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反省会は彼女の隣で

 ああ、もう……隣の男が鬱陶しいっていうか、ウザイっていうか……イライラするわ! 蹴っ飛ばしてやろうか、この男。背筋を伸ばして、ちゃっちゃと歩け! 馬鹿王子!

 邪魔にしか思えないから、これ以上のエスコートを断ろうかしら? と思った矢先、

「ミシェルは、かわいそう……なのか?」

キアランがうわ言のようにつぶやいた。



 知るかバカたれ、と言いたいのをぐっとこらえ、

「それは、ご本人が決める事では?」

「……だが、母上はミシェルをかわいそうだと──」

「そのように見える、というだけの事ですわ」

 ホント、ゾンビみたいに歩くのをやめてもらいたいんだけど。格好悪いし、危なっかしい。



 あたしがイライラしているのに全く気付いていないキアランは、ヒロインの事で頭が一杯のようだ。うんざり顔のあたしへ、くわっと目を見開き、非難するような声で、

「何故、そう見える? ミシェルは……笑っていたんだぞ?!」

 そこからか。貴族のマナーってものを、思い出せ。アンタはミシェル以上に、長い時間をかけて学んできたでしょうに。彼女の身分で笑っている方が、オカシイのだと気付け。



 ため息をつきたいけれど、それは我慢。ついたが最後、キアランがますますウザくなる。後ろで、インドラさんが「骨の髄まで染まっているようですね」とぼそっ。

 ほらぁ、存在希釈を得意な(?)インドラさんが、存在感を露わにしちゃったじゃないよ。骨の髄まで、って……ああ、ミシェルのタレント。そういう事か。……そういう事なら、仕方がないわね。1から解説してあげるわ。理解して、自分の行いに悶絶するがいい。



「殿下、お忘れのようですが、あの席を利用できるのは、上流階級の人間だけでしてよ? もっと言えば、伯爵より上の位の人間だけが、あの場所を歩く事が許されております。彼女は、いつ、伯爵家のお血筋になられたのですか?」

 それに、伯爵位を頂いたからと言って、あの席を利用できるとは限らない。貴族とは、続いてナンボの世界である。貴族に列せられてから、少なくとも2代は続いていないと、あの席に座る資格はないと考えた方が良い。



「ぐっ……! し、しかしだな、下位貴族は、紹介があれば入る事は可能だし、交流を深める事もできるはずだ。俺たちがいたのだから、問題はなかろう?!」

「いいえ、問題はあります。あのスカートの丈──彼女、まだ正式にデビューしていないのでしょう?」

 正式にデビューしていようがいまいが、成人したなら、女性は身分に関係なく、ロングスカートを着用する。膝下10センチは、子供の丈だと考えていい。



「いや、あれは単に彼女の好みだな。ロング丈は歩きにくいから嫌いなんだそうだ」

 そういう問題じゃないだろうが。

 気持ちは分からないでもないけれど……大事な事だから、もう一度言います。

 そういう問題じゃねえ。



「殿下、彼女の好みを一目で見抜ける人間がいらっしゃると思われますの? 常識的に見て、彼女のあのお召し物では、皆さま、子供だと判断なさいますわ。そう思いませんか?」

「…………それは……」

 反論できないのか、キアランは押し黙った。



「加えて、お1人でいらしたでしょう?」

「昼間の催しなら、未婚の女性が1人で歩いていても、咎めだてられはしないっ」

「それは、あくまで成人した未婚の女性に限ってのお話ですわ。子供が、誰の付き添いもなしに歩いていたのなら、家の評判に関わりますもの」

「…………」

 キアラン、2度目の沈黙。



 何故、家の評判に関わるのかというと、悲しい話ではあるが、子供が行方不明になったり、誘拐されたり、という事件は後を絶たない。だから、良い家は、子供を1人で歩かせたりはしない。歩かせていたとしたら、その家は付き添いを付けられるほど裕福ではないか、子供の安心安全に無関心である、と思われるだろう。貴族でなくても、裕福な家柄であれば、必ず付き添いを付ける。



 ランスロット殿下が、彼女を迷子だと言ったのは、後者のように思われないようにするためでもある。

 あの袖に隠れた上腕二頭筋を思えば、彼女を襲う猛者はいないと思うけども! そこは言わぬが花だし、それはそれ、これはこれ、というヤツである。

「王妃陛下がかわいそうだとおっしゃられた意味が、お分かりになられましたか?」



 身分違いの世界へ引っ張って来られて、さらし者にされて……まだ、子供なのに。

 笑顔なんて浮かべて、その事に気付いていないのね、なんてカワイソウなの。これではこれから先の縁談にも障りが出るでしょうね、それにすら気付いていないなんて、哀れなコ。

 おおよそ、こういう理由である。



 普通であれば、身分が違うからと誘いを断るところだ。それが、基本で常識。あそこで、彼女が浮かない顔をしていたなら、身分を盾に脅されているのね、と受け取られただろう。

