世情の把握は朝の時間で 1
この世界のとんでもない秘密を明かされたにも関わらず、知的好奇心がウズウズするような、視界がぱぁっと開けるような高揚感も、全くありませんでした、マリエです。
おはようございます。
昨日がどんな一日か、一言で言うなら、あたしのナニかがゴリゴリ削られていった日、としか言いようがない。これはあれよね。アト様、絶対あたしを道連れにしようとしてたわよね。
でも、思わず恨みがましく隣を見てしまうあたしへ、隠れオネエは、何か文句ある? と雰囲気で威嚇。これがまた、おっかないのよ。
さらに、
「商会に入ってから、知らされるよりは何倍も良いはずだが?」
おっしゃる通りでゴザイマス。
「バドさんを前に、こんな話をされて、平然としていられる自信があるか?」
「アリマセン」がくがくぶるぶる。おっしゃる通りでゴザイマスよ!
でも、そのイーイ笑顔が腹立たしいっ。黒いわよ、アト様。でも、辺境伯なんだから、あれくらい、当然と言えば当然かも。
でもねっ……何よりも、その黒さにときめく、しびれる、憧れるっ……!
くそぅ、オネエのくせにっ。惚れてまうやろー。
まあ、冗談はこれくらいにして、言われてみればその通りなのよね。
改めて、「実は……」と切り出された時、素直に信じられるかどうか、って言われると怪しいし。心の準備をさせてほしかったと思うけども、じゃあ、準備ってどうしたらいいの? っていう気持ちもある。
そんな訳で、ここは諦めるしかない訳だ。
とはいえ、諦めたからってデトックスできる訳もなく、結果として、フラッフラですわ。疲労困憊ですよ。
癒しパワーがちびちゃんだけじゃ、足りません。他にも何かありませんか、って聞いたら、チトセさんがこちらもまたイイ笑顔で
「ないね」即答でした。できるオトコは、いう事が違います。涙。
「ちびこも疲労の原因になりかねない事を忘れない方がいいぞ、マリエ」
「……ソウデシタネ……」
巨大な蛇をかば焼きにしてほしい、とお持ち帰りするような幼児様でしたね。ちびちゃんは。
幼児様は、「しょんなこちょないじょー!」とご立腹でしたけども。でも、そんな姿すら、可愛いのだ。ホント、かわいいは正義だわ~。つい、頭を撫でてしまったけど、仕方ないわよね。
ただ、チトセさんは、そんな幼児様をもまるっと無視して、
「アトさん、仲間が出来てよかったね」
「…………」
アト様は、あからさまに視線をそらせていましたよ。
その通りなんだけど、あたしの事を思うと、同意するのもためらわれる訳ですね、アト様。
「ちーちゃ、なにいっちぇゆの! おねえちゃは、じゅっとまえかや、おなかまでしょ!」
「ありがとうゴザイマス」
嬉しいけど、これだけの情報が開示された今、何だか素直に喜べないあたしがいるわ。
チトセさんは「そうだったねえ」と肩をすくめ、ちびちゃんに頭を下げていた。
「おっと、そうだ。もう1つ。学園と侯爵家にもインドラがマリエさんの護衛として側に付く事を報告してあるから。もしかしたら、生徒に何か言われるかもしれないけど、学園の許可は取ってますって言っていいからね」
「侯爵家の方は、教会が紹介してくれた護衛を雇っているという体裁にするという事で落ち着いている。シオン侯爵もその辺の決断は早いようだな」
気弱で恐妻家ではあるけれども、やる時はやるって事なんでしょうか。でなきゃ、外交官なんてやってられませんよねえ……多分。
さて、疲労困憊の一日でしたけども、今日は今日で、大変ですよ。
朝起きて、食堂へ向かえば「大変な目に遭われたとお伺いしましたわ。その後、お加減はいかがですか?」と心配される。
朝食を取っていると「護衛を付けなくてはならないなんて……心中、お察しいたしますわ」と同情される。
護衛の件は、昨日のうちに寮生へ通達されていたからこその現象だろうと思われる。うん、ほっといてほしいんですけどね。護衛って言っても、インドラさんだもの。あたしの認識としては、リッテ商会の研修を兼ねて、護衛をしてくれる人っていう感じ。──間違っているとは、思うけども! でも、そう思うんだから、仕方ない。
通学準備を整えて、寮のロビーへ行けば、インドラさんが待ってくれていた。てっきり、お嬢様方が興味津々で群がっていると思っていたのだけれど、そんな事にはなっていなかった。
全体を見渡せる位置に、昨日と同じ執事スタイルだった彼は、あたしに気が付くと、
「おはようございます、レディ」
近づいて来て、微笑みと共に会釈してくれる。イケメンの笑顔は、眼福ですね。
あたしも「おはようございます」と挨拶をし、よろしくお願いしますと頭を下げる。
学園から寮までは、歩いて15分ほど。けれど、お貴族様に徒歩通学という概念はない。馬車で通うのだ。あ、寮生全員が馬車という訳ではないわよ。馬車通学は、有料なので利用する人間は限られている。
玄関のすぐ脇に車溜まりがあって、身分が高い人間の馬車ほど手前に停まっている。4人乗りではあるけれど、専用馬車なので、乗り込むのは基本1人だ。
