タレントの検証はダンジョンで 5
冒険って、言葉にはロマンがあると思わない? 右も左も分からない街を歩くドキドキ感。街並みにはウキウキして、風光明媚な自然の景観には心奪われ、見入ってしまう。
故郷とは何か違う空気を吸い、知らない人との何気ない世間話を楽しみ、ご当地グルメに舌鼓を打ちつつ、名産品を手に取り、これは誰に贈ろうかしらと、楽しく悩む。
……おっと、後半はただの観光旅行ね。冒険じゃないわ。
冒険! それは、男の子なら誰もが一度は憧れるものだと思うの。もちろん、女の子も。凶暴な魔物と遭遇して戦ったり、危険な場所を励まし合いながら先へ進んだり。深まる絆と、強固な信頼関係。
そして、芽生える恋心! 育む愛情! キャー! ステキよね、憧れるわ、妄想するわ!
………………でもね、現実はそんなに甘くないのよ……。泣けてくるわよ、本当に。
ダンジョンがアンモニア臭いだなんて、誰も教えてくれなかったわ。もう、すっかり慣れてしまって、今はちっとも気にならなくなっちゃったケド……。
それからね、あっちこっちに虫がいるの。カサカサカサーって、逃げていくんだけど……足音だけで、怖い。めちゃくちゃ、怖い。まともに姿を見ていないけど、見ていないから? 怖さも倍増。昆虫型の魔物が出て来ない事を祈るのみ。特に黒茶色くて、平べったい、アレタイプは遠慮したい。切実に。
「森を歩いてたら、虫だらけだから、そういう意味じゃここはまだマシっすよ」
「そうそ。小っちゃい羽虫がブンブン飛び回ってるから、鬱陶しいのなんのって。虫よけの法具は絶対に必要なんだよね」
「でも、昆虫系の魔物の素材を回収しようと思ったら、それが使えなくて……」
雨が降ったら、地面はドロドロ。夏になると、蒸し暑くなって最悪の環境になるそうな。暑いからって、装備を脱ぐわけにはいかないもんねえ。空模様もろくに確認できないので、突然の大雨に見舞われる事もしょっちゅうなんだとか。
大自然の驚異ってヤツね。うん、もう……アレね。冒険者稼業はできそうにない、なんてレベルじゃないわ。無理よ、無理。ダンジョンとか、もう二度と来るもんか、って思うもの。
さっきも、とんでもない目に遭っちゃったのよー。
あたしのタレントを検証した結果、歌う時のイメージは明確にするべきだと判明。イメージによっては、魔物を倒す事も可能である。
でも、ゲームだとマリエールはサポート特化だったのよねえ。と、いう訳で、今度は仲間のサポートを意識して、歌ってみる事にした。
──それが、まさか──いえ、全てはあたしの未熟さのせいなんだけど、でも、あんな悲劇を招くことになるなんて……。
サポートで思いつく方法は、2種類。スピードアップ、攻撃力アップ、防御力アップなど、仲間のステータスを上げるもの。逆に、麻痺や混乱、魅了、鈍重など、相手のステータスを下げるもの。
どれから試そうか、という事になって、分かりやすいスピードアップや、攻撃力アップから試してみよう、という話になったの。ここまでは良かったわ。ここまではね。
スピードが上がりそうな歌というか、曲がイメージできなかったので、まずは攻撃力アップ。特撮ヒーローものや、バトルアニメ、アクションゲームなどの主題歌とか。そういう、戦う系の歌なら、攻撃力も上がりそうでしょう?
