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世界の謎解きは、馬車の中で 1

 ハンナとカーラは、人形のような状態のまま、侯爵家の馬車に乗り込み、帰って行った。

 あたしは、アト様にエスコートされて、辺境伯家の馬車に乗る。もちろん、チトセさんとインドラさんも一緒だ。ちびちゃんは、ぷーぷー、寝息を立てて幸せそうに眠っている。



「風邪でも引いて、鼻が詰まってるような寝息でしょ? でも、これが素なんだよ。ちびこさんは、無敵だから、病気知らずなんだよねえ」

 ちびちゃんを膝の上に座らせ、チトセさんが笑う。インドラさんも、面白そうに笑いながら、ちびちゃんのぷくぷくほっぺをつついた。

 うむ、と少し身じろぎをしたものの、ちびちゃんは熟睡中。



 かわいいわあ、癒されるわあ。表情筋が緩むのも当然よねえ。

 アト様は会話に加わらず、外にいる御者へ指示を出していた。話が終わるまでは、この近くを適当に走っているように、という物である。あたしの座席からは、御者の姿は見えなかったけれど「かしこまりました」という返事は聞こえた。

 ややあって、馬車が動き出す。



「さて……どこから、話そうかな……えっと、アトさんはどこまで話したの?」

「表の時系列にそって、ひとまず事件解決したところまで」

「了解。それじゃあ、その後の話ね。事件の背景と黒幕をはっきりさせた後で、今回の件をマムに報告した訳。報・連・相は、大事だからね」

 あたしは頷いた。教会側の協力者なのだし、情報共有は必要な事なのだと思う。ランスロット殿下にも、思い描いている将来像とかあるはずだし。



 そんなあたしの小さな疑問を見抜いたのか、アト様は

「事件の原因が原因だから、君からユーデクスを外す事になった。信用できなくなったからな。とは言え、侯爵家はアテにできないし、かといって私から護衛を出す事もできない」

 なるほど。あたしに関わっていて、なおかつ護衛を出せそうなところとなると、限られてきますものねえ。



 一応、申しておきますが、我が家にも騎士はおりますよ? ただ、彼らがいるのは、領地の方。王都へ同行しているのは、義父の護衛役だけ。必要最低限の人員なので、減らせないだろう、というのが皆さんの一致した見解だそう。

 領地から派遣してもらえばいいのでは? と思ったのだが、実力的に不安すぎる、とチトセさん。お城の近衛兵と似たり寄ったりのレベルだろうから、とてもとても……と肩をすくめた。



 うん? 近衛兵は、とても強いという話なんですが、看板に偽りありですか? 近衛兵の実力に不安を感じるチトセさんがおかしいのか、不安を感じさせる近衛兵がおかしいのか……前者のような気がしてならないわ。チトセさんの普通って、普通じゃないような気がするもの。

「頼りになんないってのが、一番の理由だけど、日常での警戒レベルじゃ、王家から騎士を派遣させる訳にもいかないしね。んで、消去法で残ったのが、教会ってワケ」

 考えてみれば、消去法で教会が残る事もスゴイわよね。



 ただ、今回の誘拐事件を公表する事はできないので、表向きは、花十字の保持者であるあたしに害意を持つ者がいるようなので、護衛を出す事にしたと説明するようだ。

「誘拐事件は、スズメーズのお蔭で未遂。犯人は、この害意を持つ者から依頼を受けてやった、という事にする。嘘じゃないし、犯人側の組織も協力してくれるから、問題なし。大っぴらに公表はしないけど、聞かれれば答えていいよ。実は、怖い目に遭ったんだってね」



 組織のボス、トワイライトさんは、マリエールに多少ではあるが、恩義を感じてくれているらしい。

 と言うのも、彼の部下にはスラム出身の者も少なくなく、孤児院や施療院の無料診療、支援センターでの炊き出しなどに世話になった人は結構いるのだとか。

 本人が世話になっていなくても、友達が~とか、親が~、なんていう繋がりがあったり。



 マリエールは、慈善活動をライフワークの1つにしていたから、トワイライトさんたちにしてみれば、マリエールに害を加えるなんて、恩知らずな真似はできないそうなのだ。

 ありがとう! マリエール・ヴィオラ! 情けは人の為ならずって言うけど、本当なのね。自重していた慈善活動も、信頼できる方の物であれば、また参加させてもらうべきだと実感したわ。



「それで、その護衛役として抜擢されたのが、さっきの彼なんだけど……マムから話を聞かされる前と後じゃ、笑っちゃうくらい態度が違ってたね」

「レディーの名前が出たとたん、明らかに意気消沈していましたね。命令を受けた時も、そのような戯言を真に受けられたのですか、と噛みついていましたし」

 面白そうに笑ってますけど、笑い事じゃないですよね、インドラさん。



 しかし、戯言って酷くない? 結果的に質の悪い悪戯程度の被害だったけど、どこか狂っていたら、とんでもない事になっていたに違いないのだ。

 オズワルドめ。あの前髪、おでこ全開の位置で、パッツンと切ってやろうかしら。

 やめる気満々のあたしが言える事じゃないけど、こちとら、王子サマの婚約者サマなんだぞ! もうちょっと、重要性ってモンを理解したまえ! それほど、意識していない、あたしが言う事じゃないけども!



