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ショッピングは、ランチの後で

 冒険者ギルドを後にして、あたしたちが目指すのは陽気な羊の歌声亭だ。歌声亭があるのは、ここから2ブロック西に進んだ所。エルンストから日傘を受け取って、あたしはそちらへ歩いていく。

 夏の暑い時期の事で、お昼時という事もあってか、通りを歩く人の数はとても少ない。ここが学生街の一角で、今は学園が夏季休暇中だという事もその原因の1つかも知れないけれど。



「いじわゆリリャ・コーユのなかまは、やっぱりいじわゆだ!」

 ぷくぷくほっぺをパンパンに膨らせる、ちびちゃん。キアランたちの言い分に、ずいぶんご立腹のようである。あたしの心境は、怒るよりも、呆れていると言った方が近い。だって、ちびちゃんが、めちゃくちゃ怒ってくれているんだもの。自分より感情的な人が側にいると、かえって冷静になれるっていう、アレかしらね?



「ちーちゃんに、め、ちてもやわなきゃ! ね? クーンもしょぉおもぉでしょ?」

「えッ?! いやあ……あれ見たら、兄ちゃんマジギレしそうだし。そうなった兄ちゃんに説教されるとか……ないわ~。俺ちゃん、現場見ただけで気絶する自信ある」

「同感。説教される側だったら、プレッシャーで身長が縮んでると思う。もしくは、ほお袋ができてる」

「素手による顔面整形の可能性も外せません。どちらにしろ、現場に居合わせたくありませんね」

 三つ子さんや、目が泳いでいるぞよ。どんだけ、おっかないのよ、チトセさんは。



 そんなに怖いの? と聞けば「地獄の釜の蓋が開くってヤツっす」ぼそりとカーンが答え、キーンは「僕らは当事者じゃありませんでしたが、二度と見たくありません」

「俺ちゃん、今も時々、あの時の夢見て、飛び起きる事があるんだよねー」

「いいこ、いいこ」

 何かが折れそうな気配を見せたクーンの頭をちびちゃんが、撫でてあげている。

 う~ん……チトセさんがねえ……あたしに想像できるのは、ブリザードスマイルまでだわー。



「まあ、アニィに説教させるかどうかはともかく、あのオッサンが言ってた通り、自分の婚約者が自分の知らない所で、自分の知らない男と一緒にいるってのが面白くないって言うのは、俺も分かる」

「クーンが抱き着いたりしましたしね」

「あっ、謝ったんじゃんか! 姫ちゃん、許してくれたし!」

 兄弟のじとっとした視線に、クーンが慌てて弁解をする。それをちびちゃんが「めー、でしょ」と言いながら、彼の頬を指先でツンツンつつく。



「ふふっ。ちびちゃん、それくらいにしてあげて。でもね、今日の件は、あのランスロット殿下が関わっているのだから、しっかり落とし穴が仕込んであるに決まっているでしょう」

「……マジっすか……」

「マジです」

 あの人、ネタふりが大好きみたいです。



 紹介状を受け取った時に、彼から「当日は外出しないよう、キアランに言っておくから」と含み笑いで、言われたのだ。言いつけを守っていれば、あたしを仲裁役にして三つ子を紹介すればいいだけの話。守らなければ──キアランに傷がまた1つ増える可能性が出てくる訳だ。実際、傷が増えてしまったし……。 本当、予想を裏切らないわー。さすがヒーロー(笑)、期待通りに動いてくれる。



「でも、会ってしまいましたよ? 僕ら。それは、予定外なのでは?」

「ちゃんと話してくれてたら、出かけなかったーって言いそうだよな」

「その時は、びっくりさせるつもりだったんだ、とでも言えばごまかせるわ」

「ごまかすんスね」

 イエス。ごまかすのです。



「…………イイ性格してるっすね」

「そうじゃないと、王子様なんてやってられないんじゃないかしら」

「あ~……」

「リャンにーちゃ、かわっちぇゆもんねー」

 ちびちゃんにまで言われちゃってますよ、ランスロット殿下。生まれて来るお子様は、パトリシア妃殿下に似てくれることを祈りましょう。



 元々目的地までは、目と鼻の先だったせいもあって、歌声亭にはすぐに到着した。大通りから1本ずれた、通りに建つこの店は、隠れた名店。ボランティア活動で親しくなった、マダム・ロスターに教えてもらった店で、キアランや愚兄には秘密にしている。



