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建国祭二日目は朝食会で 2 

先週は、お休みをいただき、すみませんでした。

ランスロット殿下が、退室された後、あたしはパトリシア妃殿下のご機嫌伺いに、彼女の部屋を訪ねた。顔色こそ優れなかったし、ベッドの上で過ごしていらしたけれども、表情は柔らかく、元気そうと言えば元気そうだった。



 訪問時間は、10分ほど。ご自愛くださいませ、と頭を下げて退室した。短い? いいえ、ただのご機嫌伺いだもの、こんなものよ、こんなもの。長居はできないわ。それに、もうすぐ朝食会の時間だもの。向こうだって、その事は知っているから、引き留められる事もなかったしね。



 と、いう訳で、朝食会の会場の方へ移動する。

 建国祭二日目の朝食会は、雨が降らない限り、お城の庭園で行われる事になっていた。

 中央の噴水のある広場で、国王陛下のご挨拶を聞いた後、招待客は、国王夫妻か、ランスロット殿下夫妻、キアランが準備したそれぞれの会場へ移動する事になっている。

 ま、今年のキアラン主催の朝食会は、中止になってしまいましたけどねー。



 それはともかく、ぼっちでの会場入りが、ちょっと憂鬱ではある。1人で会場入りするなんて事は、まずありえない。これが舞踏会や晩さん会だったら、主催者側がペアを作ってくれるのだけれども、朝食会となると、そういう訳にもいかない。



 これじゃあ、悪目立ちしてしまうわ。

 いっそのこと、遅れて参加しようかしら? エスコート役は、自分の交友関係を広めるのに忙しいようですの、というような顔で、会場の隅っこにいれば──いけ……る?

 うう~ん……どうかしら。なんて事を考えていたら、

「良かった、見つかった」

 前方から歩いて来る、良く知った顔。チトセさんである。



 ライトグレーのジャケットに、黒のパンツ。印象を変えるためなのか、顔の右側から、三つ編みにした髪を垂らしている。

 どうして、ここにいるの? という疑問は、飲み干した方が賢明だ。この人は何でもありなんだから、いてもおかしくない。

「おはようございます、ミスター・ルドラッシュ」

「おはようございます。レディ・マリエール」

 あたしの後ろには、ジャスミンとお城の女官がいるので、こんな挨拶になってしまった。



 チトセさんは、にこりとした笑顔と共に優雅に一礼をしてくれた。その後、流れるような仕草で、体を半身に引く。彼の後ろには、チトセさんより、2つ、3つ、年上に見える男性がいたのである。

 身長はチトセさんより、低い。でも、180センチは絶対に超えているわ。これは比べる対象が悪いのよ、うん。体型は、細身だけど、なよっとした印象はなくて、チーターみたいな、細めの肉食獣を思わせる雰囲気。チトセさんも、雰囲気的にはネコ科の動物よね。ちびちゃんはイヌ科っぽいけど。



 さて、誰だろうと内心で首を傾げていると──

「ルーベンス辺境伯、こちらはシオン侯爵令嬢です」

 何ですと!?  ルーベンス辺境伯って、こんなに若かったの?! 社交界では、ほとんどお名前を耳にする事がなかったから、てっきりお年を召した方だとばかり……。

「お初にお目にかかります。マリエール・シオンと申します」

 内心の驚きは、表情に出さないで、あたしはきちんと淑女の礼を取った。



「初めまして。スチュアート・パララディ・ルーベンスだ。君の事は、チトセやちびこから聞いているよ」

 にこっと微笑んで下さった辺境伯──うん、美形だわ。その微笑みに、うっとりしちゃう。貴族の社交笑顔は技術と努力を足した結果の演技力だなんて誰が言った。……この微笑みが演技だなんて、到底思えないわ。あぁ、ステキ。 



 辺境伯の黒に近い藍色の髪は、さらさらのストレート。少し下がった目尻と泣きぼくろが、セクシー。キアランたちも美形だけども、それより頭1つ分抜きんでてる感じ。眼福だわ。

 それに、お召し物も素敵。紺のジャケットに、ピンクのアスコットタイを合わせてるのが、オシャレだ。パンツは紺に白のピンストライプが入っているもの。

 朝食会っていう、気取らない会だから許される格好だと思う。



「ランスロット殿下から、君のエスコートを頼まれたのだけれど、構わないかな?」

「まあ。嬉しいですわ。是非、お願いいたします」

 辺境伯って言うのは、侯爵と同等の身分だ。侯家の娘のエスコート役としては、申し分のない相手だ。同等の身分なのに、呼び方が違うのは、王家との距離感のせい。辺境伯家の方が、侯爵家よりも独立性が高いのである。



 差し出された辺境伯の手を取って、あたしは、彼と一緒に、会場になっている庭の方へ移動する。チトセさんは、一歩下がって、後からついて来ていた。それにしても──

「ランスロット殿下には、助けていただいてばかりですわ」

「ああ、そこは気にしなくても構わないだろう。彼にとっては、渡りに船だったのだから」

 と、おっしゃいますと? あたしの疑問はそのまま表情に出ていたらしく、辺境伯が小声で説明してくれた。後ろには、女官がいるからね。



 何でも、国王陛下と辺境伯の仲は、よろしくないらしい。辺境伯は、陛下を嫌って、爵位を継いだ挨拶を最後に、ずっと領地に籠っていらしたのだそうだ。毎年、社交界シーズンの幕が開ける頃、陛下から「王都に出て来ないか?」と誘いを受けるそうだが、全て断って来たのだとか。そう言えば、陛下と法皇様は、辺境伯に引け目があるとか何とか、聞いたっけ。



