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お説教(?)は成績発表の裏で 2

「最近は、問題を起こす生徒ばかりですわね」

 はあ、やれやれとマダムは、ため息をついた。お疲れ様です。問題の原因と言おうか、素地を知っているだけに、申し訳なさがより一層……マダムの目を正視できません。

 某宇宙人のように、警備の人に連行されて退室していくミシェルを見送ったマダムは、椅子に座り直し、メイドにお茶を淹れなおすよう、指示を出した。



「いえ……何かしら問題を起こす生徒は必ずいましたから──」

「起こす問題が大きすぎる、頻繁すぎる、という違いでしょうか?」

 先ほどの発言は正しくないわね、と頭を振るマダムに、私見を口にしてみた。マダムは、うなずき、

「そうですわね。キアラン殿下やあなたのお兄様も、去年まではそれほどひどくはありませんでしたもの。──あなたへの言動については、少々目に余るものがありましたけれど」

 やっぱり、そう思いますか。



「このような事をお伺いするのもなんですが、マダムは、殿下や兄の言動をどう思われておいででしょうか?」

「忌憚なく申し上げれば、子供ですわね。まだ10代ですから、当然と言えば当然ですが、お2人とも幼稚さが抜けきっていません。最近、何かと話題になっている他の生徒も同じ。貴族の権利を振りかざしているのに、貴族の義務を避けています」

 ここで、マダムはまたため息をついた。ため息をつくと幸せが逃げるなんて言うけれど、ため息ぐらいつかせてもらわなきゃ、やってられないってトコロでもありますよねえ。



「実のところ、そういう傾向にある生徒は決して珍しくないのです。生まれた時から、目の前にある道を歩いていくのが、親の言いなりになるようで、面白くない。庶民は自分で自分の道を決められるのに──必ずしもそうとは限りませんが──どうして自分たちはそれができないのか、とね」

 …………それって、あれですか。専門用語で言う……。あたしの言いたい事が分かったのか、マダムははっきりと頷き、



「俗にいう、反抗期というものですわ」



 反・抗・期っ! 何かもう、がくーっと……一気に力が抜けていく……。

 そうよね、そうだわ、そうですよねー。キアランたちの年齢って、高校生くらいで、それくらいの頃は、反抗期真っただ中だったりしますもんねー。

 親に反抗したり、世間に反発したり、誰もオレの事を分かってくれねえ、なんて拗ねてみたりする時期ですよねー! 思春期ですもんねー! おぅふ……ダメージがデカすぎる……。



「私が考えますに、キアラン殿下の執事殿もあなたも、優秀すぎたのだと思いますわ。あなた方が、あの方の性格を把握して、王族としてやらねばならない最低限の事をさせるべく、行動や思考を誘導し、全てのお膳立てを整えて、最後の仕上げだけをお願いする。今までおんぶに抱っこだった状態が、急におんぶも抱っこももう終わり。これからは、ご自分で歩いて下さいませ、では回る歯車も回りません」

 あ~……それは……ちょっと、耳が痛いな。



「あの方は、あなた方が側にいた時と同じように振る舞っていらっしゃるのだと思いますわ。でも、お膳立てを知らない、したことがない人間にそれを言いつけたところで、どうしようもございませんでしょう?」

「そう……ですね。おっしゃる通りですわ。わたしもアルフレッドも、知らず知らずの内に殿下を甘やかしすぎていたのですね。そして、彼の成長の芽を摘んでいた──」

 キアランに嫌われたくない一心で、マリエールは頑張っていたのだけれど、結果としてそれが彼の為にはならなかった。



「ですが、もう元には戻れませんわ。荒療治でしょうけれど、今、やっておかなければ……」

「あなたのおっしゃる事も間違いではありませんが、完全に突き放してしまうのも問題があるのは、お分かりいただけて?」

「勿論です。方法について、少し考えてみたいと思います」

「ええ、ぜひそうして下さい」

 マダムからにっこり笑われたところで、先ほどのメイドさんが、お客様がお見えですと声をかけてきた。

 多分、ティー・アドバイザーに指名する次の生徒が来たのだろう。例年、この役に指名されるのは、5~6人いるので、あたしはさっさと退室するのみだ。



 あたしと入れ替わりにマダムの部屋へ入っていくのは、レディ・ナンシーだった。数人いる、ライバル令嬢の1人で、彼女がライバルとして登場する場合の相手は、ダリウスだったりする。

