お説教(?)は成績発表の裏で 1
「では、レディ・マリエール。あなたにはこちらの8人をお願いいたしますわね」
「畏まりました。精いっぱい、務めさせていただきますわ」
マダム・ヴァスチィンから下級生のリストを受け取る。リストと言っても、書かれている名前は8人だけ。男女4人ずつで、彼らの共通点は全員が庶民籍であるという事だ。
このリストを受け取る手が、緊張に震えていたのをマダムは気付いただろうか? マダムの教官室へ呼び出された時は、裏声で返事をしてしまって……メッセンジャーに笑われてしまったのは、内緒の話だ。
最終学年の後期、成績優秀な女子生徒にはある使命を託される。その使命は、とても名誉な事であるとされていて、少なからず女子生徒の憧れになっていた。
あたし自身、その使命を託されたい、という希望を常々抱えていた。希望が叶うよう、努力だってしてきたつもり。……マリエール・ヴィオラがな、というツッコミは入れないでほしいわ。今年に入ってからは、あたしだって頑張ったんだからね!
女子生徒憧れの使命とは、ティー・アドバイザーに任じられる事。
これは、今年入学してきた庶民籍の生徒をお茶会に招き、お茶会の雰囲気を理解してもらうと共に、お茶会を開くにあたっての流れをアドバイスするものだ。
生徒が生徒にアドバイスするのだから、当然、成績優秀者に限られる。
「後期は、行事が立て込んでいますから、大変でしょうけれど、これも最終学年生としての務めですから、しっかり指導してくださいね」
「もちろんですわ。ティー・アドバイザーは女子生徒の憧れですもの。先輩方がそうであったように、わたしも下級生の見本となれるよう頑張りますわ」
あたしの緊張をほぐすためか、マダム・ヴァスチィンは教官室の奥にある書斎に通してくれて、手ずからお茶を淹れてくださった。
美味しいお茶をいただいて、少しばかり雑談をした後
「実は、あなたにお越しいただいたのは、あなたにティー・アドバイザーを引き受けていただきたかったからなの」
夢見た通りの展開! 勿論、あたしは、すぐに了承したわ。ティー・アドバイザーを頼まれるなんて、こんな名誉な事はないもの。断るという選択肢は、初めからないのよ。
「ああ、そうですわ。わたし、マダムにお聞きしたい事がございますの。マダム・ヴァスチィンはルーベンス辺境伯をご存知ですか?」
「ルーベンス辺境伯? ええ、存じておりますとも。どこでその名前をお知りになられたのかしら? あの方は、ずいぶんと長い事、社交界は元より政経界からも距離をおいていらっしゃいますでしょう?」
アト様が卒業されたのは、10年前の話だから、もしかしたら覚えていないかも知れないって思ったけど、覚えていらっしゃったか。
「建国祭の朝食会にて、ご縁が出来ましたの。辺境伯もこの学園のご出身だと伺いましたものですから、もしご存知でしたら、教えていただきたいと思いまして……」
「まあ、そうだったのですか。そうですわね、彼を一言で言い表しましたなら、物語から飛び出てきたよう、とでも申しましょうか──」
葡萄の模様が描かれたティーカップを片手に、マダムは懐かし気に目を細める。
「分かります。とても、麗しい方ですものね。見ているだけで、うっとりため息が出て来そうな。お声も素敵で──」
お顔立ちはもちろんのこと、お声も中性的なのよね。普段は意図的に低めにしていらっしゃるようだけど、オネエ言葉になると高めの声になるみたいで……まさに、性別迷子。
マダムも、その通りですわと大きく頷いている。
「成績も極めて優秀で、文武両道でしたし、品行方正で文句のつけようもない方でしたわ。そういう方でしたから、妬まれたりして嫌がらせをされたり、陰口を叩かれたり、かなり不愉快な思いもされていたようですけれど、正々堂々と打ち負かしてしまわれて──」
さすが、アト様。男前! 大した事ないわね、なんて相手を鼻で笑い飛ばしている姿が目に浮かぶようよ。
「ああ、もちろん、そんな生徒ばかりではございませんでしたよ? ルーベンス辺境伯は、ご自分の成績を鼻にかけて傲慢に振る舞うような事もなく、男女共に広く交友なさっていらっしゃったようだから、ご友人もたくさんいらしたようですわ」
さぞやモテたでしょうねえ、アト様は。
あたしがさり気なく水を向ければ、マダムは
「ご明察ですわ。あまり大きな声は申せませんけれど、学園生活は、結婚相手を探す絶好の機会でもありますでしょう? 当時の女子生徒は、あの方に気に入られようとあの手この手で、アプローチしていらしたようですわ」
その光景が目に浮かぶようだわ。女子生徒同士の視線の間に、火花がバチバチ踊っている様子がね!
