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トラブルの足音は通りの向こうで 2

 第一印象は、牢屋だった。

 最初に目に入ったのは鉄格子ではなくて、木の格子だったけど。でも、これはどう見ても障子の親戚には見えない。時代劇の牢屋のシーンでお馴染みの、木の格子である。

 ぐるり見回す部屋の内装は、このあたりでよく見かける、石造りの壁と薄い絨毯が敷かれたもの。家具は、粗末なベッドが1つと蓋つきのツボが1つあるだけ。

 格子の向こうは通路になっているようだ。



「おねえちゃ! おっきちた? へーき? だいじょぶ?」

「……ちびちゃん……平気だとは思うけど……どうかしら、まだちょっと目眩が……」

 今にも泣きそうな顔で、ちびちゃんがあたしの顔を覗き込んでくる。とりあえず、質問には答えたけれど、ちびちゃんの安全だって気がかりだ。

 顔色を見、怪我をしていないか、全身を確かめ──お土産が入った紙袋をしっかと胸に抱えているのは、愛嬌よね。……うん、大丈夫そうだ。



「みぇまい!? たいへん! キーン、たいへん! おねえちゃ、みぇまいしゅゆちぇ!」

 ちびちゃんは、ぴょんと体を刎ねさせると、部屋の隅に駆け寄り、どんどんと部屋の壁を叩き始めた。

 この部屋の広さは、4畳半くらいだろうか。

 狭い部屋の中、いるのはあたしとちびちゃんだけで、三つ子とエルンストの姿はない。



 ちびちゃんの様子では、隣の部屋にいるのだろうけど──石造りの壁じゃあ、どんどん叩いたところで、隣に声は届きませんよ。石壁を舐めちゃイカンのです。

 とは言っても、このままこの部屋でぼうっとしている訳にもいかない。何とか三つ子と話をして、状況を整理し、ここを抜けださないと。

 この後も予定はびっちり詰まっているのだ。こんな所で時間を浪費する訳にはいかない。



「はぁ……こういう時、何にもできないのが悔しいわ……」

 護身術はもちろんの事、法術だって使えない。例えそれが、初歩中の初歩だと言われるような術であっても、あたしにはちんぷんかんぷんなのだ。

 法術を使えない子は少なくないけど、それは庶民に限った話。貴族になれば、使える子がほとんどで、使えない子はとても肩身の狭い思いをする。下級貴族ならまだしも、上級貴族となればなおさらで──マリエールが侯爵家でチクチク言われていたのも、こういった背景が大きく関係している。



「はーっ……ない物ねだりしたって、しょうがないじゃない。ねえ、ちびちゃ……っ!?」

 何だ? 今、目の前で何が起こった?

 石の壁の一部が、一瞬で粉々に、砂みたいになったんですけど?!

 え? 何? あたし、白昼夢でも見てんの!?