 彼女に、一緒に頑張りましょうね、という気持ちを込めてにこり微笑めば、少しこわばっている風だった、レディ・ナンシーがほっとしたように息を吐いた。いい仕事したかも、あたし。



 さて、この後は寮に戻って、リストの生徒について、寮監の先生にでも聞いてみる予定だ。リストには、生徒のクラスも書かれているけれど──この生徒について知っている子が、あたしの知り合いにいるかしら? ……あ、レディ・アレキサンドラとレディ・ジュリエットがいたわ。クラブ・クリスティーンは、庶民籍の生徒も在籍しているから、頼れる可能性が高い。



 だったら、先生の話を聞く前に一度、部屋に戻って2人に会いたいとカードを送った方が良いわね。どんなデザインのカードにしようかしら? 秋っぽい柄の物か、それとも、本とか楽器……音符もいいかも知れない。動物デザインも捨てがたいし、そもそも手持ちのカードはどんな物があったかしら? 季節の変わり目だし、一度、カードの整理をしたいわね。



 そんな事を考えていると、

「マリエール……!」

 こんな所でキアランに会うとは思わなかった。早いよ、神様。キアランとどう接していくか、あたしはまだ答えが出てまーせーんー。とりあえず、ごきげんようと挨拶をしておく。

「マリエール、お前、ケルベロス公ついて、俺に聞けとヴィックに言ったそうだな」

「あの方を田舎貴族呼ばわりするようでは、話せるわけがございません」



 ケルベロス公とは、もちろん、アト様の事である。ルーベンス辺境伯家の、あのおっかない紋章から、キアランはそんな風に言ったのだ。

 ヴィックは兄の事だろう。それはいいけども、いつからニックネームで呼ぶような仲になったの!? ビックリだわ。



「その事はヴィックも失敗したと、反省している。お前、まさかとは思うが──」

「我が家の恥を広めてどうするのです。そのような事をしても、何の益もございませんわ」

「そう……か。なら、いい。ケルベロス公に南へ行かれては困るという事は、俺も理解している。南へ行かれては、双頭の鷲と剣が交わり兼ねないという事も」

 キアランは、鼻から大きく息を吐く。



 双頭の鷲は、この国の王家ブラッドレイ家の紋章にあしらわれているもの。剣が交わるとは、戦の暗示だ。そして、彼が言う南とは、ヴァラコ共和国の事。

 軍の再編成が検討されているのは、ヴァラコ共和国との対立が原因。では、その対立の原因は何かと言えば、深魔の森の開発事業。とくれば、アト様とリッテ商会である


 今、ユアシェルとヴァラコは、水面下でアト様の取り合いをしているのだ。状況的に言えば、ユアシェルが不利。だって、アト様の国王陛下への評価はかなり悪いもの。

「……お前にしてみれば、今頃何を言っているんだと、思うかも知れないが──いや、過去は取り戻せないな。俺のせいで、ケルベロス公は双頭の鷲の評価をさらに下げてしまった」

 キアランが、ため息をつく。そのため息に交じって「俺は、その後始末をお前にさせているのだな」と小さな声。ちゃんと回れば、回る頭なのになあ……。花畑菌、恐るべし。



「兄上に、懇々と言い聞かされてな……」

 どれだけ、懇々と言い聞かせたんでしょうねえ、ランスロット殿下。このコ、心なしか、げそっとやつれているように見えるんですけども。

 まあ、このコの変な理屈で動いた挙句、アト様にヴァラコへ行かれては、困りますもんねえ。独立の方が、まだマシってもんです。



 そういえば、あたしにも足りない情報がある事を思い出した。あたしには、情報収集を頼めるような部下はいないから──今回のケースには、ユーデクス一族を借りる事はできません──キアラン、知ってたら教えてくれないだろうか? という事で、

「あの……1つ、お尋ねしたいのですが、ケルベロス公と双頭の鷲の不仲について、その理由をご存知ではございませんか?」

 アト様もランスロット殿下も、ついでに言えばマザー・ケートも、辺境伯家と王家に確執があるとしか教えてくれなかったので、具体的に何があったのかは知らないままなのだ。義父に聞いても、言葉を濁されたし。



