世情の把握は朝の時間で 2
寮内はもちろん、学園内においても、あたしに護衛が付いたと聞いて、皆、同情的なのは何故だろう? 何でアイツだけ、みたいな視線がもっとグサグサ刺さると思っていたのに、それがないのが、不思議でしょうがない。
「どうかしましたか? レディ」
「え~と……特例が認められた事に対する反発と言うか、妬み? そういうのが全くないなと思って……」
「ああ、なるほど。………………貴方に護衛がついても不思議ではない、と思われているのでは?」
少しの間があってから出て来たインドラさんの回答が、あたしの脳みそに届くまで少し時間が必要だった。しばらく経って、ようやく意味が理解できたあたしの感想は、マジか! ええ?! そんな風に思われるような事ってあったっけ? である。
心当たりは全くない。なので、困った時は、誰かに聞いてみて、相談してみるべし。下手の考え休むに似たりってね。よし、そうしよう。──と、いう訳で
「あたくしのところに来たのね、マリィ」
「頼ってばかりでごめんなさい」
教室に鞄を置いて、ベルの所へ押しかけたのである。
ベルは、呆れたように眉を持ち上げつつも「仕方ないわねえ」とコロコロ笑ってくれた。ベルってば、優しい!
「生徒はもちろん、講師もあなたには同情的よ、マリィ。あなたが恐ろしい目に遭ったのは、夏季休暇中なのでしょう? それから今まで、あなたの婚約者も、兄君も何をしていたの?」
「…………」
すぐには答えられず、目が泳いでしまう。恐る恐るベルの顔を伺えば、ね? 当然の反応でしょう? と雄弁に物語っていた。
「女性を気遣えない男なんて、最低よ。まして相手が、婚約者や妹だとしたら、なおさらよ。バカ男共だけでもあなたに同情的な人間は多いのに、あの小猿の存在がさらに拍車をかけているわね」
そうでしょう? とベルが視線を向けたのは、眼鏡をかけた頭の良さそうな令嬢であった。
「イザベル様のおっしゃる通りですわ。あの方、何かある度に、シオン侯爵令嬢の存在をほのめかしていらっしゃるんです! でも、安心なさってくださいませね。誰も信じておりませんから」
誰も、という部分は話半分に聞くとしても、あたしを一方的に糾弾する空気ではないようで、安心する。
「当然よ。小猿の言葉を理解できるのはバカ息子共だけでしてよ? キーキーわめいたところで、相手にする者は誰もいないわ。なのに周りは皆、自分の味方だと思っているようなの」
おほほほ。ちゃんちゃら可笑しくてよ、と笑うベル。公爵令嬢が「共」なんて、言葉を使ったのに、ちょっと驚いたけど。うん、それだけで、あなたが花畑オーナーズを下に見ているのが、よく分かるわ。
それにしても、ゲームでは、ダンジョン攻略のパーティに誘える高スペックモブだったベルだけど……悪役令嬢としても十分活躍できそうだ。
「小猿が言うには、後ろから押された。足を引っかけられて転ばされた。悪口を言われた。私物を隠された、壊された。それから、ええと……制服を汚された、頭から水をかけられた、なんて言うのもあったかしら。全部、あなたか、あなたの取り巻きの仕業らしいのよね?」
「ええ。探偵クラブの調査では、不可能だと明らかにされていますけどね」
「……ねえ、ベル。わたしに取り巻きなんていたかしら?」
「勝手に暴走する、はた迷惑極まりない自称ファンもいてよ」
あたしにいるのか、そんな人が。ますます首を傾げれば、ベルとそのお友達は笑って、
「あの人たちは放っておけば、勝手に自滅していってくれるから、嫌がらせなんてする気にならない、という意見が殆どだそうよ」
