深夜に近い時刻の部屋で 2
久しぶりの更新になりました。データが吹っ飛んだり、PC買い替えたりしてました。 1月3日 内容は変わりませんが、本編を少しだけ改稿しました。
気分はまさに、脱皮。
マリエールというさなぎのカラを脱ぎ捨てて、真理江という成虫が出てきたよう。
見慣れた部屋の中ではあるけれど、何と言うか……生まれ変わった気分だ。
それで、思い出したことがある。
ここは、昔プレイした事のある恋愛育成シミュレーションRPG『ファンタジック・ノーブル』の舞台、そのままだという事を──。
ええ、ええ。いましたとも。マリエール・シオンというライバル兼悪役令嬢が。
でも、このゲーム。恋愛の文字はいらないんじゃね? と首を傾げたくなる内容だった。だって、恋愛と銘打っている割には、恋愛パートの作り込みが雑だったんだもの。
攻略キャラは5人。そこに隠しキャラの1人が加わって、全部で6人。
彼らの攻略方法は、基本同じ。それぞれが得意としているパラメータを上げまくって、ストーカー並にべったりくっついていれば、恋愛エンドにたどり着けてしまう、お手軽な内容。
その反動なのか、育成パートはかなり作りこまれていた。あたしがこのゲームを知っていたのは、友達から育成が面白いと勧められ、見事にハマってしまったからである。
ちなみに、この手のゲームにはお約束。各攻略キャラには、しっかりとライバル令嬢が存在していた。隠しキャラにライバルはおらず、こちらの令嬢は全部で5人。攻略対象の身内だったり、友人だったりする。
略称『ファン・ブル』の攻略キャラは、皆様の予想通りでございますよ。
まず、マリエールの婚約者、キアラン殿下と自称天才(笑)オズワルド。
他にマリエールの血の繋がらない兄、ヴィクトリアス。騎士一家の生まれの脳筋ワンコ、ダリウス。有能な政治家一族に生まれたインテリメガネ、グレッグの5人。
それと、隠しキャラのチャーリー。ただし、彼は学園の生徒ではなく、街の市場で出会う、商売人である。
……このチャーリーってキャラが、チトセさんにそっくりなのはどういうわけだろう? でも、ちびちゃんはゲームに出て来なかったし……。
そのあたりの事は、まあ、いいか。考えたってしょうがないもの。
そして、マリエールの頭痛の種、ミシェル・グレゴリー・ヘラン男爵令嬢は、そう、お察しの通り、ヒロイン様だ。
殿下の婚約者であるというアイデンティティしか持たない、マリエールにしてみれば、彼女は自分の存在価値を脅かす敵以外の何者でもない。
彼女は、1年しか学園にいられないにも関わらず、編入して来た変わり者だ。
ミシェルの父親が男爵位を授かったことがきっかけで、学園に編入することになった、と言うのがゲームの設定。
これだけの情報ならありがちな話。ゲームをプレイする時はあたしも、何の違和感も持たなかった。でも、今は違う。
だって、学園は入試に合格すれば、身分を問わず入学できると知っているもの。
学費と寮費は基本、無料。寮の食堂では、小学校の給食レベルの食事が無料で提供されるので、三食を食堂で食べれば、食費もかからない。
だから、ミシェルが庶民であったとしても、3年から編入してみせたその学力を思えば、もっと早い時期から入学できたはず。
なのに、どうして、3年からなんだろう?
人を使って調べさせるべきかしら? ヒロインの陰謀が隠れているのかも?