「……外聞の良い話ではないから、どこにも漏らすなよ?」

「心得てございます」

 キアランは周囲を確認し、ついでに何か法術を使ったようだ。探査系の法術で誰もいないことを確かめたのか、あるいは話し声が拡散しないような、そんな法術だろうと思う。



「確執は、20年前に遡る。こちらが、先代のご息女を側妃にと望んだのが始まりだ」

 このご息女は、アト様の一番上のお姉さまにあたる方なのだそうだ。

 この話自体は、別に何の不思議もない。当時の陛下はまだ20代で、ランスロット殿下もまだお生まれになっていなかった。問題があるとすれば、2人目の側妃を迎えるのは、早いんじゃないか、というくらい。ただし、政略が絡めば、そういう問題は簡単に引っ込む。



 絡んでくるのは、やっぱりと言うべきか、ヴァラコ共和国である。

 どんな背景の元、打ち出された政略なのか、細かい事情は省くけれども、要するに共和国と親密になられる前に、王家と縁づかせて、あっちに寄らないようにさせよう、というものであったそうだ。



「ただ、問題はそのご息女には、すでに式を間近に控えた婚約者がいたという事だな」

「…………ものすごく嫌な予感がいたします」

 陛下の側妃は、ランスロット殿下の母君様のみ。アト様のお姉様は後宮へ入っていない。

「その通りだ。ご息女は婚約者の男と共に涙を召されたらしい」

 …………何ですと!?



 病気で儚くなったとか、政争で散らされたのかと思ったら、まさかのロミジュリー!

 涙を召されるっていうのは、服毒自殺って事。婚約者と一緒って事は、心中ですよ。

 しかも、王家から内々に打診があった、その日の夜には涙を召されたそうだから……決断、早すぎ!

 何でも、婚約者の方とは幼馴染で、結婚式の日取りも決まり、準備もほぼ終わっていたので、嫁ぎ先で、夫婦同然の生活をしていらしたとか。



 何ソレ。国王陛下、最低。そんな方を側妃に出せとか、ナイわー。なさすぎるわー。

 あたしの感情は、そのまま表情に出ていたのか、キアランが「俺をそんな目で見るな!」と怒る。

「政略上、婚約を白紙撤回させて別の家に、という話は全くない訳ではない。当然、国の意向に逆らった訳だから、あちらに責任を、という話になるんだが──」

「こちらにも引け目がありますものね」

 キアランは頷く。



「何故、婚約者がいらっしゃる長女をお望みになられたのか。何故、次女ではダメだったのか」

 貴族年鑑で調べた年齢では、亡くなられたお姉さまが18歳。2番目のお姉さまは、12歳。12歳で側妃は早いかもしれないけど、これは政治なのだ。四の五の言ってはいられない。

 長女でなければならない理由は何だったのかと、目線で問えば、キアランは気まずそうに目を動かし、

「側妃にするには、幼くて子を望めないからだそうだが──」



 よし、モゲろ。

 5年、6年待てばいいだろうが! すでに2人いるんだし! 年下のご令嬢を自分好みの令嬢に育てるというのは、男のロマンじゃなかとですかっ!?

 何て言うか……あの親にして、この子ありっていう気がして来たわ。ランスロット殿下には、是非とも今のままパトリシア妃殿下命でいていただきたい。



「そっ、そんなひっくり返ったカエルを見るような目で俺を見るな!」

 どんな目だ、それは。この件に、俺は関係ない! と怒鳴ったキアランは悪くない。

 その通りだ。彼が生まれる前の事だし、仮に生まれていたとしても、何もできない。

「失礼しました。つい……」

 あたしは、素直に頭を下げた。



 キアランも、何やら思うところはあったようで、法術を解くと、

「ケルベロス公の事はくれぐれも頼んだぞ」

 そう言って、そそくさと逃げて行ってしまった。

 アナタ、現在進行形で、世間でいうところのいわゆる浮気ってヤツをしてますもんねー。



 しかし……この流れでキアランが、ミシェルから少し距離を置かれると、あたしの将来設計的に困る……と思うんだけど、どうだろうか。


ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。

 ダレダ、コイツハー!? と思ってらっしゃるかもしれませんが、一応、優秀なんですよ? 

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