「けれど、いつまでも国と距離を取っているのは良くない話だ。独立を考えた事もあったが、何かと面倒事がついて回りそうで──」

 辺境伯は、ここでため息を1つ。辺境伯の領地は広大で、深魔の森とも接している。世界情勢が現状のままであったなら、独立を視野に入れても大丈夫だけれど、深魔の森はハイリスク、ハイリータンの土地柄だ。これからも、今のままというのは、希望的観測に過ぎない。



「商会の事もあるしね。そこで、王ではなく、殿下に歩み寄る事にした。王が作った溝を息子が埋める、という形でね。私の事を知る貴族は少ないが、年配の方はご存知だ」

「分かる人には分かる、ランスロット殿下の功績、という訳ですね」

「その通り。君は、殿下の婚約者という立場なのだから、私の接待役にはうってつけだ」



 確かに。マリエールを連れている事で、キアランもこの仲裁に関わっている、と周りに匂わせられる。でも、変にプライドの高い彼の事だから、俺は知らん! マリエールを貸した覚えなどない、なんて騒ぎそうだ。

 そうなれば、どうなるか。おそらくは、彼の評価が、また下がるのだろう。



「黒いよねえ……」

「真っ黒ですわねえ……」

 後ろからのつぶやきに、あたしも思わず賛同してしまう。



 キアランが、それなりに上手く取り繕う事ができたら、仲良し兄弟って事をアピールできるんだと思う。大事な(自分で言ってて笑えるけども)婚約者だけど、お兄ちゃんになら任せられるから! ってな具合に。

 でも、今のキアランの言動では、婚約者からも見放された王子様、という風にしか見えないような気がする。何よりも問題なのは、本人がその事に気付いていない事だろうな!



 キアランの頭の中は、一体どうなっているんだろう? いや、今の意見だって、上から目線で、彼からしてみれば、侮辱する気か! ってなっちゃうだろうけど、そう思うんだもの。仕方がない。

 アイツの思考回路がどうなっているか、気になるのだ。執事のアルフレッドが倒れた事も知っているだろうに、なのに、全く動かないし。誰か、アイツの頭の中をかち割って……失礼、覗いてみて、説明してくれないだろうか? ない物ねだりだって、分かってるけど。



 キアランの言動について、頭を働かせている内に、会場に到着した。

 青い空に、白い雲。いい天気である。日差しがまぶしい。温度も、どんどん上がっているのだろう。熱中症、日射病には気を付けねば。毎年、倒れる人がいるのですよ。ここだけの話。

 そんな訳で、早速、飲み物をちょうだいする。シャンパングラスに入った、赤い液体。ワインでしょう、って? 残念、フルーツパンチです。

 チトセさんと辺境伯は、スパークリングワインを選んだようだ。



 飲み物を頂いて、喉を少し湿らせた後は、知り合いへの挨拶回り。今日は、辺境伯に紹介できる人物だけを選んで、回る事にした。つまり、爵位を継いで10年以上になる、比較的ご年配の方々を中心に、である。

 皆さん、辺境伯が王家主催の社交の場に出て来たとは! と驚かれていた。



 中には、先代の辺境伯夫妻と交流があった方もいらして、昔話を聞かされたり、辺境伯の幼い頃の事を教えて下さったりした。辺境伯夫妻は、貴族には珍しい恋愛結婚で、当時は舞台の演目になり、人気作として何度も再演されたのだそうだ。ただ、それも20年ほど前にぱったりと演じられなくなったらしい。

 もちろん、王家と辺境伯家との確執が原因である。その確執については、誰も話してくれなかったけど。



 一通りの挨拶回りが終わった後、

「……意外に覚えていて下さるものだな」

 これが、拍子抜けした、と言いたげな、辺境伯の第一声である。

 7年もの間、領地に籠っていたので、誰、それ状態だろうと思っていたのに、「久しぶりだ」と声をかけてくれるので、驚かれたらしい。



 今も、先代辺境伯夫人とは、手紙を交わしているというご婦人もおられたし、皆さん、辺境伯が出て来られた事を喜んでいたようだ。

「先代は、とても人気者だったようですわね。皆さま、良いお顔で昔の事を懐かしんでいらしたもの」

「ああ。本当に大きな父だな。改めてそう思うよ」

「勢いだけの小娘に投資してくれるくらいだしねえ」

 うんうん、とチトセさんが頷いている。



 リッテ商会の会長は、辺境伯と同い年の女性なのだそうだ。設立が10年前と言うから、あたしと同い年で商会を立ち上げたという事になる。

「それは……すごいお話ですわね」

 日本の感覚で言えば、女子高生が起業したのだ。すごい、と言わずして、何と言う。もっと言えば、その女子高生を補佐するのが、中学生くらいのチトセさん、という事もすごい。



「商会は色々と規格外だから、何でもありだ。いちいち驚いていたら、こちらの身が持たなくなる。レディ・マリエールも覚悟していた方がいい」

「ええ、それは……チトセさんを見ていれば、何となく分かります」

「あのね、それ、どういう意味?」

 後ろからじとっとした視線が送られてきたが、ごめんなさい。無視させていただくわ。


ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。

 よろしければ、こちらの拙作もご覧ください。

『黒豹クンは……』http://ncode.syosetu.com/n1148dk/

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