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ライバルの出番は、レッスンの後で 2

「君にこんな事を言ってもしょうがないと分かってはいるが……」

 逃げるが勝ちとばかりに、食堂を出て生徒会室へ向かう、あたしたち。放課後の事なので、周囲の人影はまばら。それでも、アト様はオネエにならず、辺境伯モードになっている。後ろには、あたしを追いかけて来た、ハンナがいるしね。──未婚の女性が男性と2人きりになるのは、はしたない事とされているからね。何? 前にチトセさんと2人で会ってたじゃないかって? 臨機応変とおっしゃい!



「君と同じ格好をしているという事は、最終学年のはずだな?」

 ええ、その通りです。分かりますよ、アト様。気にしませんから、どうぞ、言ってくださいな。

「……なのに、何なんだ、アレは」

 深々と、それこそ肺の中にたまっている空気を全部吐き出したのでは? っていう位、重苦しくも長いため息が、アト様の口からこぼれた。



「申し訳ございません……」

 いたたまれないわあ。もう、本当、あたしのせいではないのだけれども、ごめんなさいとしか言葉が出て来ない。謝罪を口にしたあたしの口からもため息がこぼれた。

 アト様は、残り半年ほどで学園を卒業する生徒が、礼儀作法の「れ」の字も知らないように見えた、という事にショックを受けているのだと思われる。



「チトセさんから聞いていらっしゃるかとは思いますが、彼女が例の男爵令嬢でして──」

「ああ……あれがそうなのか。報告通り、黙っていれば砂糖菓子でできた人形のようだが、口を開いたとたん、ボロが出るな。連中は、あれのどこに魅力を感じているんだ?」

「その辺は、わたしにも分かりかねます」

 あたしも知りたい。と同時に、知るのが怖い。だって、ゲームプレイヤーの立場としては、ヒロインの言動に疑問を思わなかったんだもの。何か、おかしくね? とは思ったけれど。



「ああ、そうでした。余計な事かも知れませんが、ルーベンス辺境伯にお耳に入れておきたい事がございますの。実は、どこで知り合ったのかは分かりませんが、彼女、カーンたちの名前を口にしたんです」

「何っ……だと!? ダメだ、ダメだ。絶対にあれに近づくのは許さない。分かった。三つ子には、ギルドとダンジョンへは、学園の授業が行われている間にしか行かないよう、きつく言い聞かせておく。あんなのに、回りをうろちょろされるなんて、冗談じゃない」

 アト様の、ミシェルへの第一印象は、最悪だったようである。



「カーンたち、ダンジョンへ行っているのですか?」

「欲しい物が出来たらしくて、今は購入資金の貯金に励んでいる。別に王都で買い求めなくても、ラダンスにもある物ばかりなんだが……ここで買わなくても、とは言えなくてね」

 ふふっと面白そうに笑う、アト様。せっかくのやる気に水を差すような真似は、保護者としてしたくないですよねえ。ちなみに、その品物とは、カーンが、剣の手入れ用の砥石。キーンはご存知、万年筆。クーンは、法術がかかった小物袋付の革のベルトなんだとか。



「それは良いとして、どうして三つ子の名前が、あれの口から出てくるのかが分からないな」

「それは、わたしも不思議に思っていたところです。先日の事件の時に、ギルドで鉢合わせしたんですが──あちらには、カーンたちを紹介していないんですよね」

「その話は、聞いている」

 もしかしたら、鉢合わせの後、3人の名前をギルドで調べたのかも知れないな、とアト様。



「一緒にいた女の子の名前までは聞いていなかったが……オーガのような形相で、君を見ていたとか、告知を受けていた、という話もさっきの様子を見れば、納得できる。レディ・マリエール、あれと一体、何の話をしていたんだ?」

「わたしは、会話が成立していたとは思えないのですが──」

 社交って何? という不躾な質問から始まった、やり取りをアト様に話すと、何だそれは、と額に手を当て、またため息をこぼされた。



「ヘラン男爵は、去年爵位を授けられたばかりで、感覚はもちろん、教養においても、貴族としてのものは身に着けておらず、庶民のそれに近いだろう事は簡単に想像できる。おそらくは、娘の感覚もそれほど大きな違いはないのだろうが──」

