ダリアのヒートアップは、スミレの横で
何て言うか、ね。
ベルはミシェルを小猿呼ばわりしていたけど、それは外見が似ているという訳ではなくて、雰囲気が似てるから、という理由が大きい。と、思う。
ほら、小猿っていつもキーキー言って、騒いでるイメージがない? あたしは、そう。しょっちゅう歯をむいて、キーキー言ってるようなイメージを持っている。それと、お母さんとべったりくっついてる姿。移動するお母さんの背中やお腹にはりついて、きょろきょろと周りを見てるあれ。かわいいんだけどね。
ミシェルの外見は、典型的なカワイイ系の美少女って感じ。身長はほぼ平均。胸はちょっと寂しいようだけど、それだって幼さの象徴(?)だと思えば、納得。
亜麻色のふわふわっとした髪はツインテール。大きな目はライトブラウンで、いつも少し潤んでいる。ふっくらとした唇は、プルンと桜色。
こんなコに、見上げられたりしたら、ころっといってしまっても仕方ないと思う。
いや、思っていたけど……今はちょっと無理かも。
華奢だった体は、見る影もなく──どう見ても、格闘技系のアスリート。柔道とかレスリングとか、そういう雰囲気。あれ、絶対に腕を曲げたら力こぶできるわよ。
なので、猿の中で筋肉ムキっとしてる種類って言うと、すぐに思い浮かぶのはゴリラよね。戦闘力高いし。オランウータンは、戦うイメージないし、マントヒヒとかマンドリルは……外見が個性的すぎるしね。
ただ、真面目に返答すると、ゴリラとミシェルは、似ても似つかない。主に内面の意味で。
ゴリラって、実際は、穏やかな性格をしているものね。あのコ、花畑オーナーズ以外の生徒への態度は、威嚇と挑発しかない雰囲気。
なので、あたしは彼女に似ている動物として、イタチを推したい。もしくは、マングース。
共通点(?)は、可愛げな外見とは裏腹に、凶暴なのが特徴。それって、貴族の令嬢が持つ雰囲気として、どうなの? って思うけど。マッスル系ボディを手に入れた今、イタチって言われても、ピンとこないけどね。イメージできる動物が思いつかないわ。
「ねえ、率直に伺うわ。殿方は、アレを可愛らしいと思われて?」
「まさか」
ずばっと答えたのは、ベルのエスコートをする、ミスター・ハリー・ノートン。伯爵家の御三男で、ミスター・リードとそのお友達の中では、一番身分の高い方である。
「彼女が編入してきた当初こそ、夢を見ていましたが、今はもう過去形ですよ」
彼は、昔の自分を自嘲するかのような言い方をする。
他の3人も、1年前までは、自分たちと同じ平民だったはずなのに、と口を揃えて頷き、
「彼女にとっては、我々は、存在していない人間らしくて……」
呆れた様子で、肩をすくめたのだ。
「まあ……! そんなご様子で、姫騎士として採用されますの?」
男爵令嬢のミス・アリッサ・ダントンが首を傾げる。副音声で、採用されませんよね? という反語が聞こえた気がするわ。
彼女の疑問に答えたのは、ミスター・リード。彼は、
「選考基準には、達していませんね」さらっと言う。
マジで!? えっと、だって、ダリウスルートだと、揃って騎士団に採用されました、っていう終わり方があるんですけどー? あれは、ゲームだけなの? 女性騎士イコール姫騎士のはず……? あれ? もしかして違うの?
