トラブルの足音は通りの向こうで 3
「……こっちですね」
法術使いのキーンが、あたしたちをナビゲーションしてくれる。
今向かっている先は、取り上げられた、カーンたちの武器がある所。あまり大きな声では言えないそうなのだが、三つ子の武器はリッテ商会から借りている物なのだそうだ。
曰く、生半可な武器じゃ森では通用しないからなのだとか。
「借り物ってだけじゃなくて、その武器にはアトさんチの紋章までくっついてるんすよね」
アトさんチの紋章。それはすなわち、ルーベンス辺境伯家の紋章という事になる。彼と知り合ってすぐに、貴族年鑑で調べたのだけど……これがまた、おっかない図案だったのよね。
それを見た時は「はあ?!」と叫び、思わず目をこすってしまったわ。
辺境伯の紋章は、盾に星鎌(北斗七星の事をこっちでは、星鎌と言う)、互い剣にケルベロスというシロモノ。
星鎌は、魂の緒を刈り取る物。盾と剣は防具と武器。ケルベロスに至っては、地獄門の門番。まるで、喧嘩上等かかってこいやぁ! と言わんばかりの図案である。
ご本人は、いたって温厚な方なのにねえ。お人柄と紋章は全く別の物とはいえ、これほど落差があるのもすごいと思う。と言うか、紋章の図案にケルベロスを採用するあたり、すごいセンスである。
紋章を目にした時の印象を三つ子に伝えると、
「その気持ちは分かりますけど、ああ見えてアトさん、一流の法術剣士ですからね?」
「え? そうなの!?」
「軍人としては、兵法を本で読んだだけの素人らしいけど、武人としては一流の域に入るか入らないかってとこだって、兄ちゃんが」
「あい。アトしゃはちゅよいね」
兵を上手く動かせるかどうかは分からないけど、とちびちゃんが付け加える。……そういう言葉が出てくるあたり、ちびちゃんもすごいのね。
──そうか。辺境伯って強いんだ。という事は、辺境は着やせするタイプ? 細マッチョだったりするの? あんなキレイ系の美術品みたいな顔をしているのに、体はアスリート的な?
……いやん……見てみたいかも……。想像しただけで、ドキドキするわ。
は! ダメダメ。今は、妄想している場合じゃないわ。
「あの武器を悪用されたりしたら、アトさんに迷惑がかかっちまう」
「──ってー事で、絶対取り返さなくちゃいけねえんだけど……」
武器を取り返すのは、少々面倒な事になるかも、とクーンがため息をこぼす。
おそらくは、そこに番人と言うか見張りがいるだろう、というのが彼の意見。暴れれば、それだけ、敵側の人数が増える、という訳だ。
「丸腰で姫さんを守りながらってのは、キツイかも」
「おねえちゃは、わたちにまかしぇりょ!」
どんと胸を叩く、ちびちゃん。頼もしいわ、と思ったのも一瞬。すぐに「は! おみやげ! わえちぇない!?」胸に抱えた紙袋の中身を気にしだした。うん、まあ、いいけど。
5人で、あたりの様子を慎重に伺いながら、こそこそと通路を進む。今のところ、誰とも遭遇せずに済んでいる。
通路の調度と窓の外の景色を伺うに、ここは下町の一角ではないかと思われた。窓から窓へ渡された紐に、洗濯物が吊るされていて、それが万国旗のように、揺れている。
こんな洗濯物の干し方をするのは、下町かスラムだけだ。スラムじゃないと判断したのは、洗濯物を含め、諸々の物がキレイだからだ。スラムなら、もっと泥や埃に塗れて汚れている。
「……にしても、ホント……マジ、分っかんねえよなあ……誰が何を考えてこんな事──」
首の後ろを撫でさすりながら、カーンが呟いたその直後、
「ふざけんじゃないわよーーーーーーっっっ!!」
聞き覚えのある声と同時に、あたしたちの数メートル先を吹っ飛ばされた扉が通過した。
「なあ……この声……」
「アトしゃのこえだ……」
ですよねー? でも、今、「わよ」って聞こえたよね? 聞き間違いじゃあ、ないと思うのよ、うん。
今、たぶん、今のあたし、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてると思うわ。三つ子とちびちゃんも、んん? 何か今、聞いちゃいけない事を聞いちゃったような気がする、という顔をしている。
あたしたちはお互いに顔を見合わせ、そっと様子を伺いに、風通しが良くなった部屋へ、抜き足差し足忍び足。慎重に、部屋の入口へ近づいた。
「ウチの子たちに何をしたの? 言い逃れができると思ってるんなら、甘いわよ?」
背後から様子を見るに、ここは書斎のような場所であり、声の主は書斎のデスクに両手をつき、椅子に座る人物にガンを飛ばしているようだった。
声の主の持つ、黒藍色の髪が、ざわざわと揺れている。何て言うの? 怒りのオーラが煮えたぎっていて、爆発寸前という感じ。先日お見かけした、穏やかな雰囲気は、欠片もない。
「アトさん、すっげー怒ってんだけどっ!?」
「きょわい! アトしゃ、きょわいっ」
そう。声の主は、どう見たってルーベンス辺境伯、その人なのだ。
でも、どうして、彼がここに!?
