蒼白モノの現状把握は、彼からの報告で 1
先週、レビューを書いていただきました。嬉しくて、嬉しくて、表情筋が緩みっぱなし。遅ればせながら、お礼申し上げます。
追記 『お腹の探り合いはモーニングティーの席で 1』を1部改定しておりますが、内容に大きな変更はございません。
あわあわしているあたしを、アト様は面白そうに見ている。口元に手をあてながら、喉の奥を震わせて笑ってて……ああ、もう! 絵になるな、コンチクショウ!
「からかわないでください……」
「からかっている訳ではないが……」
笑いをかみ殺していたアト様の表情が、一変して、いぶかし気な物に変わった。
あたしが、どうかしましたか、と口に出す暇もなく、彼は後ろを見る。あたしもつられて振り返り、アト様を見上げれば、その眉間には、大きな皺。
ハンナも似たような顔で後ろを見、「誰か、来ますね」と一言。
え? 分かるの? アト様も振り返ったって事は、同じ意見って事よね? 何で、そんな事が分かるの? 足音も声も聞こえてないのに。
本当に、誰か来るの? って、2人を疑いの目で見ていたら、
「こっちだ。君も」
アト様が鍵を差し込んで、美術室のドアを開けた。
あっるぇ~? 何で、アト様が美術室の鍵を持ってんの? 不思議に思っている暇もあればこそ、手を引っ張られて、美術室の中へ。ハンナも、ささっと素早く美術室へイン。
さっ、とドアが閉められれば、ギャラリーは無人に。
「何でも持っておくものだし、習っておくものだな」
何が役に立つか分からない。アト様は、肩をすくめて小さく笑う。
「ええと?」
「気配遮断と防音の法術をかけたから、こちらの存在が気付かれる事はないはずだ。無詠唱なんて必要ないと思っていたんだが──使えるようになると、重宝する」
「恐れながら、辺境伯という地位にあっても、そのような物の出番があるのですか?」
「私自身、意外で驚いている」
首を傾げるあたしと違って、ハンナは理解が早かったらしい。遠慮がちに尋ねる彼女へ、アト様は、苦笑いだ。
「あの、美術室の鍵をお持ちだったのですか?」
「ん? あぁ……これは、黙っていて欲しいのだが……その……チトセから万能鍵を貰って……な」
アト様、アト様、目が泳いでますよ。っていうか、万能鍵って……なんて物を持っていて、でもって、それを人にあげちゃうんですか、チトセさん!?
いや、アト様なら悪用したりはしないと思いますけど?! でも、そういう問題じゃないでしょう!?
「私には必要ない。チトセが持っているべきだと言ったのだが──」
彼は、イイ笑顔で言ったそうです。
『俺には物理力という強い味方がいるから、大丈夫。あ、もちろん、普通に鍵開けもできるよ? ま、法術がかかってると、難しいんだけど』
はい。意味が分かりません。
そしてちびちゃんも、これまたイイ笑顔で、
『わたちもできゆよ! だかや、いやないんだじょ。えっへん』
……できる訳ないでしょ、ちびちゃん。いや、でも……できるのかしら? う~ん……。できても、おかしくないような、おかしいような……。そもそも、万能鍵なんて法具(よね?)が、ある事自体、不思議なんだけど。ゲームに、そんなアイテムあったかしら?
美術室のドアの陰で、問題だらけのようなのに、どこが問題なのか分からず、1人でこっそり唸っていると、
「ウソ?! もう、いないの!?」
わっはー。ミシェルさんだったんですか。
わざわざ、追いかけて来たんですか……あの流れで。──ゴクロウサマです。
何か、こう、今までの疲労が一気にどーっと──このまま溶けて、あたしは、スライムニナリタイ。
美術室に隠れる事を選択したって事は、追いかけて来たのがヒロイン様だって、分かったって事ですか、アト様。ハンナもだけど。表情も険しかったし。
2人とも、ヒロイン様レーダーでも搭載してたりするのかしら?
