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華やかな社交の一幕は競馬場で 1

 競馬場。社交。この2つのキーワードで、何かピンとくる人はいませんか? ヒントはオードリー・ヘプバーン。はい、そうです。往年の名作『マイ・フェア・レディ』ですね。

 何で、そんな事を言い出したのかって言うと……うふふふ。実は、ヒロインのイライザがアスコット競馬場へ着ていったドレス。あのドレスを再現してもらったの!

 と言っても、記憶を頼りに作ってもらったので、細部は違っていると思うし、色も白ではなくて、スミレのレディーらしく、薄いバイオレット。リボンは濃紺にしてもらった。



 レース場へは、家族全員で向かうらしい。去年は、まだデビューをしていなから、という理由でお留守番だった妹のクラリスも、今年は一緒だ。──最初で最後の、家族全員でのお出かけになりそうね。

 それはともかく、デビュー前の妹が社交界に顔を出していいのか? と思う人がいるかも知れない。

 実は、いいんです! デビューしたからって、いきなり社交界に馴染める訳がないので、王宮拝謁の予定が立ったら、事前に予行演習として顔を出させるのが一般的なのよ。



 マルメイラ競馬場には、王家主催のレースとあって、上流階級の人間はほとんど顔を出しているだろうから、妹を連れて歩くにはちょうど良い機会と言える。

 アザが化粧品で隠せるようになってから、クラリスはずいぶん明るくなった。ついでに言うと、あたしへのねちっこい嫌味もなくなって、あたしも実家が少しだけ過ごしやすくなり、気分がいい。



 さて、競馬場に到着した訳ですが、席を確認した後、ロイヤルファミリーへご挨拶に伺う事になった。上流階級専用席には、専門のスタッフがいるので、王家の方々はどちらに? と伺えば、教えてくれる。

 教わった方へ家族で向かうと、国王陛下夫妻とその息子2人が席に座っているのが見えた。パトリシア妃殿下は、まだ体調が安定してないのだろう。つわりも、そろそろ、おさまっても良い頃だと思うんだけど。こればっかりはねえ。



 それはともかく、1人1人挨拶していると、時間がかかるので父が代表して国王陛下へご挨拶。天気の話など、当たり障りのない話をした後、王妃陛下が、妹に目を止めて下さった。

「そちらのお嬢さんはどなた?」

「末の娘です。近々、正式にデビューさせる予定ですので、連れて参りました」

 王妃陛下は「それは楽しみね」と笑顔で答えて下さる。義父母はもちろん、あたしも内心でほっと胸を撫でおろした瞬間だった。



 と、言うのも、あちらから水を向けてもらわなければ、妹を紹介する事はできないのよね。これも、社交界のマナー。知り合いになるかどうかは、常に目上の人間に決定権があるのよ。

 まあ、もしかしたら、王妃陛下がクラリスにお声をかけて下さったのは、息子の失態に対するフォローの一環だったのかも知れないけれど。そこは、どっちでもいいわね。



 王家の方々に挨拶をした最大の目的を果たせたので、あたしはちょっと気を抜いていた。

「マリエール……」

「は、い」

 まさか、キアランに名前を呼ばれるとは思わなかった。それも、叫ばずに! 内心の驚きは何とか、ポーカーフェイスでごまかして、言葉の続きを待っていると

「その……スピーチの草案、助かった」



 なっ!? キアランの口からお礼の言葉が聞ける日が来るとは思わなかった。一瞬。間抜けにぽかんと口を開けてしまったけれど、慌ててそれを取り繕って、

「恐れ入ります。殿下のお役に立てたなら、幸いですわ」

 膝を折り、軽く頭を下げる。



 キアランは「そうか」と短く答えると、愚兄を誘ってパドックを見に行ってしまった。

 パドックって、ご存知? あたしは競馬に全く興味がなかったから、知らなかったんだけど、要するに馬のお披露目の場のようなものらしい。知った今も、そんな物があるんですね、程度の関心しかない。

 馬の良しあしなんて、分からないし、興味がないもんね!



