建国祭二日目は朝食会で 1
晩さん会だと思われていた方、残念。翌日の朝食会です。
16.10.09 ユアシェル国の地理についての一文を変更しました。
始まりは2時からなのに、朝食会とはこれいかに。何故、昼食会ではなく朝食会なのか。謎である。謎であるが、そう呼ばれている以上、そんなものかと納得するしかない。
昨夜の晩さん会は、平和だったわ~。表面上は。その裏では、ブリザードが吹き荒れていたけれど。
原因はもちろん、キアランとそのご一行様だ。急な体調不良のため欠席する、という知らせが届いたのは、晩さん会が始まる直前の事。体調不良は単なる言い訳に過ぎないって、バレバレ。
義父母を含め、保護者様方は非常に肩身の狭い思いをしていらしたようである。いつもはおしゃべりなエマーソン伯爵夫人(グレッグ母)も、黙って俯いていらしたもの。
全員、気分が優れないと仰って、早々に晩さん会から引き上げていかれたわ。最後まで残ったのは、国王陛下とランスロット殿下だけ。招待されていた法皇様も、青い顔をしていらして──心中、お察しいたしますわ。
この方は帰り際に「私の息子が済まない事をした。謝ってすむ事ではないだろうが、心からお詫び申し上げる」と、謝罪して下さった。加えて、教会は、あたしへの対応をマザー・ケートに一任しているので、何かあれば彼女を頼るように、ともおっしゃって下さった。
周りの目を気にしての、小さな声ではあったけれど、それについてとやかく言うつもりはない。ワタクシ、大人ですから。……自分で言ってても笑えるけど。
「レディ・マリエール、そろそろお支度を始めませんと──」
「そうね。お願いするわ」
昨日、あたしはお城に泊めてもらった。王族の婚約者っていう肩書がモノを言った形だろう。実際は、ランスロット殿下と今後の事について、話し合う時間が必要だから、っていう下心もあったのだけど。
朝食会のドレスは、マーメイドラインのロングワンピースにした。後ろの裾が長く、少し引きずるデザインになっている。
デイドレスなので、胸元の露出は控えめで、白いラインストーンが、胸元に飾られていた。色は、白から濃い青へ変わるグラデーション。デザインとしては、とてもシンプルな物だ。
着ていた服を脱いで、下着姿になり、鏡の前に立つ。
下着姿を誰かに見られるのも、すっかり慣れてしまったわねえ。ジャスミンたちだけなら、こんな風に思う事もなかっただろうけど、寝室には、お城の女官たちもいるのでね。
……思えば遠くに来たモンだ。
なんて、少しアンニュイになっていると、隣の部屋がどたんばたんと大きな物音が。
お待ちください、だとか、今すぐお呼びいたしますから、と言った声に重なって、離せ、俺を誰だと思っているとか、何とか。
一体何事だと、下着姿のままでいることも忘れて、隣に続くドアを振り返れば、
「マリエールッッ! 俺の朝しょ……ッ!? おっ、お前っ! 何と言うかっごふぁっ!?」
ノックもせずに、キアランが乱入して来た。
──と思いきや、ドア近くに待機していた女官に、腹を蹴り倒されて退室。
すかさず、隣室に「キアラン殿下っっ!!」と、特大の雷が落ちた。
あたしが怒られた訳でもないのに、思わず肩をすくめてしまったわ。
落雷があった後も、何だかもめ事が続いている。よく聞こえないから、何を話しているのか、よく分からないけれども。
──それにしても、女官が、王子様を蹴り倒すって、アリなの? ナイよね? 普通。ドアを見つめていた視線を、彼女へ移動させてみる。
あたしの視線に気づいたのか、キアランを蹴り倒した女官はニッコリと微笑み、内緒ですよ? と声なき声であたしに伝えてくれた。オッケ。分かった。そういう事ね。
ってな訳で、あたしもニッコリ微笑み返し。触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。使い方があっているのかどうかはさておき、そんな気分だ。
あたしは、何も見なかった。
キアランなんて、キテナイヨー。
ワンピースに着替え、ドレッサーの前で髪をセットしてもらっていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。ノックの音で気づいたけれど、いつの間にか隣が静かになっているわね。
入室を許可すると、入って来たのは、フィーネ夫人だった。
「レディ・マリエール、私共の不手際で、大変失礼な事をいたしました」
「あの勢いでは、ね。気にしないで、と言っても気にするのでしょうね、あなたたちは」
さっき、特大の雷を落としたのは、この人である。夫人は、女官長として長年、後宮に勤める女官たちをまとめてきた有能な人だ。
もちろん、国王陛下やランスロット殿下、キアランも頭が上がらない。
