ジェネラルの取り調べは、場面切り替えの間で(チトセ視点)
前回に続き、チトセ視点でお送りします。
「アニィ、お疲れっすー」
教会には似合わない、砕けた口調。振り返れば、同じ顔が3つ、並んでいる。
見分け方は、目元の黒子の位置。右目の下にあるのが、長男カーン、職業剣士。両目の下にあるのが次男のキーン。法術使い。左目の下にあるのが末っ子、クーンで、盗賊だ。3人そろうと冗談みたいに聞こえるが、本名だったりする。
3人まとめて、誰が呼んだか、スズメーズ。リッテ商会の契約アタッカーだ。
これからの事を考えたら、アタッカーズギルドだけじゃなく、冒険者ギルドにも登録しておいた方が何かと便利だろうからと、ちょっと前にルドラッシュ村から呼び寄せたのだ。
「言うほど疲れちゃいないけど、ありがとう。悪いね、急に」
「兄ちゃんの頼み、断るほどオレちゃんたち、馬鹿じゃないし」
「それに、とっても良い物が見られたし」
けらけらと笑うクーンの隣で、キーンが感動した、と目を輝かせている。
「後もう1つだけ頼まれてくれない? ちびこの監視役だから、気楽に引き受けてくれると嬉しいな。打ち上げで、お菓子ばっかり食べないように見ててよ。食べ過ぎは──お祭りだし、大目に見てくれていいけど」
「了解っすー」
せっかくだから、王都の人たちとも仲良くしてきな、と3人を送り出した。
俺はと言うと、マムこと、マザー・ケートの所へお使いに行かなきゃならない。向かった先は、貴賓席に座る人たち用のラウンジだ。そこで、マムはお客さんたちの相手をしている。
そっと忍び込んでマムを探す。目立つ人だから、すぐに分かった。後ろから「失礼」と声をかけ、乱入者は全員、個別に隔離して自白書を作成するように言っている事を報告。
「それをもとに、各家のご当主へ抗議文を書こうかと。仮成人の身分なんだから、責任は親が取るべきだし。あ、1人だけ未成人がいたっけ」
貴族社会では、社交界デビューしたら成人した、ということになるらしい。それでも、学生の身分の間は仮成人という事で、半人前扱いを受ける。未成人は、言わずもがな、お嬢さんの事だ。
「あら、あの子たちに説教の1つでもしてやるのではないの?」
「したって、聞かないでしょ。俺みたいな馬の骨の話なんてね」
自白書が出来たら、そのままお帰り願うつもりだ。帰らないような気もするけど。今、この時点でも「晩さん会が!」って騒がないところをみると、絶対忘れてるよね。お城の行事を忘れるなんて、豪胆すぎる。
「それで、お城へ人を走らせといた方がいいと思うんだよね。多分、遅刻するよ。晩さん会」
「……それもそうね。ランスロット殿下に伝えるよう、指示を出すわ」
お城の方の対応はマムにお願いして、俺はお嬢さんを押し込めた会議室へ戻る。
その途中で、抗議文の資料として今日のコンサートのフライヤーと、招待客のリストをもらい、ファイルに挟んだ。
会議室のドアを開けて中に入ると、お嬢さんが椅子をがたっ、と鳴らして立ち上がる。何か言いたそうな顔をしているけど、俺は無視。
「書けた?」
ファイルを机に置いてから、便箋に手を伸ばした。
うん、ちゃんと書けているね。日付とサインがあるから、自白書の体裁は整ってる。問題なしだね。
書いてる内容は、完全に独りよがりで、鼻で笑っちゃうような内容だけど。
「ありがとう。後日、ご当主にガイナス聖教から、抗議文を送るからそのつもりでいて。それじゃ、お帰りはそちら──」
たった今入って来たドアを指さす俺。
「あ、あのっ……! あたし、そんなつもりは──っ」
「何も聞いてないよ、俺。アンタの話を聞くつもりはないし」
お嬢さんは、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ている。独りぼっちで不安を抱え、怯えるいたいけな少女を演出して、罪悪感をあおろうって、魂胆かな~? 全然、あおられないけどね。
「まあ、あえて、一言言わせてもらうんなら、そんなつもりじゃなかったら、どんなつもりだったワケ?」
「──っ!」
お嬢さんを真正面から見据えてやれば、彼女は言葉を詰まらせた。顔が、さっと青ざめるけど、俺としては今更な反応だ。
正面から視線をぶつけ合う事しばし。
そこへ、ばんっ! と勢いよくドアが開いて、何かの塊が中へ転がりこんで来た。
「ミシェル! 大丈夫か、ミシェル!」
節穴王子とそのご一行様だった。
「す、すみません、ジェネラル。その……っ」
「あ~、いいよ、いいよ。怖かったねえ。もう大丈夫だから」
節穴王子ご一行は、何を思ったか司祭見習いの少年を剣で脅したようだ。年下のコには無体な事をしないだろうと思ったのに──首がちょっと切れてんじゃねえか。
