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午後の始まりは教官室で 1

乙女ゲームについては、あまりプレイした事がありませんので、ゲームシステムなどについては適当です。 1月4日、大筋に変化はありませんが、大幅に改稿いたしました。

 チトセさんと別れたあたしは、パークのティーハウスでランチを軽めのランチを取った。侍女をお供に連れていたら、ここでランチなんて、出来なかったに違いない。

 何故かって? こんなところでランチを食べるのは、身分の低い人間のする事で上流階級の人間のする事じゃない、って思われているからよ。



 それだけじゃないわ。

 社交界へのデビューも済ませた娘がお供も連れずに1人で出歩くなんて、はしたない! というのも世間の常識。午前中の早い時間ならセーフだけど、これくらいの時間になると、もうアウト。だけど、あたしの感覚じゃ1人で出歩くくらい大した事はない。

 スカートを丈の短い物に変えて──それだって、膝下20センチくらいあるけど──髪型をちょちょっと変えれば、あら不思議。社交界デビュー前のお嬢さんになれる。



 学園の生徒は、様々な身分の人間がいるから、たった2か所変えるだけでもずいぶん印象が変わるのだ。知り合いに見つからない限り、変装としてはこれで十分。

 ティーハウスでランチを食べられたのも、この変装があるからこそ。チトセさんも、上手い事考えたねって、笑ってくれたわ。

 実は、ここでランチを取って行くことを勧めてくれたのもチトセさんだったりする。

「あそこのパストラミのサンドイッチが美味しいんだよ」

 パストラミは牛肉だ。塩漬けにしてから燻製にした物で、パンに挟んで食べると美味しい。

 屋敷でも軽食として、時々口にしている。ティーハウスのサンドイッチも美味でした。





「レディ・マリエール、少しよろしいか?」

「ええ。構いませんが……」

 学園の事務室へ、外出から戻った事を伝え、教室に戻ろうとしたら、ミスタ・ジョンソンに声をかけられた。

 この人は、武術の教官をしていて、マリエールのクラスの授業も担当してくれている。容姿は、なめした革のような肌のマッチョマン。

 モンスター討伐で名を馳せた、元軍人。身分? そんなモンはケースバイケースで対応するモンだ! という脳筋寄りの素敵ジェントルマンでもある。



 まるで、あたしが戻るのを待ち構えていたようだな、と思いつつ、ミスタの後についていく。

 案内されたのは、教官室の一角に設けられている面談スペースだった。

 予鈴の音を聞きながら、校舎に入ったから、もうすぐ5限が始まるだろう。現に、教官室にいた教官たちは「授業に行ってきます」と席を立ち、移動を始めている。



 これは、5限の授業も欠席するしかなさそうだ。教官が授業を欠席させてまでも話をしようとしているのだから、何かあったに違いない。

 何を言われても驚かないぞと覚悟を決めて、あたしはミスタ・ジョンソンに進められるまま、スペースのソファに腰を下ろした。

「実は、少し困った事が起きましてな──」



 ため息から始まったミスタ・ジョンソンの話は、ヒロイン様ことミシェルが、ランチタイムスタート直後に、階段から落ちかけたというもの。

 前期の階段落ちイベント、キターーーー! そっか。そう言えば、階段落ちイベント、まだやってなかったっけ。前期が終わる2週間前にこのイベントが発生とは……。



「まあ! それで? レディ・ミシェルにお怪我はありませんでしたか?」

「ええ。心臓を短剣で刺されたかのような大きな悲鳴で大層驚かされましたが、幸い、本人は無傷です」

 ぶふぉ。何、それ。え? ゲームでは悲鳴の大きさについては言及されなかったから、気にした事なかったけど──

「そんなに大きな悲鳴だったのですか?」

「落ちかけたのは、正面玄関側の大階段なんですが、北校舎の音楽室にいたミズ・グノーも聞いたそうで──軍人でもそこまで大きな声を出せる物はなかなかおりませんよ」

「まあ……!」すごいな、ヒロイン。



 学園の校舎は、カタカナの「ロ」の形に似ている。真ん中には校庭があって、全校集会などの時に使われている場所だ。それの端から端まで声が届いたというのだから、オペラ歌手もびっくりの声量に違いない。



