世界の謎解きは、馬車の中で 2
妖精さんというのはあくまでプレイヤー間でのあだ名で、本人が名乗っている訳ではない。彼は、自分の事は旅人だとしか言わず、名前を言わないのだ。
理由は不明。自由を失いたくないんだ、と言うのが彼の言い分。
ハイ、2重の意味で、ワケがワカリマセン。
インドラさんは、名乗ってるのにねえ。聞いてみたいけど、聞けない。
だって、その話は、誰に聞いたんだって、って突っ込まれたら、全部話さなくっちゃいけなくなってしまうもの。実はゲームで見たんです、なんて言える訳がない。
いつか、機会があればいいんだけど。
さて、この妖精さんだけれども、彼がいるのはタロス迷宮というダンジョン。王都周辺にある5つのダンジョンの内の1つで、いわゆる隠しダンジョンと呼ばれる類のもの。
このダンジョンは、誰が1人を攻略してからでないと、登場しない。しかも、登場するだけで、入れるとは限らないのだ。
それに、攻略は中々厳しい。
地下100階まであるし、ボタンを押したり、レバーを入れ替えたりなどのギミック付きで攻略が面倒臭い。おまけにセーブは、10階ごとにしかできないし。
プレイヤー時代から、思っていたのだけれども、乙女ゲームのくせに、何でこんなやり込み要素をぶっ込んだのか。乙女ゲーム要素と育成ロールプレイング要素を入れ替えて、ゲームを作ればよかったのに。
そっちの方が絶対、面白かったと思う。おっと、脱線。
問題の妖精さんは、この、攻略がやや面倒なタロス迷宮のギミックについて、攻略のヒントや仕掛け場所などを、アイテムと引き換えに教えてくれる良い人(?)なのである。
おまけにちょっとボケボケしてて、妖精さんを見つけただけで、何だか嬉しくなってしまう。1度アイテムを上げると、しばらくはアイテムを欲しがらず、かわりに迷宮内での失敗談や、他の冒険者の話なんかをしてくれる。
「その方、髪の色は、くすんだ金髪で、目の色は明るい黄緑色だったりします?」
「っ!? 弟を、シャクラをご存知なんですか!?」
おおう、やっぱりか。インドラさんと、顔立ちとか似てるもの。雰囲気は違うけど。こっちは、仕事できる系エキゾチック美人。あっちは、ほんわか系天然エキゾチック美人。
「おねえちゃ、いっちゃのおちょーちょ、しってゆの!?」
「知っていると言うか、もしかしてって、思うだけなんだけど、タロス迷宮でたまに会う人が、そういう……?」
きちんと答える事ができずに、あたしは語尾をごまかした。名前の件もそうだけど、彼を知っている理由の説明についても、ここで話すことはできない。チトセさんを見習って、長くなるから省略、である。
「ダンジョン!? ダンジョンにいるのですか、あの馬鹿はっ?! 方向音痴のくせに、なんていうところに……っ!」
そうか。どうりで妖精さんとの遭遇はランダムだった訳だ。たまに、右向いて、左向いたら、もういない、なんてこともあったしね。
「方向音痴だから、迷い込んで出られなくなった、っていう可能性もあるよねえ」
さもありなん。
妖精さんが要求するアイテムは、食糧系か回復系のアイテムという謎も今解けた。そうか、モンスターの攻撃を受けて弱ってる時もあれば、空腹で弱ってる時もあったのか。
あ、食糧系のアイテムって言うのは、ゲーム内のコマンドに調理なるものがあり、これを使用すると、料理が作れる。この料理を食べると、一時的にステータスをアップしてくれたり、状態異常への耐性を付加してくれたりするのだ。
それにしても、やり込み要素はできるだけ詰め込みたい、っていう制作側の執念が見える気がする要素よね。
「迷宮のどこに、と聞かれると、わたしも困るんですが……」
確実に会えるスポットは1つだけ。妖精さん、何とタロス迷宮のラスボスだったりするのだ。
という訳で、100階のボス部屋なら、確実に遭遇できる。──けど、それじゃあ、だめよねえ。
何故なら、ラスボスとして登場した妖精さんは、三つ目の金色ジャッカルという姿で、完全に理性をなくしているからだ。
倒すと元の姿に戻り、迷宮から出てもう一度家族に会いたかった、と遺言を残して逝ってしまう。
助ける術はないのかと、試行錯誤した日々が懐かしい。ドロップする雷帝の珠──最強武器作成のための素材になる──なんぞ、いらん! 何とか助ける方法はって、頑張ったのよ。
……結局、見つけられなかったけどね!