だから、燃え燃えの曲を歌ってみることにしたの。熱くなれ! って感じでね。
「姫さんっ! ミニタウロスだ! 小さいけど、突進がヤバいから気を付けて!」
「わ、分かったわ!」
ミニタウロスは、牛頭人身の魔物だ。名前でピンと来るかも知れないわね。見た目は、小さいミノタウロス。それでも、ボディーは筋肉ムキムキでテカテカよ。
「おねえちゃは、おうたにしゅちゅーしてて、いーかやね」
「う、うんっ」
ちびちゃんから励ましのお言葉をもらい、燃えろ、熱くなれ! って感じで歌ったわ。
これも、始めは良かったの。
「うっそ、すげえ! 何か、力がみなぎってくる感じ!」
「いいじゃん、いいじゃん! すげえよ、これ! 体が軽い!」
カーンとクーンは、大喜び。
物理で殴る訳じゃないキーンも
「これは、すごい……。法術の威力がいつもより増しているような……!」
感嘆の声と共に、彼の放った火炎弾が、ミニタウロスに着弾! 小さいと言っても三つ子たちと同じくらいの身長はある魔物だ。体が炎に包まれるも、それはわずかな時間の事。
ファイヤーボールを食らっても、生き物の体って、そう簡単に燃えたりはしないのよ。体毛は簡単に燃えるけど、皮膚を燃やすのは中々難しい。ましてや、人体発火なんてそうそう起きるものじゃない。でも──
「っな?! 燃えたーーーっ!?」
そう! ミニタウロスの体が、ごうごうと燃え始めたのだ! 映画のワンシーンみたいに! しかも……
「いやァァァ! 焼肉の匂いがするぅぅぅ…………!」
牛肉の焼ける匂いがするのよぉォォォっ……?! どうなってんNoooooo!?
「うっわ~……腹にクるわぁ……」
「タレとか塩コショウとか欲しくなるな……」
「初めてだよ、こんな事……」
両腕をだらんと垂らす、三つ子。
ちびちゃんは、人差し指を口に当てて、
「おいししょーなにおい……」
ぐぅとお腹の虫が存在を主張。
インドラさんはというと、その場でしゃがみ込んで、プルプルしていた。笑いたいなら、笑えばいいと思うよ。笑う許可を出すから、あたしには泣く許可をくれないかしら?
あたしが歌うのをやめたら、ミニタウロスの人体(?)発火現象はおさまった。でも、大ダメージには違いなく、その後はさくっとカーンにとどめをさされていたわ。
何? 燃え燃えよ~! って思ったからなの?! ねえ!? 誰か教えて! プリーズっ!!
そんな事もあり、あたしのライフはゼロに近い。弟さんを探したいインドラさんには悪いけど、気持ちは、早く帰りたい、これ一択だ。
さっきから、ちびちゃんが「あぎょあぎょ」言ってるのも気になるけども。それは、一体、何の呪文? 発声練習? それとも活舌練習なのかしら? よく分かんないわー。
46階以下もそれほど苦戦する事もなく、サクサクと先へ進むことができた。
あ、ミニタウロスは、燃え燃えよ~! イメージが良くなかったそうです。
イメージすればいいんだから、簡単、簡単って思っていた自分にビンタの一発もかましてやりたい。イメージするって、実はとっても難しかったのね。
そんなこんなで、やってきました、50階のセーブポイント。
ここで、お昼休憩もしよう、という事になり、ただ今レジャーシートもどきの上で、ヘタレ中のあたし。
「てってれー! ちーちゃ、とくせーおべんちょー! こえが、わたちのもーひとちゅのおちごとだったのだ!」
ライオンのボディバッグから、大きめのお弁当をドヤ顔で取り出したちびちゃん。まだまだ、元気です。
それを、三つ子とインドラさんに配り、あたしにも
「はい、どーじょ。おねえちゃのぶん」
「あ、ありがとう、ちびちゃん。でも、ごめんなさいね。あんまり食欲がなくて……」
お弁当を受け取りはしたものの、食欲がなくて、食べられる気がしない。
「たべたくなくても、たべなたい。ちーちゃのごはんは、おいちーのだかや」
「でも……」
「ちょっとでいーかや、たべなたい。たべなきゃ、め! よ」
「う……はい……」
ちびちゃんのワガママは許しません、っていう顔に負けて、仕方なく、お弁当箱のフタを開ける。
……チトセさんや……何でキャラ弁? ダンジョンでキャラ弁? ちびちゃんが、好きなライオンだわ。 鬣はミートソースのパスタですね。
「おお~、しゃしゅがちーちゃ! らいよんだ!」
「ボスと姫さん用はともかく、俺らにこれは……」
「無駄に器用ですね……嫌がらせですか?」
