タレントの検証はダンジョンで 4
終わらない……だと……?!
渡る世間は鬼ばかり、という言葉がゴザイマス。いや、違う。これは、ドラマのタイトルか。タイトルだけは知っているものの、内容は全然知らないから、ここで引き合いに出していいものかどうかも、不明。
でもね、気分的には、その字面から受け取るイメージ通りの心境なのよ。
みなさまっっ、ここには、角のない鬼しかおりませぬゥゥ。いや、あたしがまだまだ未熟なせいもあるんだろうけど──泣いていい? 泣いていいよね? 泣かせて下さい、お願いしますゥゥッ!
「もちろん、却下ですよ、レディ?」
「声に効果が付与されるというのなら、泣き声にも付与される可能性大ですからね。敵が現れたときに、敵にのみ意識を向けて、という検証もかねて、というのなら……」
鬼、悪魔! 人でなしィィ!! っつか、キーンってば、何気に酷くない?!
「いーこ、いーこ。いーこだかや、なかないにょ。ね? おねえちゃ。いっちゃも、キーンもいじわゆいわにゃいの!」
インドラさんに抱っこされたちびちゃんが、頭を撫でてくれるけど……フクザツだわ。
カーンとクーンが、キーンをバシバシ叩いてくれているけど……ザマァ、とも思えないくらい、ダメージは大きい。もっと思い切り叩いてやって。グスン。
ただ今、46階へ向かう階段を下りているトコロよ。
ここまでの道のりも、結構大変だったわ。主に、精神的な面で。皆、スパルタなんだもの。
エピソード1.悲鳴は禁止。
言い出したのは、インドラさんだ。
「──と、言われてもですねえ……心の準備がなかなか追いつかなくて……」
右と左の人差し指で、チャンバラをしつつ、一応言い訳を口にするあたし。モンスターが来るって分かってても、怖いんだもん。
心境を素直に言い表せば、来る来る、来るよ、来るわよ、来たぁーーーッ! ってなモンよ。落ち着いてなんか、いられますかいな。
「気持ちは分かるんだけど、後ろで叫ばれると俺たちもヤバイんすよね……」
「ハイ、そうですね。スミマセン」
「経験値の低い姫さまをここに連れて来るのも問題がある訳ですが……」
「デスヨネー!」
「でも、そこは俺ちゃんたちを信じてもらいたいな~。姫ちゃんは、絶対守るからさ」
「ハイ……ガンバリマス」
そんなやり取りがあった後──
「失礼」
「ひふぐぁッ?!」
敵の気配を感じ取ったらしいインドラさんが、問答無用であたしの口を塞ぐことにしたようだ。突然、手で口を塞がれる方の身にもなってもらいたい。毎回、気絶しそうになる。
エピソード2.凍っ……た?
これの始まりは、インドラさんに口を塞がれること数回。結果、1人だけ無駄に疲れてしまったあたしを気遣って、三つ子が休憩にしようと言ってくれたときの事だ。
持参した水筒から水を飲んでいた時、ちびちゃんから、
「ねえねえ、おねえちゃ。あにょね、アリョーラしゃまのおうた、うたってほちーの」
と、リクエストをもらったのである。
アローラの歌と言えば、神の恵みだろう。一応確認すれば、「しょお! しょれ!」キラッキラの目で見上げられ、何度もこくこくと頷かれてしまった。
こんなに期待されてしまっては、断るなんてできない。
「分かったわ。次は、敵が現れたとしても、冷静に落ち着いて歌えるよう、努力するわ」
足手まといになるって分かっているのに、連れて来てくれたんだもの。何らかの成果を出さなくては申し訳ない。女は度胸! ここらで、性根を入れ替えねば!
な~んて、気合を入れても、すぐに入れ替えられる性根だったら、苦労はしない。それでも、悲鳴は自力で我慢するようにしたのだ。
自分で自分の口を押えて、悲鳴を上げないようにして、後は落ち着くのを待つ。
あたしのタレントの検証だって分っているから、カーンたちも襲って来た魔物への攻撃は、足止めに専念してくれた。
悲鳴を飲み込み、口を押えたまま、鼻から息を吐く。次に口を押える手をおろして、深呼吸。吸って、吐いて──吸って、吐いて。よし、と気合を入れたら、後は歌うだけ。
神の恵みはアローラの歌。アローラは、冬の女神で雪と氷の女王とも呼ばれる。そんな彼女をイメージしながら歌いあげ、集まった青い光の粒を魔物へ向けた──ら……
「へぁ?! ちょ、ウソォ!? インドラさんッッ、あれ、凍ってって、言おうとしたら粉々になったぁッ!?」
青い光に包まれた魔物が、一瞬にして氷柱に閉じ込められた。と思ったら、パァンッ! と弾けて、粒子になった。訳が分からん。
三つ子も、時間が止まったみたいに固まってる……よ?
「レディ、何か明確なイメージでも?」
「アローラは冬の女神で、雪と氷の女王で~って……」
人差し指チャンバラ合戦、再び。
「あぁ、アローラには死の女神という側面もありますから、そのせいでしょうね」
「…………ちびちゃん、封印していいかしら?」
「いーちょもー」
元気なお返事、ありがとう。だけど、ちょっぴり涙が出ちゃう。女の子だからかな?
