんたちは彼女が釣り道具をここで使ったって、思ったんじゃねえかな」
釣り道具というのは、魔物をおびき寄せるために使用する薬や法具のことなのだとか。
セーブポイントには、あまり魔物が近づいて来ないようになっているらしい。理由は不明……と、思いきや、
「ゆっくり休める場所がほしかったからぁ。ランク的にはそんなに高くないけど、十分でしょ?」
犯人(?)は、妖精さんだったようです。リアクションに困るわぁ……。
「ええと……つまり、戦闘禁止・もめ事厳禁っていうルールをミシェルが破ったから、ギルドに報告するって言ったわけね」
誤解と言えば誤解でしょうけど……実際問題として、来ちゃったもんねえ……ハエが。仮にきちんと説明できたとしても、ミシェルへのお咎めは消えたりしないだろう。あの悪臭を嗅いじゃったらねえ……ゼブブ襲来は、ほぼ間違いなく、彼女のせいだと思えるもの。
「それと、おちびちゃんの質問だけど、あれは変身したわけじゃなくて、腐敗が進んだだけじゃないかなあ。さすがに、あれを視る気にはなれなかったら、視てないけど……」
「ふはい~?」
って、何? と言いたげに首を傾げるちびちゃん。どうでもいいけど、妖精さん、食欲復活したんですか? 憧れはしないけど、ちょっぴり痺れます。
「腐っちゃった、ってこと。彼女の持ってたバッグは、ストップじゃなくて、スローの法術をかけてあったみたいだから。ずいぶん長い事、入れっぱなしにしてたんじゃないかな」
「分かるんですか?!」
「分かるよ。インドラもそうだけど、僕のこれも解析に特化してるからねえ」
これとは、もちろんおでこの目である。詳しい説明は省くけども、その目にはそういう能力があるのだそうだ。
「きちんと調べた訳じゃないから、具体的な経過時間は分からないけど、1か月を1日分くらいに短縮してるんじゃないかなあ」
現実で1か月経っても、バッグの中は1日分の時間しか経過してないっていうことか。保温機能はないと思うという話ではあったけれど、学生兼業の冒険者が持つには十分すぎる品だと思う。
「え? 待って……あれだけ腐敗が進むって、どれだけ放置してたの?」
夏場で常温放置なら、痛みやすいけど……そういう問題じゃないわよね? あれだけ酷い悪臭だったのよ? どれだけ放置していたのか、想像もつかないわ。
「あぁ、そっか。そうだよねえ。う~ん……ちゃんと視とくべきだったかなあ? もしかしたら、中で反応事故が起きてたのかも? 法具としては、あまり良い品ではなかったみたいだし。ゼブブがおびき出されたのも、そのせいかもしれないねえ」
現物をきちんと確認したわけではないので、その辺は定かではないそうだ。
反応事故というのは、安物の法具だったり、きちんと管理できていなかったりというような場合に、かけられている法術同士が変な反応を起こして、思いもよらぬ結果を引き起こすことを言うのだとか。予想外の結果が得られるので、わざと反応事故を起こして、新しい法具ができないか、実験することもあるらしい。
「じゃあ、いじわゆリリャ・コーユがへいきなかおちてたのも、しょのせい?」
「ブブ~。ハズレだよ。あの子の胸元にブローチがあったでしょう? あれ、僕が作った回数制限ありの消耗品法具で、臭いを完全に遮断する物なんだよね」
っ、あぁ、あれかぁぁっ!!
ブローチには気が付かなかったけど、そのアイテムは知ってるわ! 防御力20%アップと感覚遮断の法術がかかってるっていう、アイテム!
わりと、簡単に手に入るアイテムで20%アップは便利だから装備させるんだけど、これを装備させてると、隠し部屋に繋がるルートが分からないっていう!
そのルート発見のきっかけは……ここまで、来れば分かるわよね? そう、匂いなのよ! 壁の向こうから甘い匂いがするってことで、よく調べると隠し扉を発見することができるの! ちなみに、その先にあるのは、オアシスだ。
ここには、回復の泉がある他、ピンク色の花の群生地になっていて、ここを調べると、甘露っていう、レア食材がゲットできる。甘い匂いはこの花の香りってわけ。
「つまり、あの小娘の道具管理能力のなさが、今回の一件の原因という訳ですね」
インドラさんが、きれいにまとめてくれました。
あ、そんなに強烈な臭いを出してるなら、お弁当箱の中身は物体Xに変化しているハズ。なのに、ミシェルは何とも思わなかったのか、っていう疑問がある人、いるかしら?
結論からいうと、ミシェルはお弁当箱の中を見てないの。フタを取りつつ、某未来の猫型ロボットよろしく、頭上へ掲げてその位置をしばらくキープしていたのでね。
だから、あの冒険者たちも簡単に払いのけることができたのよ。
とりあえず、妖精さんと会えたことだし、ひとまずは任務完了ってことでいいかしらね。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。
次回でダンジョン脱出します。