午後の始まりは教官室で 2
1月17日、学期についてを変更。内容的には、変更ありません。
「お話の最中に失礼。レディ・マリエール、ミスタ・ジョンソン、お腹の具合はいかが?」
「これは、マダム・ヴァスチィン。いや、すみませんな」
少し甲高い声は、礼儀作法の教官、マダム・ヴァスチィン。見た目は、ちょっと小太りで、髪に白い物が交じり始めたロッテンマイヤーさん。ご存知ですか? ハイジに出てくるクララの家庭教師っぽいポジションにいた人ですよ。
マダム・ヴァスチィンは、サンドイッチとお茶のセットが乗ったトレイを持っていた。
「いやあ、例の事件でランチを取る暇もなくて……」
ミスタは照れくさそうに頭をかきながら、マダムが持ってきたサンドイッチに手を伸ばす。あたしも勧められたけど、お茶だけいただくことにして、サンドイッチは遠慮する。
「ところで、レディ・マリエール。あなたに、こんなことを聞くのはどうかと思うのですけれど、レディ・ミシェル・グレゴリーのお茶会について、聞いた事はございませんかしら?」
「いいえ?」
マダムが淹れてくださったお茶は、とても美味しい。同じ茶葉を使って淹れても、この味にはならないので、何かコツがあるのだろう。いつかそのコツを教えてもらおうと思いつつ、なかなかその機会に恵まれないのが残念でならない。
「レディ・ミシェルのお茶会に何か問題でも?」
あたしは首を傾げた。礼儀作法の授業は、男女共通のカリキュラムと男女別のカリキュラムとに分かれている。男性のマナーと女性のマナーは違うし、社交界でも男の社交、女の社交と分かれる事があるからだ。
マダムがおっしゃるお茶会は、この女子限定カリキュラムのことだろう。お茶会の主催は、ミドルクラス以上の家の女主人には必要な事だ。
なので、学園では礼儀作法の時間にお茶会の開き方について学ぶ。
その実践として、お茶会開催の計画案(こちらは任意)と実施レポート。また、お呼ばれしたお茶会についてのレポートを提出しなくてはならない。
卒業までに4回、レポートを提出する必要がある。つまり、半年に1回、お茶会を開き、誰かのお茶会に出席してレポートを提出するのだ。
「実は、まだお茶会開催の計画案が1度も出ていなくて……」
頬に手を当て、マダムはため息をついた。
ちょ、何やっちゃってんの?! ヒロイン様ぁっ! いや、計画案をすっ飛ばして実施レポートを出すのもありだろうけど……大丈夫なの? ミシェルのお父様は弁護士という事だから、階級で言えばミドルクラス。だから、お母様がお茶会を開いていたとは思うけど……
「……心配ですわね」
「そうなのです。お呼ばれしたレポートも未提出なので余計に──」
わっはい。どうすんの、ヒロイン様……。後、2週間で夏季休暇に入っちゃうけど。
3日後には試験期間に突入するから、お茶会なんて開いてる場合じゃないし?
日本のそれに比べて10日ほど少ない夏季休暇明け後は、11月の文化祭に向けての話し合いや準備があるから、お茶会は歓迎されない。9月の半ばからは学期末試験ですよ。中間試験と違って実技試験もあるから、期末は皆神経質になりがちだ。当然、お茶会なんてやってる場合じゃない。
本当に、どうするつもりなのかしら?
もしかして、ミシェルは、このカリキュラムをゲームと混同してるんじゃないだろうか?
確か、ゲームでは、エンジョイ・ティータイムという名のミニゲームとして登場していたように思う。参加者の名簿に書かれている好みの物をテーブルに揃えるという、記憶力ゲームだった。ゲーム内では、マダム・ヴァスチィンに話しかけて、お茶会を開きたいと言えば、すぐにお茶会が開かれ、お客様は勝手に来てくれる。
でも、現実ではそういう訳にはいかない。マダムに話しかけたって、お茶会は開けないし、お客様だって、呼ばなくては来ないのだ。もちろん、ゲーム内では不要だったレポートの提出も、ここでは必要になる。
「……ですが、レディ・ミシェルはとても良い成績でしたでしょう?」
本当にレポートを出していないのかと、疑えば
「先の成績に、レポートの点は反映しておりませんの」
提出時期は人によって違いますからね、とマダム・ヴァスチィン。なるほど、言われてみればその通り。
「授業でお茶会を取り扱うのは、1年時です。レディ・ミシェル・グレゴリーは習っていないので、同じクラスのお友達に教えていただくか、希望なさるなら補習をいたしましょうと提案したのですが……」
スルーされた、と。大丈夫なのか? 他人事ながら、ミシェルの将来が心配だわ。
どういうエンドを迎えるにしろ、お茶会の主催は女主人の重要な仕事なんだもの。
教養パラメータ担当の愚兄よ、仕事しろ。アンタの事だから、あちこちのお茶会に呼ばれて、レポートの事は知ってるはずでしょ?! チャラ男担当のくせに! ミシェルの事を想うなら、貴族階級の考え方とか、女子生徒からの評判を伝えるとかしなさいよ!