「しかし、ダンジョンにいるんじゃあ、ちょっと迎えに、っていう訳にはいかないな」
どうしたものかと、チトセさんが難しい顔をすれば、アト様も
「タロス迷宮だと、最低でもCランクじゃないと中に入る許可が出ないな」
やっぱり、そこはゲームと同じ設定か。
2週目に現れるタロス迷宮は、冒険者ランクがCじゃないと、入れないのである。
ダンジョン攻略に力を入れず、本編だけを追いかけていると、1週目は大体Dランクで終わってしまい、潜りたくても「条件を満たしていないから、ダメだ」と門前払いを食らうのだ。
多分、実力的にはCランクなんてとっくに超えているのだろうけれども、物事には順序という物がある。インドラさんが冒険者登録をしても、迷宮に潜れるようになるまで、それなりに時間がかかると思う。ランクは、いきなり上がるものじゃないのよ、本当は。
三つ子の時に使った推薦状と賄賂(笑)による、ランクアップは、イレギュラーなもの。だから、反感をかう恐れもある。って事は、そう何度も使うべきじゃないって、すぐに導き出される答えだ。
となると、インドラさんが妖精さんを迎えに行くのは難しそうである。
何かいい方法はないものかと、首を傾げたその時、ちびちゃんが手をあげた。
「あい! シュジュメーズにおむかえいっちぇもやえば、いーちょおもうにょ!」
「あ、それだ!」
確かに。それは、いいアイディアだ。
「ダンジョンなんだし、小遣い稼ぎがてら、インドラの弟も探してもらう。スズメーズには、インドラの知り合いだって分ってもらえるような物を持たせておけばいいかな? そういうの、ある?」
「……そうですね、アミュレットを作って渡しましょう。その……恥ずかしい話、私はアミュレット作りが下手でして、あまり作らない事をシャクラは知っていますから……」
作れる事を知っている人も少ないので、友好的な関係にあるか、頼まれ事をしているのでは、と察してくれるはずだとインドラさん。
できる系と思いきや、不器用な一面もあるのか。うん、ちょっと安心。ほら、完璧な人って、何だか疲れる気がしない? 自分も同じレベルを求められるような気がするし。
うん? チトセさん? チトセさんは、完璧って感じはしないわね。いや、何でもできる人なのは分かっているけど、彼ってば、できるけど、できるならやらずにいたい、って雰囲気だから。
同じレベルを求められないって、ステキだと思うの。
「よち。じゃあ、しょーゆーこちょで、シュジュメーズに、がんばってもやおう!」
「はい。そうですね。……私も頑張って、アミュレットを早急に作ります」
よっぽど苦手なのねえ。インドラさん、死んだ魚みたいな目になってますよ。弟さんを助けるためにも、三つ子とのトラブルを避けるためにも、頑張って下さいな。
「じゃあ、これで、インドラの問題はとりあえず保留だね。えっと……他に何か言っとかなきゃいけない事ってあるかな?」
というか、そろそろデコの目、しまえば? とチトセさん。インドラさんは、そうですねと頷き、体内へ収納。……収納で良いのよね?
後で聞いた話なんだけど、額の目には瞼がないので、まばたきができず、ドライアイになりやすく、まつ毛もないのでゴミが入りやすいんだとか。
何のネタだ、それは。
インドラさんは笑ってたけど、笑っていいのか、その話。魔族あるあるってヤツ? 笑えない。
「あい! いっちゃは、もう、おめめだしちゃ、めーなんだかやね! みんな、びっくりしゅゆかや。びっくりさせちゃ、めーなにょ!」
「俺が言いたいのはそういう事じゃなくてね……」
ちびこさん、と苦笑いのチトセさん。インドラさんは「分かっていますよ」とほのぼの笑う。
ああ、可愛いなあ、ちびちゃん。思わず頭をぐりぐり撫でたら、ちびちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。癒される……。
脱線してしまったけれど、チトセさんが言いたかった事をちゃんと理解していたのは、やっぱりアト様で、
「──そう……だな。インドラの設定は、ヴァラコ共和国の出身で、入信したのもあちら、という事になっている。共和国内の素性は、祖父が用意してくれているから大丈夫だ」
「……っ?!」
他国の人まで巻き込んでたーぁっ?!