「庶民感覚であるのなら、理解しているだろう貴族への態度、というものが完全に抜け落ちていますわね」

 今日のお茶会に招待した生徒は全員、庶民だ。ミシェルの感覚は、彼女たちのものと近いはず。



 なのに、1年生にできている事が彼女はできない。それを、恥ずかしいとも思っていないようなのだから──鋼のメンタルだな、と感心するほかなかろう。マダム・ヴァスチィンに言われた事すら、もう頭の中から抜け落ちているのかも知れないし。



「何かが決定的にずれているようだな。チトセに探らせるか?」

「……チトセさんは、商会の副会長ですよね?」

「肩書はな。だが、やらせれば何でも小器用にこなす」

 そう言えば、ランスロット殿下もそんな事を言っていたような気がするな。ホント、チートなんだから。チトセの「チ」は、「チート」の「チ」か。



「ああ、でもピアノを弾かせるのはまずいな。大抵の女性が腰砕けになる、妙な現象が起きるんだ。法術に似た、だが、法術とは違う何か、らしいが──よく分からんらしい」

「パトリシア妃殿下が、ランスロット殿下の提案を却下したのは、そういう理由でしたか」

 どういうことだ? と不思議そうに眉を持ち上げられたので、あたしは朝食会の時、アト様たちとお会いする前に、ランスロット殿下から、チトセさんのピアノであたしが歌うという案は、妃殿下から却下されたと、言っていた事を話した。



「くくっ……そうなったらそうなったで、面白そうではあるが……昼の日中から、老いも若いも、頬を赤く染めてへなへなとその場に座りこまれては朝食会どころではないな」

「その現象か本当かどうか、見てみたいような気もしますが──」

 怖いもの見たさってやつですね。ただ、自分も腰砕けになるかもって思うと、遠慮したいような気もする。あたしの痴態なんて、誰得って感じだし。



「君が耳栓をしてくれると約束してくれるなら、そういう場を用意しても構わないが……」

「アト様?」

 そこまでして、見たいとは思わないんですけど……。彼の名前を呼ぶ小さな声に、何言ってんですかと、二重の意味を乗せてみる。すると彼は、少しだけ身をかがめて、

「頬を赤く染める君の姿を他の男に見せるのは、業腹でね」

「……っ!? なっ……何をっ──?!」

 耳元でぼそっと囁かれ、顔に熱が集まる。



 驚きと恥ずかしさで、彼から離れようとするのだけれども、さりげなくエスコートされていたせいで、逃げられない! 

「ホント、カワイくて、今すぐ食べちゃいたいくらいよ」

 くすっといたずらっぽく笑う、アト様。ここでオネエは、反則でしょ!? 辺境伯としての口調は、冷たさすら感じさせるような男らしいものだから、ギャップがっ……!



「おっと……くくっ……本当に可愛いな、君は」

 腰が砕けて、その場に崩れ落ちそうになったあたしの体を、アト様が支えてくれた。ハンナが「お嬢様!?」と大きな声を出したけれど、彼女を笑ってやり過ごす。

「アト様っ、悪戯が過ぎますわっ」

 抗議したのに、彼は、笑ってスルーとかっ! 憎たらしいっ!



 脇腹でも抓ってやろうかしら。なんて、思っていたら、前方に生徒の一団が登場。意趣返しは、諦めなくてはならないようだ。残念。

 下級生だったので、ごきげんようとこちらから、挨拶をする。女の子ばかりの仲良し集団のようで、彼女たちは、キャァと小さな悲鳴と共に、少し上ずった声で返事をしてくれた。あなたたち、レディがバタバタと走っちゃいけませんよ。



 アト様とのふざけ合いも、あの子たちの登場で幕引きになってしまったようだ。

 生徒会室の前には、キアランの護衛を兼ねた侍従が2人立っている。キアランの在室を確認すれば、いるとのことだったので、ドアをノックして、入室の許可を求めた。

 生徒会室の中には、キアランの他、ヴィクトリアスとグレッグがいるらしい。入室を許可する返事があったので、ドアを開け、中に入る。



「お忙しいところ、恐縮ですが、ルーベンス辺境伯とお会いいたしましたので、ご紹介いたしたく、ご案内させていただきました。少しばかり、お時間を頂けますでしょうか」

「ルーベンス辺境伯だと!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは、生徒会長のデスクについていた、キアランである。彼は、書類仕事をしていたようで、「ちょっと待て」と言い、慌てて机の上を片付け始めた。