 何だか雰囲気に水を差されたような空気になったけれど、国王陛下とランスロット殿下が、弟のハロルドへ、副会長に当選おめでとう、と祝辞を下さった。ここだけの話、弟が当選するとは思っていなかった。あたし自身、ハロルドにつとまるとは思えなかったので、他の人に投票したし。

 いや、とっくに社交界へデビューしていて、攻略対象でもなかった弟には無関心だったから……イカンなあ。ちょっと、反省だ。



 さて、雑談の時間は、短いのも困りものだけど、長いのも困りもの。だいたい15分くらいが望ましいとされている。それは、侯爵家である我が家も同じ。

 そろそろお暇いたします、と義父が告げると、王妃陛下が

「レディ・シオン。話し相手に、レディ・マリエールをお借りしてもよろしいかしら?」

「え、えぇ、もちろんですわ、アンジェリーナ陛下」

 あたしの残留を希望された。義母は戸惑いながらも了承する。ぶっちゃけ、断れないしね。



 あ、アンジェリーナと言うのは、王妃陛下の事ですよ。あたしは恐れ多いのでお名前を口にする事はありませんが、侯爵夫人ともなれば、それも許されるのだ。

 義父母と弟妹は、この場を去り、あたしはロイヤルファミリーと同席する事になってしまった。正直、帰りたい。ランスロット殿下だけならまだしも、国王夫妻と一緒だなんて、色々とゴリゴリ削られていく気しかしない。インドラさん(あたしの護衛なので、もちろん残留)だって、守りようがないだろうし。



「ストレートで良かったかしら?」

「はい。ありがとうございます」

 王妃陛下自ら、お茶を注いでくださる。別に感激しませんよ? お客様をもてなすのは、女主人の役目だから、別に珍しい事じゃない。



 白いテーブルの上に用意されていたのは、華やかなヴィクトリアン・カップのセット。外側はシンプルなデザインなのに、内側の装飾性が高くて、眺めているだけでも美しい。

 さすが、王妃陛下の持ち物だと唸ってしまう。描かれた薔薇とエメラルドグリーン、縁取りの金彩がとっても素敵。令嬢の愛用品というよりは、淑女の愛用品っていう感じがするわね。ステップアップのつもりで、購入しようかしら?



 カップのデザインだけじゃなくて、お茶も素敵。香りも味も。ああ、美味しい。淹れてもらったお茶をうっとり味わっていたら、

「レディ・マリエール、1つ教えていただきたいのだけれど、あなた、キアランの事をどう思っていて? 率直なところを聞かせてもらいたいのよ」

 速攻でストレートに攻めて来たぁ! 予想していたけど、予想外だったので、思わず、むせそうになったわ。もっと遠回しに聞かれると思ってた。



「アンジェリーナ陛下、それは言えと言われて言えるような事ではないかと……」

「う、うむ。その通りだ。このような場所で話せというのは、少々酷ではないか?」

 少し頬を引きつらせ気味のランスロット殿下と、しどろもどろな国王陛下。2人とも、王妃陛下には、どこか遠慮するところがあるらしい。



 王妃陛下は、「ああ、そうね、ごめんなさいね」と謝罪はしてくれたが……どこまで悪いと思っているのか。悪い人ではないのだけれど、この方は良くも悪くも自分本位なのだ。

 うん、キアランそっくりだね。

「ほら、あの子にはのびのびと育ってほしかったから、必要最低限の教育しかしていないでしょう?」

 でしょう? って言われても、知りませんよ、そんな事。



「女性の扱い方についても、教育はしたのよ? 女性には、優しく誠実に接する事。特に貴女は、陰に日向に、キアランを支えてくれる、素晴らしい女性だもの。だからね、貴方も彼女の婚約者として、相応しい紳士にならなくてはね、と何度も言い聞かせたのよ」

 ……ああ、そりゃ、こじらせるわ。今、ものすごく納得した。



 将来はこの子と結婚するのよ、と言われたところで、ピンとくるとは思えない。きっと、ふぅん、そうなんだ、へえ、程度のものだっただろう。

 お互い、同程度のレベルだったなら、こじらせる事もなかったんだろうけど……マリエールにはねえ……あたしっていう素地があったもんだから……子供らしくなかったわけよ。



 落ち着いていて、大抵の事は子供のする事だから、なんて寛容でね。それの態度を、魅力と取るか、厭味と取るかは、その人の自由。強制できる類のものじゃない。

 きっと、キアランは、事あるごとに比べられていたのだろうし、そんな事をしてはいけませんとか、言われていたのだろう。続く言葉は、恐らく「マリエールに相応しく」とか何とか。あたしの脳みそでだって、簡単に想像できるわ。



 となれば、そりゃあ、うんざりするでしょうよ。

 ちらっと国王陛下を盗み見れば、こちらは音なきため息をついていた。ランスロット殿下も、微妙な表情。同じ男として、キアランの気持ちが分かるんでしょうね、きっと。

 でも、あえて言わせていただければ、まだ子供だったランスロット殿下はともかく、息子のフォローくらいしろよ、親父! と思わなくもない。



 この言い聞かせだって、ランスロット殿下だったなら、問題はなかったと思うのよ。

 この方、パトリシア妃殿下にベタ惚れで──殿下が妃殿下を見初めてのご結婚で、妃殿下へ、私の白薔薇なんて真顔で言っちゃうような人(チトセさん談)らしいしね!

