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布石の一手はギルドの中で 3

キアランの「こんな所」発言に、ギルドにいた冒険者たちの顔つきが変わった。マンガなら、彼らの上に『カッチィーン』と言うような擬音が描かれているに違いない。

 当然、空気も一瞬にしてぎすぎすした物に変化している。



 この空気を読んだのは、兄とダリウスだった。ダリウスは、キアランを嗜めるように名を呼び、兄は「動揺なさるのも分かりますが、しっかりなさって下さい」と声をかけ、彼の言いようは、本意ではないのだと、さりげなく周りに伝える。

動揺していたから本音が出た、とも言える訳だけど、見逃してあげるわ。あたしは、ね。



 何か言いたそうにしながらも、キアランは引き下がる。代わりに出て来たのは、兄で、

「マリエール、これは何の騒ぎだ? 貴族の娘が冒険者ギルドに自ら足を運ぶような用があるとは思えないが?」

 アンタの側にいるミシェルも貴族の娘だよ! とは言わないでいてあげる。武士ならぬ、貴族の情けってヤツよ。え? 違う?



「社会勉強ですわ。冒険者とは、国にとっての得難い財産ですから、彼らの事を知りたいと思いましたの。この騒ぎは──」

 はて、何と説明したものか。あたしが困っていると、

「オレがっ、オレがクイーンに握手してくれって、最初に頼んだんだよ。そしたら、みんなが、オレもオレもって、騒ぎだしたんだ。クイーンは、悪くねえよ!」

 駆け出し剣士の少年が、口を開いた。とたん、冒険者たちの口から「そうだ、そうだ」という声が上がる。



「お前が冒険者の事を知ってどうする?! そんな事、お前は知らなくていいんだ!」

「お言葉を返すようですが、殿下。わたしが何を学ぶかはわたしが決定いたします。ご意見はお伺いいたしますが、お指図はお受けいたしかねます」

 キアランの言い分をきっぱり否定すると、

「口答えするな! マリエールッッ!!」

 ずいぶんお怒りである。



 この人は、いつもこうだ。周りの人間は、自分のいう事にハイハイ頷いていればいいんだ、と言わんばかりの態度なのである。あたしゃ、おたべ人形かっ!

「ご気分を害してしまわれたなら、お詫び申し上げますわ」

 厭味ったらしく、スカートを少し持ち上げ、膝を折り、頭を下げてやった。

 ぐぬぬぬ、と思い切り顔をしかめるキアラン。あらあら、男前が3割減でしてよ。



 それはともかく、この場をどう治めたものかしら。三つ子とちびちゃんは、まだこちらに戻って来ないようだし──キアランたちと議論したって、平行線なのは目に見えているし。下手をしたら、卑下するような言い方をされた冒険者たちも騒ぎ立てかねないし。

 さあ、どうしようかしら。



 表情は冷静さを保ちながら、頭をフル回転させていると、

「こにょ、わゆもにょめ! おねえちゃをいじめゆなら、わたちがあいてちてやんよ!」

 冒険者たちの足の間を四つん這いで抜けて来たらしい、ちびちゃんがあたしの前に立って、キアランたちを指さした。



 ──ら、ぼとっとポケットから、がま口財布が落ちた。

「おい、ちびっこ落ちたぞ」中年男性がそれを拾い、ちびちゃんに差し出す。

「パンパンに膨らんでんな」

「おお、ありやと。おねえちゃとあしょぼーとおもちぇ、おこぢゅかい、はいゆだけいれてきちゃの。なくちたや、ちーちゃにおちおきしゃれちゃう……」

 男性から財布を受け取ったちびちゃんは、チトセさんのお仕置きを思い出したのか、ぶるりと体を震わせた。



「あ、じゃあさ、これ、あげるよ。これに入れてたら、落とさないよ」

 アンタ、コンサートに出てたニーニャでしょ? と言い添えて、マリエールと同い年くらいの僧侶っぽい恰好をした女の子は、魚の形をしたポシェットをバッグの中から取り出した。口の部分が巾着になっているみたいで、けっこうカワイイ。