 同じように、バタバタと机の上を片付けるのは、ヴィクトリアスとグレッグだ。



「よし、いいぞ」

 兄とグレッグと、男3人でアイコンタクト。お互い頷き合って、ようやく許可が出た。あたしは、アト様にお待たせした事をお詫びし、

「ルーベンス辺境伯、こちらが、キアラン・ウィル・ブラッドレイ殿下ですわ」

 彼を紹介する。



 続いてキアランに、アト様を紹介した。椅子から立ち上がったキアランは、アト様に握手を求め──

「先日は、私の部下に一筆を下さり、ありがとうございました」

 カーン。

 試合のゴングが鳴り響いた模様。

 まずは、アト様から軽いジャブが入る。



「いえ……何をおっしゃいます。あれは、借りを少しでも返したくてした事ですから、礼を言われては、かえってこちらが恐縮してしまいます」

 おっとぉキアラン。一瞬、表情が引きつったものの、何とかこれを交わす。

 受け取り方によっては、イヤミにも聞こえるもの。アト様、相手は箱入りのお坊ちゃまですから、お手柔らかに。



 流れを変えるつもりなのか、キアランは、ヴィクトリアスとグレッグをアト様に紹介した。

 こちらも、初めまして、と表面上はにこやかに、握手が交わされる。

 その流れのまま、来客用にと置かれている応接セットへ、アト様を促す。キアランたちも移動して、試合続行。



 ならば、あたしはラウンドガール……ではなくて、お茶の用意をしますかね。一応、いつでもお茶が飲めるように、生徒会室にはティーセットが準備されているのだ。

 普通の生徒であれば自分で淹れるけれど、キアランたちは隣の部屋に待機している、メイドを呼びつけ、お茶を淹れさせるのが普通。今回は、あたしが淹れるけどね。



 キアランは、ウィロウ・パターンの食器を好んでいるので、生徒会室に用意されたティーセットも、ウィロウ・パターンだ。これは、白地に濃淡のある青色で描かれた、柳の模様と中国風の絵が特徴になっている。異世界のはずなのに、中国風の絵があるのは不思議よね。

 まあ、あたし個人としては、ウィロウ・パターンより、花柄の明るい模様の方が好きなんだけど。


お茶が入るまでの話題は、絵画展で入賞した兄の絵の事だったり、先日行われた、チェス大会で、惜しくも2位になったグレッグの事だったり。

 そんな2人を側に置いているのだから、キアランも鼻が高いでしょう、とか。そんな話だ。

 ヴィクトリアスとグレッグは、恐縮しまくり。キアランは、まんざらではない様子だった。



 全員の分のお茶を淹れ、彼らの前に置く。アト様が「ありがとう」と言ってくれた事には驚かなかったけど、キアランたちまで「すまない」「ありがとう」「いただきます」と言ってくれた事には驚いた。

 恐れ入ります、とにこやかに答えつつも……変な物でも食べたのか?! と思ったあたしは、悪くないと思う。



「このカップは……どちらの窯の──?」

「ああ、これはシェルシエール窯の物で──そういえば、ルーベンス辺境伯は陶磁器のコレクターでしたね? あなたのコレクションは、素晴らしいと耳にしておりますよ」

 キアランー! アンタ、いつの間にそんな情報を仕入れて来ていたのっ?! あたし、知らなかったわ。

 そうなの? そうなんですか?

 男同士の話に、口をはさんだりはしないけれど、アト様の顔を見れば、よくご存知だ、って笑っていらっしゃる。という事は、そうなのね。



「元は、母が父にねだって少しずつ集めていたのですが、それを見ている内に私も集めてみたくなって……我が家に姉が戻って来る度、また増えてると呆れられていますよ」

 へえ、そうなんだ。アト様との話題作りの一環で、陶磁器について勉強してみようかしら。ちょうど、次のお茶会のテーマを食器にした事だし……いいわよね。うん、いいと思うわ。

 ハンナもそう思うわよね? 別に、シタゴコロなんて、何にもないのよ? 本当よ?



ここまで、お読みくださりありがとうございました。


やれば、出来る子なんです。はい。

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