「何をしに来たんだ? あの非常識の塊は」
「違う次元の住民なので、何とも──」
ハンナさん、容赦ないですね。
あの女、背中にボタンがついていて、中に何か別のモノが詰まっているに違いありませんわっ、って……言いたい放題ですね。そして、同意するんですか、アト様。
……中の人がいるっていう意味では、あたしも似たようなものですけども。
「もうっ! 何で、マリエールなんかを連れていっちゃうわけぇっ!? あそこは、お目当てのあたしを連れていくトコロでしょ?!」
なんでやねん。
アト様、お目当てって言われてますけど、どうなんですか? うん、ないみたい。
畑で収穫した二股大根がしゃべった、みたいな顔してますよ、アト様。自分で言ってて、よく分からないけど。
ハンナさん、乙女が人前で人差し指を耳の穴に突っ込まない。気持ちは分かるけど。乙女としては、失格だと思うのよ、うん。
ミシェルは、他にも小声で何か、独り言を言っているけど、これは良く聞こえなかった。
かろうじて、聞こえたのは、チャーリーっていう単語。
チャーリーって、チトセさんの事だから、まだ出会いイベントを諦めていないんだろうか?
彼とは、夏季休暇までに出会わないと、以降は全く出て来なくて、攻略不可能になるんだけど。つまり、夏季休暇が終了した今、チャーリーは攻略できなくなったって事なんだけど──
「ううん、諦めるのはまだ早いわ。あたしはヒロイン。あたしが正義! なせばなる! 乙女の野望、夢の大逆ハー、やってやるんだからっ!」
は? えぇ? ちょ……夢の大逆ハーって、ナニ?
とりあえず、ミシェルもゲーム知識を持っている事は、ほぼ間違いなさそうだけど。
大?大って、何ぞや? あたしが首を傾げている横で、アト様も
「……大逆ハーをやる、とはどういう意味だ?」
「大の意味は分かりかねますが、後宮の事をハーレムと呼ぶところがあるそうで──」
それの反対。つまり、1人の女性に対して複数の男性が好意を寄せて、ちやほやしてくれる事、あるいはその状態の事を言うのだと、彼に説明する。
その間、まともにお顔を見る事ができませんでしたけども。だって……ねえ? ミシェルのあの口ぶりと行動から、アト様もハーレムの一員として、ロックオンしてます、って丸わかりだもの。
いたたまれない。
ちらっと彼の表情を伺えば、喋った二股大根がワルツまで踊り出しやがったか、というような顔になっていた。どんな顔だというツッコミは、受け付けませんのであしからず。
「…………あれの事は忘れよう。それより、さっきの話の続きだな」
大きなため息をついたアト様は、一番近い席の椅子を引き、あたしに座るよう促した。立ち話をする気力を根こそぎ持っていかれたんですね。分かります。
ハンナにも席を勧めてくれたのには、ちょっと驚いた。アト様、優しい。
それで、ええとさっきの話と言いますと、エルンスト暴走事件の話ですね。
「結論から言おう。あの従者をそそのかし、あの出来損ないの法具を渡したのは、キアラン王子付きのユーデクス一族だったそうだ」
「は?! え……それって……」
まさに、青天の霹靂。二股大根が集団で、サンバカーニバルを始めたと聞いたような気分だわ。ショックという表現以外、言葉が思いつかなかった。
だって、命じられた事しかしない、ユーデクス一族のありようを思えば、そうするように仕向けたのはキアランという事になる。
どういう命令を出したのかは分からないが、彼はあたしが傷ついても構わないと思っている、という事。
好かれてはいないと思っていたけれど、そこまで嫌われているとは思ってもみなかった。
「レディ・マリエール。大丈夫だ、落ち着いて。キアラン王子は、何も命じてはいない。あれは、馬鹿な子ほどかわいいというが──実行したユーデクスの独断だったそうだ」
「ちょっと待って下さい。独断だったとしても、ですよ!?」
「その通り。これはユーデクス一族のありようそのものに、波紋を及ぼすだろう。もちろん、それだけでは済むような問題ではないが」
……と、いう事は、である。
「あの……もしかして、生徒会室で和やかに談笑なんて、言語道断だったりします?」
さーっと血の気が引いていく。せっかく、せっかく、やればできると見直したのに。見直していたのに……実はそうじゃなかったりするの!? そぉ~っとアト様の顔色を伺えば、
「あちらこちらの関係に大きなヒビを入れてくれたよ、彼は」
笑顔が真っ黒です。
あたしも同罪のような気がして、心理的に、がふっと吐血していたわ。
「彼は、自分の回りに興味がなさすぎるし、負うべき責任についても、無関心すぎる。主がそうだから、部下もそうなる。君が誘拐されたと社交界に広まれば、どれだけの痛手になるのか、全く理解していないのだから、呆れを通り越して──国に恨みでもあるのかと、疑いたくなる」
ええと……すみません、アト様。あたしもよく分かりません。無知で申し訳ありませんが、ご教授いただけますかと、吐血した気分のまま、彼に訴える。
アト様には「さっきも言ったが、君は本当に自己評価が低い」とため息をつかれました。
「妙齢の女性が誘拐されると、どこの世界でもそうだが、下世話な話、純潔を疑う者が出てくる。保護されるまでの時間が経てば経つほどに。事実がどうあれ、この疑いを完全に払拭するのは難しい事は、想像できるだろう?」
「はい」あたしが頷けば、
「それは、未婚の女性にとって大きな傷になりますわね」
隣でハンナが、深刻な顔で呟いた。その独り言は、あたしの心臓を凍らせる。
だって、よ?