「そうね……マダム・クローネという菓子店を知っているかしら? あそこのケーキがとても美味しいのよ。今の失態のお詫びとして、それを我が家と東地区の教会に届けてもらいたいの。構わないかしら?」
「かしこまりました。そのように手配させて頂きます」
夫人と話をしている間にも、ハンナとカーラが、あたしの髪をセットしてくれている。
別に、失礼には当たらないからね。
髪の一部を編みこんで、アップにまとめる。真珠とサンゴの髪飾りを指して、耳には白い貝殻の小さなイヤリング。歌と違って、森へは出かけませんけども。真珠の二連ネックレスと貝殻モチーフをあしらったチェーンベルトを装備。
今日のコーディネートは、海をイメージしております。王都は内陸にあって、海は遠いけど、海を知らない人間はいないし、涼し気でいいだろう。あー海水浴したい。
コンコンとまた扉がノックされる。入室を許可したものの、誰も部屋に入って来る様子はない。
さっき、キアランを蹴った女官が、部屋の外にいる人と言葉を交わしていて──
「レディ・マリエール。ランスロット殿下が、お見えでございます」
「ランスロット殿下が? すぐに行くわ」
ちょうど、お化粧も終わったところだし、ちょうどいい。
隣室へ向かうと、
「おはよう。レディ・マリエール」
シルバーブロンドの貴公子が、目元を細めて挨拶してくれた。あたしも膝を折り、頭を下げて、
「おはようございます、ランスロット殿下」
彼へ、挨拶をする。母親が違うと、こうも違うのかと思わずにはいられない。あの、猪王子め。お兄様をちょっとでいいから、見習うべきだと思う。ランスロット殿下も、ザンネンな部分はあるけどさ、本音と建て前を使い分けられて、待てができる分、アンタよりは数倍マシだから。
「昨夜は良く眠れたかい?」
「ええ。お蔭さまで」
雑談をしながら、殿下がさっと手を払う。女官たちに退室を促しているのだ。彼女たちは一礼すると、部屋から下がって行った。そのさい、部屋の扉を半分、開けていく。
これは、やましい事など一切、していませんよ、というアピールの為である。
人払いが済むと、真っ先に「キアランが済まないな」と謝られた。本来、頭を下げるべき人間は、ランスロット殿下が自室に戻るよう、命じたそうな。
何故だろう……ペットに「ハウス!」と命じる飼い主の姿が思い浮かぶ。まあ、いいか。
「殿下が押しかけていらした理由をご存知ですか?」
「あれが開く朝食会の準備について、君に聞きたかったようだ」
はあ? 何ソレ。そんなもの、知りませんが。去年、一昨年は、張り切って準備させていただきましたけれども、今年は何にもしておりません。
だって、当然でしょ? 一切、面倒はみない、と宣言したんだもの。
あたしの心情は、そのまま顔に出ていたらしくて、ランスロット殿下は、苦笑い。
建国祭の初日は、晩さん会。二日目は朝食会。三日目は、舞踏会。他にも建国にまつわる大小の行事はあるけれど、他国からのお客様をもてなすものは、主にこの三つ。
どれも、国王陛下が開かれるものだ。ただ、二日目の朝食会は、二つある。
陛下主催の朝食会を大朝食会と呼び、殿下が主催する朝食会を小朝食会と呼ぶ。
要するに、息子たちよ、お前の社交的手腕を見せてみろやー、という事である。
「……もしかして、殿下は何の準備もなさっていないのですか?」
「そのようだ。アルフレッドが倒れてしまったのだから、あれも今までのようにふらふらしている訳にはいかないはずなんだが……」
何をしているんだか、とため息をつくランスロット殿下。
さすが。ブレないな、節穴王子。
アルフレッドは、キアランの執事だ。彼が倒れたのは、あたしが書いた「ヤツの面倒を見るのはもうこりごりだ」という手紙を見たせいである。とうとう、胃に穴が開き、吐血したとか何とか。
それについては、ごめんなさい。ほんっとーに、ごめんなさい。病床にお見舞いに行って、アルフレッドを拝み倒したのは、まだ記憶に新しい。
彼は「貴女様がお悪いワケではございませんので」と、笑って許してくれた。アルフレッドは、ロマンスグレーの素敵なオジサマなのよ。通好みの女官たちから、密かに人気があったのよねー。おっと、話が反れた。
アルフレッドは、10日ほど医局に入院した後、お城を出て、ランスロット殿下──これ重要。キアランじゃなく、ランスロット殿下が、用意したタウンハウスにて療養している。
話だけ聞くと、何だか可哀相な気もするけれど、実態はそうでもないらしい。何と、ロマンスグレーの紳士は、お城を出た事で、恋の花を咲かせたらしいのだ。
お相手は、古株の女官の1人、ライラック夫人。おっとりしているのに、仕事は手早い人なのよね。あたしも知っているわ。
