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好感度上昇は事件の後で

「……おいし……」

 疲れた時には、やっぱり甘い物。でも、食べ過ぎは体に毒。なので、折衷案としてあたしはフレーバーティーを頂く事にしている。本日は、ピーチティーだ。

 ただ今、侯爵家の自室にてくつろいでおります。学園の夏季休暇も、明日で終わり。明日の午後には侯爵家を出て学園の寮に戻るつもりでいる。バタバタと慌ただしいのは、ゴメンですからね。



 それにしても、昨日は、大変な一日だったわ。まさか、誘拐されるなんてね。でも──

「………………」

 マリエール・ヴィオラの祭壇があるキャビネットの上には、パステルカラーの花が活けられた花瓶が置いてある。ピンクとブルー、パープルをメインカラーにした、大人かわいい雰囲気のこれは、昨日の内に辺境伯から届けられたお花を活けたもの。

 その隣には、小さな花瓶が3つ。こちらは、野の花が中心になった、可憐で素朴で、かわいらしいもの。こちらの3つは、三つ子からのプレゼント。



 昨夜、へとへとになって夜会から帰って来ると、ジャスミンから

「お嬢様にお花が届いておりますよ」

 って、言われたの。それを聞いた時、あたしは首を傾げたわ。

だって、お花が届くのはあたしの誕生日以外にはなかったもの。メッセージすらないそれは、婚約者としての義務は果たしたからな、と言わんばかり。多分、キアランの代わりに、アルフレッドが手配していてくれていたのだろう。



そんな花束、貰ったってちっとも嬉しくなかった。それでも、貰った以上はお礼を言わなくちゃいけないから、一応、お礼を言うのよ? でも、あの男ってばフン、ってなもんで……今思い出しても、泣けてくるやら、腹立たしいやら……ああ、憎ったらしい。

 悲しいけれど、これが現実。だから、本当に不思議だったのよ。誕生日でもないのに、どうして花束が届くんだろうって。

「わたしに? 一体、どなたからなの? お花を頂くような心当たりはないのだけれど」

「それが、ルーベンス辺境伯からでして──わたくし共も困惑しております……」

「えっ!?」

 何で、辺境伯が?



 驚いていると、ジャスミンが届けられたお花を見せてくれた。

「まあ!」

 日ごろ見慣れた、おざなりな花とは全然違う。一抱えはありそうな大きな花束。

「他にも小さい物が3つ、届いております。その……こちらの物とはずいぶん雰囲気が違うのですが、一緒に届けられた物でして……」

 ハンナが持っているのは、小ぶりの花束。3つ、というところにもしかしてと思っていたら、案の定。こちらは三つ子から贈られた物で、添えられたカードには、迷惑をかけたお詫び、だと書かれていた。



 辺境伯と三つ子らしい花束で、あたしはとっても嬉しくなった。

「ハンナ、全部花瓶に飾ってくれる? 小さい方は、今日、街を案内した方たちからのお礼なの。今日はもう遅いから、明日にでもお礼の手紙を書くわ」

「よろしいのですか? こう申し上げては何ですが、その──」

「いいのよ。どこかの誰かさんからの義務感で包まれた大きな物より、気持ちのこもった小さな物の方が何倍も嬉しいわ」

 夜会の疲れも、一気に吹き飛んでしまったわ。



 それは一夜明けた今も同じ。このお花たちを見ると、どうしても、顔がにやけてしまう。

 でもね、今朝になって、お礼状を書きあげ、改めて心のこもったお花を頂いた嬉しさを噛みしめていると、お花の甘い香りに誘発されたのか、あるモノを思い出してしまったの……。

 それは、辺境伯と三つ子が持っていた、男性の匂い──。



 昨日の誘拐事件で、あたしの変なスイッチが入ってしまったようなのだ。

「くッ……あたしってば、変態さんだったのね……」

 ティーカップをテーブルに戻し、大きなため息をついた。自分で自分を変態さんだと認めるのは──自分はノーマルだと思っていただけに、かなり勇気が必要だわ。



 あたしのどこが変態さんかって、匂いよ、匂い。

 辺境伯と朝食会でお会いした時。ギルドの前で三つ子と会った時。あたし、何にも感じなかったわ。

 あら、イケメンね、くらいの感想しか持ってなかったのに──あの現実逃避が、あたしの変なスイッチを入れてしまった。



 動物的でちょっぴりエキゾチックな正統派?