「っつか、何でアトさんがここにいんだよ?!」
「僕に分かる訳ないじゃないかっ!」
三つ子がひそひそと言い合っている間も、辺境伯と謎の人物の言い合いは続く。
議論は常に平行線。辺境伯は「身内を出せ」と言うも、相手は「知らない」の一点張り。
とうとう、しびれを切らしたらしい辺境伯は、
「ああ、そう。どうあっても、腹を割らないって言うんなら──」
パッチン指を鳴らした。
直後、部屋の奥に置かれてあったキャビネットがガタゴト揺れて、ばんっ! と扉が開いた!
昼間っからポルターガイスト!?
ひえぇと悲鳴を飲み込めば、キャビネットから出て来たのは、三つ子の武器と思わしき物。
長い剣と短めの剣が2本。それと、杖が1本。
「どうして、アタシが作った法石がここにあるのかしらっ!? よぉっく、ご覧! ウチの紋章入りの法石よっっ!!」
どすどすっ、ざくっ! 三つ子の武器は、伝説の武器みたいにデスクに突き刺さりました。
手口がやくざみたいですよ、辺境伯。
「うちのって……あんたっ……これっ……!? ま、待て! あんたの家の者なら──っ!」
「もう遅いわよ! 徹底的に排除するからそのつもりでいらっしゃい!」
デスクに突き刺さった武器を回収し、辺境伯が男に背を向ける。当然、彼の顔はあたしたちの方へ向けられる訳で──
「ども……」
「アトしゃ……めんね?」
「あの……ご心配をおかけ致しました」
どこかで、チーンというおりんの音が聞こえたような気がした。
……気まずい。
非常に気まずい。けれど、聞かなかった事にできるタイミングではなさそうだし──どうしたものか。
ぴしっ、と固まっていらした辺境伯は、たっぷり10秒ほどの間を置いてから、振り返り、
「ウチの子だけじゃなく、レディ・マリエールまで巻き込んでいたのっ?! 信じられない!」
デスクの男に向かって、雷がピシャーン! 美人が怒ると迫力が違う。
「ちょ?! アトさん、落ち着いて!」
「大丈夫だから! 俺ちゃんたちも姫ちゃんも怪我とかしてねえし!」
「理由があって、わざと捕まったんです! アトさん、落ち着いて下さい!」
鬼女と化した(女性じゃないけど、雰囲気はそんな感じ)辺境伯に追いすがる三つ子。
「っな!? レディ・マリエールって……スミレのレディーの事か?! 嘘だろ!? 冗談じゃねえぞ、話が違うじゃねえか!」
今まで椅子に座っていた相手方が、がたっと音を立てて椅子から立ち上がる。そこにいるのは、50前後くらいで眉間に大きな傷跡がある、なかなか悪そうなオジサマだ。
今は顔面蒼白になってるけど。
ちびちゃんは、三つ子と一緒に辺境伯のところへ駆け寄り、その足に縋りついて、
「アトしゃ、め~なしゃ! め~なしゃ~」
泣きながら謝っている。
何たるカオス!
あたしはというと、部屋の入口に立ったままで、今日は、泣き黒子率が高いのねえ、なんて、どうでも良い事を思っていた。
三つ子もそうだし、辺境伯もそうなのよ。今、気付いたんだけど。
それは現実逃避だろうって? いいじゃない、ちょっとぐらい。それにね、辺境伯も三つ子もイケメンなのよ。いいわあ、って安心して、観賞できる数少ないイケメンよ。
キアランたちは、中身の残念っぷりが先だって、観賞対象からは外れているし。
チトセさんもイケメンだけど、親しみの方が上回るから、観賞っていう感じではないのよね。彼の場合、「イケメンですね」って褒めたって「でしょ~?」って笑うだけで終わりそうだもの。それは、ダメなの。
想像でしかないけど、同じ事を三つ子に言えば「ンな事ないっすよ!?」っていう感じで照れてくれそうなのよね。これが、この恥じらいが大事。辺境伯も控えめに恥じらってくれそうだし。
それだけじゃないわ。4人ともまだ若いけれど、それなりに苦労があったんだと思うの。どこか薄っぺらいキアランたちに比べると、厚みと言うか深みと言うか、匂いが違うのよね。
ズバリ言うと、色気って事になると思うわ。泣きぼくろも色気にプラス補正を加えているのかも。
カーンは体育会系にありがちな、汗の中に隠された正統派の男の色気。すがすがしさの中にも動物的な、ちょっぴりエキゾチックな雰囲気が漂う感じ。
キーンは、穏やかな雰囲気と共に漂う、知的なグリーン系の色気。爽快感とほんの少しの苦みに加え、柑橘系の甘さも感じさせてくれる。
年下わんこ系と言おうか、ちょっと甘い雰囲気のある色気を漂わせるのがクーン。濃厚な甘さの中にぴりっとしたスパイスが効いている。何かの拍子でこの甘さと刺激が簡単に入れ替わっちゃいそうな雰囲気もあるわ。