執事は主君の生活を優先するため、私生活なんてなきに等しい職業だから、ライラック夫人とは、道ならぬ恋だったとか何とか。
それが、お城を出る事になったため──それはもちろん、キアランから離す為だ──ライラック夫人が、
「わたくしに看病させて下さいませ!」
と、名乗りを上げたのだとか。
手放しで喜べるか、というとそうではないのだけれども、結果としてはそれほど悪くないトコロに落ち着いたのでは、と思う。ランスロット殿下によると、完治してもアルフレッドは、お城へ復帰する事はないだろう、との事である。
彼の事はひとまず、おいておいて。よくよく考えてみると、少し思い当たる事があった。
「──そう言えば、殿下の使いだという者が、朝食会の準備について指示がほしい、と尋ねて来た事がありましたわ。でしゃばる事はやめる事に致しましたので、指示は殿下に仰いでくださいな、と追い返しましたが」
あたしは、ため息をついた。
ねえ、マリエール・ヴィオラ。あなたが頑張って来た事が、全部裏目に出ちゃったみたいよ? 何でも自分でやりすぎちゃったみたいね。あなただけが悪いワケじゃないから、何とも言い難いのだけれども。
「今日の朝食会は、ホストの急な体調不良についき、中止する事にした、とキアランには伝えてあるから、君は何も気にしなくていい」
「ありがとうございます」
そうよねえ。昨夜の流れから言えば、今日の朝食会は中止にすべきよねえ。
昨夜の晩さん会をズル休みしておきながら、どの面下げて朝食会のホストを務めるつもりなんだ、っていう話よねえ。その理由がまた……アレなもんだから……あの人たちは、どこまで評価を下げるのか。
もしもあたしがモブだったら、そしてこの真相を知っていたなら、マリエールとキアランの婚約白紙撤回嘆願の署名活動をしていたかも知れない。つり合いが取れなさすぎると思うんだ。
キアランに、マリエール・ヴィオラは勿体ない。
「ところで、この時間に、君を訪ねたのは他でもない。私の朝食会で、君に歌ってほしくてね。そのお願いに来たんだ」
「それは……構いませんが……何を歌いましょう?」
「建国祭なんだし、国歌で良いだろう。キアランの朝食会で披露する予定だった君の歌を、ホストの体調不良が原因で披露する機会を潰してしまうのは勿体ない、とキアランが私の朝食会で披露させてもらいたい、と申し出た、という事にしようと思っている」
ああ。あたしが公の席で歌う事なんて、ほとんどなかったから。キアランが、精霊の歌姫の歌声を独占したがっている、なんてウワサがあったような、なかったような……。
「殿下は、今頃、歯ぎしりでもなさっておいででしょうね」
「していないだろうな。言っていないから」
わっはい。イイ性格してるわ~。
せっかくの余興なので、ランスロット殿下がなんと、フルートを演奏して下さるそうだ。人前で演奏する機会があまりないから、耳汚しになるかも知れないがと、笑っていらっしゃるけれども……謙遜も時には嫌味になりますよ、殿下。あ、ピアノは、お城の楽団員が弾いてくれるそうな。
「チトセがいたら、チトセに弾かせるんだが……パトリシアに昼間から女性を腰砕けにする気かと怒られてしまってな。困った事に、その意味が分からないんだ」
ランスロット殿下が首を傾げている。あたしだって、意味が分からない。
「わたしも同意見ですが、パトリシア妃殿下がそうおっしゃるのなら、そうなのでしょうね。何より、チトセさんなら、そういう事があるかも知れないと思わせるあたり──」
「そうだな。見た目は、そこらにいるただの青年なんだがな……」
仰る通り、近所にいそうな、ちょっとやんちゃなお兄ちゃん、なんですけどねえ。
ちなみに、パトリシア妃殿下がここにいらっしゃらないのは、本当に体調不良で臥せっていらっしゃるからだ。月が替わってから、お加減が優れないらしい。昨夜の晩さん会も、ご出席こそなさったものの、青白い顔でいらっしゃって……。乾杯の後、すぐに退席なさったのだ。
朝食会が始まる前に、ご機嫌伺いでもしようかしら? でも、具合が悪いのにお伺いするのもアレだし、お大事になさってください、と書いたカードを送るだけにした方がいいかも。
歌の披露について軽く打ち合わせをした後、進行の確認や他の打ち合わせ、会場の確認などがあるからと、ランスロット殿下はすぐに退室された。
今後の話し合いについては、朝食会の後にでも、という事になった。
お忙しいでしょうが、体調管理だけはしっかりなさって下さいね。
去年は、マリエールも忙しかったのよねえ。こんな風にのんびりできるなんて、あーシアワセ。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。




