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知らない世界の対策会議は、寮の一室で

 結局、あの後、インドラさんとはきちんと話をする事ができなかった。

 というのも、マダム・ヴァスチィンの礼儀作法の授業は、ご本人には、決して言えないけれど、侯爵令嬢としてすでに習い覚えた事ばかり。

 つまり……聞き流していても、板書きをノートに写しておけば、特に問題はない。



 でも、法術の基礎理論や家系学、時事となると話は別。

 もちろん、入学前に家庭教師から習っているけれど、どれも日々更新されていくジャンルなのよ。特に今は、スネィバクボ山脈の裾野に広がる国々が山脈の資源について、調査研究を進めているらしく、目が離せない。



 この流れは、深魔の森と隣接している我が国にも遠からずやって来るだろう、というのが上層部の予想。どんな形になるかは分からないが、その頃には第一線で活躍する事になるだろう、10代の子女にはその流れを理解させておきたいとか何とか、そういう考えらしい。

 遠回しにではあるが、将来的に稼げるようになるぞ、アピールがすごい。



「となると、アト様の注目度は抜群に上がりますね」

「そのようです。今もダウィジャー・レディ・ルーベンスには、あちらこちらからお茶会や夜会の招待状が届いているようです。もちろん、ご本人にも」

 ダウィジャーというのは、未亡人に対する呼びかけ方。つまり、息子さんのお嫁さんとして、ウチの娘や孫、身内はいかがですか? という事なのだろう。



「レディ、唇が不満そうに歪んでいますよ」

「えっ!? そ、そぉ?」

 インドラさんに指摘されて、あたしは頬を撫でさする。アト様の縁談に不満なんて言える立場じゃないのに……。

「ご安心を。辺境伯もそのご母堂も、縁談については乗り気ではないようですから」

 微笑ましいものを見るかのように、くすっと笑われてしまい、あたしは恥ずかしくて視線を伏せてしまった。



 勝手に気まずく思いながら、それを取り繕うつもりで、テーブルの上のカップに手を伸ばす。

 今はもう放課後で、あたしは寮へ帰ってきている。

 今は、お気に入りのスミレのティーセットで淹れたお茶を、インドラさんと一緒に楽しんでいるところだ。彼はこちらのお国事情にも関心があるそうで、聞かれるままにあれやこれやと雑談中である。



 しっかし、女子寮なのに、インドラさん、ふっつーに入って来ちゃってるわね?! あたし、出入りは玄関ホールまでって、聞いてたような気がするんですけどもっ!? 彼に確認すれば、

「もちろん、認識阻害を使っていますよ。メイドたちには、印象操作をかけたので、誰かとお茶を楽しんでいた事は覚えていても、誰と楽しんだかは覚えてないでしょうね」

 まぁた、さらっととんでもない事を言う。



 この印象操作という術、あたしの中では『ぬらりひょんの術』で確定である。

 それにしても、認識阻害は便利だな。便利だけど、逆に怖いな。どこでも入り放題じゃないか。

「こちらの術の組み方が甘いせいですよ。こんな緩い組み方で、主君を守れるのか、はなはだ疑問です」

 どうやら、術に関しては、魔族の方が一歩も二歩も先をいっているらしい。

 タレントについても、魔族の間では、常識になっていたみたいだし。あたしは、初耳でしたヨ。



「術の研究は、タレントの研究と二人三脚のような部分もありますから」

 その辺の事情について詳しく聞くと日が暮れるどころか、夜が明けそうな気がするので割愛。それよりも、だ。

「すみません、1つ教えていただきたいのですが、ミシェルのタレントについて、具体的にどのような対策を取ればよいのでしょう?」

 カップをティーソーサーに戻し、重要案件について尋ねる。



「まず、彼女に能力をコントロールさせるのは、ほぼ不可能だと考えて下さい。訓練に必要な施設も人材も、ここでは揃えられないからです」

 ついでに言えば、どうやって彼女に訓練を受けさせるか、という問題もある。インドラさんが魔族だという事は、トップシークレット。それを伏せた状態で、タレントの事をどう説明するか。魔族だと打ち明けたところで、タレントを理解してくれるかどうかも怪しい。