いや、さすがに陰謀は考え過ぎか。でも、情報は多いに越した事はない。
「そこに、いるんでしょう? 確か、ユーデクス一族……」
ユーデクス一族は、王族の護衛を務める。明るい所で守る騎士と違って、陰から守る護衛の者たち。
当然、王家と関わるマリエールにも、一族から護衛が派遣されているハズ。
ええ、ハズなのよ。ハズ。
『……っ……何か……』
相変わらず姿は見えないけれど、声は聞こえてきた。
よっしゃ! と内心でガッツポーズをしたのは内緒。いなかったならともかく、無視されていたりしたら、悶絶ものよね。恥ずかしいったらありゃしない。
口に布を当てているのか、声は少しくぐもっていた。性別は判別しづらいけど、たぶん、女性だと思う。
返事をする声があからさまに驚いていたのは、あたしに、存在が気づかれているとは思っていなかったためだと思われる。
今まで、あなたたちの存在を意識した事はなかったものね。
「驚かせてごめんなさいね。あなたの一族に、私個人から、依頼があるの」
あたしは鏡台の前に移動すると、その引き出しの奥から髪飾りを1つ、取り出した。父からもらったこの髪飾りは、子供っぽいデザインで、今のあたしには似合わない物だ。
「報酬はこれで足りるといいのだけれど……」
『一体、何をさせようとおっしゃるのです?』
「人を調べてほしいの。1人は、ミシェル・グレゴリー・ヘラン。もう1人は、チトセ・ルドラッシュよ。イブキ・ナスタティ・ソールは、小さいから除外していいわ」
もしかしたら、あたしが頼む前にチトセさんたちには調査の手が向けられているかも知れない。けど、その場合、調査結果の報告はあたしに届けられる事がないだろう。
チトセさんは良い人そうだけど、あの人が本当にリッテ商会の関係者かどうかは、分からない。
辺境伯の屋敷に滞在していると言っていたけれど、それも本当かどうか。
何より、チャーリーとそっくりなところが気にかかる。
『畏まりました』
「お願いね。報酬が足りなければ、言ってちょうだい。現物支給になってしまうけど、用意するわ」
『いえ、そちらの髪飾りだけで十分でございます』
申し訳ないが姿を見せることはできないので、髪飾りは鏡台の上に置いておいてほしいと頼まれた。あたしが眠った後、回収していくということだった。
影の護衛というお仕事も大変なのね。ご苦労様。
まだ、眠れそうにはないけれど、とりあえず、明かりを消してベッドに入る。
とりあえずは、これで良いだろう。
いつでも、どこの世でも、情報は武器であり、盾である。
チトセさんには、偽名疑惑もある事だし、しっかりと裏を取った方がいいに決まっている。
今度参加するお茶会でも、リッテ商会の話を聞いてみよう。それから、ルーベンス辺境伯とヘラン男爵についても。
あたしの最大の情報源は社交界だ。
それに、今後の事を考えれば、社交界のレディーたちを味方に付けておいて損はない。彼女たちほど心強い味方はいないわ。
考えれば考えるほど、マリエールの自己評価は低いのよねえ。洗脳って、恐ろしいわ。
でも、それももうおしまい。これからは違うわよ。
あたしは、マリエール役を演じる新城 真理江だもの。
いろいろと変わってくるはずよ。ううん、変えてみせるわ。
まずは、これからの事。
ゲームの情報はおいといて、あたし自身が、どうしたいか。
キアランの婚約者であり続けるなんて、まっぴらだ。
大体、キアランは横暴なのだ。
「直接、俺に声をかけるな、マリエール。お前の暗い顔を見ると、気分が悪くなる」
「奉仕活動だなんて、こざかしい真似をしてくれる。お前は一体どれだけの人間を欺いているんだ? まったく、根暗な奴は悪知恵がよく回るらしい」
これを直接本人に言うんだから、相当なものだ。
陰口なら良いってわけでもないけど、それでも……アンタは、マリエールが傷つかないとでも思ってるのか。ぼんくら王子め。
そりゃあね、マリエールにも問題はないとは言わないよ? 言いませんよ?