どんどん話が大きくなっていく……。アト様のおじい様、お手を煩わせてしまって、申し訳ございません。機会がありましたら、お礼を言わせていただきます。共和国の方向を拝まなくちゃいけないかも。
それとは別に、今度のお休みの日、教会へ行ってお祈りしようね、マリエール・ヴィオラ。
これ以上、話が大きくなりませんように、ってっ! かなり、切実よ、切実!
「ああ、そうだった。インドラは、ウチとの取引に来たバドさんに付いて来て、俺の話を聞いて、それならって、長期滞在と引き換えにマリエさんの護衛を引き受ける事にした、と」
「信者なのですから、花十字を持つ貴方の護衛を受けても、不審には思われないでしょう」
「言わなくても分かっていると思うが、彼が魔族だという事は内密に。魔族の存在は、上層部では知られている事だが、一般には公表されていない事だ」
「分かりました。勿論です」
「陛下は、深魔の森を攻略後、西へ勢力を伸ばす事も視野にいれておられるようだが──」
ここで言葉を切ったアト様は、言葉の先を鼻で笑って済ませてしまった。
「むりむり。おーとのこにょえへーは、なんじゃくだった」
ちびちゃんが鼻の頭に皺を寄せて、顔の前で手を振っている。
まさか、ちびちゃんの口から、軟弱なんて、言葉が出てくるとは思わなかったわ。
思わず「軟弱なの?」と聞き返せば「ちびこの基準がおかしいんだ」とアト様。もっと言えば、ルドラッシュ村自体がおかしいのだそうだ。どういう意味かと首を傾げるあたしへ、
「あの村の資源はどこにあると思われますか? 食材はもちろん、その他の物もですが」
にっこり笑う、インドラさん。
「え? どこにって…………あ……」
今の「あ」には、絶対濁点がついていたと思うの。まさか、と伺うように出題者のエキゾチック美人を見れば、含みがありそうなアルカイックスマイル。
「その通り。深魔の森です」
タロス迷宮より、ハードル高そうですもんねえ、と思っていたら、
「もちろん、人により差はありますが、あの方のお話によれば、ごくごく一般的な主婦であっても、Cランク上位の実力はあるそうですよ」
まてぇいっ!
ど・ん・な・主婦だ。
それ、主婦って言わない! だって、Cランク上位って、そこらの下手な冒険者より強いって事でしょ!? 今話題に出てたタロス迷宮、潜れるじゃないよ?!
「あの村の基準で言うと、森への半日コースは、アタックじゃないからね。スズメーズなんか、10歳くらいになったら、自分たちだけで半日コース行って、帰って来てたからね」
どんな村なんだ、ルドラッシュ村! え? あたし、そこで暮らしていけるの?
「あちょね~え、バドしゃんがよくあしょびきちぇくえゆの! いっちょに、おやちゅたべゆんだよ!」
魔王が遊びに来る村……なるほど。そりゃ、色々おかしくなるわッッ!
「あの方は、ルドラッシュ村ののんびりした空気をことのほか気に入っておられるご様子。他の魔王も最低でも1年に1回は、訪問なさっておいでとか」
その結果──
「な~んかアトさんが、人間代表みたいになっちゃって」
テヘ、と言わんばかりの口調ですが、チトセさん。アト様、頭抱えて唸ってますよ!?
どうしてこうなった?! って、全身で訴えてますけど?!
「もしかして、今まで王家と疎遠にしていて、王都へ出て来なかったのは……」
「……魔族との交渉……というほどではないが、付き合い方については、模索していた」
そりゃあ……、言っちゃあ悪いですけども、王家なんて、相手してる場合じゃないですね。
相手は何たって、魔王様ですもの。……アト様、お疲れ様です。
そして、それにあたしを巻き込もうとしていらっしゃるんですね。分かります。
毒を食らわば皿まで、ってヤツですよね、きっと。ええ、分かりたくないけれど、分かります。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
仲間が出来たし(笑) ガンバレ、アトさん




