タレントの検証はダンジョンで 2
逞しいって、レディへの褒め言葉じゃないわよね。思わずジト目で、カーンを見ていたら、
「そんな顔しないでほしいな、姫さん」
彼は苦笑い。参ったなと呟いて、人差し指で頬をかきつつ、
「あ~……逞しいって言ったのは、その……お嬢様らしくないっていうのもあるけど、俺らのやり方を否定しないで受け入れてくれた、ってことだよ。心が広いって言った方が良かったかな? アニィとボスからも色々聞いてるし」
「スチュアートもそうですが、貴方がたは、驚くだけですからねえ」
「ええと? 驚くだけじゃダメなんですか?」
驚く以外に、どんな反応をしろと? 首を傾げれば、
「まず、怒り出すヤツがいるんすよね。そんな常識があるか、とかふざけるな、とか」
「それから、怯えて逃げ出すヤツがいんの。お助け~、とか何とか言って」
「次に甘い汁を吸おうと、寄って来る人がいるんですよ。あるいは、こちらが田舎者なのを良い事に、うまく利用してやろう、と考える人も」
カーン、クーン、キーンが、肩をすくめた。
「露骨に態度が変わりますからね。でも、貴方がたは違うでしょう?」
インドラさんが、にこやかに笑う。
「ばけもにょ、ってにげゆひと、いっぱいいたの」
あたしのローブの端をぎゅっと握って、見上げて来る、ちびちゃん。ちょっとっ、大きな目が、うるっとしてるんですけどっ?! 思わず、しゃがんでぎゅっと抱きしめてしまったわ! こんなに可愛い子を化け物呼ばわりするなんて、性根が腐りきってるんじゃないのっ?!
「私たちの事を知っても態度を変えない人間は、とても貴重なんですよ」
ぽんぽんと、あたしとちびちゃんの頭の上に手を置いたインドラさん。話している内に、順番が来たようですよ、と目線で通路の先を示してくれた。
「……そういえば、何の順番を待ってたんですか?」
ちびちゃんは、インドラさんが抱き上げ、あたしたちは先へ進む。
ダンジョンに入ったのに、それっぽい所へは行かず、アトラクションの順番待ちみたいに、何かの列に並んでいたのだ。ただ、パーティとパーティの間は、数メートルの距離をおく事がルールになっているらしく、あたしたちの会話は誰にも聞かれていないのが、助かる。聞かれていたら、悶絶モノよね。
「セーブポイント利用の順番待ちっす。俺ら、40階までは制覇してるんで、今日はその先を目指す予定なんすよ」
「40階って………」さらっと言うな。さらっと。
チトセさんもアト様もインドラさんもそうだけど! 辺境出身の人間は、どうしてこういう重要な事をしれっとした顔で言うかな!? 40階って! ゲームの攻略推奨レベルは、確か、45以上だったと記憶してるんですけどぉっ!? アンタたちはともかく、あたしゃ多分、レベル1ケタよ?!
表情筋が引きつるのも無理はないと思うわ。なのに、クーンってば、
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。ボスとインドラさんがいるんだもん、へーき、へーき」
ぐっと親指を立てて、イイ笑顔を浮かべてくれやがりました。今、殺意が湧いたんだけど、アナタ、気が付いたかしら?
ここでムーリー、とだだをこねたって後ろの人の迷惑になるだけなので、諦める。インドラさんが一緒なんだし、怪我はともかく、死……なんてことにはならないと信じたい。
迷宮を管理している冒険者ギルドのスタッフさんが、中に入るよう指示をくれる。
促された部屋は、床に方陣が描かれている以外は、何もない。天井も壁も床も、全て武骨な石で作られた、大人5人ほどが余裕で入れそうな広さの部屋である。
方陣の中に立つように言われ、それに従う。ちびちゃんは、あたしの足にびたっと張り付いていた。正直、歩きにくいのだけれど、ここは我慢。
「では、行きましょう」
キーンが杖の石突をカンカンッ、と方陣に打ち付けた。とたん、それこそアニメや何かのように、一瞬で周囲の景色が変わった。
──ッ、臭い! ものすごく、臭いッ! あれよ、あれ。古い公衆トイレの独特の匂い。アンモニア臭と硫黄臭が混ざり合ったような、強烈な臭い! おまけに、空気はどんよりしていて、湿っぽいし。
鼻を摘まみたい気分だけど、摘まんでちゃこれから先のアレコレには、不便よね。あたしの鼻の頭に皺が寄っていることに気付いたクーンが「すぐに慣れるから」と苦笑い。
「う~……くちゃい……」
ちびちゃんも鼻を押さえてますよ。
気を紛らわせるためにも、周りがどんな風になっているのか、観察することにする。
さっきの部屋は、研磨された赤茶色の石で作られていた。でも、この部屋は、灰色のでこぼこした石でできているようだ。室内は、謎の光源で照らされていて、明るさは日が暮れかかった頃のよう。
出入り口は1つだけ。扉などはなく、その先は、通路の幅さえ想像できないほど暗い空間になっている。あの出入り口の先には、何もない、世界の果てに繋がっているんだと言われても信じてしまいそうなほどだ。
「まっくや! あっちは、なんにもみえないじょ! どーやってしゅしゅむにょ?」
すっかり忘れていたけど、タロス迷宮って意地悪なのよねえ。階層を下りていくと、こんな風に突然真っ暗な階に出くわすことがあったのよ。道具や法術などの準備がないと、悲惨よ、悲惨。モンスターに奇襲され、罠が勝手に発動し……何度、パーティが全滅した事か。
「ちょっと待って。えっと……あぁ、あった」