もっとやりようがあっただろうに、下手くそめ。
見習いクンは、半泣きを通り過ぎて、ほぼマジ泣き。会議室の前にへたり込んで、ひっくひっくとしゃっくりを上げている。俺はその側にしゃがんで、見習いクンの頭を撫でた。
「偉いぞ、よく頑張った。もう大丈夫だから、首の傷診てもらって来な」
「は、はいっ。あの──ジェネラル、これ……どうぞ」
見習いクンが差し出してくれたのは、節穴ご一行の自白書だ。
「……ありがとう」
一瞬、返事が遅れたのはまさか、ここで渡されるとは思ってなかったからだ。
切り替えが素早いと言うか、感情が高ぶっても、冷静な部分が残っていると言うか……君は将来、大物になりそうな気がするよ。チェックしとこう。
自白書を受け取り、俺は見習いクンの頭をもう一回撫でてやった。ついでに、名前も聞いておく。ビリーと言うのか。そうか。マムにも君の名前は伝えておくよ。
見習いクンを立たせてやって見送った俺は、会議室の椅子を手前に引き寄せて、反転。背もたれを抱え込むようにして、座った。
「貴様! ミシェルに何をした!?」
「何にもしてない。お帰りはそちら。──俺も暇じゃないし、さっさと帰ってくれる?」
節穴王子ご一行にはかけらの興味もないので、顔は見ない。会議室のドアを指さすだけ。
これからアンタらの自白書読んでまとめて、抗議文のひな型作んなきゃいけないんだよ。面倒くさいったら、ありゃしない。──にしても、ひっでー内容。マリエさん、ほんっと、苦労してたんだなあ。
「っな!? 何だと?! お前、誰に向かって口をきいているっ?!」
「知らんね。貴族のバカボン共に興味はない」
「ばっ!?」
説教なんてするつもりはないけど、一回、ヘコましてやった方がいいんだろうか? 変な翻訳して、おかしな受け取り方しそうな気もするけど、まあ、いいか。
俺は目を通していた自白書から顔を上げ、
「いつから、この国の王族は教会組織に口出しできるほど偉くなったんだ。キアラン・ウィル・ブラッドレイ」
俺がたずねると、節穴王子がぐっ、と言葉を詰まらせた。
「キ、キアランは王子様なのよ!? いつからって、そんなの──」
「いつからだ、グレッグ・エマーソン。この国に限らず、王家並びに貴家はガイナス聖教会に口出しできないはずだったと記憶しているが?」
犯罪の温床にでもなってない限り、教会の中の事に王家はもちろん、領主など自治組織は関与できないはずだ。もちろん、その逆もしかり。意見や忠告はできるけど。あ、貴家ってのは貴族の事ね。
「そ、その通りです」
「なら、何故止めなかった? 今日のコンサートはマザー・ケートが主催なさった物だ。それを、仮にもこの国のトップが、当日の、開演直後に横やりを入れた」
嘘はついていない、と示す意味で、持っていたファイルから今日のコンサートのフライヤーを取り出し、デスクに置いた。コンサートの開始日時、会場はもちろん、誰が主催しているのかも、きちんと記載されている。
「これが、どういう事か、分からないのか。オズワルド・スタンリー・マーロー。君は、そんなにマザー・ケートが憎かったのか? 君らのした事で、どれだけ彼女の名前に傷がつくと思っているんだ」
「そんなっ! マザー・ケートは僕の先生で、憎んでいるなんて事は──っ!」
「だったら、何故止めなかった? 建国祭には国内外から要人が訪れる。その最中に開かれた、マザー・ケート主催のコンサートだ。当然、身分も地位もある方が招待されているはずだと、考えもしなかったのか、ヴィクトリアス・シオン」
今度は招待客のリストを机の上に置く。
「それは──っ……」
「分かっていたなら、何故止めなかった? 下にある者は上にある者のいう事に従っていればいいと思ったのか? 上の者の間違いを正すのも下の者の役目ではないのか。ダリウス・コーラン」
「その……通り、です」
「何度でも言うぞ。何故止めなかった? コンサートの舞台に立つ者、それを支える者。この日の為にどれだけ練習をし、話し合いをし、時間と労力を積み重ねて来たと思っている。それを、君らは台無しにしたんだぞ。何故、そんな事が許されると思った! ミシェル・グレゴリー・ヘラン!!」
「ひっ……! だっ、だって、マリエール様がっ……!」
結局のところはそれに行きつくのか。バカバカしい。
節穴王子ご一行様の主張は、一貫してこうだ。『学園コーラス部の発表をマリエールが妨害した。それは、自分たちの機転で何とか取り繕う事ができたが、その行いは許される物ではない』だから、何だって言うんだ。
やられたら、やり返しても良いってか? 人にやられてイヤだったことは、人にしちゃイケマセンって、教わらなかったのか?