「実力が伴っていれば、選考基準も多少の融通が利くのでは? 基準はあくまでも目安のようなものだから、必ずしもそれを満たしていなくても良いと聞いたことがあります」
つっと眼鏡の縁を持ち上げる、ミス・クレメル。
「それはおっしゃる通りですが、姫騎士に限っては、実力以上に外見が重視される役職です。一部の近衛もそうですが、揃えた時の見栄えが問題でして──」
ちょっと言いにくそうに答えてくれたけど、世の中にはそういう職業もありますからね。
何でも世間では、女性騎士イコール姫騎士と思われているようだけど、それは間違いなんだとか。
姫騎士と言うのは、主に後宮に配備される、護衛騎士の事で、麗人という言葉が相応しい人ばかりだ。あまり大きな声では言えないが、この役職にある女性の一番の仕事は、式典などの飾りになる事であって、護衛面での働きはほとんど期待されていないそうな。
と、いう事は、ダリウスルートの騎士仕官は、姫騎士とは限らないって訳か。なるほど。
「……確かに姫騎士のお姉さま方の中にあれを並べたら、見栄えが悪くなるわね」
歯に衣着せる、って事を知らない、ずばっとした物言いですね、ベルさん。
でも、言いたい事は分かる。姫騎士の皆さんは、女性ながら全員背が高くて、そうね……宝塚歌劇団の男役のような方ばっかりだもの。
血統書付きの犬や猫の中に、イタチを並べりゃ、浮くに決まっている。
「それにしても、ダリウスやマーローがついていて、あれはないよな。それとも、アイツ等は、ああいう筋肉質な女が好みだったのか?」
「もしくは、アドバイスしようとしても聞き入れられなかったか、のどちらかだろうな。彼女、人の話を聞かないみたいだし」
どういう事? 男性陣のひそひそ話に首を傾げれば、彼らは「野郎だけが分かる話ですみません」と眉尻を下げた。いえいえ、ドキッ、男だらけの世界にはこちらも興味津々。ぜひ、教えて下さいな。
結論を言ってしまうと、騎士志望の女性は、ある程度のところで、筋肉を鍛える事をやめ、筋肉を維持する方向にトレーニングの内容を変更するのだそうだ。
「一番の理由は、見目の問題です。女性騎士は、下級貴族の娘も少なくありませんから、当然、ドレスを着る機会はある訳です。後、どうしても男と女では、筋肉の量に差があるので、筋肉を鍛えるよりは、法術の身体強化系を鍛えた方が、実力アップに繋がりやすいようです」
もちろん、そこは個人差があるので、強化プランは、師匠や先生と応相談、という事になるそうだ。
…………あ~……ミシェルさん、ゲーム感覚でやってるから、そういった事はあんまり意識していないんじゃないかな。ゲームじゃ、攻撃力が3桁に突入しようが、ヒロインの外見は変化しないもんね。
でも、現実として素でそんな攻撃力を持っていたら、それ相応のマッスルボディになるわよねえ。
つい、生ぬるい視線を彼女に送ってしまう。それは、ベルたちも皆(インドラさん含む)そうだったらしい。
でも、それだけの視線が一か所に向けば、分かる人には分かる。
ミシェルと楽しそうに話をしていたキアランがこちらを振り向き──げ、目が合った。とたん、つり上がる彼の眉尻。キアランは、今にも掴みかかって来そうな勢いで、
「マリエールッッ!」
こちらへやって来る。
ホント、もう……勘弁してほしい。どうして、花畑オーナーズは、いちいちあたしの名前を叫ぶのか。
へいへい、何でしょうか。そんな投げやりな気持ちでいると、キアランの手があたしに向かって、勢いよく伸びて来た。
叩かれる?!
逃げようとしたけど、あたしの右手はミスター・リードの手の中にあって、動けない。──いつ、音楽が始まっても良いように、すぐにファーストステップを踏み出せるよう、待機していたからだ。
ぎゅっと目を瞑って、襲い来る痛みに耐えようとしたら、右手を後ろへ引かれ、頬にはわずかな風があたった。何事?!
「護衛として、これは見過ごせません」
あ、そっか。インドラさん! ぱっと顔を上げれば、彼だけじゃなかった。
インドラさんは、あたしに背を向けてキアランの前に立ち、ミスター・リードは、あたしの顔を庇うように逞しい腕を持ち上げていた。右手を引いたのも、彼だ。後ろに引っ張られたため、体の向きが横向きになり、彼との距離が縮まった事で、キアランの平手が当たりにくくなっている。
「護衛……だと?」
ギリギリと歯ぎしりが聞こえてきそうな雰囲気で、キアランはインドラさんを見ていた。
「マリエールに護衛など、必要ない。帰れ」
「それは、あなたが判断する事ではありませんし、あなたの命令を聞くいわれもございません。私の雇い主は、あなたではないのですから。それに、これを見せられた以上、護衛の必要はあるかと愚考します」
インドラさんがいうこれとは、あたしに向かって飛んできそうになった、キアランの手である。
執事さんは、軽く握っているように見えるのだけど、よくよく見ると、王子様の右腕はプルプル震えていた。
そんな彼を追いかけてきた花畑オーナーズ。もちろん、ミシェルも一緒。何か、嫌な予感がするなと思えば、案の定。彼女は、限界まで目を見開き、
「嘘でしょ!? またなの?! まだチャーリーと会ってないのに、何で……っ!?」
告知を受けたー。うそでしょー!? は、あたしのセリフだわー。
チャーリーって、あのチャーリーよね? アト様の時も、チャーリーの名前が出ていたけど。あ~……そういえば、乙女の野望、大逆ハーとやらを諦めてなかったんでしたっけ。って事は、インドラさんも、ハーレム要員って事?
