トラブルの足音は通りの向こうで 1
三つ子が言うに、ちびちゃんは「ちょっぴり強くて偉い」のではなく「めちゃくちゃ強くてちょっぴり偉い」のだそうだ。
嘘か本当か知らないが、三つ子が束になっても、軽くあしらわれてしまうそうな。
う~ん……ある意味その通りなんだろうけど……信じられない。
「信じられないって言うのは分かるよ。俺だって、他の人からこの話を聞いたら、馬鹿にしてんのか、って思うだろうから。でも、本当」
「今日の晩御飯はお肉が食べたいって言って、お供と一緒に弁当を持ってって、深魔の森に潜って、夕方にはニードルボアを1頭、仕留めて来るようなお子様なんです、ボスは」
「ちなみに、そのニードルボアは、兄ちゃんが解体して、村の皆で焼き肉にして食った」
「ありぇはおいちかっちゃねえ……またちようね。わたち、みんにゃとちょってくゆから」
任せろ、とばかりにちびちゃんは胸をはり、小鼻を膨らませている。
ニードルボアっていうのは、ヤマアラシの皮を被った、サイくらいの大きなイノシシだと思って下さい。そんなデカいのを、ちびちゃんがお持ち帰り?
いくら保護者と一緒とは言っても…………うん。聞かなかった事にしよう。
とにかく、三つ子が言うにはちびちゃんは深魔の森で魔物を狩り、それを商会に買い取ってもらう事で、お小遣いをため込んでいるそうなのだ。
村で生活していると、買い物をする機会はあまりないので──必要な物はチトセさんが全部そろえてしまうし、お店もないので──お小遣いはたまる一方なのだとか。
「でもさ、いくらボスが金持ちだからって、あんまり高いモンを買っても兄ィやアトさんは、喜ばないと思うぞ」
今まで華麗にスルーしていたけど、アトさんと言うのは、辺境伯の事らしい。
彼のファーストネームは、スチュアートなので、アトさんなのだそうだ。ルドラッシュ村では、皆が彼の事をアトさん、あるいはアト様と呼んでいるらしい。おおらかですね、辺境伯。
「しょーね。いっぱいおかねちゅかたや、ちーちゃにめ、しゃれゆね」
「何を買うかにもよるんだろうけど、大銀貨以上はマズイと思うな~」
「予算は、大銀貨以下で良いと思うよ」
5,000円以下って事ですね。それでも、幼児の予算としてはかなりお高い。あまり、高い物を選びませんように、と祈るばかりである。
「じゃあ、どんな物が良いか考えましょうか。定番品としては、お菓子とか食べ物系なんでしょうけど──」
「たべたやなくなゆかや、や!」
はい、却下されてしまいました。
「食べ物がダメってなると……他に何がある? 装備品はナシだろ? 俺たちじゃないんだし」
それは確かに。って言うか、予算5,000円で買える装備品って何? そんなのあるの?
「それに、アクセサリーとか小物系は難しいだろうしなぁ。兄ィはともかく、アトさんはハードルが高すぎる」
「そうなの?」
「あー、洒落者っつーの? 俺ちゃんたちにはちょ~っと難しいかなって」
「ボスのお土産なら、何でも喜んでくれそうな気はしますが……」
三つ子が尻ごみするのなら、やめておいた方がよさそうだ。
「だったら、実用品かしら? ルーベンス辺境伯もチトセさんも、事務仕事はするでしょうし、文房具なら使ってもらえるんじゃないかしら」
「ぶんぼーぐ?」
発音がサイボーグみたいに聞こえるのも可愛いな! かわいくて、つい、ちびちゃんの頭を撫でてしまう。
「そう。万年筆やペーパーナイフ、ペーパーウェイト、ブックマークとか──」
「ん~……よくわかやないけど、ぶんぼーぐみちゃい」
「文房具ってのは、いいかもしんないっすね」
「あい。ぶんぼーぐのおみしぇ、いこー」
ちびちゃんが、右手を高くつきあげる。文房具の次は、お菓子だからね、と次の予定もちびちゃんが決めてしまった。かわいいニーニャのお願いですもの、どこまでもお供いたしますよ。
