知らない世界を知るのは、授業の陰で
さて、と言っていいものか。何とか無事にダンスの授業を終える事が出来た。ダンス中、キアラン達があたしの周りに近づけないよう、配慮してくれた、ベルたちのお蔭である。殺人光線だけは防げなかったが、それは仕方あるまい。
彼女たちには、何かお礼をしなくちゃいけないわ。何がいいかと考えたところで、思い出したのは以前、チャリティーバザーをお手伝いした時に見た、エシャン染めのハンカチ。
王都では珍しい物だから贈り物にはピッタリのような気がする。
男性陣にも、ストールを贈ろうかしら? 最近は、男性でもストールをする人が増えているもの。自分で使わないなら、身内の誰かにあげるでしょ。
問題は、エシャン染めのストールが手に入るかどうかよね。チトセさんが忙しいのは分かっているけど、ツテが彼しかない以上、お願いするしかないわ。
皆へのお礼はそれでいいとして、他にも気になる事がある。
「気を付けなければならないのは、子爵、男爵家の令嬢につける称号は、レディではなく、ミスだという事です。時には、オナラブルという称号を使う事もあります」
今は、授業中なんだけど、ゴメンナサイ、マダム。今は、それどころじゃないんです。
あたしが気になっているのは、ミシェルのチャーリー発言。アト様の時、インドラさんの時、ミシェルは彼の名前を出した事。
さっき、彼女は「まだ会ってない」と言っていたから、チャーリーこと、チトセさんとミシェルの関係は、彼女が彼を一方的に知っているだけのもの。
なのに、アト様とインドラさんの顔を見たミシェルは、2人とチトセさんを結び付けた。
どこで、アト様を知ったのか、という問題もある。
……という事は、だ。考えられるのはアト様とインドラさんも攻略対象だという事。冒険者ギルドでの態度を思うと、もしかしたら三つ子もそうなのかも知れない。
全員、イケメンだし、攻略対象だったとしても不思議はないもの。きっと、あたしが知らないだけで、『ファン・ブル2』とか『ファン・ブル 追加ディスク』が発売されたと考えたら、ヒロインのあの行動も全てしっくりくる。
ミシェルの「大逆ハー」発言は、両方のゲームキャラを全員攻略して、総勢10人の逆ハーを作ってやろう、という魂胆なのだろう。あ、チトセさんを入れたら、11人か。
でも、そんな事、できないんじゃないかなあ。だって、アト様たち5人は、逆ハーメンバーに含まれていない、チャーリーと繋がってるんだよ? 絶対に、ナイでしょ。
だって、チャーリーはとっても悪いオトコなんだもの。
ヒロインの恋心を巧みに利用して、商会の従業員として働かせちゃう、アクニンよ。三つ子だって、アト様だって、チトセさんを敵に回したくはないでしょうよ。絶対ナイナイ、ムリムリ。
とりあえずは、そうね。『ファン・ブル』の話をしたことがある、チトセさんにだけはこの事を耳に入れておきましょう。ぶっちゃけ、2(仮)の攻略情報はあたしの頭の中にないのだから、対策なんて立てられないし。
インドラさん以外は外部の人間だから、ミシェルと接触しないようにすれば、攻略される事もないわね。インドラさんは、あたしの護衛だから、ほぼほぼあたしの側にくっついている。……うん? こんな状態で、どうやって好感度上げるんだろう?
もしかして、くっついて来られたりするの? それは、ヤだなあ。そうなったら、キアランたちもおまけでついてきそうだし。ヤだなあ。
「レディ、授業中なのに考え事ですか?」
「……っ!?」インドラさん?!
突然、後ろから声をかけられて、肩がびくっと震えた。悲鳴をあげなかった、自分を褒めたいと思う。驚いたそのままの状態で、あたしは目玉を右へ左へ、動かした。注目を浴びているんじゃないかと、思ったからなんだけど──
「また、ミスと呼ばれているからと言って、その方が必ずしも子爵・男爵家の令嬢であったり、平民であったりするとは限らない事を覚えておいて下さい」
授業は、何事もなかったかのように続けられる。
「防音と認識阻害の術をかけていますから、注目を浴びる事はございません」
「至れり尽くせりですね」
って言うか、認識阻害、便利すぎて怖い。
「実は、インドラさんに聞きたい事があったんです。さっき、ミシェルがあなたに触ろうとしたとき、逃げましたよね?」
「あれは、あからさま過ぎました。私の失態です。まさかこんな所で会うとは思っておりませんでしたから、対策も怠っていた事もあり、少しばかり焦ってしまいました」
「それは、どういう事ですか?」
隣に立つインドラさんを見上げれば、彼は少し首を傾げて考える素振りを見せ、
「我々の間では『タレント』と呼んでいる能力が知られています。持たない者もいますが、力の強い魔族はほとんどが何らかのタレントを持っています」
初めて聞いた言葉だけど、インドラさんの説明を聞くに、ゲームで言うところのスキルに近い物であると思われた。あ、『ファン・ブル』には、スキルもタレントも出てこないよ。
剣術のような分かりやすいタレントもあれば、空間把握という分かりにくい物まで、色々あるそうだ。インドラさんは、召喚というタレントを持っているそうな。
「ほぼ間違いなく、彼女はタレント持ちでしょう。それも、伝染源という少し面倒で厄介な能力です」
「伝染源?」
何だ、それは。他のゲームでも聞いた事がない能力だ。伝染と言うからには、何かを移す能力なんだろうけども。
「このタレントを持つ者は、自分の感情や意思を外に発信して、徐々に他人の思考を自分のそれに近づけていくのです」
「それって、洗脳みたいなものですか?」
「そうですね。似ていると思います。祖国では、伝染源が見つかった場合、すぐに隔離して能力のコントロールを覚えさせます。コントロールさえできれば、それほど恐ろしい能力ではありませんから」
