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雑談交じりの対策会議は、堂々と人前で 1

「あ……美味しい……」

 金の縁飾りのついたティーカップは、青の濃淡で描かれた葡萄柄。アクセントとして、金色が使われているトコロが、上品で素敵。頂くお茶は、アト様のお好きなダージリン。

 あたしたちは今、アト様のお席でお茶を頂いています。



辺境伯の家格って、侯爵とほぼ同等。なので、当然ながら、アト様もレース場にお席を持っているって訳。もっとも、今までは、領地に引っ込んでいたので、ほとんど人に貸していたそうな。

 両親へは「辺境伯とご一緒しております」と、ここのスタッフに伝言を頼んでいるので、大丈夫。機会があれば、両親とクラリスもアト様に紹介しておきたい。



「は~……生き返るね」

 ほにゃんと表情を緩めたチトセさんは、テーブルの上のイングリッシュマフィンに早速手を伸ばしている。程よい焼き加減のそれは、とても美味しそう。あたしは、マーマレードをたっぷり乗せたスコーンを制覇します。マフィンは、その後だ。

 テーブルについているのは、さっきと同じメンバー。インドラさんもフロックコートだから、立ち位置をチェンジすれば、外国の貴賓のように見えるのだ。



「ところで、難しい顔をしていたようだが、何かあったのか?」

「ええ……まあ。先ほどちょっと……例の彼女がらみの一件がありまして……」

 アト様の問いに言葉を濁せば、そっちもか、と苦い顔をするアト様。



「そちらも何か?」

「まあね~。失敗したよ。まさか、遭うとは思わなかった」

「えっ!? 会っちゃったんですか?」

 字が違うような気がしたけど、ある意味間違っちゃいないと思うので、そこはスルー。



「君のお兄さんにエスコートされていたのを見かけてね……。先日、令息は正式に紹介されたから、無視する訳にもいかず、遠目で挨拶だけにとどめておいたんだが──」

「あっちが寄って来ちゃってさあ……ホント、参ったよ」

 アト様とチトセさんが、そろってため息をついた。



 言うまでもないだろうが、マナー違反である。愚兄は、ぎょっとしてヒロイン様を窘めようとしたそうだが、ミシェルさんは聞く耳持たず。アト様だけでなく、

「そちらは、ひょっとして、チャーリーさんじゃありませんか?」

と、チトセさんにまで話しかける始末。お噂はかねがね、と愛想よく言っていたそうだ。



「学生にまで噂されるほど、表に出ちゃいないんだけど……どこで知られたんだか……」

 チトセさんは頭を抱える。

 多分、テレビ画面越しでの一方的なお知り合いではないでしょうか。前にチトセさんにだけは、ゲームの話をしたと思うんだけど……忘れちゃったのかも。



 あ、チトセさんの言葉遣いについては、ここに来るまでにアト様から「寛大な心で許してやってほしい」と、ハロルドにお願いがあり、弟は──

「僕は若輩者ですから、お気になさらないでください」



 聞きました、奥さん!? ウチの子ってば、良い子でしょう!?

 思わず、義弟の頭を撫でれば、これは嫌がられてしまった。軽率なお姉ちゃんでごめん。でも、嬉しかったんだよう。

 今まで0だった、ハロルドへの好感度が、ただいまうなぎ上りですよ! 



「それで、どうやって逃げて来たんです?」

「アトさん込みで、商談があるから、って逃げて来た」

「なるほど。間違いではないですね。ちょうどいいので、ゴルゴンの黄金の翼と真鍮の爪を手配して下さい。最新目録に、しれっと混じっていた理由が気になりますが」

「……博士が帰って来ちゃったんだよぅ。五体満足だったから喜ばしいけど、素直に喜べない、この矛盾」

 チトセさんが、めそめそと泣き真似を始める。



 ゴルゴンって、レベルが70近くないと厳しいモンスターだったと思うんだけど。マックスがレベル99のゲームだったから、その強さが分かるってもんである。

 ゲームじゃ、タロス迷宮の後半フロアボスとして、出て来たわ。コイツ、石化のブレス吐くから、厄介なのよねえ。突進攻撃も侮れないし。



 ゲームの思い出に浸っていたら、ちょっと苦い顔でアト様が、

「……帰って来たのか、博士」

 博士というのは、もちろんあだ名だそうで。何でも、リッテ商会のトンデモ品揃えの半分はこの人の手によるものなのだとか。この方、2、3年は平気で深魔の森に滞在するそうだ。