「そういう声が上がれば、君が殿下の婚約者には相応しくない、という意見も出てくるだろう。行動を起こしたユーデクスの狙いは、まさにこれだった訳だ」
ひぃぃぃぃ! キアランの婚約者には相応しくない、という意見は大歓迎だけれども、周りへの影響がハンパないでしょ!
だって、だって、忘れてませんか!? あたしにも、護衛としてユーデクス一族が付いているはずなのよ!? 今の今まで、すっかり忘れていた、あたしがいう事じゃないけども! そういう事ですよね、と青い顔で訴えれば、
「ランスロット殿下も、それで荒れに荒れた。ユーデクスと言えば、実態不明ながら、国内外に名高いこの国の影の一族だ。その一族が護衛としてついていながら、君の誘拐を防げなかったというのは──大きな醜聞になる」
デ、デスヨネー。
でも、それだけじゃないですよねー?
「誘拐事件発生時、側にいた冒険者は、王族2人と公・候家、辺境伯家の当主が書いた推薦状持ちの上、マザー・ケートとの繋がりもある者たちだ。その者たちが側にいて防げなかったという事は──おそらく、わざと誘拐させた事は伏せられるだろう──推薦状を書いた、こちらの信用もがた落ちだ」
「信頼関係、がったがたになりますね」
ガクガクブルブル。
「まだまだ。君が持つその花十字の意味を忘れたか? 教会側は、恐らくユーデクスの護衛があるから、君に護衛を付けていなかった。ユーデクスが護衛についているのなら、安心だという信頼があったからだ。当然、それも壊れる。というより、壊れた」
ひぃぃぃぃぃっっっ……! 身が、身が、細るっ!
「君の護衛についていたユーデクスは、誘拐されるフリをするつもりのようだったから、手出しは控えた。スズメーズの実力なら問題なしと判断した、と言っているようだが──」
アト様は、ここでハッ、と鼻を鳴らし、
「そういう問題ではない事は、理解できるだろう?」
あたしは、こくこくとヘッドバンキング。アト様、黒い。黒いですからッ。
「幸いにして早々に撤収でき、君の評判に傷がつくような事はなかったから良いものの──傷がついていたら……何人の首が飛ぶ事になるやら」
それは、物理的な意味で、ですよね。ガクガクブルブル。
アト様が言いたい、そういう問題とは、彼らの存在感がゼロだったっていう事ですよね!
「君は殿下の婚約者であると同時に、教皇の花十字を持つ乙女だ。君の兄はその事を十二分に理解して、キアラン殿下に報告しなくてはならなかったし、彼は彼で、ユーデクスに君の様子を報告させなくてはならない。君に何かあれば、自身の評価を下げる事はもちろん、教会の機嫌を損ね、他国の信者──主に貴族だが、彼らの信用を下げる事になるのだから、当然の事だ」
あたし自身、そういう意識は全くと言っていいほどないので、何とも言えませんが……。って言うか、他国の貴族まで影響が及びますか。うひぃぃぃ。
「王家、というより、彼への不信感は強まるばかりだな」
ランスロット殿下には正直、同情する。キアランに胃薬を手配しようと思ったけど、彼よりもランスロット殿下の方が深刻だったみたい……。
あたしも、何だか胃のあたりがキリキリしだしたわ……。もう、泣きたい。
誰が相手になるのかは分からないけれど、謝り倒したい気分だわ。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。
やっぱり、残念なままであったという、悲しいオチがついてしまった……彼。不憫。