「と、いう事は彼女の能力はそのままにして、周囲の人間が防御するべきだと?」

「少しずつ能力を削いでいく、方が良いでしょう。タレントの封印です」

「先ほども能力を封印していらっしゃる方がいると伺いましたが、可能なのですか?」

「もちろん、可能です」

 インドラさんは、力強く請け負ってくれた。



 封印という言い方をしているが、どちらかというと無力化の方が正しいらしい。

 その方法は、ぶっちゃけよく分かりませんでした。

 法術を使える訳じゃないけど、それでも基礎理論などは教養の部類に入るので、勉強はしたんだけど……ね。呪文にしか聞こえませんでした。



 伝染源の能力は、アストラル・サイドを通して、本人の思考を対象者の魂に直接伝達するものだと考えられ云々……オカルトは、分かりませんー。いや、向こうじゃ、法術だって十分、オカルトの部類に入るんだろうけど、こっちじゃ常識ですからね?

 ただまあ、おぼろげながら理解したのは、出力(?)を下げさせつつ、ミシェルのデンパを打ち消すような波長のデンパを流すみたいだ。



「……方法は考えていらっしゃるのですか?」

「彼女が身に着けている、アクセサリーに細工をすれば問題ないでしょう」

 あのピンクダイヤモンドのピアスは良いですね。インドラさんはそう言うけども、

「──今頃は、指導されているかと……学園内での服装規定に違反しているので」

「…………認識阻害も組み込む必要がありそうですね…………」

 アンニュイになる気持ちは分かるけど、早めに立ち直って下さいね。



 ため息をついたインドラさんは、気分を落ち着けるためか、はたまた気持ちを切り替えるためか、カップに口を付けた。

 あたしは、お茶請けのマカロンにも手を伸ばす。この歯ざわりと甘さが、たまらない。

「術を何に仕込むか、という問題の他にも、まだ問題があります」

「と、おっしゃいますと?」

「おそらく、彼らは伝染源の影響から抜け出る事はできないでしょう」



「えっ?! それって、つまり、彼女の能力を封じてもあのままという事ですか?」

「多少はマシになるでしょうが、彼女に好意を持っている、という部分までは消せないのではないかと思います」

 え? マジか!?



 インドラさん曰く、伝染源の能力は、水に染料を落としていくような物だという。

 少しずつ水が注がれていくカップの中に、染料を落とす。染料の量が少なければ、水は水のまま。1回に落とされる量が、多少増えたとしても、常に水が注がれているので、少し色が変わったとしても、水に戻っていく。



「でも、その例でいくと、能力を封じてしまえば、時間はかかりますが、いつかは水に戻りますよね?」

「大量の注がれた染料は、底に沈殿していくようなのです──」

 要するに、深層心理にしっかり刻まれてしまう、という事らしい。そう言えば、昔、深層心理に何かを植え付けるって、そんな映画があったよね。



「……どうにか、ならないものなんですか?」

「一度、そうと思い込んでしまった事を覆すのは、難しい事ですから、何年もかかってようやく、というところではないでしょうか」

 まるで覚せい剤か麻薬みたいだ。



 インドラさんが、伝染源を怖くないと言うのはあくまでコントロールされた、正常思考である事が前提。──あくまで、魔族基準の考え方なので、あたし個人としては、そうかなあ? と懐疑的。

 しかし、コントロールされていない、あるいはサイコパス的な思考であれば、それは十分な脅威になり得るのだと、彼は付け加える。



「とは言え、今回のケースはかなり珍しいケースである事には違いありません」

「それは、一部の人間に自分の嗜好を押し付けるような形で影響しているから、ですか?」

「それもあります。ですが、先にも言いましたように、伝染源は格上の人間を染める事はできません。格下は言うまでもありませんが、同格となると、それなりの時間が必要です」



 あ~……そっか。ミシェルは、あたしを悪役令嬢にしたい訳だから、その思考が伝染源デンパに乗って、あたしに届き、あたしがそれに影響されていた可能性も考えられるのか。

 格上かどうかは分からないけど、ミシェルより下だとは思えない。



 ……セーフだわ、セーフ! 危なかったわよ!