 そうして採取してきた素材のほとんどが、希少すぎて流通経路に乗せづらいらしい。過去の開発事業ブームの二の舞を避ける意味でも、販売は慎重にするよう、先代の辺境伯からも注意があったそうなのだ。そんな訳で、そういう希少品は、当然商会でも買取しづらくなる訳で……。



「でも、本人は採取するのが目的だからさあ……次のアタックに向けて、必要な装備を揃えられる資金があれば、それでいいっていう訳」

 ありがたいやら迷惑やら、色々と扱いに困る人らしい。見た目と性格は、サンルームでお茶を飲んでいるのが似合う、人畜無害な人らしいのだが。イメージが上手く結びつかない。まあ、規格外の商会には、規格外の悩みがあるという事なんでしょうね。

 ……次の就職先なんだけど、うまくやっていけるかしら?



 ハロルドは、すごい方がいるんですね、と純粋に驚いていた。ハロルド君や、リッテ商会の人が非常識なだけだからね? 世の中、そういうもんだなんて思っちゃだめだからね?

「博士の事はまあ、良いとして、レディ・マリエール。そっちは何があったんだ?」

「国王陛下ご夫妻に紹介したいと、第二王子が彼女を連れて来たんですよ」

 言いよどむあたしたちの代わりに、インドラさんが口を開いた。



 それに付け加える形で、彼女の着ていたドレスが、妹クラリスのドレスをリメイクした物だと説明する。隠れた意味に気付いたのか、アト様は苦い顔をし、チトセさんは「あ~あ」と呆れ顔。

「この事が社交界に広まれば、兄は不誠実な遊び人のらく印を押されてしまいます」

 ミシェルが現れる前から、花から花へ飛び回る、蜜蜂のような生活をしていたヴィクトリアスだが、醜聞に繋がるような真似はしてこなかった。それが、ここにきての大失態である。



 あたしは侯爵家から出るつもりではいるけれど、侯爵家が衰退すれば良いとまでは思っていない。何代も続いた名家だもの。できれば、この後も続いてもらいたいと思っている。

 そのためにも、愚兄には自らの行いをある程度謹んでもらいたいのだ。婚約者もいない内から、愛人を囲おうとしています、だなんて、アピールしてどうすんだ、バカたれ!

 姉と弟、2人揃ってテーブルに両肘を乗せて手を組み、組んだ手に額を当てる。



「あ~でも、さあ……そこまで悲観する事はないと思うんだよね。2人にしてみれば、素直に喜べない話ではあるけど……さ……」

「どういう事でしょう?」

 チトセさんの言葉の意味を、インドラさんがたずねてくれた。彼は言いにくそうなまま、

「レディ・クラリスは社交界において、それほど注目されている訳じゃないんだよね」

 何ですと!? クラリスは、侯爵令嬢ですよ! 侯爵令嬢! 家格や血筋、経済的にも恵まれたサラブレッドってヤツですよ!?



「え~っと……レディ・クラリスが社交界に出るようになったのは?」

「最近ですね」

 もっと具体的に言うと、腕の痣の悩みが解消された、2か月ほど前からだ。

 それ以前は、引っ込み思案で、同年代の令嬢、令息を抱える家からのお招きに応える事はほとんどなかったのよね。よく留守番をしていたわ。どうしても出席しなくてはいけないものは出ていたけれど、存在感は薄かったわね。確か。