ビジュアル系の倒錯的な色気は、やっぱり辺境伯ね。くらっとくるわ。瑞々しさと優しい甘酸っぱさの中に隠れるミステリアスな雰囲気。何よりオネエってところが──ステキ。オネエ属性、好きです。
あ、ちなみにチトセさんは、陽だまりの穏やかさと爽やかさの下に、隠しきれない刺激があります。目まぐるしく変化する刺激がね。彼を振り回してやる、くらいの気構えじゃないとチトセさんの刺激に負けてしまいそうな気がするわ。
キアランたちには、この深さがないのよねえ。
「ああもう! 何だこれ!?」
最初にギブアップ宣言をしたのは、悪そうなオジサマでした。
「とりあえず、これを返しとく」
彼は、大きなため息と共に、デスクの上にあった物を手に取り、あたしのところへやって来た。
差し出されたそれは、あたしのバッグ。ないと思っていたら、こんな所にあったのね。
「ありがとうございます」
彼からバッグを受け取ったあたしは、留め具を外して中からティッシュを取り出す。それを持って、ちびちゃんの側へ行き、
「ちびちゃん、はい、ちーん」鼻をかんでやる。
その時、横目でちらっと辺境伯のパンツを確認。うん、良かった。鼻水も涙もついてないわ。
次にオジサマが「ほらよ」と差し出してくれたのはごみ箱だった。ティッシュをそこへ捨てさせてもらって、さて、どうしよう。
「すまなかったな。まさか、スミレのレディーが絡んでいるとは思わなかったんだ」
奉仕活動に積極的だった、マリエール・ヴィオラ。彼女の訪問先には孤児院や施療院も含まれている。この2つの施設に、オジサマは少々関わり合いがあるらしく、マリエール・ヴィオラの活動には感謝しているのだと教えてくれた。
「なら、これ以上、知らぬ存ぜぬを通すつもりはないと判断していいのか?」
「勿論だ。部下が受けた依頼内容をもう一度確認して、あんたのところに連絡する。もちろん、あんたの身内とスミレのレディーはお引き取り願おう」
「当然だ。名前は?」
「トワイライト。トワイライト・グレイだ」
オジサマは、はーっとため息をつく。何でこんなことになったんだ、って言いたそうな顔をしている。オツカレサマです。
「スズメーズ、武器を持て。帰るぞ」
「あ、はい。っつか、このまま借りてていいんすか?」
「良いに決まっているだろう」
当たり前の事を言わせるな、と辺境伯。口調が変わっている事にツッコんじゃいけません。オトナですからね。
「レディ・マリエール、私の馬車で屋敷まで送ろう」
「よろしくお願いいたします」
夜会へ出かけるための準備があるから、そろそろ屋敷へ戻らなくてはいけなかった時刻だ。辻馬車を拾って、我が家へ帰るべきかと思っていたけれど、送ってもらえるのなら大助かりだ。
建物を出ると、目の前に馬車が停車していた。辺境伯家の紋章入りの立派な馬車である。
普通、馬車は4人乗りなのだが、詰めると6人まで乗車できるタイプもある。辺境伯が乗って来たのは、このタイプだった。御者は馬車から離れる事なく待機していたよう。
「シオン侯爵家へ」
辺境伯の指示を受け、馬車は全員が乗り込むと、すぐに走り出した。
侯爵家には20分ほどで着く、との事だったのでまずは一安心。
でも、さっきからちびちゃんが怖い顔をしているのが気になる。
「ちびちゃん? どうしたの?」
あたしが聞くと、ちびちゃんは怖い顔のまま辺境伯を見つめ、
「……アトしゃ……。アトしゃは、おねえしゃだったにょ?」
爆弾投下。
いやいや、どう見てもお姉さんじゃなくて、お兄さんでしょう。言われた本人もあのねえ、と呆れ顔。
「そんな訳ないでしょ。この話し方は──クセなの。ウチは女ばっかりだったから、それがうつったのよ。父も時と場所を弁えた話し方ができれば、それでいいと言ってくれていたし」
それでも、対外的な事もあって、家族以外の人間がいるところでは話し方に気を付けていたらしい。ただ、今回は感情的になってしまって、つい、という事のようだ。
「あ~……じゃあ、この事は内緒にしといた方がいいんすね?」
「お願いするわ。我が家でも、アタシのこの口調を知っているのは、もう数えるほどしかいないのよ」
辺境伯の苦笑いは、どこか寂し気にも見えた。
テレビとかで知っているから、身近にはいなくても、あたしにとってオネエは見知ったもの。でも、ここでは、まだまだ認知度は低い。多分、偏見とかイジメとか、あったんだろうなあって……。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。
オネエって、突然下りてくるものなんですね。びっくりです。




