布石の一手はギルドの中で 2
前回に引き続き、今回も地味。
4人が退室していったところで、クーパーさんが居住まいを正して、
「レディ・マリエール。ぶしつけかとは存じますが、おたずねいたします。本日の訪問には、どのようなお心積もりがおありなのでしょう?」
顔は笑ってるけど、目が笑ってませんよ、2人とも。こちらが揃えた手札が手札なだけに、下心があるんだろうって考えたんでしょうけど……半分あたりで半分はずれです。
でも、あたりだろうがはずれだろうが、下心は教えてあげない。あたしの口からは言えない事だもの。
だから、マリエール・ヴィオラ。あたしに力を貸してちょうだいね。ばれないように気を付けながら、慎重に息を吐く。そして、下心があるように思われたなんて心外ですわ、という雰囲気を漂わせながら、微笑みを浮かべ、
「ご存知でしょうけれど、学園の生徒の多くは冒険者として登録し、ダンジョンへ挑んでおりますわ。その中には、キアラン殿下や兄もおります」
使えるものは使わなきゃ。あたしだって貴族の端くれなんだから、腹芸の1つや2つ、やってみせるわよ。あたしが、キアランと兄の名前を出したので、2人の顔つきが少し変わる。軽く眉を持ち上げ、何でその名前が出てくるんだ? という顔であたしを見つつ、
「ええ、確かに。先だって、Dランクに昇格なされたと聞いております」
クーパーさんが、頷いた。
Dランク……半人前ですね。『遅ッ』とか『低ッ』っていう感想は残念ながら、受付けられません。あちらの暦で言うと、4月半ば頃にギルドに登録したのだから──ゲーム開始前からギルド登録はしていないと思う──学園に通いながら、4か月で半人前の評価は悪くないペースでしょう。
むしろ、ハイペース? 素地があったから、っていうのもあったんだろうけども、普通は2年から3年ほどかけてCランクまで上がるのだとか。余談だそうだけど。
「まあ、そうなのですか? 兄も殿下も冒険の話は女にするものではないと思っておいでなのか、わたしには少しも話して下さらなくて──のけ者扱いなんですのよ」
「魔物の退治となると、血なまぐさい話になりかねませんからな」
「それは、そうかも知れませんが、全く知らないと言うのも、寂しいものですわ」
目を伏せてみせ、のけ者扱いされている事を悲しく思っているのだと、さりげなくアピールする。
「ならばいっそ、わたしも冒険者として活動してみようかとも考えたのですが……お恥ずかしい話、わたしは武術の才も法術の才も持ち合わせておりませんもので、言い出しにくくて……」
「殿下もお兄様も、そのような話をされては、断固として反対なさるでしょうな」
「ええ。わたしもそう思いますわ。ですので、違う視点から冒険者というものを学んでみるのはどうかと思いたちまして、こちらに寄せていただきました」
はい、嘘です。
キアランのしている事を知りたいの、と恋する女っぽい演出をしてみたけれど、こんなのは、ただの建前に過ぎない。
本音は、就職のための事前情報を集めたい。これである。
事情や背後関係の説明は省くとして、そう思った理由だけをシンプルに話すと、アタッカーズギルドとリッテ商会は、何とニアリーイコールで結ばれるそうなのだ。
アタッカーズギルドは、開店休業状態の冒険者ギルドだったそうで、そこをリッテ商会の資本で立て直したのだとか。有事の際の頼みの綱が開店休業で大丈夫だったのかと心配したけれど、チトセさん曰く「田舎のおっちゃん、おばちゃんは、惚れ惚れするくらい逞しくって」大丈夫だったらしい。
とはいえ、商会としては、将来的には、アタッカーズギルドを独立させて、冒険者ギルドのようにさせたいそうだ。そんな話を聞いてしまったら、やっぱり、冒険者ギルドの仕組みというものが知りたくなったのである。学ぶなら、今の内だ。
キアランなんて、ぶっちゃけ、どうでもいい。
「有り難い事に少々ご縁がありまして、スズメーズというパーティーを組んでいる彼らと知り合う事ができましたから。ダシにさせてもらいましたの」
「なるほど。そういう事でしたか。ランスロット殿下からわざわざギルドに通知が参りましたもので──何か裏があるのではと、疑ってしまいました」
「婚約者の事を知りたい、と思うのは、当たり前のことですな」
恥ずかしいですわ、と伏し目がちに目をそらしてみる。もちろん、演技だ。っつか、笑いをこらえる方が大変。今にもぐふっ、って鼻がなりそう。
就職先の業務を事前リサーチしておきたい、というのはあたしの事情。でも、国には国の事情があったりする。それを疑ってくるあたり、さすがギルドマスター、クーパーさん、鋭い。
国と言うか、ランスロット殿下は、ルーベンス辺境伯とチトセさんに貸しを作りたいのである。いや、もしかしたらその逆で、借りを返したのかも知れないけれど。後は、お国の金庫事情や周辺諸国との関係も絡んでいる。
政治はいつだって、ややこしくてメンドクサイ。
ちなみに、我が父の推薦状は、マザー・ケートの口添えあっての物。義兄が、キアランと一緒にやらかしてくれちゃったので、ほしいと言われれば、ハイ、ヨロコンデー! ってな、もんであろう。
ハーグリーヴス公爵の推薦状は、チトセさんがおねだりした結果。公爵いわく、「儂の命はそんなに安くないぞ!」だそうで、学園の発表会についての情報だけでは、彼の働きの報酬としては安すぎるという事らしい。まだまだ、足りないと訴える公爵に、チトセさんはベルを商会の広告塔として使わせてほしい、と頼んでいた。
そして、問題なのがキアランの推薦状。クーパーさんたちは、当然、あたしと三つ子の事は彼も知っていると思っているに違いない。残念、それ間違いですから……。
ホント、あの時の事を思うと、今も表情が生ぬるくなるわ。
あの男、内容も確かめずにサインだけしていやがるっぽいのよ!