「シオン侯爵夫人が、サロンを取り仕切るようになったのは?」

「……最近ですね」

 こちらは、3か月ほど前のこと。

 あたしが、出しゃばった真似をして申し訳ございませんでした、と頭を下げてからの事になる。手伝える事があったら、なんなりと、とも付け加えたが、お声がかりはまだない。

 先だって、孤児院訪問を一緒に行った某夫人から、母のサロンの評判がガタ落ちしているようだ、と教えて頂いたが──相変わらず、お声はかからない。



「レディ・マリエールが社交界に出なくなったのは?」

「…………最近ですね」

 目が泳いでしまうのも、仕方がないと思う。さらに追い打ちをかけるように、

「僕が社交界へ出入りするのと入れ替わるように、兄上は社交界から遠ざかりましたしね」

 ハロルドがため息をこぼす。



「いよいよ社交界にデビュー、ではなく、そろそろ社交界にデビュー、という訳ですか」

 インドラさん……っ。それはっ、分かりやすくて、涙が出そう。



 つまり、こういう事ね。

 同年代の令嬢、令息と交流が殆どないクラリスだから、社交界デビューの自己申告が広まらず。義母は、社交界への発信力が弱いため、娘のデビューを宣伝しきれず。義父とハロルドも、義母と事情は似たようなもの。

 発信力の強さで言えば、あたしなんだろうけども……自分の時の感覚でいたから、アピールしなけりゃ、という発想なんてなく。ヴィクトリアスは、発信する気があるのかないのかも定かではないが、とにかくミシェルに傾倒し、社交界から遠ざかっている。



 うっわ~……ダメじゃん! ベルに、クラリスを紹介したけど、非公式だから宣伝になってないし! あたしのコミュニティにクラリスを連れて行ければ、今後は違ってくるかも知れないけど、義母は嫌がるだろうしなあ……。



「と、いう事はだ。彼女のドレスが、レディ・クラリスのお下がりの品だと見る人が見れば分かるだろうが、その見る人の数が少ない──と。こういう訳か」

 そういう事になりますね、アト様。



「身内としては、素直に喜べませんね。ですが、そういう事であれば、この件は下手に突かずにいた方が良いでしょう」

 藪をつついて蛇を出すって言うしね。知りません、存じません、っていうカオをしておいた方が良いと思うわ。分かっちゃった人も、声高に喧伝する事はないはずだ。

 おしゃべりな人は表面しか見ていない事が多いから、ミシェルのドレスがクラリスの物だったと見抜く目を持っているとは思えない。そして、見抜ける人は、尋ねられもしない事を自分から、発信したりはしないものである。やっぱり、育ちが違いますよ、育ちが。



 じゃあ、どうやってクラリスが社交界デビュー間近だと宣伝するのかと言うと、今日みたいに、本人を参加させるのである。連れて来た理由を告げれば、向こうも「まあ、楽しみね」くらいの返事はしてくれる。それに、結婚相手を探している知り合いがいるようであれば、あそこの令嬢がデビューするらしいわよ、と宣伝だってしてくれるのだ。

 もう1つは、社交界でのテンプレ質問「ご家族はいかがお過ごし?」というものを利用する。妹のデビューが決まったので、準備に大わらわです、と答えれば、相手に伝わるからね。



「では、考えられる懸念はどこまで正確に広がるか、ですね」

 インドラさんが発言するのを待っていたかのように、彼の背後からレース場のスタッフが、「ご歓談中、恐れ入ります、閣下。ご所望のリストをお持ち致しました」

 恭しく頭を下げて、数枚の紙を差し出した。



 インドラさんは、「ありがとう、助かるよ」と礼を述べ、彼にチップを渡す。

「えっと……?」

 戸惑っているあたしたちを特に気にした様子もなく、

「今、ここに来ている貴族のリストです。これで予測ぐらいは付けられるかと」

「どうやってそれを?」

「元の身分を利用したんですよ。こちらでは、騎士という仮の身分を使っていますが、国へ帰れば、一応公爵という位を持っていますので、使える物は使うべきでしょう」

 ちょっと待てぇい! 仮にも公爵位にある人が、他国で身分を偽って、自分より下の人間の護衛なんて、やってていい訳ないでしょう!? 文句を言いたいのに言えずにいれば、



「気にしなくていいですよ? 私自身、結構楽しんでいますし、あの方から直々にご指名いただいた事ですし、弟の件もありますし、今後の事も考えれば、妥当な人選かと考えます」

 にっこり笑わないで、インドラさん!



 何の事か今一つ分かっていないハロルドを除いた3人で頭を抱えましたとも。

「爵位持ちだなんて聞いてない……っ」

「こちらの常識は通用しないと分かっていたが、ここまでとは……っ……」

「公爵様を、さん付けで呼んでいたなんて──」

 何てこったい。

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 詐欺(違)の手口は、この次に

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