でも、アト様の事だから鈍感を装って、気付かないふりをしていたんじゃないかしら。
いくら貴族育ちで政略結婚は当たり前だと教えられても、多感なお年頃なんだし、その上、ご両親は恋愛結婚。そんな結婚を望んだって不思議じゃない。
でも、アト様にはオネエ言葉という保守派には受け入れがたい個性があったから……。
「ルーベンス辺境伯は、結婚にはずいぶんと慎重でした。その理由は、とんと分からずじまいですけれど、どちらのご令嬢のアプローチもやんわりとお断りになられていて──そのせいですからしね? いつの頃からか、氷華のプリンスなんて言われていらしたのよ?」
プーリーンースー! ハマりすぎじゃないですか、それ。私見ですけども、王子という言葉より、プリンスという言葉の方が色気を感じませんかっ?!
「先日お会いした時は、とてもお優しい方でしたから、氷華という言葉には違和感がございますけれど、プリンスという言葉はピッタリ当てはまるかと」
「まあ、そうなんですの? 機会があればぜひ、お会いしたいわ」
何でもアト様は、陶磁器のコレクターとしても有名なのだそうで、マダムはぜひ話を聞いてみたいのだそうだ。あたしも、ティーセットに限った話だと、ちょっと興味がある。
マダムからは、アト様の学園時代の武勇伝を。あたしの方は、朝食会の事や先日の一件の事──誘拐事件の内容は伏せて、三つ子の案内をしたお礼としてお花を頂いた事にした──などを話していると、
「失礼します、マダム。あの……お客様がお見え──っ!?」
マダム・ヴァスチィン付きのメイドが全て言い終わるより早く、扉が開き、
「どういう事なんですかっ!? あたし、あの成績は納得できませんっ!」
乱入してきたのは、ヒロイン様ことミシェル・グレゴリー・ヘラン。
淑女たるもの、礼儀作法を忘れるようなことがあってはならな……ん~? あれえ? 冒険者ギルドで見かけた時は呪詛を吐いてる顔のインパクトが強くて気付かなかったわけだけど……な~んか、夏季休暇前よりも、ゴツくなってない? ブラウスの肩回りとか窮屈そうに見えるんだけど、あたしの気のせいかしら?
そして、相変わらずスカート丈は膝下20センチ。新聞の社交欄はこまめにチェックして、ミシェルが宮廷拝謁を済ませたかどうか確認してたけど──どこの家の娘が社交界にデビューしたのか、貴族にとっては重大な関心事の1つなので、拝謁を賜った貴族は必ずと言っていいほど、社交欄に名前が掲載されるのだ──まだだったのか。
「何事です、ミス・ミシェル・ヘラン」
おおっとぉ……マダム・ヴァスチィンが、貴族の娘は全員レディを付けて呼ぶ、という学園ルールの適用をやめて、正しい社交界での呼び名を適用するようになった!
これは、警告イエローカードを提示された、と考えた方がいいぞ。
「あたしの成績です! テストの点数は、満点じゃなかったけど、でも、90点は超えてました! 春のテストも、夏休み前のテストもです! レポートだって、ちゃんと出しました。なのに、なんであんな成績なんですかっ!?」
何でって……マダム・ヴァスチィンは礼儀作法の教官だから、でしょう。礼儀作法なんて、実践できなきゃ、意味ないでしょうに。ほら、思いっきりため息つかれてるわよ。
「ミス・ミシェル・ヘラン。1つ、あなたに伺いましょう。入室の許可を求めず、入室の許可もなく、挨拶すらせずに、いきなり用件を切り出すのは、正しい礼儀作法ですか?」
椅子から立ち上がったマダムは、冷ややかな顔でミシェルを一瞥する。
「そ……それは……っ……」
ぐっと言葉を詰まらせるミシェル。どこかの誰かと同じリアクションですね。誰とは言いませんけど。
「私は礼儀作法の教官です。礼儀作法で最も重要な事は、知識ではなく、それを実践できるかどうか。あなたは貴族のご令嬢なのですから、貴族のご令嬢として相応しいふるまいができているかどうか。テストの点やレポートも、もちろん大事な事ではありますが、何よりも日常のふるまいが重要なのです」
ほら、やっぱり。日常生活も、成績に反映してるんだわ。
「あなたは、貴族のご令嬢として恥ずかしくない行いをしていると、言えますか?」
「あっ……あたしが、ダンジョン攻略ばっかりしてるからっ! それが、貴族の娘として相応しくないと言いたいんですかっ?!」
「ダンジョンの攻略に熱心な貴族のご令嬢は、あなただけではございません。ダンジョンの攻略に熱心である事と礼儀作法を実践できるかどうかは、全くの別問題です」