返事をしてくれたのはキーンで、すぐにぽうっと周辺が明るくなった。
光源は、ゆらゆらと揺れる青白い火の玉。それが、あたしの目線より少し下のところに浮かんでいる。ライトの法術ではないし、ゲームの道具にもなかったような気がする。
「ほう……珍しい法具ですね」
「ちょ!? インドラさん、そんなに見ないで下さいよ! これ、作るの大変だったんですから!」
抗議の声を上げたのは、キーンだった。彼の言う「そんなに」とは、3つの目で凝視するな、という事である。青白い火の玉が現れたとたん、額がぎょぱぁっ! って割れたのには、びっくりした。額の目は、興味深そうに上下に動き、青白い光の玉を観察していている。
「ふむ……まだ物理防御の面で弱いようですね」
「は~っ……もう……ええ、そうなんです。まだ試作品なので、商品ではないんですが」
ゆくゆくは、アタッカー専用装備として、商会で売り出したいのだそうだ。ただ、商会には、専門の開発担当者がいないので、難航しているのだとか。話を聞く限り、この光源は、カメラの代わりに電球を搭載したドローンのようなものであると思われた。
「シャクラを確保したら、シャクラにやらせましょう」
「えっと……どういう事っすか?」
ぱちぱちと瞬きをするカーン。嫌な予感がしたんだけど……今回は杞憂だった。
シャクラさんは、法具研究の仕事に携わっていたらしい。こちらにやって来たのも、元々はこちら側の法具開発技術や魔物素材などの採取が目的だったそうだ。
「あの方は、気前が良いですからね。二つ返事で了承したそうですよ。弟が方向音痴だという事をすっかり忘れて、ね」
その結果が行方不明なのだから、笑えない。心なしか、頬が引きつっているように見える。気持ちは分かるけれど。方向音痴だって事を自覚してよ! ってトコなんだろう。
「……ワナが2重3重に張り巡らされてる気がする……」
「最低でも一石二鳥を狙えないかと考えるのが、大人の嗜みですよ」
にこやかなインドラさんの答えに「ウソだ。絶対にウソだ」と答えたカーンは悪くない。その一方で、
「おお、しーちゃ、あにぇごのちょこ、くゆのか。そりぇはたのちみだ」
ちびちゃんは、にっこにこだ。あたし? あたしには、関係ありそうでない事なので、どうぞ、お好きにっていう感じね。
とりあえず、移動しませんかね?
「それじゃ、ウィスプを先行させるよ」
キーンが言うと、光源がふよふよと動き出し、出口の方へ向かう。ちびちゃんは「うごいちゃ!」と光の玉を追いかけていく。なごむわあ、なんて見ていられたのは、ほんのわずか。
光源が部屋の外へ出たとたん
バサバサバサー! という無数の羽ばたき音と共に、キィキィと耳障りな鳴き声。出口から、生臭い風が入り込んでくる。
「っな……何? 今の……」
「コウモリっすね。魔物に片足突っ込みかけてる感じの……」
ナルホド。
光が入って来ない、という一点に限っていえば、コウモリには過ごしやすいのかも知れない。あの声と羽ばたき音からして、相当な数のコウモリがいたに違いない。
想像しただけで、震えがくるわ。頬が引きつりそう。
「おねえちゃ、おねえちゃ!」
「なあに、ちびちゃん」
明るい声に、嫌な想像から現実に引き戻された。服を引っ張られて呼ばれたので、下を向けば、
「みちぇ! ちゅかまえた!」
ちびちゃんが、びろんと広げて誇らしげに見せてくれたのは、60センチくらいはある大きなコウモリ!
「ぅひょあっ?! ちょっ……ちびちゃん、ポイして、ポイ! そんなおっきいの、連れていけないし、飼えないでしょ! っていうか、良く捕まえられたわね!?」
「うひひひ~」
得意げかつ、悪戯っぽく笑うちびちゃん。それでも、すぐにコウモリを放してくれ──
「ぶみぎゃぁ~ッ?!」
オオコウモリのボディアタック!
マリエールの顔面にヒット!
40のダメージ!
「おっと、大丈夫ですか」
後ろにひっくり返りかけたあたしを、インドラさんが支えてくれる。オオコウモリは、三つ子の誰かが引っぺがしてくれて、ぽいッとリリース。
「お、おねぇちゃ……めーなしゃ……」
お互い、まさかの展開よね。大丈夫よ、と半泣きになったちびちゃんの頭を撫でつつ、あたしは体勢を立て直し、インドラさんへお礼を言う。
これは、何だか先が思いやられる展開ね。
こっちは、ダンジョン初心者なんだから、お手柔らかに願いたいわ。
「気を取り直して、先に進みましょうか」
「そうね……」
数メートル先を行くウィスプの後を追いかけて、ダンジョン攻略スタートである。
コウモリの巣になっているだけあって、足元は大変よろしくない。排泄物だらけである。ゲームでは明らかにされなかったダンジョンの真実。うん、知りたくはなかった。
匂いに足元の感触、よどんだ空気。これが、現実の冒険ってヤツか。クるなあ……。
あたしの能力を検証しよう、という事になったのは、商会での配属先を模索するためでもある。チトセさんは事務要員としてあたしをスカウトしたけれど、能力は正確に把握しておきたいのだそうだ。
「深魔の森が目と鼻の先にあるからねー。万が一の時の備えはしとかないと。俺たちがいなかったんで、全滅しましたとか洒落にならないからね」
なるほど、おっしゃる通りである。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
ダンジョン攻略、ちょっと長くなるかも知れません。