「ですが、それと私と何の関係が?」

「実は、キアラン殿下が、レディ・ミシェル・グレゴリーを突き落とそうとしたのはあなただと──」

 ミスタ・ジョンソンは言いにくそうに切り出した。そりゃそうでしょうねえ。 たった今、外出から帰って来たあたしが、どうやったらミシェルを突き落とせるんだ。



 さすがだわ、キアラン。ぼんくら王子の二つ名に恥じない言動をしてくれやがりますわ。

「……それは……色んな意味でとても難しいお話ですわね」

「全くです。負傷したのならともかく、レディ・ミシェル・グレゴリーは無傷だ。いくら殿下でも、確たる証拠もなしにそのような決めつけは許されません。また、その事に対して、他の者たちも何ら疑問を口にしなかったようで──優秀、天才、非凡と言われていた入学当初の彼らはどこへ行ったのか……」

 他の者たちと言うのは、他の攻略対象だろう。



 確かに、ダリウスは脳筋っぽいところがあるから除外するとしても、未来の宰相(予定)グレッグや愚兄ヴィクトリアスあたりは、「そう決めつけるには早い」とキアランを諫めてもらわなくては困る。次点で自称天才(笑)オズワルドか。

「お気持ちはよぉっく分かりますわ」

 現時点での、次代国王最有力候補と側近候補がそんなんで大丈夫なのか。不安だわ。



 それはまあともかくとして、冒険に出たなあ、ヒロイン。前期の階段落ちイベントで騒ぎ立てるのは、攻略的にあんまりおススメできないんだけど。

 『ファン・ブル』は恋愛パートの作りこみは弱いくせに、色んなところで色んな仕込みを仕掛けていて、手がかかる。恋愛エンドを見るだけなら、前にも言った通り、攻略キャラの得意科目のパラメータを上げ、ストーカーしていればたどり着ける。



 恋愛エンドは、他の乙女ゲームのように同じ攻略キャラでも、複数のエンドが用意されていた。問題は、恋愛エンドであっても、バラ色の将来だとは思えない場合があるという事。

 どう考えても、これは左遷じゃね? と思わせるエンドが存在しているのである。



 例えば、未来の宰相と言われているグレッグ。

 左遷バージョンだと、父親から与えられた領地へヒロインと共に引っ越し、そこを統治することになる。王宮に政治担当の文官として採用され、王の片腕として大活躍、その影には夫を支えるヒロインの姿が、というエンドもある事を思えば、とんでもない格差である。



 その格差を生み出すのが、モブ好感度とも呼ばれる、隠しパラメータの人気度だ。

 これが曲者で、下げるのは簡単だけど、上げるのが難しい。現実でもそうだけど、皆から好かれるのは、大変だって事よね。



 学園の1年は、前期と後期に分かれている。ありがちな設定ではあるけれど、実はここに『ファン・ブル』スタッフの巧妙な罠が隠されていて、前期ではこのモブ好感度が下がりやすい。そりゃあもう、ガンガン下がる。下がると言うより、落ちる。まるで、パラメータのフリーフォール。



 それでも、前期でしっかりパラメータを上げていれば、後期に入ってから少しずつ人気度は上がっていく。ヒロインの努力が認められるようになってくる、という事だろう。

 さて、階段落ちイベントだが、実はこのイベント、かなり意地悪にできている。



 前期は必ず1回発生するが、発生条件はランダム。1年を通じて、前期の1回だけしか発生しない事もあれば、毎月落とされる事もある。しょっちゅう発生した時は、どれだけ嫌われてるんだ、ヒロイン(笑)と被害者なのに、笑わずにはいられなかった。



 このイベントが発生すると、4種類のボタンの内、どれか1つを選べ、という指示が出る。どのボタンを押すかによって、無傷×2、捻挫、骨折という具合に、結果が変わるのだ。

 まあ、どの結果になるにしろ、すぐに攻略キャラがやって来て、尋問が始まる。

 最終的に、この件を公表するか、なかった事にするかの選択を迫られるのだが、前期ではなかった事にするのが最良の選択。



 何故なら、前期では事件を公表して犯人探しをしても、犯人は絶対に見つからないからだ。

 つまり、騒ぐだけ無駄。メリットは「泣き寝入りしないなんて、えらいぞ」と、攻略キャラの好感度が上がるだけ。

 しかし、それ以上に下がるのが人気度。さっきも言ったが、その下がり方たるや、フリーフォール並。ここから、マイナル領域に突入しかねない、ミニイベントが続けて発生する。