 あたしの不穏な気配に気づいたのか、ちびちゃんが弾かれるように、起きてしまった。

 ごめんなさいね。起こしちゃって。

 きょろきょろと周りを見たちびちゃんは、無言でチトセさんの膝の上から、あたしとアト様の間に移動。チトセさんから、これで顔を拭きなさいと、タオルを貰っていた。



「学園内での護衛は彼に任せて、行き帰りなんかの護衛として指名されたのが、俺。頼られてるのは嬉しいけど、でも、さすがにねえ……。俺、冒険者じゃなくて、商売人よ?」

 ようやく出店場所が決定し、これから内装や人員など、開店に向けて決めなくてはいけない事が山積みになっているのに、あたしの護衛なんてしていられない、という訳である。

 それは、そうだ。そこで思いついたのが、人材派遣。その派遣元が、バドさんこと、

「ウィリアム・ファイネスト・バートン・ニニブ。私の主です」

 聞いた事のない名前である。



 どういう素性の人なのか尋ねると、リッテ商会の取引先の人なのだそうだ。取引にいたった経緯については、長くなるからという理由で省略される。

「マムに報告して、護衛の指名を受けたものの、ムリだって断って。でも、護衛をなしにするのは怖いから、ちょっと検討してみる事にして持ち帰ったんだよね」



「わたちがやってもいーよ、ちぇ、ゆっちゃのに」

 ぶぅとちびちゃんが、タオルを持つ手を揺らし、不満そうにほっぺたを膨らませた。

 実力的には心配ないのかも知れませんが、さすがに幼児を護衛として雇うのは、外聞が悪いです。

 無茶言わないでよ、とチトセさんが笑う。



 三つ子は、お小遣い稼ぎにダンジョン攻略を頑張っているので、それを中断させるのは忍びないので、こちらもパス。

「で、今までの事を会長に報告してたら、たまたまそこにバドさんが遊びに来ててさ、そういう事なら、ウチに適任が1人いるから、派遣してもいいよ、って言ってくれてね」

 いやあ、大助かりだよ、とチトセさん。



「そうして、派遣されて来たのがインドラさん?」

「ええ、その通りです。こちらへ参ったのが3日前の事です」

 な~んか、時系列がおかしくない?

 あたしが誘拐事件に遭ったのは、半月前の話。会長がいらっしゃるのは、本部だろうし、本部は当然、ルドラッシュ村で……そんなに素早く書簡のやり取りができるもの?

 何より、チトセさんの口調だと、書簡でやり取りした訳じゃなさそうだし。一体、どうなっているんだろう?



 あ、ユーデクスがあたしの護衛から解任された後しばらくは、リッテ商会から影の護衛を出してくれていたそうです。こちらを継続させるのは、商会の人員の関係で不可なのだとか。

 あたしの時間経過に対する疑問を察してくれたのか、アト様が

「実は、別宅と本宅、ルドラッシュ村には転移陣が敷いてあるんだ」

「は? 転移陣って──」

 とんでもない金食い虫だって、聞いた事がありますけど……そんな物を3つも?



 目がテンになっているあたしへ、得意げに口角を持ち上げて笑うチトセさん。

「我がリッテ商会の実力を舐めてもらっちゃ、困るって事だよね」

 ちびちゃんまでもが「がんばったのだー」と誇らしげ。その一方で、アト様が唸りたいのを我慢しているような雰囲気で、頭を抱えている。



 ハイ、皆で呪文。チトセさんたちのやる事なんだから、何でもアリに決まってるワー。



 スルーするのが、オトナの対応! きっと、超法規的なナニかで、3つもの転移陣を設置できたに違いない。アト様としても、便利なのは分かっているから、強く反対はできなかったんだろう。




「ええと、それで、インドラさんが派遣される事になったのには、理由があるんですか?」

「ええ。実はかねてより、東側へ来たいと思っていたのです」

 にこり笑った、インドラさん。こちらもつられて笑いそうになったのだけれども……



メリョ。



 っな!? インドラさんの額が割れたーッ! と思ったら、何か目玉があるー!