 軒先に入って日傘を畳めば、カーンがお店のドアを開けてくれた。

「ありがとう」

 先を促されて店の中に入れば、こげ茶色の木材で統一された内装と多様な植物が目に入る。背丈の高い鉢植え、天井から吊るされたグリーン。

 どこかで見た事があると思えば、マザー・ケートと初めてお話をさせていただいた、あの部屋だ。自分の部屋に戻ってから、あの雰囲気、どこかで見たな~って思ってたのよね。そうか、ここだったか。

 ただ、あちらと違って、このお店はキラキラしていないけどね。それに、マザー・ケートの部屋は女性的だったけど、こっちは男性的でずっと落ち着いた雰囲気があった。



「いらっしゃいませ」

 出迎えてくれた男性スタッフの応対は、エルンスト任せだ。彼が話をすると、スタッフは、

「お待ちしておりました。どうぞ、お席の方へご案内させていただきます」

 心得顔で頷き、店内へ促してくれる。冒険者ギルドが近くにある事もあってか、この店には、個室も用意されていて、そちらに案内してもらえるようだ。ありがたい。



「リトル・レディはこちらのお席はどうぞ」

 子供用の椅子も用意してくれていたようだ。クーンがちびちゃんをそこへ座らせると、

「ありやとーごじゃーましゅ」

 ちびちゃんはスタッフへお礼を言う。男性スタッフは、一瞬だけ目を丸くした後、

「お食事は、リトル・レディのお口にも合いますように調理いたしております。どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい」

 にこやかに微笑み返してくれた。仕事がデキる男性ひとって、素敵よね。かっこいいわ。



 あたしたちが席に着くと、別のスタッフがお水とおしぼりを持って来てくれる。飲み物の注文も聞いてくれて、ちびちゃんにはジュースを、あたしたちはお茶をお願いした。

 メニューについてはあらかじめ、エルンストが頼んでおいてくれている。日替わりのランチコースだ。

 三つ子に、それでいいか確認すると「ごちそうになる身分だから、注文は言えない」と苦笑いが返って来た。好き嫌いも特にないとの事なので、注文に変更はなしである。



 スタッフが退室すると、キーンが「忘れない内に1つだけ」と声を潜めた。

「君の婚約者たちと一緒にいた彼女には、気を付けた方がいいと思います」

「あなたもそう思う? あれ、絶対にわたしに呪いをかけていたわよね。後で、護符の手配をさせようと思っているのだけれど──遅いかしら? このへん、焦げていたりしない?」

 バッグから手鏡を取り出して顔を確認する限り、大丈夫そうだけど。



 そんなあたしを、カーンは「姫さん、面白いっスよね」と笑う。

「俺の目から見ても、焦げてはないから大丈夫。でも、あの目がヤバイのは、間違いないと思う。後で、で大丈夫だと思うけど、護符は持っておいた方がいいんじゃないかな?」

「俺ちゃんもそう思う。っつか、アレ絶対に告知受けてたって。『なんで』『なんで』って、そればっかり。後は、『ここに』とか『まだ』『そこは』とかだったかな。正直、何言ってんのか、サッパリ分かんなくて、それくらいしか読めなかった」

 告知を受ける、とはこちらでの独特の言い回し。あっちの言葉で言うなら、デンパ受信中ってところかしら。ニュアンスは分かってもらえると思う。



「あの、読めなかったって言うのは?」

「ん? ああ、俺ちゃん、読唇術できんの。兄ちゃんに、意外なトコで役に立つから覚えとけって言われて覚えたんだけど……けっこー便利よ?」

「それは凄いわね」

 あたしが素直に感心すると、クーンは「そんな事ねえって」と、照れた。照れる男の人ってカワイイな。眼福、眼福。



 ふむ……改めて見ると、三つ子もわりとイケメンである。チトセさんと同じ、ご近所にいそうなイケメン枠に分類できそうだ。カーンは体育会系の部活に青春捧げてそうだし、キーンは文科系の部活。勉強もできるけど、運動はちょっと苦手、みたいな。クーンは帰宅部で放課後は遊び回っているか、バンドとかダンスとか、そういうのにハマってそうな感じ。



