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建国祭二日目は朝食会で 4

 朝食会の会場は、すでに和やかな雰囲気になっていた。お客様の数は、やっぱり20代から30代くらいの、年若い世代が多いみたい。奉仕活動などで、一緒になる令嬢が何人かいたけれど、話をさせてもらうのは後回しにする。今は、キアラン対策報告会の方が重要だ。



 朝食会は、立食形式をとる事が多い。好きなものを好きなだけが、この形式の特徴だ。

 サンドイッチなどを取り皿にいただき、会場の隅に置かれているベンチへ移動する。

 ベンチに座れるのは、基本、女性だけ。男性は立ったままでいる事がマナー。この場合、真正面には立たず、ちょっと横にずれた位置に立つ事が大事。真正面から見下ろされたら、威圧されているようにしか思えないものね。



 一応、確認しておくと、辺境伯はチトセさんから、公爵はベルから、あたしとキアランの関係、および脳内花畑牧場オーナー、ミシェルとその愉快な取り巻きご一行様について、聞かされているそうだ。

 もちろん、あたしが貴族位を放棄したいと望んでいる事も。



「もうあれは、どうしようもないな。害悪だと言われても仕方のないところまで来ている」

 毒舌ですね、公爵。

 言い過ぎですよ、と反論できないあたりが、涙を誘うわ。

 本当、キアランたちってば、どこでどう間違ったのかしら? ミシェルがゲームの通りにきちんと躾をしてくれていれば、あんな事にはならなかったのだと思うけど。



「コーラス部の発表の事を話すのは、構わないのだけれど、何故、それを知りたがるのか、教えていただけて?」

 ティーカップを優雅に口元に運びながら、ベルがチトセさんに尋ねた。

 ありがたい事に、ベンチの側にはサイドテーブルを用意してくれているので、持ってきた軽食やカップなどはそこに置いておける。こういうちょっとした気配りが嬉しいわね。さすが、ランスロット殿下の朝食会だわ。




「それはもちろん。昨日の事件について、当事者に自白書を書かせたんだよね。何故、こんな事をしたのか、その理由をね。アイツらってば、口をそろえて……いや、この場合はペンをそろえて、かな? コーラス部の発表をアナタが妨害したから、だって答えてるんだ」

 チトセさんの視線の先にいるのは、もちろん、あたしである。



「は? わたしが、コーラス発表を妨害した? 学園の伝統行事をただの一生徒でしかない、わたしがどうやって妨害を──?」

 そんな事、できる訳がない。

 思わず、間抜けな顔をすれば、ベルに「お顔っ」という厳しい声と共に、軽い肘鉄を食らってしまった。すみません、つい、庶民の地が……。



「そう。そこで、レディ・イザベルへの質問に繋がるんだ。レディ・マリエールができるような、妨害だったのか、どうか」

「結論から申し上げれば、無理ですわね。そもそも、妨害以前の問題でしてよ。だって、コーラス部員自ら、ボイコットしたのですから」



「は?」

「え?」

「わお」

 上から、辺境伯、あたし、チトセさんだ。公爵は「嘆かわしい」と一言。どういう事?



「あたくしのお友達の妹の友人が、コーラス部に所属しておりますから、確かな話ですわ」

 と、1つ前置きがあって、ベルが暴露してくれた。

 生徒会からの指示で、ミシェルをコーラス部の発表に参加させる事は、部員たちから非常に不満があったらしい。それは、当然と言えば当然の事だろう。自宅で開くチャリティーコンサートや、内輪での余興だと言うのならまだしも、昨日のアレではねえ……。



 何度も言うけれど、建国祭のコーラス発表は何十年と続く学園の伝統なの。学園の看板の1つと言っても良いわ。

 今年も素晴らしかったですわね、と評価されるのが当たり前の行事なのよ。

 その事は、誰よりもコーラス部員が理解しているわ。



 だから、発表会の優雅さとは裏腹に、彼ら、彼女らは体育会系並に熱血しているのよ。発音、発声はもちろん、それを支えるための腹筋や体力を鍛えるため、日ごろから、アスリート並の厳しい練習をしているわ。部員の血の汗滲むような努力は、脱帽ものよ。

 マリエールだって、去年、一昨年は彼らと同じように、発表会に向けて、走り込んだり、腹筋を鍛えたりしたのよ。スミレのレディーも、歌に関しては熱血なのよ。



 それだけ鍛えてもなお、建国祭のコーラスに参加できるのは、部内オーディションの合格者のみ。不合格者は、例え最終学年であっても、参加できないという、徹底ぶり。

 それだけじゃないわ。オーディションは、常に突発的に行われ、発表会当日まで、「暫定合格」でしかない、という恐ろしさ。



 マリエールだって「今日の参加は、見合わせていただきます」と言われる可能性があったのよ。参加を決めた時に、顧問の先生から「部員と平等に扱いますから」って言われたもの。

