華やかな社交の一幕は競馬場で 2
結局のところ、王妃陛下は、何を言いたいんだろう?
あたしが、キアランをどう思っているかって? 簡潔に言えば、モラハラ顔だけ男ですけど、何か? 今ならそれに、捻くれコンプレックス持ちっていう形容詞もプラスしてやりますけども?
「ええと、だからね、これからもあの子の側にいてあげてくれないかしら? あの子は、愛情表現が下手なだけなのよ。私からも、あの子にはちゃんと言い聞かせるわ。貴方のやり方は、間違っているわって。ね?」
……ははあ、要するにキアランを見捨てないでほしい、って事か。見捨てるって言うか、もう、とっくに見限っちゃってますけどー? 手遅れですよー、王妃陛下。
言いませんけど。あたしだって、我が身がカワイイ。言ったが最後、私がここまで言っているのに、どうして?! あの子の何が気に入らないの?! なんてヒステリー起こされそうな気がするし。
あたしにできる事は、ただ1つ。笑って誤魔化せ!
「わたしが、今後も側にいるかどうかは、殿下次第かと存じます」
フォローっぽい何かとして、玉虫色の回答もしておく。間違っちゃいないしね! それでも、王妃陛下は安心したのか、「そうね、その通りだわ。あの子には、ちゃんと言い聞かせないと──!」
決心しました、という顔で頷いていた。うん、逆効果ですから、ソレ。
男性陣は、何を言ってもムダっていう顔をしていた。そうね、少なくとも今は、何を言ってもムダっぽいですね。下手に口出ししたら、怒り出しそうだもの。
ああ、そうか。我が家と同じくこちらのお家も、父親の存在感が薄いのね。父親の存在って、子供にとっては大きいはずだけど。それも、今更かぁ……。
…………諸悪の根源は、国王陛下なんじゃ? 思わずジト目で見ていたら、
「む、無論、私からも言い聞かせよう」
背筋をピンとして、胸を張り、陛下が答えて下さった。はあ~っ……虚勢を張っているって、モロバレだわ。ユーデクス一族が、コイツ、ダメだって思ったのも、今なら分かるような気がする。
これで、昔は結構オレ様だったって言うんだから、人って分からないわね。
さて、そろそろあたしもお暇しようかしら。ここを離れるいい口実はないものかと、視線を巡らせたら──爆弾を発見してしまった。
今の今まで、すっかり忘れてた~! 競馬場イベントって、あったんだったっ!
あたしが発見した爆弾は、キアランと彼にエスコートされているヒロイン様。ウチの愚兄もいますよ。今更そんな事で、あたしは驚かないけど……周りは違いますからね!?
それよりも、気になった事が1つ。ミシェルが着ているドレス、それ……手直しされてるけど、クラリスのじゃ……?
愚兄との好感度が高いと、プレゼントしてもらえるヤツね。うん。ゲームじゃ、クラリスの「ク」の字も出て来なかったから、分からなかったけど……兄よ、それは確か、クラリスのお気に入りだったハズ……ちゃんと、許可はもらったの? あたしゃ、知らんよ? ガクガクブルブル。
パフスリーブで腕の太さをカバーして、手首まで覆う袖には、黒いレースのライン。元のままだと細くて入らないから、レースを付け足して、広げたのね。ナイスリメイク。
スカート部分は、膝下5センチほど丈で、フリルの段が5段。色は生成り色で、裾に袖と同じ黒のレースがあしらわれている。
さすが、ヴィクトリアスのセンスだと心の中で拍手するわ。
でもねえ……やっぱり、2次元と3次元じゃ見え方が違うわね。
かわいいのよ? かわいいけど、リアルで見ると、着られている感が漂っているのよ。
背伸びしてます、って雰囲気があるもの。クラリスにあった、初々しさが感じられれば、それも微笑ましく見えるんだろうけど……その堂々とした足運びは……ナイわ。
ホント、もう……どこからツッコめばいいのか、あたし、分かんない。ドレスをプレゼントする意味とか、ちょっとでも考えたのかしら? 本当、今まで何を習って来たんだ、アンタらは──。
思わず彼女たちをガン見していたら、王妃陛下たちもミシェルに気が付いたようだ。
あからさまに顔をしかめる、王妃陛下。国王陛下とランスロット殿下は、アチャーと言いたげな顔をしていた。あたしも、そんな顔をしてみたい。
でも、ランスロット殿下は立ち直るのが早かったようで、すぐに控えていた近侍へ指示を出していた。国王陛下は、妻の顔色を伺うのに忙しいみたいだ。王妃様は、そうね。こめかみが引きつっていらっしゃるように見えるのは、気のせいではないと思うわ。
バカ王子。王妃陛下が必死になって、アンタのフォローをしようとしていたのに(できていたかどうかはともかく)……これで、全てが台無しよ。
彼の足運びを表現するなら、いそいそとかウキウキ、という言葉がお似合いだ。尻尾があったなら、ぱたぱたとご機嫌に揺れているに違いない。
「母上、先日話していた令嬢を紹介したいのですが……」
嬉し恥ずかしって雰囲気のイケメンは、眼福ねえ。
でも、今のあたしは現実逃避したくてたまらないわ。地蔵化の秘術を使いたいくらいよ。
ねえ、よぉっく御覧なさいな。王妃陛下のお顔。表情激変まで、後数秒って顔をなさっているわよ。
あ、全部言ってから、気が付いたみたいね。笑顔のままではあるけれど、顔色が蒼くなっていくわ。
「まあ、奥ゆかしいお嬢さんだこと……」
そんな……って、恥らって見せるヒロインだけど……よっく見てちょうだい。笑ってないから。目が笑ってないから! 音になってなかったけど、ハンッって、鼻で笑ったわよ!?