 言われたら「勿論です」と力強く頷き返すに違いないわ。パトリシア妃殿下だって、「2人で一緒に頑張りましょうね」くらい、言うだろう。



 でも、あたしたちにそれは無理。

 あたしたちの関係は、将来の結婚相手としてスタートしたからね。好意のあるなしなんて、関係ない。

 あ、あたしの婚約者として、ランスロット殿下の名前が挙がらなかったのは、すでに、ランスロット殿下は妃殿下にアタックしていたからだそうだ。



 それを見ていたら、兄は自分でお嫁さんを選ぼうとしているのに、何で自分は選べないんだって、思ったって不思議じゃない。それだけでも、マリエールへの印象は良くないだろう。

 加えて、彼女と比べられ、努力が足りないと遠回しに言われ続けたら──そりゃあ、関係は悪化の一途をたどるばかりだわ。子供にだってプライドはあるもの。



 傷つくし、彼女への印象だって悪くなる。八つ当たりをするのも、仕方がないと言える。

 それで、マリエールが泣いてみせれば、また違っていたのかも知れないけど、なまじ大人な部分があるだけに、「失礼しました」「申し訳ございません」と謝るのみ。

 いや、彼女は彼女で、必死だったのよ? 彼に嫌われてはいけないってね。



 義母や義兄は冷たいし、義父は守ってくれないし。キアランの婚約者っていう立場があるから、侯爵家に置いてもらえているんだ、っていう意識があったしね。だから、彼の前では泣きたい気持ちも怒りたい気持ちも押さえて、嵐が通り過ぎるのを待っていた。

 そうなると、キアランは引っ込みがつかなくなってしまう。貴族男子たるもの、簡単に頭を下げてはいけない、なんて言われているでしょうしね。



 感情らしい感情を見せないマリエールに、キアランのイライラは募り、態度はつっけんどんなものになる。

 それが王妃陛下の耳に入ると、「いけませんよ、キアラン。あの子は貴方の婚約者なのだから、優しくしてあげなくては」なんて、窘められるのだろう。

 こうしなさい、ああしなさい、と言われれば言われるほど、逆にやりたくなくなるのが子供の心理というもの。──王妃陛下、良かれと思ってやっていらしたのでしょうけれど、全部、裏目に出てますからね!



「学園での、あの子の行状は私も聞いているわ。ごめんなさいね、気を悪くしないでちょうだい。あの子ってば、貴女の気を引こうと必死なのよ」

 何でやねん。どこをどう解釈すれば、そんな事になるわけ?! 思わず、

「はぁ……」なんて、気のない返事をしちゃったじゃないの。



「貴女は、昔から大人びていたし、控えめでスミレのように奥ゆかしいから、あの子への好意も内に秘めたまま、表に出そうとはしていないでしょう? だからなのでしょうね。あの子は、貴女の気持ちに自信が持てないでいるのよ」

 ハッハー! 表に出すも何も、そんなモン昔っからありませんでしたけど!? 初対面で、「カラスみたいな髪だな、気持ち悪い」なんておぬかしあそばしたクソガキに好意を持てるヒトがいたら、お目にかかりたいわ!



 再びちらっと男2人の様子を伺えば、国王陛下は煤けておられるし、ランスロット殿下は小さな動作でスマンとあたしを拝んでいる。

 自分の愛する息子は、誰からも愛されているに違いないってかー?! ここにもいたか、ヒロイン(笑)が!

 王妃陛下は、悪い人ではないのよ。悪い人では。ええ、そうなの。でも、善人って、悪人より性質が悪い時があるわね! ほんと、イラッとするわ~。

ここまで、お読みくださりありがとうございました。


 王妃陛下登場! 現実世界にも、悪い人じゃないんだけど、イラッとする人、いますよね。

 それにしても、お貴族様のマナーって難しい。ほぅほぅ、なるほど、と物の本を読んで話を書いたのに、別の本を読んだら、微妙に変化したバージョンが書いてあって──。時代と共にマナーが微妙に変化するのは当然なんだろうけど……辻褄合わせるのも大変だ(笑) 勉強になる本がありましたら、ぜひ、お教え下さい。

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