さて、ルーベンス辺境伯とチトセさんにプレゼントするのだから、学生向けの文房具店よりも少し高級なお店がいいだろう。学園は伝統ある名門校のため、卒業生が懐かしんでこのあたりに足を運ぶ事も少なくなく、そう言った人をターゲットに、このあたりには、高級文具店もいくつか出店しているのだ。
今では、文具を買うなら南地区、と言われるくらいになっている。
「んじゃ、文房具屋に行こっか。姫ちゃん、案内よろしく」
言いながらクーンが、ちびちゃんを抱っこした。
「む。なんで、だっこ? じぶんであゆけゆよ?」
「時間の節約っすよー。店についたら、下ろすんで」
クーンの返事に、ちびちゃんは「むぅ」と唇を尖らせる。でも、目線が高いのは楽しいみたいで、すぐに機嫌を直していた。
近くのお店から順番に見て回ったけれど、ちびちゃんのお眼鏡にかなう物はなかなか見つからなかった。
「かっこいーけど、なんかちやうにょ」だとか。
三つ子は、どの店も興味津々の様子で、店員にあれこれたずねていた。
特にキーンは、万年筆が、気になったらしい。が、値札を見て小さく唸っていた。
「そんなに気に入ったんなら、明日からダンジョンに潜って稼ぐかー?」
「俺ちゃん、カンパしてやってもいいけど? 報告書とか、キーンに任せっぱなしだし。今までの分のお礼とこれからもよろしくって意味でさ」
ちらっと値段を確認すると、確かに庶民が買うには少しお高い。でも、良い物だし、万年筆は長く使えば使うほど手に馴染んでくる物だから、思い切ってみるのも悪くないだろう。
「……もうちょっと考える」
ちょっと頑張れば手が届く物で、欲しいけど、絶対に必要ではない物って、悩むのよねえ。分かるわあ。この悩む時間も、なんだかんだで、楽しかったりするのよね。
「おみやげ、いいにょ、ないにぇえ」
「次の店に期待っつーことで」
そうしてやって来ました、3軒目。
ちびちゃんは、きょろきょろと周りを見ながら、店内の物色を開始。他にお客さんがいなかったこともあってか、おヒゲの店員さんが、
「いらっしゃいませ。何をお探しですか、お嬢さん」
愛想よく出迎えてくれた。
「あにょね、ちーちゃとアトしゃにおみやげかいちゃいの」
「ほう。お土産ですか」
こっくり頷く、ちびちゃん。店員さんは、ちーちゃとアトしゃが、何者なのか質問を重ねて来てくれた。お客さんの身になんて考えてくれる、親切な店員さんだ。
あたしと三つ子は、ちびちゃんの後ろで待機中。
と、思いきや、キーンは、万年筆のコーナーにいた店員さんに、万年筆の手入れの仕方について尋ねていた。そう言えば、さっきのお店の人は「どうせ、冷やかしだろ」って言いたげな顔をしていたわね。
このお店の店員さんは、感じがいいので、さっきよりは突っ込んだ質問をしていた。そして──
「こっちの万年筆もいいな……」うん、いっぱい悩みたまえ。
何か、ケーキ屋とかおもちゃ屋の前にいる小さい子を思い出すわ。
「──と、ねえ、気を悪くしないで聞いてほしいのだけど、あなたたち、字は読めるの?」
「俺とクーンは、簡単な読み書きまでっすね。キーンは、法術の本とか読むんで、読み書きは達者っす。字もキレイで、代筆頼まれたりしてるし、報告書は俺らもキーン任せで──」
「兄ちゃんの言う通り、何でも習ってて損はねえんだなあって思ったよなあ。村にいるときはそうでもなかったけど、こっち出て来て、読み書きできて良かったなあって」
クーンが、うんうんと頷いている。
せっかくなので、王都についての印象を聞いてみると、
「なーんか、弱っちい? 頼りないっつーか……さ」
「そうそう。俺ちゃんたち、Cランクの昇格試験を受けたけどさ、すっげー余裕だったし」
これでも、アタッカーズギルドではようやくDランクになったばかりなのだと、カーンが答えた。チトセさんからは「多分、Bも余裕で受かるだろうけど、目立つからやめときな」と言われていたらしい。
「ええと……それってつまり……?」
「あんまり大きな声じゃ言えねえけど、アタッカーズギルドと冒険者ギルドのランク査定に大きな差があるって事っすよ」