わっはい。確かに、下手な嫌がらせをするよりも、あの人たちが自分で堀った穴の方が、大きいわよね。だったら、リスクを冒して嫌がらせなんてしないで、放置している方が楽でいいに決まってる。
「分かったら、そろそろ教室にお戻りなさいな。次は合同のダンス授業よね? 楽しみにしているわ」
「わたしも。それじゃあ、後でね、ベル。皆さまも」
「ええ、後で」
「ごきげんよう」
ベルたちにお別れを言って、あたしは自分の教室に向かう。
「レディ、今のお嬢様はどちらのご令嬢ですか?」
「えっ? ああ、レディ・イザベルはハーグリーヴス公爵令嬢よ。社交界では、ダリアの君と呼ばれていて、とても人気のある方なの」
「辺境伯とチトセから、レディの味方だと聞いておりましたが、あの方でしたか」
やっば、インドラさんの事、すっかり忘れてた! すいません、って思わず謝れば、認識阻害をかけているから、当然ですよ、と彼は笑った。ベルも、彼に気付いていないそうだ。
「認識阻害って、コワイですね……」
「何をおっしゃいます。護衛対象に気にかけられているようでは、護衛者としての力量が足りていない事になります」
インドラさんは、くすくすと笑っている。
「昔は、あの方にずいぶんダメ出しされたものです。それはそれとして、素早い情報共有も、護衛には必要かと存じますので、機会がございましたら、ぜひ、ご紹介ください」
「そうですね。分かりました」
のほほんと侯爵令嬢をしているあたしと違って、ベルは意識の高い公爵令嬢だから、色々と知っているでしょうし。特に、社交界関係の情報は彼女が一番強いはずだ。
う~ん、さっきといい、ベルにはお世話になりっぱなしね。いつかチャンスがあれば、ベルに何かプレゼントをしなくては。そう言えば、もうすぐハルデュスの祝祭ね。この日に、何か贈るとしましょう。
ああ、それから贈る訳ではないけれど、そろそろ意味深広告についても具体的に話し合わなくてはいけないわね。インドラさん経由でチトセさんに連絡を取って、会議をした方が良いかもしれないわ。
教室に戻ってからも「心中お察しします」というような声をたくさんいただいた。女子からだけではなく、男子からも。中には
「こんな物で、ご気分が晴れるとは思えませんが、ぜひ受け取って下さいませんか」
と、小さなブーケをくれる人まで!
「まあ! 可愛らしいブーケね。ありがとう、嬉しいわ。大事に飾らせていただくわね」
真っ赤な顔でしどろもどろになりながら差し出してくれた、ミスター・リード。
騎士志望だから、って事はないのだろうけど、結構がっしりしていて、筋肉質。背も高いし、身体も大きくて分厚い。そんな人が、真っ赤な顔してブーケを差し出してくれるなんて! しかも、スミレの色に合わせた、淡い紫色の……萌える! 萌えるわ。
少し離れたところで、彼を見守るように数人の生徒が立っていますけど? あれは野次馬かしら?
「あ……その……これはアイツ等とも話し合って用意した物で……その……」
「皆さん、仲がよろしいのですね。お友達にもお礼を言っておいてくださるかしら?」
「も、もちろんですっ」
大きな体を精いっぱい縮こまらせて、恥ずかし気にしている様子が、かわいすぎ。よく見ると、お顔立ちはワンコ系ですね、ミスター・リード。……アイリッシュ・ウルフハウンドに似ているような気がするわ。同意を求める相手がいないのが、ちょっと残念。
机の上に飾っておきたいのは山々だけれど、さすがに授業のじゃまになる。しぶしぶ、鞄の中にしまうものの、隙間からお花が見えるようにするくらいは、許してほしい。
あ、そうそう。インドラさんが、時間停止と術をかけてくれたので、ブーケのお花は、放課後まで元気でいてくれるそうですよ。インドラさん、グッジョブ!