本当に? コントロールできるからって言われても、怖いものは怖い。インドラさんにそう言えば、効果はレベルによって大きく左右されるのだと教えてくれた。
「伝染源持ちは、皆、能力をコントロールしようと躍起になります。というのも、幼い頃ならともかく、年齢と共にレベルが上がると、周りに自分の分身が現れる可能性が高いですから……親や兄弟が、自分とそっくりになっていくなんて、嫌でしょう?」
「考えただけで鳥肌が立ちますね。あれ? でも……」
彼女よりレベルが低そうな生徒であっても、彼女のような言動を取っている者はいない。
「大変珍しい症例ではありますが、過去の検証において、受信先を指定する事が出来る者がいたそうです。その場合、指定した人物の言動を指導していたとか──」
受信先を指定した場合、言い方は悪いが侵食率のような物が上がるらしく、格上の相手も時間はかかるが、変えてしまえるそうだ。
「それほど恐ろしくないって……嘘でしょう? 今、すごく怖いんですけど」
あくまで実験の結果ですからねえ、とインドラさんはのほほんとしている。
「先ほども申しましたが、伝染源は見つかり次第、隔離して力のコントロールを覚えさせますから。コントロールできるようになれば、役者や歌手などとして活動させています」
あたしたちでも、人に何かを贈ったりして喜んでもらえると嬉しいものだけど、伝染源の場合、その嬉しさがより明確に伝わって来るという。
要するに、伝染源は愛されるアイドルになりやすい、という訳だ。もちろん、その逆もあり得るので、場合によっては封印を視野に入れて、国がサポートしているそうな。
「伝染源が厄介だと言われているのは、本人も含め、感染者が自分の異常に気付きにくいところにあります。結果、周囲の日常が壊れてゆく──という事も少なからずありました」
国が伝染源に芸能活動を勧めるのは、劇場などの建物が日常と非日常の区別を切り替えるスイッチとしての役目をはたしてくれるからだそうだ。
「こういうと、伝染源の能力を持つ者が多くいるように聞こえますが、現在、我々が把握している伝染源は、全部で20人です。彼女が21人目となります」
20人中、8名はご高齢で、能力は封印して、悠々自適な隠居生活中だそうだ。残る12人の内、5名は、訓練を受けた後、自らの意思で封印を選び、一般人として生活。芸能人として活動しているのは、7人だけで、世代も活躍するジャンルもバラバラなのだとか。
「要は伝染源が、自らの能力を自覚してきちんと向き合ってくれさえすれば、大きな問題にはならないのですよ。伝染源の思考がマトモである、という前提の話ですが」
過去、自虐思考の強い伝染源が生まれ、集団自殺が相次いだようなケースもあるので、油断はできないそうだが、それはかなり珍しいケースですからねえ、とインドラさん。
それでも、高位魔族が相手となると、ほとんど感染しないらしい。伝染源が脅威となり得るのは、あくまで対象が下位魔族や人間であった場合、という事なのだそうだ。
「ええと、伝染源がそれほど怖くない、というのはあくまで自覚を持ち、コントロールできている場合の話ですよね? 今回の場合、そのケースには当てはまらないと思うのですが」
ミシェルは無自覚だし、恐らくコントロールもできていない。ヒロイン症候群が大発生していないだけ、マシと言えばましかも知れないが、それでも、である。
「彼女は殿下たちに、自分の理想を押し付けていて、殿下たちはその通りに演じている、という事ですよね? 自覚はしていないけれど」
「そうですね。もう1つ重要なのは、彼女の目には、彼ら以外の人間が映っていないという事です。それはそのまま、伝染源の能力によって広められていますから──」
「一般生徒の目にも、他の生徒が映っていない? でも……そんな風には……」
「能力の大半をあの5人に向けているので、他の人間に向けられるものは、大分薄くなっているのでしょう。先ほども感じていた事ですが、周囲に無関心な生徒が多いようです」
特に彼女がいる場所では、とインドラさんは続ける。
「自分が知らない生徒に何かあっても、興味を持たずに素通りする。何か騒ぎがあっても、何があったのかと気にしない。先ほどの授業もそうでした」
「……それで、彼女のいる場所では野次馬の視線が集まりにくいのね。眉をしかめていらっしゃる方もいるようだけれど、それは……?」
「考えられる事は、2つあります。1つは、レベルが同等かそれ以上なので、伝染源の影響を受けていない。もう1つは、渦中に友人、知人がいて無関心を装えないという可能性です」
「なるほど。あ、あの、彼女のタレントが伝染源ではなく、魅了である、という可能性はありませんか?」
「彼女のタレントが魅了なら、もっとひどい事になっているでしょう。あれにかかると、常に側にいる事を望み、寝食すら忘れがちになりますから」
みるみる内に痩せていき、倒れてしまうのだそうだ。それでも、まだ魅了の主を追い求めるというのだから、伝染源よりもヤバい。
魅了よりは効果の低い誘惑、というタレントもあるそうだが、これは、ターゲットを指定しにくいものなのだとか。
「なので、彼女のタレントが誘惑であるのなら、夏の夜の外にあるランプのようになっているはずです」
誘蛾灯に虫が群がるように、という事ですね。分かります。
「──と、いう事は結局、どうすれば良いのかしら?」
対策を立てられる気がしないんですが。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
伝染源、ご存知の方、いらっしゃいますかね?