今の王妃陛下のお言葉は、完全な嫌味だから。「いきなり裏口から会いに来るなんて、いい度胸してるじゃないの、小娘ェ……! ド厚かましいにもほどがあるわよ!?」(意訳)といったところか。
キアランが失敗した、っていう顔をしているだけ、まだマシなのかしら? あ、ミシェルがスカートの裾をつまんで、一歩踏み出した。もしかして、自己紹介するつもり!? それ、アウト! アウトですからーッ! えぇぃ、しょうがない。ここは、あたしが──
「ここはあなたが来て良い場所ではないと、分かっていらっしゃるの?」
椅子から立ち上がり、ミシェルが何か言う前に、口を開く。
とたん、降臨する悲劇のヒロイン様。
「は……?! なっ、何でそんな事を言うんですかっ!? あたしは、キアランにっ──」
「あなたの立場で、殿下を呼び捨てにするのは許されません」
TPOくらい、弁えなさいっ。というか、一瞬で目に涙が盛り上がって来るトコロが凄いわ。女優だわ。呆れを通り越して、いっそ感心してしまうわね。
どうしたものかと思っていると、
「キアラン」
今までに聞いた事がないくらい、冷たい声でランスロット殿下が弟を呼んだ。
「は、い……っ」
こんな声で名前を呼ばれた事がないのか、答えるキアランは明らかに動揺している。
「君は、守るべき民の道を荒そうとしている事を理解しているのか?」
「え? は? あ、あの……兄、上?」
何の事かと問いたげな弟へ、兄は呆れたと言わんばかりのため息1つ。
「学園の同級生が迷子になっているのを見て、上の者として保護に動いた事は分かる。私も同じ立場なら、そうしただろう。しかし、だ。周りを見ろ。ここは学園ではない。保護者のいない子供が独り歩きしていては、余計な醜聞を生む」
子供と言われて、ミシェルは反論すべく口を開こうとしたが、愚兄がそれを止めた。男爵令嬢が、何の許しもなく発言するのは不敬にあたる。
それに、ランスロット殿下の言葉は、間違っていない。王都周辺では社交界デビューをしていないミシェルは、慣習上、未成年扱いされる。すなわち、物事の分別が付けられない、子供だ。
例え、デビュー済のあたしと同い年であったとしても、それは変わらない。本人にしてみれば、大きな侮辱でしょうけど。
ランスロット殿下は、ちらりと愚兄にも視線を向けた。これくらいの道理、分からないはずがないだろう、と言いたげな視線だ。
不満を表情に乗せながらも、愚兄は言葉を呑んで、唇を噛みしめている。ミシェルは、もう子供じゃありません、と言いたいのだと思う。
「ランスロット殿下の言う通りだわ。貴方たち、そのお嬢さんの将来を台無しにするつもりなの? こんなに人目のあるところを連れまわすなんて……かわいそうじゃないの」
王妃様……恐ろしい人。
スキル『善人』発動。これの効果により、相手はスキル『反論』を封じられる。いや、本当にそんな感じ。うむ、我ながら、分かりやすい例えだ。
だって、見ようによっては、ミシェルは本当にかわいそうな令嬢になってしまうからだ。でも、この3人はそんな事、欠片も思わなかったんだろうな。
かく言うあたしも、今の今までそんな事、欠片も思いませんでしたけどもっ。まあ、そんな事はいちいち言わなくていいので、全くですわ、という顔を作っておく。
かわいそうな子に認定されてしまったミシェルと、その原因を作った2人の男は
「は?」
何がかわいそう? どこがかわいそうなの? と間抜けな顔を作っている。そっちとは違う意味で、あたしも同じ事を思っているが、やっぱりそれは口に出さない。言わぬが花である。
さて、この騒動の終着駅はどこになるんだろうと、目を泳がせていたら、ランスロット殿下の近侍が戻って来た。後ろには、競馬場のスタッフらしき人が数人。……うわぁ……。