いやいや、それよりも、あたし、教会で何やった?! 何やってた!? 怖い! 今更ながらに怖い!
「あ、あの……インドラさん? 実は──」
かくかくしかじか。チャリティーコンサートの時の話をすると、彼はあっさりと、
「ああ、大丈夫ですよ。その時は、傷つけようなんてみじんも考えていなかったでしょう? 今と違って」
「何だか急に怖くなってきたんですけど……」
っていうか、今だって傷つけようっていう意思はなかった……と思うんだけど、無意識のうちにそんな事を考えてたんだろうか? だとしたら……
「怖さを知らない者に能力のコントロールなんてできませんよ」
少しずつでいいのですよ、とインドラさんが頭を撫でてくれた。ちびちゃんからも、
「みちをしゅしゅむほーほーなんて、ずゆちなかったや、なんでもいーんだじょ」
という、激励を頂いた。
「そうそう。って言うか……さ、俺らも結構スパルタな事させてるしさ」
「少しずつでいいですから」
「ダイジョブ。姫ちゃんは、ちゃんと俺ちゃんたちで守るからさ」
ありがとう。どこまで、できるか分からないけど、頑張るから。
エピソード2.5 何と──ッ!
皆から励まされた後、出来る事と出来ない事を正確に把握する事。能力をコントロールする上で、これが重要なのだとインドラさんだけじゃなく、三つ子もちびちゃんも口を揃えて言った。
「ふと思ったんですが、1つ検証をお願いしてもいいですか?」
「な、何でしょう……?」
「そんなに構えなくても」
ちょっと困ったように眉尻を下げたキーンは、
「神の恵みでイメージしたのは、アローラであって、凍らせようという意識はなかったんですよね?」
あたしは、こくこくと頷いた。現れた魔物が凍った事に驚いたのも、まさかそんな事になるとは思わなかったからだ。
「なら、凍らせようと考えながら歌った場合はどうなるんでしょう?」
……どうなるんでしょう?
と、いう訳で実験です。別に対象は魔物でなくてもいいので、休憩中にちびちゃんが拾って来た、魔物? の骨で実験スタート。腐敗途中のエグイ物じゃなくて良かったわ。
今度は、骨が凍り付いていく様子をイメージしながら、神の恵みを歌う。すると──
「あ、凍った」
「凍りましたね。それも、わりとすぐに」
「おー、しゅごいじょ、おねえちゃ」
歌い始めてすぐに凍ったので、歌うのをやめた。
とたん、
「あれ? 消えた」
「さっきとは違うね」
骨を覆っていた氷だけが消えて、骨はその場に残っていた。
キーンとインドラさんが、これは興味深いと頷き合っている。
「同じ神の恵みなのに、イメージを変えると、結果も変わるのですね。他に何か違っていた点はありますか?」
「えっと……そのキラキラが……」
「キラキラ?」
教養の一環として、法術理論は学んでいるものの、法術が使えない身としては法力の類は一切、分からない。また、あたし以外にキラキラが見えている人もいないみたいなので、この事について、誰かに話すのは初めてだ。
あたしの拙い説明を2人は熱心に聞いてくれて、
「レディのおっしゃるキラキラは、精霊でしょう」
「え? 精霊?」
「姫さまほどはっきりは見えませんが、法術を使った時、キラキラと光っているのは僕も分かりますから、間違いないと思います」
「はィィィッ?!」
あれ、精霊だったの!? あれ? でも……だったら、何で法術…………?
「法術は、あくまで『術』ですからね。きちんとした手順を踏まない限り、発動しませんよ」
インドラさんの説明を自分なりに考慮した結果、設計図の精確さなのだろうという結論にいたる。
要するに、ある程度の知識を持つ人間がその設計図を見れば、正確に作り上げることができるレベルを要求されるのが法術。タレントの方は、必要なポイントだけを押さえた大雑把な設計図。だから、出来上がりにムラができる。
アローラをイメージしながら歌ったところで、次も同じ結果になるかどうかは、分からないようだ。
働いた精霊の意見をラノベ風に言うと「貴方の為に、アタシ、ガンバったのよ? ウフフ」といった感じか。うん、誇張だとしても、何だろ……目がイッちゃってる感じしかしないな。
──という事は、である。抽象的なイメージにすると、とんでもない結果が起きる可能性大なので、イメージは具体的なものにすることが吉、という事だ。
キーンとインドラさんに、あたしなりの解釈を伝えると、
「そうですね。その方向で検証を続けていきましょう。インドラさんは、どう思いますか?」
「私も同意見ですよ。イメージの違いと具現化の違いについては、国に帰ってから、ゆっくり研究するとしましょう。ああ、協力者のピックアップを指示しておかなくては……!」
何だか、ウキウキしてませんか? インドラさん。いえ、別にいいんですけどね?
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
予定では、これぐらいでダンジョンから出られるはずだったのに、何故だ。まだ、出られないなんて……