 それがあったからこそ、余計に燃えたのだと思うけれど。情熱をあおるのが上手いわよね。



「もちろん、と言っていいものかは分かりかねますが、あのこざ……いえ、ミス・ヘランはオーディションの合格基準に達していないそうですわ。それでも、生徒会の──いえ、正しく言えば、彼らのその実家の力の前に、舞台に立たせない訳にはいかなくて……」



 練習には来るけれど、真剣さが足りない。アドバイスも注意も、全て無視。時には、機嫌を損ねて、愉快な取り巻きたちに言いつける。当然、取り巻きたちはお怒りだ。そして、下校の鐘が鳴ると、さっさと帰る。休日ともなると、顔すら見せない。



 何てこと! 協調性ってものがないの!? というより、やる気がないんなら、最初から参加するな!  それに、部外者が口出しするんじゃないっつーの! 邪魔だわ!

 オーディションに落ちた部員からは「あれで舞台に立てるのなら、私だって!」と不満の嵐。

 顧問の先生も、権力の前には逆らえない、すまない、耐えてくれないか、と涙、涙、涙。



 学園の伝統行事を何だと思ってるのかしら!

 大体ねえ、今だから言うけれども、マリエールがコーラス部の発表に出演しませんか、と誘われたのも、嫌がらせがきっかけだったんだからね!?

 公式の場では歌おうとしない、精霊の歌姫がナンボのもんじゃい、っていうやっかみ? そういう心理が働いてのものだったに違いないと思っている。



 何故って? マリエールに、コーラス部の発表への参加を誘って来た先輩の顔に、「本当に歌えるの?」「実はたいした事ないんでしょ?」「大恥をかかせてあげるわ」と、書かれてあったからよ。

 もちろん、その見下し感は、ばっきりへし折ってくれましたけどね。マリエールがっ。



「確かに、殿下の指示なら、従うしかない……か。学園が身分の上下にとらわれず、という教育方針をうたっていても、現実はそういう訳にもいかないしな──」

「ええ。辺境伯のおっしゃる通りですわ。ですから、部員は抵抗したのです。コーラス発表を急病で休む(ボイコット)、という手段で。顧問の先生も、それに加わったとか──」



「あらま」

「っな……! それは──前代未聞だな……」

 辺境伯が絶句なさるのも無理はないわ。学園史上、初めての事じゃないかしら?

 コーラス部員は、建国祭のコーラス発表の舞台に立ちたくて、入部した人たちばかりである。

 そんな人たちが、ボイコット! どれだけ悔しくて、悲しくて、辛かっただろう。



「それを唆した、いや、勧めたのがレディ・マリエールという事になっているのか?」

「ミスター・ルドラッシュのお話を聞く限り、彼らの頭の中では、そうなっているようですわね。コーラス部の発表は学園の伝統ですわ。開かれ、成功して当たり前の物でしてよ」

 辺境伯の独り言のような疑問の声に、ベルはため息をこぼす。



「普通の生徒であれば、中止させよう、なんて思いつかない?」

「中止になる事自体、想像がつかないと思います」

 チトセさんのそれは独り言のようにも聞こえたけれど、あたしは返事をした。

 建国祭にコーラス部の発表がないなんて、あり得ないわ。真夏に雪が降るくらい、あり得ない。



「それで、発表会は取りやめに?」

「いいえ。病気になったのは、貴族籍の生徒だけで、庶民籍の生徒は皆、発表会に来ていますわ。さすがに、彼らにもそれをしろ、と言うのは酷ですもの」

「ははあ……それで、病気にならなかった生徒たちを集めて、発表会をしたって訳か」

「学園のホールではなく、前庭で、マリィのお兄様を指揮者に、発表していましたわ」

「はあ? そんな勝手な……でも、学園側に許可を取れば、問題は──」

 ない、って言おうとしたら、ベルがふっ、と鼻で笑った。



「あの連中に、そんな手配りができると思って? あたくし、きちんと問い合わせいたしましたから、間違いございませんわ。あの小猿共のせいで、あたくしの楽しみが1つ、減ってしまったのよ。許せませんわ」

「無許可なのか──」

 公爵の両肩、がくーっ。チトセさんと辺境伯は、あちゃー、と空を仰ぐ。



 あたしの視線もうつろになるわ。空の青さが何だか、憎らしい。もう、開いた口が塞がらないわ。

 でもね、やっぱり、ゲームの通りって言うか……もう、あたしの精神がガリガリ削られていくの……。やめてくんないかな、ホント。いつ、吐血しても不思議じゃないわよ。



 今更ながらに思うわ。『ファンタジック・ノーブル』には、副題が必要だって事。『~残念なイケメンを躾ける方法~』とか何とか、そんな感じ。

 普通のゲームは、イベントで好感度を上げる必要があるのに、このゲームはその逆! イベントで好感度を下げなきゃいけないんだもん。つまり、叱って躾けろ! そういう事なんでしょうよ。