王妃陛下もそれに気づいたようで、ランスロット殿下へ目配せをすると、彼はお譲りします、と言わんばかりに目を伏せた。
どうでも良いけど、国王陛下、陰が薄すぎる! 父親の威厳なんて、あったもんじゃないわね。ご様子を伺えば、わしが言おうと思ってたのに、と言いたげな雰囲気で、拗ねていらした。
国王陛下は国王陛下で、苦労なさっているようだ。家長も大変ですね。
「貴方達、悪いのだけれど、そちらのご令嬢をご家族の元まで送って差し上げて。ご家族と離れて迷子になっていたところを、息子が保護したようなの。全く、ご家族を探してあげればいいのに、どうしてここへ連れて来たのか……」
これ見よがしにため息をつかれた王妃様は、ミシェルへ向かって、
「上の人間ばかりのところに連れて来られて、さぞや不安だったでしょう。息子は後で叱っておくから、許してあげてちょうだい」
もちろんです、としか言えないわ、コレ。さすが、スキル『善人』効果は抜群だ。
「そんな事ありません」「キアランは悪くない」などと言ってしまえば、ミシェルがキアランをたぶらかした、悪者になりかねないもの。もちろん、キアランたちも反論できない。反論したが最後、スキル『善意の押しつけ』が続いて発動する事になるからだ。
それくらいの事は分かるのか、それとも視線に込められた、威圧に気付いたのか、ミシェルはぎこちなく「はい、もちろんです」と答えていた。
そのまま、彼女は競馬場スタッフに連行されていく。いやもう、だって、両脇はもちろん、前後もしっかり固められたら、そんな風にしか見えないわ。愚兄、ヴィクトリアスは
「し、失礼します」と一礼をして、ミシェルを追いかけていった。
残されたキアランへ向けられる、王妃陛下の視線は冷たいままである。まさに、蛇に睨まれた蛙状態。ここからでは分からないけど、滝のような冷や汗をかいているに違いない。
「貴方、一体何を考えているの。婚約者がいる身でありながら、どこの誰とも分からない女性を連れまわして。彼女の素性が知れ渡るのも、時間の問題だわ。そうなったら、彼女がどうなるか……考えた上での行動なの?」
「あ、あの……?」
おっしゃる意味が分かりません。キアランの声なき返答に、王妃陛下は大きなため息。
「女性には優しくするようにと、常日頃から言い聞かせてきたつもりだけど……誠実さを伴わない優しさは残酷なだけだと理解していて? 彼女は、貴方には逆らえない。だって、そうでしょう? 機嫌を損ねたが最後、家にどんな支障が及ぶか分からないもの」
え~と……王妃陛下の脳内では、ミシェルは当て馬扱いされているって事でいいのかしら? だから、捨てる前提の相手の事を考えてやれ、と言ってる訳か。一応、筋は通るわね。
王妃陛下の中で、ミシェルが当て馬扱いされている事に気付いていないキアランは、クエスチョンマークを大行進させているみたいだけど。
呑み込みが悪い息子に、王妃陛下の表情は不機嫌そうに歪んでいくばかり。爆発しそうな予感に、こっちも冷や汗をかきはじめたその時、
「そろそろ、ゲートインが始まる時刻じゃないか?」
国王陛下が口を開いた。
とたん、王妃陛下の表情が変わり、もうそんな時間なの? と首を傾げる。
「なら、場所を移動しなくてはね。キアラン、貴方、レディ・マリエールを侯爵の所へ送り届けていらっしゃい」
「は、はい」
国王陛下のアシストで、王妃陛下の爆発は一応、回避できたようだ。
問題解決は、完全先送りになってしまったが……まあ、良いだろう。そこは、あたしの知った事ではないので。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
舞台に立とうとしたのに、立たせてもらえなかった件。