ダメ元、冗談半分に、推薦状をキアランの机の上に潜り込ませておいたのだ。サインと印章を押せばいいだけの状態にして。もちろん、ランスロット殿下には許可を頂いている。潜り込ませてくれたのは、ユーデクス一族である。
お兄ちゃんも、ちょっとした悪戯のつもりだったのだろう。許可をくれた時は「いくら、政務嫌いとはいえ、さすがに、見ず知らずの人間の推薦状を通したりはしないよ」って笑っていたもの。
ところがどっこい、どこにも、何のクレームもないまま、サインと印章が押されて戻って来たのだ。
あの時は、2人で頭を抱えて呻いたものよ。
「……アイツは王家の……いや、人の上に立つ者の責任というものをだな……」
「ここまで筋金入りのおバカさんだとは思いませんでした……」
頭の中は、キアランへの罵倒でいっぱいだったわね。
これが、国政に関わるような重要な書類だったらと思うと、恐ろしくてたまらない。今までやらかしてなかったのは、運が良かったわよね。あたしが言う事じゃないけども、どこで教育を間違ったのかしら。
ランスロット殿下は、キアランの名前が使われた事柄について、秘密裏に調査すると仰っていたわね。気苦労が耐えませんね、お兄ちゃん。ガンバ。
おバカ王子について思いをはせていると、
「この年になると疑り深くなってしょうがない」
クーパーさんが、申し訳なさそうにしながら頭をかいた。いえいえ、とんでもない。お疑いの通り、話さないだけで、下心はありますのでね。お気になさらず。
「それでは、ギルドを案内いたしましょう。詳細については、後日レポートをお渡しさせていただこうかと思います。我々としても、自分たちの業務を見直す良い機会になりそうですからな」
「まあ! ご親切にありがとうございます。それがあれば、新しく入った職員の方も心強いですわね」
マニュアルを頂けるとは思ってもみなかったな。どれだけ覚えられるだろうって、戦々恐々してたから、これは素直に嬉しい。ありがとう、助かります。大いに活用させていただきます。
テュッセンさんに案内されて応接室を出て、ギルドの説明を受ける。成り立ちに始まって、今はどういう活動をしているのか、まで。こういう、うんちく系の話って大好きだわ。
その説明を聞いて思ったのは、ギルドって互助組合だと思っていたのだけど、それは昔の話。今は協同組合という雰囲気っぽいな、って事。あくまであたしのイメージですけどね。
組織のありようが変わったのは、今までの積み重ねの中で、それだけ冒険者の力が強くなった、っていう事なのだろう。
ギルドの仕事は、冒険者の登録管理と依頼の仲介、税金の支払いなど、冒険者への便宜取り計らい、採取物等の売買の4つらしい。運営費は、冒険者から徴収する会費と仲介手数料、採取物の販売による売上に加え、貴族や商人などからの寄付金で賄われているそうだ。
「ギルドの仕事で難しいのは、やはり人の管理と報酬の決定でしょうか?」
「おっしゃる通りです。どちらも、常に我々の頭を悩ませている事柄です」
ここから、延々とテュッセンさんの愚痴のような、悩みの原因について聞かされてしまった。
魔物を討伐してほしい、という依頼を受けた場合と、偶然見つけた魔物の巣を片付けた場合の報酬の差異や、ランクアップポイントの差異。また、採取物の査定など。
悩ましいのは分かりますけども、そんなねちっこい愚痴り方しないでほしいわ~。ほら、あるじゃない? 苦労話なんだけど、苦労してるって思わせない話し方って。
苦労知らずのお嬢ちゃんが何を、って思われるかも知れないけど、男の人の魅力って、そういうところに出てくるって思うのよ。あたしはね。
大変なのは分かるけど、ゴメンナサイ。右から左に聞き流させていただくわ。
ただ、ギルドの根幹部分でもあるだけに、このあたりの事柄は、素人が口出ししていい部分じゃないのは間違いなさそう。査定にしろ、何にしろ、ベテランを雇うべきだという事は理解できたわ。そうすると、頼るべきは冒険者ギルドって事になるわね。
と、いう事はギルドマスターのクーパーさんと面識が出来たのは、今後のプラスになるかも知れない。チトセさんが、あたしに何をさせるつもりなのかは分からないけれど、コネはあって困るものじゃないもの。
「ギルドには様々な用件で沢山の人間が参りますので、まずは受付で人を整理しています」