 縦長の、葉っぱみたいな形をした、目玉―! 普通の目と同じ、黄水晶色だけど……っ。

 偽物じゃないよ! ぎょろっ、て動いたよ! ええええ!?



「あ! こりゃ! いっちゃ、おめめみしぇちゃ、めーっていわりぇてたでしょ! め!」

 ちびちゃん、ちびちゃん、これはダメとか、ダメじゃないとか、そういうレベルの話じゃないと思うんですけど!? 

「ア、アト様……? これは一体、どういう……?」

「バドさんの紹介という事は、ほぼ間違いなく、彼は魔族だ」

「は?! え!? 魔族って、あの……?!」

 ゲームの設定では、確かにいる事になっていましたけどもー?! 



「ええっ!? あ、えぇ!? いや、いるらしいという噂は聞いて……ええっ!?」

 え? ちょっと待って。魔族を紹介できる、そのバドさんって、何者? あたしの声にならない疑問を察してくれたのか、アト様は頭が痛いとばかりに額を押さえつつ、

「バドさんは、7人いる魔王の1人……らしい」

 魔王キターーーっ!?



 いやいや、キターーーっ!? ではなく、ちょ……待って、ちょ……つ、ついて行けない。

 ちびちゃん、唇を尖らせて、インドラさんに「めーっていわえたことを、なんでしゅゆの!」なんて、説教してる場合じゃないと思うんですが……あの……頭の中を整理したいんで、少々お時間をいただけませんかね?

 どこからか、チーンというお鈴の音が聞こえたような気がした。





 何とか再起動して、インドラさんの話を聞く。どこまで、冷静に聞けるか、今から心配ですけどもー。

「これが、貴方がたの知る地図だと思います」

 インドラさんが言いながら、手のひらを上にしてみせると、その上に映像が浮かぶ。

 こんな法術、聞いた事がないのだけれども……ここはスルー(2回目)で対応しましょう。



 浮かび上がった映像は、世界地図だ。と言っても、描かれているのは、大陸が1つだけ。

 海の向こうの世界は、まだ未発見であり、新大陸発見に野望を燃やす冒険者もいるのだとか。

 さて、大陸の中央には、東西を分断する背骨のようなスネィバクボ山脈が描かれている。



 山脈の東側が、あたしたちの住んでいるところで、詳しく描かれているのだが、西側はかなり適当。と、言うより、完全な手抜き。なんせ、「?」が書かれて、それで終わりになっているのだから。この書き方から分かる通り、西側は未知の世界なのである。



 スネィバクボ山脈を越えて、西へ行ったという人はほとんどいない。伝え聞く話は、全ておとぎ話や伝説レベル。

 山脈の向こうはなく、ただ深淵が広がるのみである、なんて書いてある地理書もあるくらいだ。ちなみに、あたしは断崖絶壁になっていて、海があるんだと思っていた。



「私ども魔族は、この『?』の部分で暮らしています。北側のルートは開発されておりませんが、南側のルートは開発されていて、こちらへ来る魔族もおります。少数派ですが」

 知りとぅなかった……。マジですか。マジでしょうね。インドラさんっていう、証拠があるんですもん。アト様が、唸る訳だわ。あたしも、唸りたい。



 今の今まで、すっかり忘れていたけれども、ゲーム設定でも、魔族は存在しているってなってたわね。

 噂の1つも聞かなかったんだから、忘れててもしょうがないわよねっ。と、思っていたら、山脈の西側に魔族が暮らしている事は、どこの国の上層部でも把握している事なのだそうだ。

 知らなかった!



「あの方が私を派遣して下さったのは、何年も前に、東へ行くと言って出て行った、双子の弟の行方を調べたいと、かねてより奏上していたからだと思います」

 ん~? ちょっと待って。双子って事はぁ、その弟さんも魔族な訳で、額に目があって、褐色の肌で……? あれ? どこかで見たような……気がする……キャラ設定……?



「もしかしたら、マリエさんが何か知ってるんじゃないかな~、なんて思ってるんだけど」

「何故、マリエが知っていると?」

 眉間に皺を寄せるアト様。チトセさんは飄々とした顔で「花十字の関係かな?」とごまかして答えている。



「ええと……性格をお聞きしても? お顔はそっくりなんでしょうか?」

「人懐こく、好奇心旺盛。旅好きなのに、方向音痴という困った男でして──顔は似ていますが、髪や目の色は違いますね」

 分かった。多分、妖精さんの事だ。そうか、妖精さん、魔族だったのか。ゲーム設定では、そこまで明らかになっていなかったものねえ。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 共和国よりもぶっ飛んでいた、インドラさんの出身地。

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