「ふわあ! いいにょ?! くえゆの!? ありやとー! だいじしゅゆね!」

 きらっきらの目でポシェットを受け取ったちびちゃんは、財布をポシェットの中にしまって、斜めがけ。わあい、と嬉しそうに笑って、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「姪っ子にあげようと思って買ったんだけど、魚がコワイって泣かれちゃったから……喜んでもらえて嬉しいな」

 怖い……かなあ? でも、ちびっこの感性ってよく分からないところがあるし、そういう事もあるのかも。



「ところでさ、ニーニャがいるって事は、ジェネラルもいるのかな……?」

 お嬢さん、目が泳いでますよ。なるほど。オヌシ、チトセさん狙いであったか。僧侶っぽい恰好をしているし、もしかしたら、あたしが知らないだけで、このコは、あの教会に所属しているのかも知れない。

「残念。悪ぃけど、ジェネラルはいないんだわ。いるのは、ジェネラルの部下だけなんだよ」

 人ごみをかき分けて近づいて来たのは、カーンだった。



「ひ~めちゃん! やったぜ、俺ちゃんたち、みぃ~んな、合格したぜ!」

「ひょわっ?!」

 カーンの横をすり抜けて来たクーンに、真横からぎゅっと抱きしめられて、思わず口から変な悲鳴が出た。

「っな!?」

「クーンっ! 女性に抱きつくなんてはしたないっ!」

 びしっと弟の頭にチョップを入れたのは、キーンだった。彼は「すみません」と、頭を下げてくれる。お兄ちゃんは苦労性ですねえ。ランスロット殿下と、気が合う部分がありそうな予感がする。



 それはともかく、そこまで恐縮されるような事でもないので、

「ちょっと驚いただけですから、気になさらないで下さいな」

 頭を上げて、とキーンに言えば、

「マリエールッッ!!」

 本日、2度目のお咎めが。



 何でしょうかと、キアランへ視線を向ければ、彼は頬を紅潮させて、ぶるぶると震えている。噴火への秒読み開始というような雰囲気だ。

 けど、それよりも、ミシェルの方が怖い。何か、ミシェルが般若みたいな顔で、ぶつぶつ言いながらこっちを睨んでるんですけどー!? 何、何て言ってんの? 周りの声の方が大きくて、全然聞こえない。何、呪い!? 呪いの呪文でも唱えてんの?! 視線だけで、じりじりと肌が焼けそうよ。あたしの頬から、煙とか出てたりしない!?



 ちょっと、キアラン! アンタの腕にぶら下がってるそれ、見なさいよ! 百年の恋も冷めるような、すっごい顔してるからっ! なんて、あたしの心の声は届くはずもなく、

「おっ、お前はそいつらが何者か、知って──っ……!」

 王子サマの、謎の糾弾が続く。



 あたしはしれっとした顔で、

「わたしの友人ですわ」と言ってやった。

「なっ!? ゆっ、友人だとっ?! ただの冒険者がお前の共に相応しいと──」

「身分など、世に溢れかえっている基準の1つに過ぎませんわ。ないがしろにするつもりはございませんが、こだわるつもりもございません」

 あたしが返事をすれば、「お前はまたっ!」とキアラン。



 口答えするな、って事なんでしょうけど、マジ鬱陶しい。なので、早々に口を封じてしまう事にしよう。と思ったら、まぁた横から余計な声が……。

「マリエール、その発言は我が家の名に傷を付けかねないと分かっているんだろうな?」

 愚兄めっっ!!



 仮に傷がついたとしても、この間、アンタが付けた傷よりは、何倍もマシだわ! っつか、あの件について、まだ謝罪していないらしいじゃないの! あたしも、謝ってもらってませんけども! 現在進行形で傷口に塩を塗りたくってるアンタが、どの口で言うか!