「うへぇ。ぺっぺっ。しゅな? ちゅち? にゃんか、くちのにゃかにはいっちゃ」

 ザーッと音を立てて崩れ落ちた石の粉の一部が、舞い上がる。ちびちゃんは、嫌そうな顔をして、口の中をしきりに気にしていた。

「姫さま、目眩がするって、大丈夫ですか?!」

 キーンが壁に開いた大きな穴を抜けて、あたしの側へ駆けよって来る。



 カーンとクーンも穴からこっちへやって来て、

「顔色、良くないっすね」

「姫ちゃん、大丈夫かっ?!」

 あたしの心配をしてくれる。キーンは「失礼します」とあたしの額に手を当ててくれて、

「法術がまだ残ってますね。すぐに解除します」

 きっぱり言い切ると、小声で何事かをぶつぶつ。それが、法術を使うための呪文であると気が付いたのは、しばらくしてからの事。



 彼の手が触れている額がぽあっと温かくなったなあ、ってぼーっとしていると、ふいに、目眩が止まった。

 何だかキツネに鼻を摘ままれたような気分である。

 思考がはっきりしてくると、石壁に穴を開けたのは、キーンの法術なのだろうと簡単に想像ができた。



「姫さん、すんません!」

「めーなしゃい、おねえちゃ……」

 え? え? 何? 今度は何なの? カーンとちびちゃんに土下座をされても、何の事やらサッパリで──

「えっと……あの、2人とも頭を上げて? わたしには何が何だか──」

 戸惑っていると、クーンが「えっ!? 姫ちゃん、覚えてねえの?!」驚きの声を上げる。



「アマレットに行こうとしたあたりまでは覚えているのだけれど……」

「変なアレンジをしているみたいだったから、前後の記憶があいまいになっているのかも」

 キーンは首を傾げるけれど、それはわずかな時間の事で、

「文房具店から出て、5分も経ってなかったかな? 誰かが後ろを付けて来てる事に気が付いたんです。3人くらいでしたね」

 彼が事情というか、何が起きたのか、話をしてくれる。



「それは、ホントすぐに分かったんすけど、何で付けて来てるのかが分からなくて、そのままにしてたんすよね」

「狙いが姫ちゃんなのか、俺ちゃんたちなのかも分からなかったし──」

「ちょっと、よーしゅみちぇちゃの」

 一応、顔を上げてはくれたものの、ちびちゃんはしょんぼりしていて、俯き顔だ。



「そろそろ仕掛けて来るかな~、と思ったタイミングはばっちりだったんすけどね」

 カーンは、苦い顔になる。

 彼が読んだタイミングで、尾行者は三つ子に攻撃を仕掛けて来たらしい。余裕で避けられたそうだけども、目的を知るために3人はわざとやられたフリをしたのだとか。ちびちゃんに被害が及ばないようにしつつ、不自然に見えないよう倒れるのが難しかったとは、クーンの言い分。ご苦労様。



「さあ、この次は誰がどんな行動を起こすんだって薄目で様子を伺ってたら、何とびっくり」

「動いたのは、エルンストさんでした」

「エルンストが?」

 彼はあたしの従者なのだから、動いたって不思議ではないはず。そう思っていると、

「そうなんだけど、そうじゃなくって。姫ちゃんは俺が守る~ってな感じの、へったクソな芝居を始めたんだよ。姫ちゃんも、はあ? 何言ってんの、コイツ、みたいな顔してたよ」

「マジですか……」



 あたしの口から『マジ』なんて言葉が出て来た事に驚いたのか、三つ子は一瞬目を丸くする。でも、すぐに真顔に戻って、

「マジです。それで、僕たちは姫さまに良い恰好をしたい、エルンストさんの自作自演なんだろうって結論を出して、やられたフリをやめたんです」

「しょしちゃやね、あにょおにいちゃ、おかちくなっちゃの!」

「おかしくなった?」

 何だ、それ。訳が分からない。



「俺らも、マジ、訳が分かんねえんすけど、俺らが起き上がったのを見たとたん、エルンストさんは姫さんを人質に取って、来るんじゃねえ、って……」

「はあ? ちょっと待って。エルンストは一体、何がしたかったの?」

「わかんにゃい」

 ぷるぷると、ちびちゃんが首を横に振る。三つ子もきれいにシンクロした動きで、首を横に振った。



 当の本人はどこにいるのかと聞くと、ここにはいないと言う。

「ええと……つまり、誰かがわたしたちの後を付けている事に気付いたあなたたちは、目的を知るために、わざと追跡者を放置していた。その後しばらくして、追跡者たちが襲って来たので、あなたたちはやられたフリをした」

「追跡者は3人。目的は、俺らか姫さん。ボスって事はないと思ってた。俺らが倒れたら、次はエルンストさんが障害のはず。こっちも片付けて、雇い主が出てくるか、追跡者が次の行動に出ると思ってた──」



「倒れたフリをした僕たちをその場に残して、追跡者たちは前に出たので、彼らの表情は分かりません。けど、姫さまたちとの距離を詰めただけで、彼らは何も言いませんでした。代わりに口を開いたのが、エルンストさんです」

「いくら王子の推薦状があっても、冒険者なんて頼りにならねえ、お嬢様は自分が守る、って感じの事を、芝居みてえな口調で言ってたよ。普通のチンピラならバカにするだろうし、何かの目的で雇われてるなら、さっさと次の行動に出るんだろうけど、全然動かなくてさ」