ショートホームルームで、改めて担任の講師から、あたしの護衛について説明があった。あたしからも、迷惑をかけて申し訳ない、と謝っておく。
次は、合同のダンス授業だ。インドラさんも、ダンスホールの隅っこで見学するそうな。
この合同ダンス授業は、最終学年生全員が参加する。卒業パーティーに向けての、雰囲気慣れのためなのだとか。夏季休暇後は、カリキュラムが変わると知っていたけれど、慣れるまでが大変だ。
教室から更衣室へ移動し、動きやすい服に着替えて、クラスメイトたちとダンスホールへ向かう。
護衛はいらっしゃるから大丈夫だとは思いますけど、念のためですと、女子生徒たちがあたしにくっついてくれたのだ。ありがたいわ~。これからも何かとお世話になりそうな気がするし、こちらもお礼を考えた方が良いかもしれないわね。
ダンスホールには、あたしたちよりも早く来ていたクラスがあって、その中にベルの姿もあった。
あたしは、クラスメイトに断って、彼女のところへ向かう事にする。公爵令嬢の所なら、安心です、いってらっしゃいませ、とクラスメイトたちは快く送り出してくれた。すみませんね、気を使っていただいて。
ベルは、先ほど教室でも少し話をさせてもらった女子生徒、3人と一緒に楽しそうに話をしている。会話を中断させたくはなしし、さて、何て話しかけようかなと思っていたら、
「マリィ。あなたのクラス、遅かったのね」
向こうから話しかけて来てくれた。ありがとう、ベル。
おまけに、そのフリだとインドラさんも紹介しやすくて助かるわ。この流れにのって、あたしは彼女にインドラさんを紹介した。ベルと一緒にいたお友達も、教室ではご挨拶できなかったからと、紹介してもらう。男爵令嬢と国政に携わる文官の娘さん、それに公爵家に仕える騎士の娘さんなのだそうだ。
よろしくお願いしますわね、という挨拶もそこそこに、
「ところで、スミレのレディーはパートナーをどなたにお願いなさるおつもりですか?」
興味津々という顔で、聞かれてしまった。一応、婚約者がいる身ではあるけれど、アレだからね。ミシェルと出会ってから、あたしのパートナーをつとめる回数は徐々に減っていき、今や全くと言って良いほど、踊ってくれませんからね。
聞いて来た男爵令嬢は、文官の娘さんに「こらっ」ってたしなめられていたけど、あたしは苦笑いで「いいのよ」って答えるだけ。
「今日は、ミスター・リードにお願いしようかと思っていますわ」
「ミスター・リード? 覚えがないわね、どんな方?」
「わたしと同じクラスで、騎士志望だと、どこかで伺った覚えがあるわ。背も高くて、身体もがっしりとしていらして──ああ、あちらにいらっしゃる方がそうよ」
首を傾げたベルに、ミスター・リードを目線で教えてあげる。
彼もお友達といるようで、体育会系の匂いを漂わせながら、楽しそうに雑談をしていた。
文官の娘さん、ミス・クレメルは情報通のようで、ミスター・リードは騎士志望の生徒の中でも、トップクラスに入る実力者で~、と色々教えてくれる。彼のお友達も、騎士団への入団はほぼ確実で、期待の新人だと言われているそうな。
どうして彼を? と首を傾げるベルに、さっきブーケを貰った事を話す。すると、彼女はにっこり笑い、
「それは素敵ね。だったら、こちらも5人、あちらも5人。今日は、あの方たちにエスコートをお願いする事にしましょう。パートナーの交代も、あたくしたちの間で、ね」
あなたたちの将来のお相手候補として、お知り合いになるのも悪くないでしょう? とベルが笑う。ご令嬢たちは、キャァと嬉しそうな悲鳴を上げた。
話はまとまったので、5人でミスター・リードとそのお友達のところへ向かった。この中で、直接面識があるのはあたしなので、あたしから彼に声をかける。
「シオン侯爵令嬢?! あ、あの……何か?」
「そんなに緊張なさらないで。実は、今日のエスコートをお願いしたくて、参りましたの」
「えっ?! お、俺にっ、ですか」
「ええ。先ほど頂いたお花のお礼、と申し上げるのは少々図々しかも知れませんけれど」
「そ、そんな! とんでもないです。その……光栄です」
恐縮するミスター・リードは、やっぱりなんかカワイイ。照れる男の人って、カワイイよね。ホント。他の方々も、頬を赤らめちゃって、カワイイ。男の人の反応で口元が緩んでしまうのなんて、どれくらいぶりかしら。
本日のパートナーも決まったし、授業が始まるのを待つだけになったその時、
「……何てこと。小猿がゴリラに進化しているわ……」
ベルの言葉に、何言ってんの? そんな事ある訳ないと思ったのだけど……。
確かに、あれは体格の小さなゴリラ、と言えなくもないと思ってしまった訳で……。
何を目指してるんだ、ミシェル!?
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
インドラさんのステルス性能にビックリです(笑)
年内の更新は、これが最後になりますね。年始は……なるべく更新できるよう、がんばりたいと思いますが、正直ワカリマセン。年末年始? 仕事デスガナニカ? むしろ、1年有数の忙しい時期デスヨ?
そんな理由です。
ではでは、皆さま、良いお年を。