あたしが空いているからと、テュッセンさんとの約束を申し出たカウンターの事である。
冒険者として登録したい人、依頼を受ける冒険者、採取物の買取りを希望する冒険者。冒険者へ依頼を出したい人もいるし、ギルドが買い取った品を買い付けに来る人もいる。
「ダンジョン探索についても、こちらで受け付けています。ダンジョンの入り口には、見張りを置いていて、中に入るには許可証を提示するよう、求めています」
理由は、ダンジョン内での遭難者を把握するためだそうだ。許可証の提示を必要としていないダンジョンもあるらしいけれど、王都の近くにあるダンジョンは全て許可制らしい。
「理由はご存知かと思いますが、ここのギルドには学園の生徒も在籍していて、ダンジョンへ挑んでいるからです。滞在予定数をオーバーしたとなれば、すぐに捜索隊を向かわせねばなりませんので──」
学園の生徒の半数以上が貴族だから、配慮されているのだろう。
他にもギルドでは、討伐された魔物の解体を請け負ったり、素材にならない部位を廃棄したり、と言うような事柄も請け負っているそうだ。業務は多岐にわたるようで、興味深い。
一通りギルド内を見学させてもらい、ベテラン職員に話を聞かせてもらったり、あたしの質問に答えてもらったり。なかなか有意義な時間になった。リッテ商会に就職した後、もしかしたら関わるかも知れない冒険者の事について、知ることができたのは良かったわね。
三つ子の試験も終わったそうだ。さてさて、結果の方はどうだったのかしら。
彼らが戻って来るのを、ギルドの隅にある長椅子に腰かけて待っていると、
「あ、あのッ……!」
革の鎧を着て剣を腰に下げた、駆け出し風の少年が思いつめたような顔立ちであたしに話しかけてきた。エルンストがあたしを庇うように前に出たけれど、あたしはそれを止め、
「わたしに何か御用でも?」
笑顔で対応。乱暴をしたり、文句を付けてきそうな雰囲気がないからこそ、この対応なんだけど。
「あ、あのっ、去年と一昨年、学園のコーラス発表に出てましたよね? その……何で今年は出てなかったのかなって……去年とか、すごくて、オレ、すっげーって思ったんです。今年も楽しみにしてたのに、めちゃくちゃショボくて、オレ、すげーがっかりして……」
「そうだったの。ごめんなさいね。わたし、学園のコーラス部には所属していないのよ。去年と一昨年は、誘っていただいて参加したのだけれど、今年は誘っていただけなかったの」
「そっ……な……! 今年のコーラスは、ひっでー出来で、何で、あんなんを発表できるんだって、オレらの仲間もみんな、文句言ってて……」
「……その質問、わたしには、答えられないわ。さっきも言ったけれど、わたしは部外者だもの。それに、あの日、わたしは東地区の教会で行われたコンサートに出ていたから……」
「もしかして、アンタ、クイーン・アローラかっ!?」
会話に加わって来たのは、屈強な体躯の中年男性だった。
わたしが頷くと、少年は「そっちだったのかよ……」残念そうに肩を落とした。
中年男性が「ありゃあ、すごかった。鳥肌が立っちまったよ」なんて言うもんだから、「あたしも聞いたわ」とか「パレードにも参加してましたよね?」という声も上がり──いつの間にか、建国祭の話で大賑わい。
クイーン・アローラはすごかった。ニーニャが可愛かった。ブローサも良かった。
教会にいたのか、評判を聞いたのか、はたまた新聞記事で読んだのか。みんな、良く知っている。
少年なんか、手を自分の服にこすりつけ、「握手してくれないかな?」と顔を真っ赤にして、あたしに手を差し出してきた。
純情少年、かわいいな。これは、サービスせねばなりますまい。
あたしが快く応じたもんだから、ギルドの待合スペースは、あっという間に握手会の会場になってしまった。何でこうなったんだか。エルンストなんて、いつの間にかただのオブジェ扱いよ。誰も気にしてないわ。
こうなってしまった以上は仕方がないので、長椅子を立ち、握手に応じていると、
「マリエール!? お前、こんな所で何をしているっ?!」
キアラン登場。もちろん、彼だけではなくて、彼の腕にはミシェルがくっついていたし、兄を含めた取り巻きご一行様も揃っていた。
……うわあ……面倒くさい。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。