あたしの疑問への答えはすぐに返って来た。ミシェルは、すぐに顔を取り繕うと、当然という態度で前に進み出て来たのだ。
アナタ、ほんッとぉ~っに、礼儀作法って物を知らないわね。あたしたちはもちろん、キアランたちもぎょっとしている。それには全く気付かず、ミシェルは──おそらくは可愛いく見えると計算して──両手を顎の下で組んで、ちょびっと首を傾げ、
「護衛を頼まれるってことは、経験豊富でとても強いって事ですよね?」
自己紹介じゃなかった? このコ、一体何がしたい……
「いいな、あたしも守ってほしいな」
ナンデストー!? お花畑オーナーズも「ミシェル?!」と色めき立つ。
ちょっと待って。アナタ、ええ?! その発言、意味わかんないんですけど!?
我々の動揺なんて、どこ吹く風とばかりに、ヒロイン様は、
「皆も頼りになるんですけど、あたしたち、まだダンジョン攻略の経験が少なくて。だからっ……アァ、アナタみたいな経験豊富な人が一緒に来てくれると、安心だなって……」
オーナーズを無視して、キアランの腕をつかんだままのインドラさんの手に、自分の手を重ねようとし──失敗。
インドラさんは、逃げるようにキアランの腕を解放したのだ。ミシェルの手は、大きく空振り。
「ぷっ!」
ふき出したのは、インドラさんじゃ、ありません。ベルさんです。インドラさんが何か言うよりも、彼女の反応が早かった。オホホホ、と口元を押さえて、ひとしきり笑うと
「ああ、失礼。あまりにも面白い冗談だったものだから、抑えきれなくて……」
「なっ!?」
ミシェルの顔が、真っ赤に染まる。それは、怒りか、それとも羞恥か。……羞恥はないな。
「だって、あなた、鏡をご覧になって? 守られるより、守る方がお似合いでしてよ?」
ミシェルが反論するより早く、ベルが畳みかける。クスクスという笑い声は、あたし以外の他の人たちのもの。ミスター・リードたちも、声こそ出さないものの笑っていた。
趣味はダンジョン攻略です、って答えても不思議じゃなさそうな雰囲気ですしねえ。
「その逞しい腕は、女のあたくしの目から見ても惚れ惚れいたしますわ。頼りがいがありそうで。オホホホ。ねえ、ミスター・マーロー、あなた、彼女に負けているのではなくて?」
グレッグとは良い勝負ね、というような事を付け加える、ベル。何がって、腕の太さだと思う。
マーローこと、オズワルドは物理が弱くて、育て方によってはヒロインの物理力の方が彼を上回る。それが、目に見える形であらわれたようだ。
「……っ! レディ・イザベル! それは、あまりにも失礼な物言いじゃないか!?」
「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ。ねえ、殿下。あたくし、マナーをご存知ない非常識な方たちばかりで、大変不愉快なのですけれど? あたくし、紳士としか関わらないよう、両親からそれは何度もしつこく言い聞かせられておりますの。ねえ、殿下。あなたは紳士でしたかしら?」
ベルさん、ベルさん。視線がブリザードですよ。霜が降りそうですよ、体が震えそうです。
「ぐっ……」
社交界は、基本的に女性上位の世界である。今、あたしがいるこの集団において、一番身分が高いのは、ベルだ。つまり、キアランがあたしに話しかけようと思ったら、まずはベルの許可を貰わなくてはいけない。もちろん、あたしとキアランの関係を知っている彼女は、基本、彼があたしに話しかけるのを許さない、なんて事にはならない。
それを無視して、いきなりあたしに突っかかって来たのだから、不愉快だと言われても仕方がない。
ミシェルも同じようなもので、インドラさんはあたしの護衛なのだから、彼と話をしようと思ったなら、あたしの許可がいる。それを無視したのだから、失礼な話だし、まして彼女は男爵令嬢でこっちは侯爵令嬢。喧嘩を売っていると取られても不思議ではないのだ。
当然、ミシェルもこちらに話しかけるには、ベルの許可がいる。女性優先という社会通念上の理由ではなく、身分という理由からだ。
面倒くさいと言ってしまえば、それまでだけど、この国は身分社会なのである。
今までは、学生だからと、なあなあで済まされていた事も、そろそろきちんと区別をしましょう、という雰囲気になってくるものだ。
ベルの目力に、男5人が押され負けている。ミシェルも睨んでいるみたいだけど、残念。相手にされていない。ベルの視界には、キアランと愚兄が中心となって、おさまっているようだ。
え? あたし? 完全に蚊帳の外ですが、何か?
どうしたものかとオロオロしている間に、音楽が鳴り始めた。
ダンスの講師が「さあ、練習を始めましょう」と口を開く。
助かった、と思ったのは、きっとあたしだけじゃないはずだ。
ダリアの存在感、ハンパないわあ。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
今回はインドラさんだけでなく、マリエもほぼ空気。ホント、ダリアの存在感、パねえっす。