庶民から貴族に仲間入りしたばかり、地方出身、3年からの編入。ミシェルには、友達を作りづらい条件が3拍子揃ってるのよ?
上流クラスからはもちろん、ミドルクラスからも、お茶会に呼んでもらえるワケないじゃない! 呼んでもらえたとしても、今更何を学びにいらしたの? って、笑いものにされるだけだわ。
だったら、ミシェルの方からお茶会に招くしかないじゃない。招かれたなら、招き返すのがマナーだもの。それで、レポートはクリアできるわ。
楽しさなんて、追及しちゃダメ。ぶっちゃけ、お茶会は政治です。
華やかな社交界は、女の政治の舞台。政界や経済界を表とするなら、こちらは裏よ。夫や兄弟の価値を上げるのも、下げるのも女の政治手腕1つで変化する。
だからね、女同士の繋がりは大事なのよ、レディ・ミシェル。
攻略キャラをどれだけお茶会に招待しても、お茶会には呼んでもらえないのよ! 男はお茶会を開かないんだから!
教養担当として、社交界の事をしっかり教えてあげなさいよ! 全く、ぼんくら王子と同じで使えない男だな! 愚兄!!
「本当に、困った方だこと」
「レディ・ミシェル・グレゴリーなら、週末はダンジョンに向かうことが多いようですな」
ミスタ・ジョンソンが、お茶を口に運び、呆れたようなため息をこぼした。
いかん、いかん。ちょっとばかり、ヒートアップしすぎたようだ。
ミシェルが、ダンジョンに籠りたい気持ちはあたしもよく分かる。
だって、出てくるモンスターを倒せば、レベルが上がる。アイテムが落ちる。お金が落ちる。つまり、懐が潤い、できる事が増える。また、全部で5人選べるパーティメンバーの好感度も上がるなど、メリットが多いのだ。
パーティメンバーの選び先は、攻略対象、ライバル令嬢、モブ(約30人)と幅広い。
もちろん、攻略対象だけを選ぶ事も出来るワケだが、これはお勧めしない。曲者である人気度が下がりがちだから。
逆にモブを1人でも入れていれば、下がるどころか、上がる。モブからヒロインの活躍ぶりが語られ、へえ、やるじゃん、という流れになるのだろう。ライバル令嬢を入れると、上がる事はあっても下がる事はない。が、好感度が一定値以上になると、上がりだす。
「どなたとご一緒に向かわれていらっしゃるのか、ご存知ですか?」
「例の取り巻きの方々とですよ。本当に……授業中以外は、呆れるくらいに一緒だ」
……本っ気で、ミシェルがどこを目指しているのかが分からない。
正妃ルートに行くには、キアランの好感度はもちろんだけど、全てのパラメータが一定値以上必要になる。今のままだと、教養のパラメータが足りないように思うんだけど、ヒロイン補正が働くのかしら?
ミスタ・ジョンソンとマダム・ヴァスチィンの愚痴を聞きながら、ミシェルが模索している将来像を推測していると、5限がそろそろ終わりそうな時間になっていた。
「すっかり、長居してしまいましたが、そろそろお暇させていただこうかと思います」
「ああ、これはうっかり……長い間、お引き留めして申し訳ない」
「生徒であるあなたにこんな話を聞かせてしまって……お恥ずかしい限りですわ」
「こちらでお伺いしたお話は、口外いたしませんから、ご心配は無用にございます」
あたしはにっこり笑って、席を立った。
「何と申しますか、何やら変わられましたな、レディ・マリエール」
「ええ。あたくしもそう思いますわ」
どっかの誰かさんたちみたいに悪い方向にではなく、良い方向に、と2人の教官がさりげなく毒を吐いた。あたしは、ありがとうございますと頭を下げ、
「悲劇のヒロインぶる事をやめて、私らしく生きようと思いなおしましたのよ」
微笑み返した。ありの~ままの~って、歌いたい気分よ。
さて、それでは、ミシェル嬢に会いに行きますかね。
ここまで、お読みくださりありがとうございます。