 爽快感と少しの苦みと柑橘系の甘さが加わった、知的なグリーン系?

 濃厚な甘さとスパイシーさが入れ替わる、年下わんこ系?

 瑞々しさと甘酸っぱさのある倒錯系?

 トドメは、穏やかさと爽やかさの下に隠した強い刺激とか──



 アホか~ッ!? 何?! 何、変なスイッチ入れちゃってんの!? あたし!

 思い出しただけで、悶絶するわ。穴があったら入りたい。誘拐事件の記憶みたいに、この記憶も消えてもらいたい!

 百歩、百歩譲って、三つ子はね!? 距離的に近かったから? 吊り橋効果みたいなので何か反応しちゃっても、不思議はないかも知れないけどっ!? 辺境伯とはそこそこの距離があったじゃないよぉ? 犬? 犬なの、あたし?! あの距離で、辺境伯の匂いとか──

「あり得ない……分かる訳ないでしょ、普通」

 顔が熱い。



 それだけじゃないわ。辺境伯たちの匂いに引きずられるようにして、そう言えばチトセさんも~、って……何で変態スイッチ入っちゃうかなぁ?! 恥ずかしすぎる。

 何て言いますかね、三つ子も辺境伯もチトセさんも、男の人なんだって、本能が理解したと言えばいいのかしら?

「もう……顔から火が出そう……」

 熱を持った頬に両手を当て、あたしは、キャビネットの上の4つの花瓶へ視線を戻す。

 自分がどんなに変態さんであっても、この4つのお花は嬉しかったのよ。

 今日か明日中にはいくつか、お花をピックアップして、カーラに押し花にしてもらおうって、思うくらいには。カーラはきっと、きれいな押し花にしてくれるから、それを使って、栞を作ろうって思っちゃうくらいには。

 嬉しかったのよ。怖い思いをしたからって、気遣ってくれるその気持ちが嬉しかったの。



 それにね、あたしが1人恥ずかしさに悶絶している理由は、他にもあるのよ。

 辺境伯から頂いた、パステルカラーのかわいい花束には、一緒にメッセージカードも添えられていて、

『心の傷への慰めになる事を願って スチュアート・P・R』

「……っ!?」

 あれを見た時は、目玉が飛び出るかと思ったわ。



 だって、スチュアートって! ファーストネームよ!? 貴族がファーストネームを使う時は、とても親しい間柄に限られている。そうじゃない時は、そういう間柄になりたいです、っていうアピールなのだ。

 加えて、三つ子からのメッセージには追伸があって、『アトさん、マジっぽいから』『俺たちは、友達でいた方がいいと思う。残念だけど。アトさん、マジ怖ぇ……』と書かれていた。



 お詫びの言葉を書いたのはキーンで、追伸はクーンとカーンだと思う。キーンは流麗な筆跡なんだけど、カーンとクーンは、悪筆ね。ちょっと読むのに苦労したわ。それはともかく、