 ……あ、もしかして、ミシェルはあたしがイケメンに囲まれてる事が気に入らなかったのかしら? 逆ハールートに向かって進んでるみたいだし、あり得るかも。どんだけ、ハーレム願望デカいんだか。

 ぶっちゃけ、ハーレムなんて無理無理。夢に人をそわせると、儚くなるものだよ、お嬢さん。誰か1人に絞った方が絶対に幸せになれると思うなあ。



「好奇心が働くと、物覚えいいんスよね、クーンは。それよりも、あの、本当に姫さん、大丈夫なんスか? また、後から難癖つけられたり、しないっスかね?」

「ごまかすったって、それはあのおーじ様だけの話っしょ? 姫ちゃんの兄ちゃんはどうすんの? ごまかせんの?」

「殿下から聞いていらっしゃる通りですわ、って言うのよ。聞いていないって言われたら、あら、信頼されていらっしゃらないのね、オホホ、って言えばいいの」



「良いんですか?」

「いーのだー。おほほー」

 ちびちゃんがわざとらしく、左手を口元にそえて言う。思わず、くすっと笑ってしまう。

「大丈夫よ、キーン。殿下が、内容を理解していなくても、署名と捺印をした時点でその書面についての責任は発生するもの。聞いていない、知らなかったなんて、通用しないわ」



「そりゃ、確かに。自分が何にサインしたのか、下の者に話すか離さないかは、王子が決める事で、他の人間や姫さんが口出しする事じゃない、と」

「おーじ様も、兄ちゃんも、内容なんて確認してねえ、なんて言えねえしなあ」

 さすがにそれを言えば、グレッグあたりがダメ出ししてくれるでしょう。内容ぐらいは確認しろって。期待してるからな、宰相子息。



「姫さまにしてみれば、サインしたのだから、知っていると思ったで済む話、ですか。逆に聞いていないとなると、自分の口から話して良い物かどうか、判断できないからって逃げればいい」

「そういう事。さ、この話はこれくらいにして、この後はどうしましょうか? ちびちゃんは、どこか行きたいお店とか買いたい物があったりする?」

「ん~……ちーちゃとアトしゃに、おみやげかいちゃい」

 パンを口に頬張っていたちびちゃんが、中の物を飲み込んでから答えた。



 自分のお菓子も買いたいし、お屋敷の人たちにもお土産を買いたいそうだ。

「あ~、それは俺らも同じかも。世話になってるし──」

「本当なら僕らも世話をする方ですからねえ」

「んじゃ、お屋敷の人たちの土産には俺ちゃんたちも金出そう。兄ちゃんとアトさんは、俺ちゃんたちからもらうより、ボスからもらった方が嬉しいだろうし」

 そんな訳で、まずは予算の確認をする事になった。



 カーンがちびちゃんからポシェットを預かり、がま口財布の開け──

「ボス、もしかして貯金箱ひっくり返して、中身を全部突っ込んで来たりします?」

「ん、しょぉよ」

 サラダとスープに続いて運ばれてきたパスタを、むぐむぐ、口に入れながら、ちびちゃんが頷く。



 いくらがま口財布がパンパンでも、ちびちゃんのお小遣いなら、小銅貨か大銅貨くらいが詰まっているのだろうと思ったのだけど──甘かった。

「小金貨と大銀貨……うっわ、大金貨まで入ってんじゃん……」

 ぶっふぉ! ナンデストー!?



 小金貨と大金貨って、向こうで言う金銭感覚だと、1万円と10万円よ? 大銀貨は5千円ね。幼児に、なんて大金持たせるのよ!?

「本当に、全部突っ込んで来たんですね……」

 そして、何故、所持金額の多さに、アンタたちは驚かないのよ!?

ちびこさんは、金持ちだー

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