はい、男性陣には不評でした。
「兄ちゃんの事だから、俺ちゃんたち用におかずの詰め方変えるの、面倒だったとか、そういう理由だと思うけど──」
「ライオンを作る方が手間だと、思うけどなぁ……」
キーンが正しいと思います。
ちびちゃんは、気にせずにもっきゅもっきゅ、と子供フォークでお弁当を口の中に詰め込んでいる。周りにお花が飛んでいるように見えるのは、あたしの気のせいじゃないわよね。
ハンバーグに、ポテトサラダ。茹で卵にプチトマト。彩りも鮮やかで、美味しそう──いえ、美味しいです。何これ!? 学園の食堂で頂くご飯よりおいしいんですけどっ! ちびちゃんが、お花飛ばすのもうなずけるわ。ちなみに、学園の食堂の味はロ〇ヤル〇ストに近い、と言っておく。
「しょれで、おねえちゃは、なにをおなやみでしゅか」
「あ……! えっと……ね……」
まさか悩みがあるでしょ、なんて言われるとは思ってもみなかった。誤魔化す事も考えたけど、ちびちゃんの葡萄みたいな目にじっと見つめられたら、そんな事はできなかった。
嘘もごまかしも許しません。分かるんだからね? って顔に書いてあるんだもの。
あたしは息を吐くと、上手く説明できるか自信がないと前置きして、
「あのね、あたしでもタレントを上手く使えば、魔物を倒せる事は分かったわ。今はまだ、イメージに振り回されているけど、きちんと考えて練習すれば、コントロールできるようになると思うの。ううん、コントロールできるようになるって、確信があるの」
「うん。しょれで?」
三つ子とインドラさんも、あたしの話を聞いてくれている。
「でも、できる気がしないの。練習ではどんなにうまくやれても、本番になるとできないような気がするのよ」
あたしは、マリエールだけど、真理江なのだ。多少、こちらの常識に染まってはいるけれど、根っこの部分は日本人なのだ。暴力とは無縁の場所で、人や生き物を傷つけてはいけませんと言われて育った、平和ボケしてる──。
倒さなきゃ、倒される。相手が魔物なら、特に。分かっているけど、それでも──
「怖いし、辛いの。カーンたちが魔物を倒しているところを見てるだけでも、ちょっと……ね。皆がしてる事を悪く言うつもりはないのよ? 必要な事だって分ってる。皆に怪我とかしてほしくないから、せめてサポートくらいはって思うけど……」
でも、それって甘えてるだけじゃない? って思う。魔物を倒せる力があるのに、倒そうとしないって言うのは、卑怯なんじゃないかって。
自分じゃできないからって、他の人にさせるのもどうかって思うし……。
みんなできるのに、なんでアンタはできないの? って、自己嫌悪も抱いてしまう。
「そんなの、気にしなくていいのに。真面目だなあ、姫さんは」
「できるヤツができる事をするのは、当たり前っしょ」
「やりたくない事を無理にやる必要はないと思いますよ?」
「彼らの言う通りですね」
男性陣は、それで良いって言ってくれるけど、あたしは「そうなんだ」と安心できない。
「ふむ……やっぱり、かつぜつのれんしゅうをしてよかった。このからだは、こういうとき、ちょっとふべんな」
「ちびちゃん?」
活舌の練習って、あぎょあぎょ、言ってたあれだろうか?
「みんなのいうとおり、おねえちゃんは、おねえちゃんがかくじつにできるとおもったことをすればいいの。おねえちゃんがきめたみちを、たにんがとやかくいうのは、すじじゃない」
「筋……」
「そう。でも、ちがうみちをあるいてたら、ときどきはぶつかりあうこともある。これは、しょうがない。ぶつかりあって、まよって、くやんで、おちこんでも、それまであるいてきたみちをひていしちゃ、だめ。わかる?」
「でも……! 自分のした事が間違ってたら!?」
「あるいたみち、あるくみちがただしいかどうかなんて、だれにもわからないよ。だから、みんな、まよいながらあるいてるの。おねえちゃんだけじゃないよ」
立ち上がったちびちゃんが、ぽんぽんとあたしの頭を撫でてくれた。
ただの幼児じゃないって分かってたけど、本当に何者なの、この子!?
「すっげーかっこいー。さすが、ボスだわ……」
あ、はい。そうでしたね。ちびちゃん、ボスでしたね。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
ちびこさん、覚醒!(笑) この子の秘密、どこまでばらしたもんか、悩むんですよねえ。