 もし、あの時、あの場所でちびちゃんやチトセさんに会っていなかったら、あたしが、あたしに戻れていなかったら──悪役令嬢(正しくはライバル令嬢のはずなんだけど)へ転身していたかも知れないんだ。うわ、こっわ。



「私の判断基準は、教会で出会ったあの坊やですが……事前にチトセから貰っていた学生生活の資料と彼女の素行調査などから推測するに、あの染まり具合は異常です」

 きっぱりと断言しちゃうんだから、よっぽどなんだろうなァ……。

 でも、ミシェルが編入してきたのが今年の春で、今は秋の気配が濃厚になりつつある頃。キアランと愚兄、オズワルドは前から問題があったけど、ダリウスとグレッグは問題児という訳ではなかった。



 それが、このわずかな期間であっという間に落ちてしまったのだから……

「何があったのでしょう? 体質的な問題でも?」

「いえ、本人の願望でしょう。人間は楽な方に流されやすい生き物ですから」

 え~っと……つまり? 分かるような、分からないような……って言うか、そもそもキアランたちの行動は、ミシェルの願望による物だったのでは? あ~でも、ゲームっていう事前テキストがあったから、言動には違和感がないの……かな? う~ん、よく分からん。



「人間は、自己肯定されたい生き物です。それは、分かりますか?」

「はい」

 誰だって、自分を認めてほしいと思う願望くらいある。あたしにだってある。今のままでいい、何も変わらなくていいんだ、と他の人に受け入れてもらいたい。そんな、願望だ。



 ちびちゃんみたいなかわいい子に「おねえちゃ、しゅてき!」とか「おねえちゃは、しゅごいにょね~」なんて、褒められ続けてごらんなさい。惚れてしまうに決まっている。

  惚れてしまったあの子に「あにょね、わたち、おかちがたべたいにょ」っておねだりされたら「何のお菓子が食べたいの? 買ってあげるわ」ってなるってもんよ。チトセさんに怒られると分かっていても「どうぞ、どうぞ」って言ってしまうわ。断言できる。

 要するに、キアランたちにもこのような現象が起きている、という事らしい。



「お菓子をねだるのとは、規模が違いすぎますね」

 マザー・ケートの名前に泥を塗りかけたり、国益を損ねかけたり……。

 多分、ミシェルは自分が知らない世界は、存在しないものと考えているのだろう。ゲームじゃ、教会のコンサートが誰の主催で、どんな人が会場にいるかとか、そんな事は明らかにされていなかったし。



「何故、ちびこを例えに? 辺境伯やチトセではなく?」

「そこですか? アト様もチトセさんも、かわいさとは無縁でしょう?」

 もしかしたら、かわいい一面もあるのかも知れないけども、今はまだ腹黒い一面しか発掘できてない。それも、魅力の内だと言われてしまえば、頷くしかありませんけどもー。



「そういう理由ですか。例えの話なので、誰でも構いませんが。それにしても、的確に対象のコンプレックスを読み取り、そこを上手くついて落とす手腕は、見事としか言いようがありません」

 感心してるインドラさんには悪いけど、見抜いたんじゃなくて、ゲーム知識で事前に知ってたからだ、とは言えないな。必要があれば、チトセさんが説明してくれるだろう、きっと。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 ちびこさんの出番が欲しいですね……

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