「でも、どうして、予定されていたホールではなく、前庭で発表する事になったのかしら?」

「発表会が中止になる、というウワサが流れていたようですわ。部員がボイコットするつもりでいたのですから、ウワサの元はそちらでしょうね」

 コーラス部員と顧問の先生がボイコットしたのは、ミシェルへの参加要請を撤回してくれるよう、生徒会へ何度もお願いしていたのに──オーディションの合格基準には達していない、という理由もある──それを却下され続けたから、という事もあったのだろう、とベルは言う。



「結果は言うまでもありませんわね。散々な評価だったようですわよ」

 デスヨネー。

 顧問の先生はおらず、部長を始めとしたまとめ役も不在。口を出すのは、部外者の生徒会。多分、出席した部員たちは右往左往していただろう。

 そんな混乱の中で、それでも、発表会を一応は形にしてみせたのだから、すごい事ではある。



 でも、褒めてやる気にはならないわね。

 ホールでやれよ、ホールで! 周りの迷惑を考えてよ! 前庭って確か、大道芸同好会のメンバーが使う予定だったはずでしょ!?

 この結果は、生徒会の失態として学園史に残る訳だ。

 これは、キアランたちにとっても、穴に埋めてしまいたい、恥ずかしい過去、いわゆる黒歴史ってヤツになるんでしょうけど。



 もう、何もしないでおとなしくしていてほしい、と思うのはあたしだけ?

 アイツらのトンデモ武勇伝を聞く方の身にもなってもらいたい。倒れそうになるわ。



 思わずげんなりしていると、ランスロット殿下の侍従が1人、「ご歓談中に失礼いたします」と声をかけて来た。そろそろ、あたしにスタンバイしてもらいたい、との事である。

「承りましたわ」

 あたしは頷き、ベンチから立った。



 何があるの? と言いたげなベルに、ランスロット殿下から、歌ってほしいと頼まれた事を伝える。

「まあ! 素敵ね。あたくし、あなたの歌を聞けなかったから、昨夜はお父様にずいぶんと恨み言をぶつけてしまったのよ」

「そうなの? だったら、何かリクエストはあるかしら?」

「『神の恵み』がいいわ。お父様が、とても褒めていらしたもの!」

「分かったわ。お願いしてみるわね」

 二つ返事で了承し、あたしは呼びに来てくれた侍従の後について行った。



 向かう先には、東屋があって、中にピアノが運び込まれている。

 東屋の前で、ランスロット殿下が、キアランの朝食会が中止になって申し訳なく思っている、そのキアランからマリエールが歌う場を提供してほしいと頼まれた、とか何とか……。



 嘘も方便とは、よく言ったもんである。まあ、あたしとしては、構わないけどね。

 将来、義理の兄になるランスロット殿下とは仲良しなんですよー、とアピールするだけである。

 殿下のスピーチを聞いていらっしゃる人は、ぱっと見ただけでは数えきれないくらい。ただ、この場の雰囲気を見るに、彼のスピーチ──キアランが急病で朝食会中止というあたりね──を、信じている人間は、ほとんどいなさそうである。……ムリもないか。



 っと、ランスロット殿下、その手にお持ちのフルートは、結構よい品の物ですよね。演奏する機会がないと仰っておられた通り、フルートを演奏して下さる事は、珍しい。

 でも、お上手だと、有名だったりするのよね。主にパトリシア妃殿下側からのお噂だけれども。

 ふむ、これも、義理の妹(予定)とは仲が良いんだ、というアピール戦略の一環か。そこらへんは、お好きにしてくださいな。お互い、利用して利用される関係ですものね。



 拍手に迎えられたあたしは、お客さまへご挨拶。キアランの代わりに、朝食会が中止になった事をお詫びしておく。信じてもらおうなんて、思っちゃいない。ただ、体裁を整えただけだ。

 挨拶の後、ランスロット殿下とピアノの伴奏をしてくれる宮廷音楽家と軽い打ち合わせをする。

 国歌は、初めから決まっていたけれど、それに2曲追加したい事を彼らに伝えた。



 ベルからのリクエスト『神の恵み』ともう1曲。パトリシア妃殿下の懐妊のお祝いという事で、とある歌劇の劇中で子守歌として歌われている曲を歌いたいのだと、伝えた。

 幸い、どちらの曲も2人はご存知だったので、何の問題もなく、スムーズに歌う事が出来た。

 人前で歌うのって、緊張するけれど、楽しい。


ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。


ちなみに、ではありますが、作中のとある歌劇の劇中で子守歌として歌われている曲というのは、ジャズのスタンダートナンバー『summer time』をイメージしています。

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