「お言葉ですけれど、こちらの3人はマザー・ケートにご縁のある方で、彼女からご紹介いただきましたのよ」

「っな……んだと?!」



 身分は平民であっても、ガイナス聖教の頂点に近い所に繋がる糸を持ってるんだから、当然、扱いは変わる。

「え~っと、姫さん、あちらさん、何をカッカしちゃってんの?」

「それが、わたしにもよく分からなくて」

 カーンの質問にため息交じりで言葉を返すと、中年男性が「そりゃあ、アンタ、あれだろ」呆れ顔で口をはさんで来た。



 いわく「テメエのあずかり知らねえところで、女にコソコソされてたのが気に入らねえのさ」

「何言ってんのさ。そんなの、男の身勝手な理屈さね。よく見てごらんよ、あの腕にぶら下げてる、でっかいアクセサリーをさ。あんなの下げてる限り、そんなこと言う資格はないね」

 バサッと切り捨てたのは、弓を背負った、20代後半くらいのグラマーな女性。



「そうですよ。冒険者の事を知りたいって事は、あの人たちがやってる事を知りたいって事ですよね!? 普通は、そこで大いに反省するはずです。のけ者にしてたんだって。なのに、何なんですか、知る必要はない、だなんて。サイテーだと思いません?!」

「口答えするな、だもんな。あれは、ナイわ~。苦労してんだな、クイーン」

 わいの、わいのと持ち上がる冒険者さんたち。



 嬉しいけど、嬉しくない。

 これじゃあ、事態は悪化の一途をたどるばかりじゃないか。冒険者ギルドでは、マリエールが絡むようなイベントが発生した覚えはないのだけども……でも、これは、確実に人気度が下がっているわよ、ミシェル。アナタ、どこまで下げるのよ?



 って、そんな事よりも、キアランご一行VSギルドにいた冒険者たち、という対立構図が出来上がりつつある事の方が問題だわ。些細なきっかけで、爆発しそう。ヤーバーイー。

「姫さま、どうしましょうか、これ……」

「きっかけと口実があれば、さっさと退散するんだけど……」

「口実かあ……ヤッベ、何にも思い浮かばねぇ」

「俺もだよ」

 三つ子も、この状況がよろしくないって事は理解してくれているようだ。ちびちゃんも、「どうちよう」あっちこっちを見比べて、あわあわしている。



 状況を変えたのは、


 バアンッッ!!


 爆発にも似た大きな音だった。心臓が止まるかと思ったそれは、銀縁メガネの知的美人が受付カウンターを叩いた音のようで──彼女は、すいっとメガネの位置を直すと、

「騒ぐなら、ギルドの外でやってちょうだい」

 渋い。仕事がデキる女って、かっこいいわあ。



 彼女は、三つ子の方へ近づいて来て、

「ギルドカードの更新が済みましたので、お渡しします」

「あ、あざっす」

 彼にカードを手渡していく。3人はそれを大事そうに懐にしまう。その様子を横目に見ながら、美人さんはこの場を一瞥。全員、気まずそうな表情になっているし、今までの喧騒が嘘のように静かになっていた。 



ぐう~うぅ……。

「あう」

 その静けさを破ったのは、ちびちゃんのお腹の虫! ちびちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたけど、ちびちゃん、ナイスだわ。あたしは、冒険者さんたちに顔を向け、

「わたしのニーニャが、困っているようなので、これにて失礼させていただきますわ」

 副音声で、お腹を空かせているので、食事に行ってくる、と伝え、会釈をした。



 ぐぅ。

 またもや、ちびちゃんのお腹が鳴る。ちびちゃんはすっかり恥ずかしがって、クーンの足にびたっと引っ付いてしまった。クーンは、「もう昼飯時すぎちまってるもん。しょうがねっすよ」と笑いながら、ちびちゃんを抱っこ。



 すっかり存在を忘れてしまっていたエルンストを呼び、撤収する。

「マリエール……っ……!」

「この場でお話できることは、何もございませんわ。では、皆さま、ごきげんよう」

 まだ言い足りないんだと主張する兄を一蹴して、あたしたちはギルドを後にした。



 文句があるなら、ベルサイユ宮殿ならぬシオン侯爵邸までいらっしゃい。オホホホホ。……文句があっても、相手をするのが面倒だから、来なくていい、って言うのが本音だけども。


中編「振り回されてる!?」も、全8話で、投稿しております。よろしければ、そちらもご覧くださいませ。 http://ncode.syosetu.com/n0746dm/

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