泣き落とし、通用せず。
と言うよりもねえ、ダンジョン攻略も貴族の嗜みの1つ、なんて意見もあるくらいよ? もちろん、野蛮だという意見もある。でも、ダンジョンでのトラブルや苦労話なんかは、お茶会でも話題になる事がある。その手の話は、聞き役だけしかできないあたしは、辛いったら。
「せっかくですから、申し上げておきましょう。レポートは、出せばよいというものではございません。ミス・ミシェル・ヘラン、何のためにお茶会を開くのか、今一度、学びなおす事をお勧めいたしますわ」
「そんな──っ!」
キッツイなぁ、マダム。でも、何でそこで、あたしを睨むんだ、ミシェル。あたしが、ここにいるのは、偶然ですー。
「レディ・マリエール・シオンがどうかしましたか? 彼女がここにいらっしゃるのは、私がお招きしたからです。入室の許可もないのに、部屋に飛び込んで来て、いきなり用件を切り出したのは、どこのどなた?」
煽りますねえ、マダム。よっぽど腹に据えかねていたんでしょうねえ。色々と。ミシェルの顔は、不満が一杯な上に、真っ赤になっている。
「私のやり方がご不満なのでしたら、今後、私の講義には一切、出なくてよろしい。教える者と教えられる者の関係は、何より信頼関係が大切だと私は考えます。あなたの今のご様子ですと、私を信頼していただけていないようですから? 悲しくはございますが、あなたに教えられる事はございません」
言ったー! 言ったよ、マダム! 言っちゃったよー! ミシェル、大ピンチですよ? 大ピンチだって事、分かってるわよね?! 今までの事を思うと、そこから心配だわッッ。
マダム・ヴァスチィンって言えば、学園の名物教官。社交界では名の知られた、あの方やこの方もみ~んな、マダムの教え子で、彼女たちは今もマダムを慕っている。
社交界に出ると、必ず誰かから、マダム・ヴァスチィンの近況について、尋ねられるのだから、相当よ。厳しい教官だったけど、教えてもらったことは社交界に出て、ようやくその大切さが理解できる、と彼女たちは口を揃えるのだ。
つまり、マダム・ヴァスチィンは、ただの一教官ではない。レディー教育のエキスパートの1人なのである。彼女自身は庶民だけれど、社交界への影響力はとても強いという事だ。
そんな彼女に見放されたとなったら、レディーとしては終わったも同然である。
「そんな──っ! どうして──?!」
良かった、分かってた! でも「そんな」はともかく「どうして」はないでしょう!?
もう、謝るしかないわよ、ミシェル。謝って、心を入れ替えて、日ごろの素行に注意しながら後期を過ごすべきよ、ミシェル。
「どうして? 理由はたった今、申し上げました。成績の付け方を含め、私を信頼できないとおっしゃるのであれば、私はあなたを指導し続けることはできません。どうぞ、他の教官からご指導を受けられるとよろしいかと存じます」
目に涙を浮かべてウルウルさせるミシェルにも、マダムは動じない。というより、何でこの流れで、あたしはこんなに一生懸命なのにッ、っていう顔ができるのかが不思議だ。
そうこうしている内に、マダムのメイドが警備員を連れて来たようで──
「ミス、ご退室をお願いいたします」
リーダーっぽい人が、ミシェルに会釈をしつつも退場を促した。ミシェルは、マダムが自分の講義について、受けなくていいなんて言うの、と彼らに訴えたが、
「その件につきましては、我々は何も申し上げられません」
こちらも、一蹴された。
酷いと、ミシェルはポロポロと泣き出すも
「入室許可もなく、教官室へ立ち入るのはあまりにも不作法というもの。マダムのご判断も致し方ないと、存じます。あなたが今まで何を学んでこられたのか、我々は存じませんもので、我々が口にできる事は、1つだけです。……ミス、どうかご退室を──」
警備の人も言うな~。
ミシェルさんや、アナタ、4月に編入してから、夏季休暇までのこのわずかな時間の間に何をしたの。普通は、ここまで嫌われないと思うんですけども~? これって、ゲームで言うとあれよねえ? マダムのミニゲームが出来なくなるっていう感じ。そんな仕様、なかったんだけどなあ?
ねえ、アナタのモブ人気度って、どこまで落ちたの? 墜ちたの方が正しかったりする?
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
ミシェルさん、久しぶりに登場したと思ったら、強制退場ですね。スペックが高いんだか、低いんだか。