 それはそれで、カワイソウな原因になるが……彼女は笑っていた。つまり、子供が甘い言葉で騙されて、キアランと愚兄に弄ばれている、とも受け取られる可能性が高い。



 はい、そこ、笑わない。あたしだって笑いたいけど、我慢してるんだから、付き合いなさい。

 学園での行状について、情報が入っていれば、この評価もまた変わるだろうけど、今は知らない前提で話を進める。

 もちろん、世間ズレした賢しい女の手のひらで、箱入り息子2人が弄ばれているのだ、と受け取る人もいるだろう。こっちの場合、ミシェルは被害者から加害者に変身する。

 こっちの場合、カワイソウなのはキアランとヴィクトリアスの方だ。



「……俺は……」

 王子サマには、相当ショッキングだったらしい。あたしをエスコートしているのも忘れて、ふらふらと頼りない足取りで──ちょっと! 危ないじゃないの! アンタ1人コケるならともかく、あたしまで巻き込むつもり!? 前につんのめりそうになったところを、インドラさんが支えてくれて、ギリギリセーフ。 キアランに引かれていた手が離れた。



「主の手前、黙っていましたが……先ほどから何ですか、貴方は。エスコートを任されていながら、お嬢様を傷ものになさるおつもりか」

「あ……す、すまん……」

 お怒りのインドラさん。キアランは、叱られてしょぼんとしている。美人が怒ると、迫力が違うよね。まして、経験値がキアランとは雲泥の差だし。



「キアラン殿下、ご気分が優れないようですから、姉の事は私に任せて、お戻りになられてはいかがですか?」

 おっと……ハロルドじゃないか。何しに来たんだ、義弟よ。今年16になる弟は、気遣い口調の言葉とは裏腹に、視線はかなり辛辣で、今にもチクチク刺さりそう。

 キアランは、そうする、後は頼むと言って、そそくさ離れていった。彼の心情の程は、不明である。



「どういう、風の吹きまわしだ、というお顔ですね、姉上」

「…………」

 気まずい。だって、その通りだもの。ハロルドは、あたしの事を散々貶して来たのだ。こんな風に助け舟を出してくれるなんて、夢にも思わなかったし。

「僕だって、いつまでも子供ではありません。学ぶし、調べもします。反省だってできるんですよ。──今まで、きっかけがなかったので、ここまでズルズルと来てしまいましたが」

 ハロルドは言いながら、あたしに向かって手を差し出してくれた。エスコートしますよ、という意味だろう。ここで断るのは得策じゃないだろうから、あたしは弟の手を取った。



 このまま、レースを見に行こうと言われたので、それに従う。両親たちも、移動しているそうで、このまま席に戻っても合流はできないとの事だった。

「入学して、社交界に出入りするようになって、色々と思う所があったんですよ。周りの話と、家族の話があまりにも違いすぎるので。それで、僕なりにきちんと調べてみたんです」

 子供だったとは言え、視野の狭さを痛感しました、とハロルドはため息をつく。



「その一方で、姉上が、母上の仕事を取り上げていた事に変わりはありません。最近は、それもおやめになられたようですが……やっている事は同じでも、様々な受け取り方があるようですね」

「耳が痛いわ。わたしも、母上には悪い事をしたと思っているのよ。足が悪いから社交ができない、とは限らないのに、勝手にそう決めつけて、出しゃばってしまって」

 その結果、ただでさえよろしくなかった親子仲がさらに悪化したのは言うまでもない。



「僕が思うに、我が家は頑固と言うか、融通の利かない人間が多いんですよ」

「そうかも知れないわね」

 そういう意味では、血の繋がらないあたしではあるが、侯爵家の色に染まっているともいえる。家族は似て来るって言うらしいし、つい、くすっと笑ってしまう。ハロルドも、つられて笑ってくれたものの、それは一瞬のこと。



 彼は、すぐにきりっと表情を引き締めて、

「頑固なのも結構ですが、それが家にとって有害であれば問題になると思いませんか?」

「その通りね。つい先ほども、問題を起こしてくれたのよ」

 キアランがふらふらしていた理由にもつながるので、あたしはハロルドに先ほどの件を伝えた。



 ハロルドは、話を最後まで聞いた後、インドラさんにも内容を確認して、抜けている事や、第3者の目から見てどんな印象を受けたか、などを尋ねる。

「王家も関わっているのなら、印象操作はあちらに任せましょう。後で父上にも申し上げて、協力できる部分は協力するべきです」

「ええ。でも、あちらの力を借りるのが難しそうな件が1つ。彼女、クラリスのデイドレスを着ていたのよ」

 最近、お気に入りの生成り色のドレスがあったでしょう? と言えば、ハロルドは「冗談でしょう!?」と、頭を抱えた。冗談で済めば、どれだけ良かったか……。



 異性に装飾品を贈るのは、親しい間柄に限られる。この場合の親しいと言うのは、家族間であったり、婚約者同士であったり。いわゆる、身内という括りの中に入れられる人たちだ。 

 そうでない間柄であれば、下心ありと受け取られる。身に着ける物だから、一緒にいたい、つまりは、独り占めしたいっていう、意味が込められているのだとか。ドレスは、これを着たあなたを脱がせたい、っていう意味らしい。はい、そうですね。アウトです。



 しかも、だ。何だって、クラリスのお気に入りを渡すかね!? リメイクされていたって、見る人が見れば、彼女のドレスの元の持ち主が分かってしまう。プレタポルテがない訳ではないけれど、侯爵家ともなれば、外で着る服は、基本、オーダーメイドですからね。



 普通は、贈られた当人にだけ伝わればいいメッセージだけど、この場合は……当人よりも周囲に向けてのメッセージになっている。

 彼女を脱がせたいと思っているけれど、彼女のために、ドレスを仕立てるつもりはないんです、って事だ。大馬鹿者!

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 ハロルドは、はじめ、名無しのごんべで設定にしか存在しなかったのに、ここに来て降臨した、恐ろしい子です(笑)

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