だから、この馬車に自分以外の誰か、それも男性と一緒に乗るなんて、何だか変な気分がする。
女子寮から乗っている訳だし、余計にそう思うのかも知れない。それにしても、だ。
「事前に知らせてあるとはいえ、全然、騒がれませんでしたね。ロビーは大騒ぎになっているとばかり思っていたんですけど」
「ああ、それはそうですよ。認識阻害の術をかけていましたから」
さらっと言うなし。…………にしても、魔族って……
「息をするように法術を使われるんですね」
「使えるものは、使いますよ。こちらに来て驚いたのは、術の拙さですね。正直、辺境伯の馬車も無防備すぎて、本当にこれを使っているのかと、何度も確認したくらいです」
今でも信じられません、とインドラさん。
「──と、おっしゃいますと?」
「あちらで一般的に走っている馬車は、生きている馬を必要としません。魔力、こちらでは法力と言っていましたか……それを燃料に動きます」
速度もかなり出るので、耐久性とかそういう物をアップさせるため、一種の法具のような物になるそうだ。う~ん……自動車みたいな物かしらね。
「生きている馬を使うのは、一部の富裕層に限られます。人気があるのはユニコーンやバイコーンですね。もちろん、ペガサスも根強い人気がありますよ」
当然、こちらも馬車そのものに、法術を組み込んであるのだそうだ。
「という事は、インドラさんの目から見ると、こちらの馬車はずいぶん遅れていると」
「これで完成品なのかと、目を疑いましたよ」
その通りだと、彼は頷く。
「あまりにも目に余るので、こういう細工が得意な部下を召喚して、手を入れてもらいました。これで、御者を含め、少々の攻撃にはびくともしなくなりましたよ」
「少々?」って、どれくらい? って言うか、今、さらっと部下を召喚したって言わなかった? 部下がいる事に驚けばいいのか、召喚した事に驚けばいいのか。もしかして、魔族なら異世界からの召喚について、もっと詳しい資料を持っているのかも知れない。
それはともかくとして、あたしの疑問に対する、インドラさんの答えは、
「1ブロックが吹き飛ぶくらいの攻撃を受けても、無傷でいられますよ」
ぶっ!? ちょ……、それ、どんな攻撃?! 御者も含めてって……無茶苦茶すぎるでしょ。
「そんなとんでもない攻撃、どこの誰が仕掛けてくるんですか」
というより、そんな攻撃ができる人、どこにいるんだ。
そりゃあ、ゲーム内なら隕石を降らしたり、大渦を作り出したり、竜巻を発生させたり、なんて法術があったけれども、現実としてそれらの法術は、あり得ないものとなっている。
法術が使えなくても、この目と耳でちゃんと調べたんだから、間違いない。
「ああ、人間には少々難しいかも知れませんが、我々になら可能です。魔族の街となるとかなり厳しくなりますが、この街であれば十分可能です」
オッソロシイな、魔族! そりゃ、アト様の対応も慎重になる訳ですね。
うん? という事は、隕石落下などの法術は人間には無理だけど、魔族には可能という事? よく分からないわ。まあ、いいか。
さて、何のトラブルもなく、馬車は無事に学園へ到着。馬車から下りて──ちゃんとインドラさんがエスコートしてくれたわ──教室へ向かう。
この間も、護衛が付く事について「怖い思いをなさったのですね」「きっと、今だけの我慢ですわ」と、皆さん、同情的な意見を持ってあたしに接してくれる。
ありがたいんだけれど、何だかちょっぴり拍子抜け。
「拍子抜けですか?」
「オズワルドの態度を思えば、大げさだとか生意気だとか、そんな風に言う人間がいても不思議ではないと思ったのだけど……」
全員があたしを心配し、同情してくれる。そんな事はあり得ない。反発する人間は、必ずいるはずなのだ。
「そうですね。ですが、周囲の人間が護衛の必要性を感じているとしたら──?」
「……ええと……そんなにあたしは、危なっかしいと言いますか、心配されて……?」
「少なくとも辺境伯とチトセから聞く限りでは」
影の護衛ではなく、表の護衛が必要だと思う、とインドラさん。それも、お花畑オーナーズに対抗できるような人材であれば、なおよし、と付け加えられた。
「その心は?」
「貴方がた程度の男なんて、探せばいるのだから、つけ上がるのもほどほどにしておけよ、というところでしょうか」
インドラさん、今、鼻で笑いましたね。
でも、言われてみればその通りって思うあたしもいます。
お前が言うなよ、って言われても仕方ないと思うけど、キアランたちって所詮は「若造」なのよね。
アト様やインドラさん、チトセさん、ランスロット殿下も含めて、彼らの大人の魅力には、まだ太刀打ちできないと思うの。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
インドラさんのキャラが、今だつかみかねる……