 エルンストの気迫に気おされした、という雰囲気でもなかったらしい。



「だかやね、おっきちたの」

「そうしたら、エルンストさんがあからさまに動揺してさ。姫さんを羽交い絞めにして、来るな! って叫んでさ。追跡者たちも、それには驚いてたな、おい、待て、早まるなって、エルンストさんを宥めようとしてさ」

「取り乱した彼には、何の効果もなかったみたいですね。いつどこで手に入れたのか、法具の指輪をしていて──姫さまに法術をかけて、気絶させたか眠らせたか……まあ、とにかく意識を失わせたんです」



 何だそれ。支離滅裂じゃない? 一体、何がしたかったの、エルンスト。

「ほんと、マジで訳分かんねえよな。追跡者たちは、舌打ちしてまた俺ちゃんたちに襲い掛かって来たんだよ。仕方がねえから、そこでまたやられたフリしてさ。今度は荷車が出て来て、俺ちゃんたちと姫ちゃんが乗せられて、ここまで連れて来られたって訳」

「あにょひちょは、しょこでバイバイちたにょ。ちゅえてけねーちぇ、いわえてた」



 ……うん。やっぱり、訳が分からない。エルンストだけに分かる理屈で、彼は動いたに違いない。

 前半だけを聞けば、エルンストがあたしに良い恰好をして見せたくて、人を雇い、三つ子を襲わせたように聞こえる。でも、後半になると、彼が何をしたかったのか、さっぱり分からなくなる。



「よし。もう、考えたって分からない事は考えないようにしましょう。今、考えなくちゃいけないのは、ここからどうやって逃げるかって事だと思うの」

「そうっすね。でも……どうすっかなー。俺もクーンも武器は取り上げられてるし──」

「法術でこの格子を吹き飛ばす事はできますけど、そうすると向こうも気付くでしょうね」

「鍵開けの道具も取られちまったしな~。鍵開けの道具はともかく、武器は取り返さねえとなんねえし──」

 どうしたもんかねえ、と三つ子が悩む。石



 壁を砂に変えてしまった法術は、木製には向かないのだそうだ。彼らに手段がないのなら、あたしにだってない。石壁に穴を開けてしまった以上、こういう時のオーソドックスな手段である、急病のふりも使えなさそうだ。

「だいじょぶ。わたちにまかしぇりょ。おねえちゃ、こえ、もっちぇちぇ」

 ちびちゃんは抱えていた紙袋をあたしに差し出すと、格子の出入り口部分の前、より厳密に言うと、格子と扉の隙間部分の前に仁王立ち。



 1呼吸分ほどの間があり、ふっと小さく息を吐いたかと思うと、そいやとバク宙。ただ、あたしが知ってるバク宙は足を抱えこんでいたような気がするけれど、ちびちゃんは足を抱え込まずに、まっすぐ伸ばしたまま。足を横に回すんじゃなくて、縦に回すような形で目の前の物を蹴った。そんな風に見えた。



 見事に着地してみせたちびちゃんは、体を一歩ずらし、両手を前に突き出して、前進!

 扉にぶつかる! と思いきや、扉がごそっと綺麗に抜け落ちた。

 うそぉ?!



「すげえ、さすがボス!」

「わははは~。わたちだって、ちゃんとちやべてたんだかやな~」

 蝶番が壊されて、扉が扉の意味をなさなくなった、という事なんだろうけど──

「すごいのね、ちびちゃん」

「えっへん。わたちはちょっぴりえやくて、ちゅよいのだ~」

 扉を持ったまま、ちびちゃんは誇らしげに胸をはった。



 なるほど、チトセさんがちびちゃんを、ちびこ『さん』と呼ぶ訳も、三つ子がボスと呼ぶ訳も分かったような気がした。あたしも、ちびこさんと呼んだほうがいいかしら?

 でも、外した扉を「こえ、おもちゃい……」は~、やれやれとため息をつきながら、通路の壁に立てかけるところは、あ、ちょっと無理をしたのかも、と思わせてくれた。


ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。

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