「あの場限りの冗談だと思っていたのに、本気なの? アト様……」

 メッセージカードのファーストネーム書きに始まって、三つ子がこんな追伸を付けるくらいだもの、本気なんでしょうね。



「……ヤバい。どうしよう……キュン死にしそう。干からびてた女心が息を吹き返したっぽい。どうしよう──あたし、経験値ゼロに近いんですけど……ヤバすぎる……」

 始まりは、侯爵家に送ってもらう馬車の中での、何気ないちびちゃんの一言だったと思う。



「ねえねえ、おねえちゃは、どうちてアトしゃを、へんきょーはくちぇいうにょ?」

「どうしてって……」

 そういうものだとしか、答えようがない。返答に困っていると、

「そう呼んでって、言ってないからよ」

「しょうなにょ? おねえちゃは、アトしゃをアトしゃって、よんだやめーなの?」

 首を傾げるちびちゃんに、辺境伯は

「うぅん……そうね……。ねえ、レディ・マリエール、アナタはあたしのコレを気持ち悪いとは思わないの?」

「え? 気持ち悪いだなんて思いませんよ? びっくりはしましたけど……それだけです」

 むしろ、ハマりすぎだと思います。



 そもそも、日本暮らしのあたしにしてみれば、オネエという人種は、身近にはいなくても、社会的には知られている存在だ。忌避するような感情はない。むしろ、好感度は高めだ。あくまでテレビに登場している人たちの人柄が、判断基準なわけだけども。

「それに、ルーベンス辺境伯は口調がそうなだけでしょう?」

 さっきのあれは、口調を除けば男らしかったと思うし、行動力もすごいと思う。

「ありがとう。そう言ってくれる人って、滅多にいないのよね。学園時代は、苦労したのよ。男も女も関係なくね」



「男だけじゃなくて、女もなんすか?」

「そうよ。男よりも、女の方が厄介なのが多かったわねえ。自分の中で、変な風に理屈がこじれてて──ホント、苦労させられたわあ……」

「えっと、あの……別にそういう女の人みたいな口調で話すってだけで、女の人みたいになりたい、とかそういう願望はない……んですよね?」

 当たり障りのない言葉を選びつつも、あたしは、そうか、学園にも腐属性を持つ貴腐人がいたのか、と内心で納得し、辺境伯のお顔を見て無理もなかろう、と思ってしまった。



「ないわよ。当然でしょう? 母や姉の趣味が影響して、少女趣味なところがあるのは認めるわ。かわいい物やキレイな物は好きだし、女性を綺麗にするのも好きよ。でも、自分でドレスとかスカートとか、ゼッタイにイヤ。考えただけでぞっとするわ」

 コルセットとか、死ねるから、と辺境伯。

「自分で言うのも何だけど、アタシ自身、学園時代で色々とこじれたんだと思うわ。この顔と口調のせいで、色々思い込まれたり、とやかく言われたりね。もう……腹立たしいやら、悔しいやら。だからこそ、ぶっちぎりの首席で卒業してやったんだけど」



「アトさん、男前」

「カッコイイっすね~」

「さすがです」

 ハン、と鼻を鳴らす辺境伯へ、三つ子は称賛の声を送る。

「素敵ですわ」

「アトしゃ、かっくい~」

 やろうと思ったって、できる事じゃない。三つ子が言う通り、辺境伯は男前だ。



「あら、ありがと。ふふふっ、ねえ、レディ・マリエール? アナタが婚約を破棄して、商会に勤めるために色々と手を回しているのは知っているけど……その後は考えてるの?」

「その後……ですか? 商会でどんな仕事をするのかまだはっきりしていませんし、こう何となくのイメージはありますけど、まだぐにゃぐにゃできちんとした形になっていないと言いますか……」

「まあ、そんなもんよね」

「ええと……何か?」

「ん? ああ、アナタほどの優良物件は中々ないわよねえって、思ったのよ」



「優良物件?」

 あたしが首を傾げると、辺境伯はくすっと笑って、

「アタシのこの喋り方を聞いても、ちょっと驚いただけでしょう? そういう令嬢って、中々いないのよ。大抵の令嬢は、表面的には友好だけど嫌悪感って言うのかしら? キモチワルイ、って思ってる事を必死で隠そうとして、ね……」

「ええと……?」

「そういう事だから、覚悟してちょうだいね? アナタの事、チトセはマリエって呼んでいるそうだから、アタシもそう呼ばせてもらっていいかしら?」



「え、ええ。どうぞ」

「もちろん、アタシの事もアトで良いわよ」

「──アト様と呼ばせていただきますね」

 結論から申し上げますと、ワタクシ、どうやら、辺境伯に花嫁候補としてターゲット指定されてしまったようでアリマス。

……ああ、どうしよう……不謹慎だとは思いつつも、顔がニヤけてしまうったら……。


ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。


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