人前でこそ、侯爵家令嬢として、王子の婚約者としてふさわしい振る舞い、言動を心がけ、いつも笑顔を浮かべ、時として他人の行いを注意できるような、典型的な優等生だけど、本当の彼女は超が付くほどのネガティヴ。
これが、あたし?! って言うほど、暗い。
法術をかけられていた、っていう可能性は、この事でほぼ確実よね。
生まれが分からないのに侯爵家の養女になった。
平凡容姿。
法術使えない。
こんなダメな子が王子の婚約者でいいのだろうかと鬱々し、でも、婚約者じゃない私なんて生きる価値がないし──と嘆く。
キアランもこんなダメな子が婚約者では、さぞ迷惑に違いないと涙をこぼし、せめて彼に嫌われないようにしなくてはと、自分に言い聞かせる毎日。
彼に嫌われたくない一心で、マリエールは、盲目的なまでに彼に従う。
言われれば、何でも「承りました」「かしこまりました」なのだ。
バカバカしいったら、ありゃしない!
大体、何で国王夫妻もパッパラパーなぼんくら息子を放置するのさ!?
教育方針の誤りを嘆く前に、説教の1つ、小言の1つでも言ってくれ。頼むから。
何で長男のランスロット王子はあんなに優秀なのに、同じ育て方をしたハズのキアランは、あそこまでパッパラパーなのか。
もしかして、あの男は、育ち方を間違えたのか?
夫妻は、「そなたには苦労ばかりかける」「あなたには、迷惑をかけるわね」と、マリエールに謝罪の言葉をよこすか、詫びの品を贈ってくるばかり。
お前ら、ええ加減にせえよ? って感じ。夫妻そろって、光り輝くほどに禿げてしまえ。
嫁入り前からこんなに苦労するんだ。嫁になったら、もっと苦労するに違いない。
では、侯爵家令嬢で居続けたいか、というと、これもノー。断固、お断りである。
シオン侯爵家の家族構成は、両親と兄と妹と弟が1人ずつ。マリエールを含めて、6人家族。マリエールを除けば、仲が良い家族だと言えるだろう。
父は家の中の事については無関心。
「どうして、お前のような馬の骨を養女になさったのか」と眉をひそめる義母。
「お前のような出来損ないが、侯爵の娘だなんて信じられない」とため息をつく義兄。一応、補足しておくと、攻略キャラの1人ですよ。
「あなたみたいな、平凡顔がどうして殿下の婚約者ですのっ!?」と怒る義妹。
「頻繁に下々の前に顔を見せるなんて、貴族の娘としての品位に欠けます」と鼻白む義弟。
マリエールにとって、侯爵家は針のむしろも同然である。
「法術も使えないのに貴族とは──世も末だな」とは、執事の言葉。
「法術が使えない精霊の歌姫だなんて、何のジョークなの?」これは、某メイド。
「法術を使えない女が、どうやって貴族の義務を果たすつもりなんだ?」と某召使い。
侯爵家に仕える人間たちも、マリエールには非好意的なのである。
マリエールの味方と言えるのは、側付きのジャスミンとハンナ、カーラの3人ぐらいだ。
こんなんで、この家に残りたいと言えたなら、そいつは絶対にマゾである。
…………うん? ……マリエールは、マゾだったのかしらん?
まあ、それはともかく。
婚約の撤回と、侯爵家との縁切り。これは、是非とも叶えたい。
この両方を満たしてくれるイベントが、この手のゲームにはお馴染みの断罪イベントである。
断罪イベントを熱烈歓迎する人間も珍しいと思うけど、あたしがあたしであるために、これは絶対に避けては通れないものだ。
なので、ヒロインことミシェル嬢には、ぜひとも断罪イベントを発生させていただかなくてはなるまい。
そのために、何が必要か。
何度も言うけれど、情報は必要不可欠である。
ミシェル嬢の動向についてはもちろん、生まれや家族構成といった情報も事細かに手に入れておくべきだ。
何が役に立つか分からないから、手に入るものは片っ端から。
次は、頼りになる味方。
第二王子の婚約者だ、侯爵家令嬢だと言っても、しょせんは小娘。知識も経験も、動かせる駒も限りがある。
これは、チトセさんとおちびちゃん……かな。お願いした身辺調査の報告次第では、今後のお付き合いの仕方について考える必要はあるけど。
とりあえず、今夜はこれにておやすみなさい。
今後の方針さえ固めてしまえば、まだ半年近く時間があるんだから、大丈夫でしょう。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。