 でも、それがお望みのようだから、遠慮なくマイナス領域へ後押しさせていただきますが。



「そう……ですわね。私、授業が終わり次第、教室へお見舞いに伺う事にいたしますわ」

 デメリットその1がこれ。イベント発生後の休み時間などに、容疑者として名前を上げられたライバル令嬢が、ヒロインを訪ねて教室にやって来るのである。

「本気ですか?」

「ええ。もちろん。私にやましいところは何にもありませんもの」

 うふふと笑ってみせるあたし。



 ヒロインにしてみれば、嫌がらせも同然。ゲームをプレイし始めた頃は、あたしだって画面越しでも、ずいぶん腹が立ったものだわ。

 でも、勝手に容疑者にされるこちらとしては、噂の独り歩きを放置するなんてとんでもない話だ。積極的に動き回って、あたしは潔白ですよと世間にアピールする必要がある。

 世間の疑惑が、白に近い灰色であるうちに、白に戻してしまわねば。



「それと、ミスタ・ジョンソン。大変申し訳ないのですけれど、近くの花屋で構いませんので、人をやってもらえませんか? レディ・ミシェルのお部屋へお見舞いの花を届けるよう手配していただきたいの」

 言いながら、あたしは自分の鞄を開け、中から名刺サイズのカードを取り出した。ジョンソン教官からペンを借りて、カードに「お大事になさって」と走り書き。お見舞いの花と一緒に、寮暮らしのミシェルの部屋へ届けてもらう事にする。

「それは……」

 教官の目は、本気か? と言いたげに、真ん丸に見開かれていた。



「学園中に聞こえるような大きな悲鳴だったのでしょう? とても恐ろしかったに違いありませんわ。例え体は無傷でも、心の方は……ですから、お花を愛でる事で、少しでもお心が癒されれば、と思いますの」

 公表した場合のデメリットその2。教室を訪ねて来ただけでなく、寮の部屋に見舞いの花が届けられるのだ。

 それも、向こうで作ってもらおうと思ったら、1万円くらいはしそうな大きなアレンジメントが! そのアレンジメントには、今あたしが書いて見せたカードが添えられている。



「お大事になさって、って何様!?」と、画面に向かって叫んだのも懐かしいわ。

 当然、攻略キャラは「ふざけるな!」と怒るのだが、よくよく考えれば、元凶は何の証拠もないのに、ライバル令嬢を容疑者に仕立て上げた本人である。

 国の将来を左右する地位に就こうかという人間が、こんなに感情的でいいのだろうか?

 攻略キャラの残念な言動は置いておいて、冷静に考えれば、お見舞いに来てくれた人間にお礼を言うのも、頂いたお花にお礼を言うのも人として当たり前の礼儀である。

 当たり前の事をしないのだから、人気度が下がるのも、これまた当たり前の事だろう。



 もちろん、公表しなければ、ライバル令嬢はお見舞いに来ないし、お花も届けられない。

 相手の身分に委縮して泣き寝入りするのかと、攻略キャラの好感度は、ちょっと下がってしまうが、そんな物は微々たるもので、取り返すことは簡単だ。

 ──なのに、ミシェルは公表という選択肢を選んでいる。



 さあて、これは一体どういう事だ? ユーデクス一族からの報告を聞く限り、ミシェルにも『ファン・ブル』の記憶がありそうな雰囲気だった。

 小さい頃から、16になったら学園に行くんだ、と言っていたらしいので。父親は、もっと前から通ってもいいんだよ、と言っていたらしいが、彼女は頑なに拒否していた、らしい。



 では、ミシェルが目指すエンドとは、どのエンドなのか。

 あたしとしては、キアランの正妃エンド(婚約破棄・侯爵家追放の可能性高し)か、逆ハーエンド(婚約破棄・侯爵家追放)を目指してもらいたいところ。

 キアランがマリエールの名前を出したという事は、ゲーム的に言って、彼の好感度が一番高いのだろうけれど。



 う~んと考え込んでいたら、お花の手配を指示するために席を離れた教官が戻って来て、

「レディ・マリエール、それともう1つ。クラブ・クリスティーンが動いている」

「クリス?」聞き覚えのないクラブ名に首を傾げると、

「探偵部と申し上げれば、お分かりに?」

「ああ! レディ・ジュリエットが立ち上げられた……立場上、表立った事は出来ませんけれど、私、密かに応援しておりますのよ」

 探偵部は、名前だけゲームに登場する。その実態は、生徒が立ち上げた、学園内の事件調査を主な活動としている変わったクラブだ。容疑者にされてしまったライバル令嬢のアリバイを実証してくれるのも彼女たちである。



 マンガやラノベでありそうなクラブなだけに、あたしのヲタ心を刺激してくれたわ~。名前だけのモブ扱いだったのが、悔やまれる。

「そうだったのか。あの子たちは、公正な目で事件を調査するので、大丈夫だろう」

「ええ、そうですわね」

 近いうちにお茶会にでも誘って、クラブのメンバーたちにはお礼を言わねば。



ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

16年もよろしくお願いいたします

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