はー。ちょっと、クールダウンしなきゃ、マズイな。その内、体が勝手に動いて、勢い余ってヤっちゃいました、って事になりかねない。このバカボン共の肩のトコロを平らにするなんて、一瞬だよ、一瞬。
でも、マジでやっちゃったら、掃除が大変か。
「やられたら、やり返す。なるほど、分かりやすい。俺もよくやる手だ。だから、周りの事も考えずに、何をしても良いと? その結果が、これだ。君らはマザー・ケートに正面から喧嘩を吹っ掛け、自らの家名と国の名前に傷を付けた。バカだねえ」
「っな?! マ、マリエールが悪いんだ!」
「さっきから、マリエール、マリエール、ウルサイな。だったら、証拠でもあるのかい? ま、仮にあったとしても、同時に君らの無能の証明にもなる訳だけど」
「っな!? 無能だと──?!」
ああ、本当に鬱陶しい。鬱陶しいけど、稼げる時間は秒単位でもいいから、稼がないとなー。何故かって? 男の支度は女の人ほど時間はかからないだろうっていう、俺の気遣いと言う名のささやかな嫌がらせだ。コイツらは、絶対に、遅刻させてやろうと思っている。
「だって、そうだろう? 何があったか知らないが、妨害首謀者としてそのマリエールの名前が挙がってんなら、それなりの兆候があったんだろ? だったら、何故、妨害工作の妨害をしなかった?」
ぐっ、と言葉を詰まらせる王子サマ。ホント、バカだねえ。
「婚約者の行動も把握できてないのかい? 王子サマ。1つ屋根の下で暮らしている妹の動向も監視できないのかい? 未来の侯爵サマ。不利益を被る可能性に気付いていながら、何の手も打てないのかい? 将来有望な側近候補ドノたち。ハ! とんだお笑い草だね」
俺はことさら、厭味に聞こえるように言ってやった。こういう、自業自得系の相手をいじめるのって、楽しい。
「今日の事は、それぞれのご当主へ正式に抗議するからそのつもりで。ああ、お嬢さんについては少しばかり目こぼしをするつもりだ。男爵令嬢じゃ、王子サマの命令には逆らえない。お遊戯に毛が生えたようなレベルの歌声を、国内外の要人の前で披露させられるなんて、恥さらしも良い所だ。あちらには、命令だったので、嫌々ながらも、仕方なく舞台に立ったようだ、と伝えておく」
「恥っ!? そんっな──!」
厭味、第二段。そしたら、お嬢さんはぎょっと目を丸くした。
う~ん、そうなんです、って言ってほしかったな~。言ってくれたら、俺、大笑いできたのに。王子サマたちがいなかったら、言ってたかも知れないけどさ。ちょっと残念。それはともかく、
「そんな、何? そんなつもりじゃなかった? だったら、どういうつもりだったわけ? これに書いてある事は嘘?」
「え……あ、あの……いえ……その……」
目を泳がせるお嬢さん。ま、これ以上はつついてもしょうがないか。王子サマたちは、今にも噛みつきそうな顔をしてるし。
時間を引き延ばすのも、そろそろ限界かな。下手に突っかかってこられて、またこじれても面倒だし。
「それじゃ、ま、改めて。お帰りは、そちら──」
俺は、会議室のドアを指さした。ついでに、お城の晩さん会は良いのかって、言ってやったら、お嬢さん以外は顔色を真っ青にして、声なき悲鳴と共に、会議室から飛び出して行った。
バカボン共め。
1人残されたお嬢さんは、ポカーンとしている。ので、
「お嬢さん、お帰りは、そちら──」
大事な事だから、2回言ってやりました。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
次から、マリエール視点に戻ります。