それは、大問題ですな。
でも、RPGで例えれば、十分あり得る話ではある。RPGにおいて、王都周辺は序盤であり、出てくる敵もザコばっかり。一方、深魔の森はラストダンジョンか、ゲームクリア後に出現する、エクストラダンジョン級だと思われる。
王都の住民と深魔の森近くの住民の身体能力が、ほぼ同じとかあり得ないだろう。深魔の森ではザコ扱いでも、それがそのまま王都付近へ出張してくれば、十分な脅威になり得る。
「本当は、そんな事あっちゃならないんだろうけど……アタッカーズギルドって、何十年も孤立してた訳じゃん? だから、基準とか独自のモンになっちゃったんだろうな~って」
「……今後の事を思うと、ランク基準のすり合わせが大変ね」
現実とゲームは違うのだ。ゲームの場合、世界的に有名な冒険者っていう設定になっていても、序盤に登場する時は、主人公に合わせたレベルになっているものねえ。
「下手したら、世界規模で見直す必要が出て来そうね」
「そっすねえ。それは、俺らじゃなくて、偉い人たちの仕事だから──」
「関係ない、と言えば関係ないわね。……ふむ。そういう意味では、冒険者ギルドと縁が出来たのは良かったかも知れないわね」
試験官が三つ子の試験について、話しているだろうし。そういう可能性を踏まえての、推薦枠の昇格試験だったのかしら?
だとしたら、一石二鳥どころの話じゃないかも知れないわ。──なんて考えていると、
「ほわあ! ちょりしゃん!」
ちびちゃんの声がした。どうしたのかと思ったら、ガラス製の、鳥の置物を手に持っていた。鳥の置物は寒色系のマーブル模様で、体型はずんぐりむっくりで、かわいらしい。
「こちらのペーパーウェイトは、2匹で1セットになっております」
もう一匹はベージュ系のマーブル模様だ。
「こえ! アトしゃのおみやげ、こえにしゅゆ!」
お買い上げ、ありがとうございまーす。お値段、約3,000円。予算以内なので、オッケーです。
おヒゲの店員さんは「では、きれいに包装させていただきますね」とにっこり。
「おにぇがいしましゅ」
つられたのか、ちびちゃんもにっこり笑う。
辺境伯のお土産が決まった、その後にチトセさんのお土産も決定。
こちらは、ライオンの意匠が施された、いぶし銀風のペーパーナイフ。辺境伯のお土産とお値段のつり合いも悪くないし、良いんじゃないだろうか。
「ルーベンス辺境伯は鳥で、チトセさんは、ライオンなの?」
「あい。ちーちゃとわたちは、りゃいおんなにょ。がおー」
「可愛いライオンさんね」
ちびちゃんの頬っぺたをつついてみたら、
「りゃいおんはちゅよいんだじょ! がおー」
お叱りを受けました。ぜんっぜん、怖くないけどね。
2人のお土産をきちんと包んでもらって、代金を支払い、お店を後にする。
キーンは、万年筆をこの店で買う事に決めたようだ。兄弟に「明日からダンジョンにいって、お金を稼ぎたい」と訴えていた。
決め手はやっぱり、店員さんの印象のようである。
「ねえ、エルンスト、このあたりのお菓子屋さんって言うと、どこがあったかしら?」
「そうですね……手土産としても使えそうな品を売っている店だと、アマレットあたりでしょうか?」
「ああ、そうね。では、そこに行きましょう」
次の目的地が決まり、歩き始めた事は覚えているのだ。
ちびちゃんは、クーンに抱っこされて、お土産が入った紙袋を眺めては「えへへへ」と嬉しそうに笑っていた。
あたしは、カーンにどんなお菓子が喜ばれるのか聞かれていたし、キーンはお菓子を渡す使用人の数をカウントして、エルンストに使用人の階級差は考えなくていいのか、というような事を尋ねていた。
でも、アマレットのドアをくぐった覚えが、あたしにはない……。
…………この、どう見ても牢屋にしか見えない、この場所は一体何なの!? 何がどうなってるの?!
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。